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織姫と凶獣  作者: 京衛武百十
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違和感と習慣

いきなり女子に囲まれたりした結人ゆうとだったが、隣の席で同じアパートに住む山下沙奈子(やましたさなこ)は特に絡んでくる様子はなかった。彼を質問攻めにした女子達の様子にも関心がないらしく静かに本を読んでいただけだった。


この日は、体育館での始業式の後、教室に戻ってクラス全員で簡単な自己紹介をし、新しい教科書を配られたり様々なお知らせのプリントなどが配られただけでさすがに授業はない。


給食もなく、昼前には下校となった。


「明日も授業はありません。給食もありませんのでお昼には学校は終わりです。それではみなさん、気を付けて帰ってください」


担任の言葉に「は~い」と生徒達は返事はしたが、どうも大人しい感じはするもののあまり覇気がある印象ではなかった。少なくとも結人にはそう感じられた。いかにもな感じの『悪ガキ』風男子も、こうして見るだけならいるようにも思えない。もちろん、落ち着きのなさそうな男子は何人かいるようだが、どれも結人から見れば『ヤワ』な感じだった。ケンカ上等、暴力上等な雰囲気はまったく無い。


『なんだこのフヌケ学級は…?』


それが彼にとっての正直な感想だった。彼がこれまで通った小学校には、クラスに一人や二人は必ず暴力的な臭いを発している奴がいて、そいつは大抵、結人に食って掛かった。彼が持つ暴力的な雰囲気を感じ取るのだろう。要するに似た者同士ということだ。そして自分の方が上だということを示そうとして噛み付いてくるのである。


結人にとってはそれが学校であり学級であった。力で自分の方が優位であることを示すか、でなければお笑い芸人のように他人に媚びて笑いを取って人気者になるかしなければ、力の強い者や人気のある者の踏み台として利用されるのが当たり前という世界だった。


だが、ここは、それまでのそういう学級とは何かが違った。よく言えば平穏で平和なのだが、悪く言えばだらけてるというか締まりがないというか。どうにも結人にとっては違和感しかない学級だった。


とは言えまだ一日目である。結論を出すのはさすがにまだ早いと彼も思っていた。大人しいふりをして腹の中は真っ黒なんていう奴もこれまでにも何人もいた。この学級も、良い子のふりをした下衆野郎の巣窟ということだってありえる。だからまだ油断はできない。


そんな感じで一日目を終え、帰るためにランドセルと背負おうとすると、ロックをかけ忘れていたせいで中のものをぶちまけてしまった。


『ちっ! めんどくせえ…!』


そう思いながら拾おうとすると、周りにいた生徒達が一斉に拾い始めてくれたのだった。その中には山下沙奈子の姿もあった。


『…は?』


呆気に取られて呆然としてるうちに落ちたもの全部が拾い集められて、それを受け取った山下沙奈子が結人の代わりにそれらをランドセルの中に仕舞ってくれた。さらにきちっとロックまで掛けてくれて、机の上に置いたのだった。


それは、彼にとってはありえない光景だった。これまでは拾ってくれるのがいたとしても一人二人で、殆どは見て見ぬふりだった。それどころが不様な失敗を嘲笑するのさえいた。なのにここにはこれを嘲笑する奴は一人もおらず、しかも何人もが一斉に拾ってくれたのだ。それが信じられなかった。いや、信じられないどころか『気持ち悪い』とさえ彼は感じた。


『なんだこのクラス…?』


例え様のない違和感に、彼はお礼すら言わず逃げるようにして教室を出て行ってしまった。そこに集まっていた生徒達は戸惑うように顔を見合わせた。「なにあれ…」と呟く者もいたが、それはあくまで驚いた感じであって強い嫌悪感のようなものではなかった。


山下沙奈子も、彼が出て行った教室の出入り口を見詰めていただけだった。


その時、その出入り口から顔をのぞかせ、


「沙奈~、一緒に帰ろ~」


と声を掛ける者がいた。朝、クラス分けの名簿の前で声を掛けてきた女子生徒と、ヒロと呼ばれた生徒だ。


「あ、こんちは千早(ちはや)大希(ひろき)くん」


出入り口近くにいた別の女子生徒が二人に向かってそう声を掛けた。五年生の時に同級だった生徒だ。


「こんちわ~。ニコ~」


笑顔で応える、『千早』と呼ばれた彼女の名前は石生蔵千早(いそくらちはや)、『大希くん』と呼ばれた生徒は、名前は山仁大希(やまひとひろき)。その名の通りれっきとした男子である。ちなみに、ニコと呼ばれた女子生徒が『大希くん』と口にしたように、実は『さん付け』で呼ぶことを強要されている訳ではない。教師が生徒を呼ぶ時には原則としてそうするように既定されてはいるが、生徒同士が呼び合う分には自由なのである。ただどうしても、教師がそうしているから同じように『さん付け』で統一している生徒も多いというだけだ。


千早と大希に声を掛けられ、沙奈子も頷いて二人のそばにやってきた。この三人は、いつも一緒に帰っている。なぜなら、帰る家が一緒だからだ。沙奈子は達が仕事で家にいないし、千早は三人で一緒にいたいというのと、一緒の方が勉強がはかどるからというのもある。その為、学校が終わると大希の家に集まるのである。


三人で校門までくると、そこには結人がいた。校門が開くまで出られないからだった。この学校では、朝は集団登校。下校時はさすがに集団下校とはいかないが、なるべく一斉に下校することで生徒が一人になることを防ぐことを目的に、校門を開ける時間を絞っているのだ。結人はこの奇妙な学校からさっさと帰りたかったが、保護者が迎えに来るなどの場合を除き門を開けてくれることはない。とにかく時間まで待つしかなかった。


時間が来て門が開くと、校門近くで待機していた生徒達が一斉に下校を始める。しかも学校周辺は教師が立ち見守りを行った。他にも、町内の高齢者などの有志によって構成される<見守り隊>が自主的に子供達の見守りを行ってくれていた。


生徒達はなるべくお互いが見える位置や距離を保ちそれぞれの帰路に就く。その中には、結人や沙奈子、千早、大希の姿もあった。


せっかく先に教室を出たというのに結果として沙奈子と近い位置で帰ることになり、結人は明らかに不機嫌そうな顔をしていた。だが、その途中で、沙奈子は結人が真っ直ぐ行った小さな交差点を千早や大希と一緒に曲がり、姿が見えなくなったのだった。


それに気付いた結人だったが、清々したとでも言いたげに「はっ…!」と吐き捨て、そのまま家へと帰った。


なお、千早らと一緒だった沙奈子は大希の家に到着し、「ただいま」と声を上げて当たり前のように入っていった。それはもう、一年半ほど続いている習慣だった。沙奈子を家に一人にしないようにする為と、事情があって家には帰りたくなかった千早を保護する為に始まったことだったのだ。大希の家に上がると三人はさっそくリビングで宿題を始めた。帰ったらまず宿題をすること。それが決まりだった。三人はそれを守っていた。


おそらく、一人ではついつい疎かになりがちな決まりだっただろう。だが、三人が一緒にいることで、続けることができた。一緒にいると楽しいし、宿題も楽しくできるからだ。特に千早にとっては重要なことだった。直接自分の家に帰っていた頃には、ちょくちょく宿題をせずに学校に行くこともあった。どうせ忘れて行けば学校でやらされるのだからその時にやればいいみたいな開き直りもあった。


しかし今ではその面影は殆どない。こうして三人で楽しくやれるのだから、全く苦痛にならないからであった。



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