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最初の頃は穏やかでした。
それぞれに個室が与えられて、支給された戦闘服を着て、お城の敷地内にある訓練所で剣や馬術の訓練をして、
近くのダンジョンでお仕事をしたり…。
…まだこの世界に来たばかりの頃は遠征するダンジョンも、いわゆる難易度の低い場所で、モンスターもクモやカエルみたいな見た目で、殺しても特に罪悪感を抱くようなことはなかったから。
私の魔法は物理的な物ではないので、その分剣術を磨きました。
みんなよりたくさん頑張って、頑張って、頑張った。
そしたら、きっと報われる。そう信じて。
そんなことはなかったけれど。
でも、だんだんとみんなに亀裂が生じてきました。
最初の問題は、ホームシックでした。
家族に会いたい。そうでなくても、日本が、地球が恋しい。
夜中、ベッドで眠ろうとすると、隣の部屋からすすり泣く声が聞こえてきたこともありました。
私も、家族に会いたかった。
いつも怒られたり喧嘩ばかりしていたけど、それでも家が恋しい。
母に、父に、妹に会いたい。
もう叶わない願いですけど。
私達がいなくなって、向こうはどんな状態なんだろう。
クラスメイトの中には、何度も王に直談判した人達もいます。
「一度で良いから、元の世界へ帰してくれ」と。
けれど王は、「召喚士は疲れている」「今は別の仕事中で忙しい」などと言い、彼らの願いを聞いてくれはしませんでした。
そして、最後には必ず言うのです。
「この国を救ってくれたら、向こうの世界に帰す」
笑っちゃいますよね。
最初から飼い殺すつもりだったくせに。
そうして、異世界での日々は流れていきました。
ある日のことです。
夜中、不意に寂しさが込み上げてきてずっと泣いていた私は、喉が乾いてお城の食堂へ行きました。
すると、厨房から微かに光が漏れていました。
気になって覗いてみると、知っている人影が二つ、かまどの上の鍋を囲んでいました。
「…何してるの?」
普通に聞いたつもりでしたが、喉が枯れていたため、すごく変な声でした。
「ややっ!誰かと思えばうさちゃん!」
人影のうちの小柄な方、木之崎悠南ちゃんはくるりと振り向き、とてとてと私に駆け寄ってきました。
「あら、安藤さん。今、お夜食を作っているのですよ」
もう一人の方の上原最佳さんが私の方を振り返り、メガネの奥の目を細めて答えました。
「夜食…って、何作ってるの?」
「うどんだよ!」
「うどん…?」
異世界に来てから、久しく日本食を食べていなかったので、一瞬何を言っているのか分からなかった。というのがその時の正直な気持ちです。
「はい、おうどんです。私の魔法、『調合』で出汁を作り、上原さんの『怪力』で麺を作ってもらっているのです」
「そうなんだ…」
戦闘関連のこと以外で魔法を使っているのを見たのはその時が初めてで、感心すると同時に、妙な背徳感がありました。
「出来上がりましたよ。安藤さんもどうぞ」
「え、いいの?」
「ええ。そんな真っ赤な目の女の子を、そのまま寝室に帰すのは心苦しいですもの」
ふふ、と軽く、上原さんが笑いました。
うどんを食べながら、悠南ちゃんが言いました。
「みんなにも食べさせてあげたいね!」
「そうだね。凄く、美味しい」
私が答えると、曇ったメガネを拭きながら上原さんが口を開いて、
「じゃあ、明日、皆さんを呼んでみましょうか?」
と、悠南ちゃんに問いました。
「うんうん!みんなと一緒にうどん食べたい!」
言って、悠南ちゃんは百点満点の笑顔を浮かべていました。
けれど、
それからどれだけ経っても、
みんなで揃ってうどんを食べることは、
ありませんでした。