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佐渡ヶ島大学論理学部の三人組

下校

作者: 川里隼生

 太陽は既に、そのほとんどを水平線の先に沈ませていた。俺と水上みなかみはほぼ毎日、駅まで一緒に帰っている。今日も同じだ。防波堤の向こうのテトラポットにはどこかで見覚えのあるペットボトルが捨てられている。

「ああ、そうか。大学の自販機だ」

 思い出した。学生ホールで売られている奴だ。


「今更?」

 水上の笑顔は何故か軽蔑の笑いに見える。

「またその顔かよ。今日二回目じゃん」

「二回目? 一回目はいつ?」

 水上の顔が夕日に照らされる。

「とぼけてんのか? 三限目の『スマホ事件』」

「ふーん、その時か」

 水上はその笑顔の裏で何を考えているのだろう。


 午後一時二十分から始まった三限目。

松本まつもとさーん。スマホ見るのやめよっかー」

 明らかにわざと大きめの声で彼女に発言したのは、その隣にいた緒利保おりほ。松本は黙って机の下のものを鞄に入れた。最前列中央の席なのだが、教師は特に何も言わない。こんなことに目くじらを立てるのは緒利保だけだ。最後方の席で、俺の隣の水上はただ笑っていた。


 理由は知らないが、松本は背が低い。指が短く太い。胸ではなく腹が出ている。肌も綺麗とは言えない。滑舌が悪い。もう一つ非難を恐れずに言わせてもらうが、いかにも障害者らしい顔つきをしている。だから教室の隅でじっとしていれば良いものを、誰かが何か音や声を出す度に「なになに?」と気味の悪い笑顔満面で寄ってくる。嫌われるのも無理はない。二十人しかいない論理学部で彼女に目を付けられた俺たちも運が悪い。


「早く辞めればいいのに」

 水上に本音を言う。

「松本さんが?」

 話を聞いていなかったのだろうか。やはり軽蔑の笑みを浮かべる。

「俺はそうは思わないけどなー」

 水上は人を悪く言わない。それが余計に影の濃さを感じさせる。


「だって松本さんがいなくなったら、次の標的は俺たちかもよ?」

 急に声を潜めて水上が言う。何となく浮かんだ言葉は『演技派』。気がつけば太陽は完全に沈んでいた。後ろから追い抜いていった車のライトが点いている。

「ナショナルチームは怖いよー。俺たち二軍を邪魔者扱いするんだから。陰があるから陽もあるのに」

 俺は黙って聞いていた。そうだ。水上はこういう奴だ。そして必ず最後にこう言って、また笑う。

「……なんてねっ」


「なあ」

「なに?」

 聞いても無駄だろうが、一応聞いてみる。

「水上は俺をどう思ってんの?」

 ほんの一瞬だけ、水上が不意を突かれたような顔を見せた。そんな気がする。そのあとでいつものように笑い、こう答えた。

「友達だよ」

 とても信じられなかった。

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