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あの日のことはよく覚えています。
平成二十九年の、高校に入って初めての文化祭を控えた四日前、九月二十日、水曜日のことでした。
いつものように登校して、高校の一年二組の教室に入って。
友達と駄弁っていたら、本鈴が鳴って、みんな慌てて席について。
少しして、教室に担任の秋森博行先生と、副担任の佐藤水咲先生が入って来て、いつもと同じようにHRが始まって。
始まった瞬間、
教室の天井一面に、大きな魔方陣が現れました。
今でこそもう見慣れてしまった魔方陣ですが、当時の私達は普通の日本人だったから、みんな大騒ぎでした。
教室は阿鼻叫喚。
逃げ惑う子や泣き出す子、気絶する子までいました。
佐藤先生が率先して生徒に声をかけて、私達を逃がすために教室のドアを開けようとしていました。
まあ、開くわけなかったんですけど。
佐藤先生のことはみんな大好きでした。
まだ若い先生だったけど、明るくて、面白くて、優しくて、少し天然で。
笑顔が可愛い人でした。
…佐藤先生、ごめんなさい。
生きていて欲しかったです。
………秋森先生のことは、後々書きます。
今は、あの人を許す時は永遠に来ないでしょう、とだけ記しておきます。
魔方陣が現れて、しばらくしたら地面が揺れ始めました。
私は必死に、席が隣同士の親友、舞ちゃん…月城舞佳ちゃんの身体にしがみつきました。
舞ちゃんは姉御肌な幼馴染で、昔から困ったことがあったらいつも頼っていました。
だからあの時も、真っ先に彼女にしがみついたんだと思います。
舞ちゃん、…弱くて、ごめんね。
地面が揺れ始めて、数秒後、一瞬妙な浮遊感と眩しい光が身体を包んで、
それが消えると、もう地面も揺れてなくて、…あんなに揺れたのに、教室の備品は全く動いていませんでした。
佐藤先生が、みんなに怪我がないか聞いてました。
誰も何も言えなくてシーンとしてたら、ずっとしゃがみこんでいた秋森先生が立ち上がって、教室の壁にある電話の受話器を取りました。
少しして、彼はぽつりと、「…繋がらない」と暗い顔で呟いていました。
ふと顔を上げ、舞ちゃんの肩越しに窓の外を見ましたが、ちょうどカーテンを閉めていたので、何も見えませんでした。
「…とにかく、先生職員室へ行ってみるから、待ってて。秋森先生、みんなのことお願いします」
そう言って、佐藤先生は教室のドアをスライドさせました。
さっきまで閉じていたのが嘘のように、簡単にドアが開きました。
そして、先生は外を見て、固まったのです。
「……先生、どうしたんですか?」
クラス委員長の篠晴夜君が訪ねながら先生に歩み寄っていきます。
篠君の後に続くように、一人、また一人と佐藤先生の周りに人が集まっていきました。
まだ呆然と壁の電話を見つめる秋森先生を尻目に、私も舞ちゃんと手を繋いで外を見に行きました。
異様な光景でした。
教室の外、__本来なら廊下があるべき場所は、高校の体育館よりも広い空間で、私達のいる教室を囲むように、黒いローブを身にまとった沢山の人(これも今なら見慣れている、魔術師達です)が、円を描くように並んでいました。