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織姫と凶獣  作者: 京衛武百十
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おにぎり弁当と乱闘事件

沙奈子(さなこ)千早(ちはや)大希(ひろき)の三人で作ったスパゲッティカルボナーラも美味しかった。何かよく分からないもののなんだか悔しかったが美味かった。


しかしそれは織姫も同じだったようで、


「凹むわ~、マジ凹むわ~。小学生の子に負けてるとか泣けてくるわ~」


と、部屋に戻ってから一人落ち込んでいた。だが、結人(ゆうと)は知っている。織姫は大らかすぎる性格が災いして手順がいい加減なだけで、料理の腕そのものは決して悪くない。当たり外れはあっても当たりの時はちゃんと美味いのだ。要は沙奈子達と同じように丁寧に作るようにすればいいだけなのだ。


なのに結人はそれを織姫には告げなかった。


『メンドくせえ…』


と思っていたからだ。


ただ、その時、結人はあることを思い出していた。二年生の時に同級生の男子数人とケンカになった時のことだった。あの時も確か、きっかけは織姫の料理のことだった気がする。


そうだ。弁当だ。結人が遠足の時に持っていった弁当のことでケンカになったのだ。あの時、織姫は締め切りか何かに追われて忙しくて弁当にまで気が回らず、朝になって遠足当日だと気付いてそれで慌てておにぎりだけの弁当を作ったのだった。海苔すら巻かれてない、本当の塩むすびだけの弁当だった。それを、クラスの男子数人がからかったのだ。


この時、結人がキレたのはしつこくからかわれたからであって、別に『織姫が忙しい合間を縫ってせっかく作ってくれた弁当をバカにされたから』などという美談仕立てになりそうな理由ではなかったのだが、少なくとも結人の方から仕掛けたケンカでなかったことだけは確かである。


結局、このケンカでは結人を含む六人がケガをし、実はこの時もやはり一番の重傷は左の瞼を四針縫い、右手小指を骨折した結人だったのだが、相手の生徒も鼻血を出したりすりむいたりで結構派手な流血騒ぎとなり、校内で問題となったりもしたのだった。そして結人に<凶獣>という二つ名を付けたのは、当時、ケンカを止めに入った教師だった。地面に倒され何人もの生徒に蹴られ踏まれしているにも拘らず全く怯んだ様子も見せず一人の生徒の靴に食らいつき、それを食いちぎろうとでもするかのように、


「ガァッ、ガッ、グァアアアアッッ!!」


と唸り声を上げながら頭を振り回していた彼の姿が、まさしく凶相の獣のようにも見えたからということだった。


結人に責任が無いとは言わない。ただ、他人の弁当をしつこくバカにして、しかもまだ残っているそれを地面にはたき落とすような真似をした他の生徒の責任も大きかった筈だ。にも拘らずこの件でも学校側は元々問題児との認識だった結人に責任があるとして厳しく叱責、怪我をした生徒に一方的に謝らせようとしたのである。


だが結人は頑としてそれを聞き入れず、遠足から戻ってすぐ学校から呼び出しを受けた織姫が結人の頭を抑え付け強引に謝らせたものの、その時点では彼の怪我の方が大きかったということに気付いていなかったこと、その上、複数の生徒に踏まれて蹴られてという暴行の詳細も知らないまま、さらにはケンカの原因が自分の作った弁当にあったことも知らずに無理矢理頭を下げさせたことを織姫は後になって大いに後悔し、


「ごめん…! 本当にごめん、結人…!!」


と、彼の前で泣き崩れたりもした。


そのことが五年生の時の事件で一方的に謝罪を求められたことへの反発にも繋がったのだとも思われた。


これによって織姫は、結人がするケンカは大抵、相手の方から仕掛けられたものであり、彼の方から積極的に仕掛けることはないというのも知ることになったのだった。


その後、織姫はどんなに忙しくても弁当だけは冷凍食品などを利用しつつもちゃんと作るようになった。しかし、本来はそれぞれ家庭に事情もあったりするのだから、他人の弁当をバカにし、ましてやそれをはたき落として食べられなくするような行為がそもそもおかしいということを学校側は指導するべきだったにも拘わらず、ケンカでの怪我についてだけで判断し、結人を悪と断じてしまったのだった。


ちなみに、結人の弁当をからかった生徒の何人かはこの数年後、集団で一人をイジメたという非行事実で補導されたりという経過をたどることになる。他人の弁当をからかい、何人もで一人を地面に引き倒して蹴るなどというのが悪いことだと教わらなかったために、再度それを行ってしまったということだろう。その時その時、良くないことをした子供にはそれが良くないことだと理解させるべきだったとも考えられる。それどころか、教師達が結人を一方的に責めたことで、自分達こそが正しい、正義であると誤った認識を与えてしまった可能性すらあるかもしれない。さらには、複数で一人を攻撃することさえ正しいことだと思わせてしまったのではなかっただろうか。


教師を始めとした大人は、分かりやすい悪役を見付けてそれを糾弾するだけで安心するのではなく、そこでいったい何が行われ、どのような問題があったのかということを冷静かつ客観的に調べるという意識を持つべきなのだろう。単なる『誰が悪い』で完結していては駄目なのだ。そこで行われた好ましくない行為については等しく諫められなければならないということを肝に銘じておくべきだと思われた。


この事件で学校にいられなくなって織姫の郷里の学校に転校することになった結人だったが、彼は彼で教師達のいい加減さを目の当たりにすることになり、大人への不信感をさらに募らせていったという影響もあったのだった。


それでも織姫は結人を見捨てなかった。遠足での乱闘事件は自分の手抜き弁当が原因であり自分の責任だと感じたのも理由の一つだが、弁当を作った自分の為に結人が怒ってくれたと感じたこともまた、理由の一つだっただろう。ただしこれについては完全な誤解である。結人は決して織姫の為に怒ったのではなかったのだから。


さりとてそういう誤解もありつつもいっそう結人のことを守っていきたいと考えた織姫は、ますます彼のことを肯定的に見るようになっていったということだった。しかも、彼女が彼のことをそういう風に思えば思うほど結人にとっても彼女の存在が大きくなり、ストッパーとしての役目も確実なものになっていたというのもある。


ただ、若干余談かもしれないが、この織姫と結人の関係は、大人と子供だからまだいい意味で成立しているとも言えるだろう。もしこれが二人とも大人で、織姫が彼のことを異性として捉えていると、たやすく<都合のいい女とヒモ男>の関係に成り下がる可能性も高い。なので結人は、大人になる前に彼女の下を巣立っていくべきだとも言えるかも知れない。織姫の相手は、しっかりした真面目な男性でなければ彼女はきっと不幸になる。


まあそれはさて置いて、そんなことを思い出していた結人に対し、織姫は、


「ねえ? 私ってやっぱりダメな女かなあ? だからいい人が見付からないのかなあ?」


と涙目で訊いてきたのだった。


「知るかおデブ!」


と容赦ない悪態を結人が吐くと織姫も、


「デブじゃない! 私は断じてデブじゃない! 私はぽっちゃり!!」


と間髪入れずに返し、やはり息の合ったところを見せたりもした。


危ういバランスとは言え、彼女と彼は概ねいい関係だとも言えるだろう。万能ではなくとも結人にとって織姫は必要な存在だったのだ。そのおかげで彼はここまでやってこれたし、これから必要になってくるものをもたらしてくれるであろう人間達との縁も出来た。彼にとって大切な人だというのは間違いない。彼がいつかそれを自覚してくれることがあった時、織姫は本当に報われることになると言えるのだった。



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