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織姫と凶獣  作者: 京衛武百十
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ガードマンとオムライス

散歩と言うか縄張りの見回りと言うかを終えてアパートの近くまで戻った結人ゆうとは、一号室の前で見覚えのある人影に気付き、思わず電柱の陰に隠れた。


『なんで俺はコソコソしなきゃなんねーんだよ』


とは思ったが、そこにいたのはどうにも苦手な人間達だったのだ。


それは、石生蔵千早(いそくらちはや)山仁大希(やまひとひろき)と、二人から『ピカ』と呼ばれていた高校生くらいの女性だった。


『どうもこいつらは苦手だ』


結人はそう思っていた。幸せそうなオーラを放ちながら、それでいてなぜかそういう人間にありがちな平和ボケしていると言うか隙だらけと言うか、そういう脇の甘さのようなものがあまり感じられなかったからである。特にあの『ピカ』と呼ばれる女は常に周囲に目を配り、危うく自分も見付かりそうになったことで思わず隠れてしまったのだった。


『あのピカってのはただもんじゃないよな…』


その時、結人から少し離れたところに、ある大手警備会社のロゴが入った自動車が止まり、その中から自分達の住むアパートの方に視線を送りつつ無線で交信している警備員らしき二人の男の姿が目に入った。はっきりとは確認できないが、どうやら一号室の辺りを見ている気がする。


その結人の直感は正しかった。それは実は、『ピカ』と呼ばれる女性、星谷美嘉(ひかりたにみか)を警護するガードマンだったのである。警護対象の星谷美嘉とは距離を置きつつも、有事の際にはいつでも駆け付けられる体制を取っていたのだ。するとガードマンの一人が結人の方に視線を送ってきた。


『見付かった…!?』


別に何かやましいことをしようとしてる訳ではなかったのだからそんなに気にする必要もなかった筈なのだが、そのガードマンが間違いなく自分を見たことを察知し、思わず緊張が走り抜けた。


この時点ではまだそのガードマンが星谷美嘉を警護しているとは知らなかった彼だが、直感的にそれを感じ取っていたことで、


『やっぱりただもんじゃねえ…』


と思ったりもしたのだった。


が、あのアパートは自分も住んでるところなので、千早達が一号室に入ってしまったのを確認して気を取り直して、自分も部屋に戻ったのだった。だが、その間、自分に向けられる視線を彼は感じていた。ガードマン達が自動車の中から自分のことを見ているのが分かった。電柱の陰に隠れるようにして警護対象の様子を窺っているような素振りを見せていたことで、要注意対象とされてしまったのだろう。結人にもそれは感じ取れていた。


『なんであんなのと知り合いなんだ、あいつは…?』


部屋に戻って、


「おかえり~」


と織姫に迎えられつつ、結人はそれには応じずにそんなことを考えていた。


『あいつ』とは、山下沙奈子のことである。こんなしみったれたアパートに父親と二人で住んでるようなあの辛気臭い女が、ガードマンを付けて本人も抜け目なく周囲を見回すような高校生と知り合いとか、それこそ意味が分からなかった。


いつもの窓から外が見える位置に腰を下ろして、外を眺めながら考えていた結人に、


「もうちょっとしたら沙奈子ちゃんの家にオムライスごちそうになりに行くからね」


と、織姫が何の脈絡もなくパソコンに向かったままそう告げた。


「はあ? 昼飯までかよ…!」


結人は苛立った風に声を上げたが、既に決定事項であり彼が異議を唱えても織姫がとりあう訳がないことは彼も承知していた。


その言葉通り、正午を過ぎた頃、織姫の携帯に着信があり、


「行くよ~」


と上機嫌の彼女に連れられて、渋々、一号室へと出向く。すると中には、山下親子とテレビ画面の中の女性二人だけでなく、さっきこの部屋に入っていった千早と大希とピカもまだいたのだった。


『げっ!』


とあからさまに顔に出して不快そうにした結人だったが、ここで背を向けるというのもまるで逃げ出すような気がして癪に障り、不機嫌そうに目を背けただけで黙って部屋に上がった。


山下達(やましたいたる)の長女の玲那は画面の中だから関係ないにしても、六畳ほどの部屋に山下親子、千早、大希、ピカ、織姫、結人の六人がそろったものだからさすがに少々手狭な感じは否めなかった。にも拘わらず結人以外の誰もそれを気にしている様子はなかった。


そして、部屋の真ん中に置かれたテーブルには、見るからに美味そうなオムライスが七つ、あとは織姫と結人が席に着くだけの状態で用意されていた。これもあの沙奈子が作ったものだというのか。


ここまで来たら逃げ場はない。席に着きつつも精一杯不機嫌そうな顔をして見せたにも関わらずやはり誰も気にしてないように、結人以外の全員で「いただきます」と声を上げ、食事が始まった。


「わ~、美味しい、これも沙奈子ちゃんが作ったんですか?」


オムライスを一口食べると、織姫の顔がぱっと輝いて、山下達(やましたいたる)に向かってそう問い掛けた。すると彼は微笑みながら首を振って千早の方を見ながら、


「いや、今日はこの千早ちゃんが作ってくれたんだよ」


と言った。織姫はさらに驚いて、


「え!? 千早ちゃんもこんなに上手に作るの!? うわ、ショック!! 負けた~!」


などと一人で身悶えし始めた。無理もない。オムライスは織姫も作るが、どうしても手抜きをしてしまうからか味が安定せず、ちょくちょく失敗することもあったからである。


そんな彼女の様子に千早は、


「えへへ~」


と自慢げに笑って見せた。だが、その千早自身の前に置かれたオムライスは表面の玉子が大きく破れ中身が見えてしまっていたが。自分には失敗したものを、織姫と結人には成功したものを配膳したということだった。


「私だけじゃなくて、ヒロも作れるよ。ヒロのとピカお姉ちゃんのはヒロが作ったものだから」


そんな千早の言葉に織姫はますます体をよじって、


「うそ~!?」


声を上げた。


女の子二人だけでなく、男の子である大希までこんなに上手に作るとか、女としての自信が根こそぎ打ち砕かれるようだった。


実は、この前の日曜日にもホットケーキをごちそうになり、その際に千早、大希、ピカとの顔合わせも済ませ、そこでも大希がホットケーキを作れることは知っていたのだが、まさかオムライスまで作れるとはさすがに予想してなかった。


「結人、あんた負けっぱなしだよ? この三人の足元にも及ばないよ!? どうすんの!?」


と結人に向かって言った後すぐに、


「ああ~! それは私も同じか~!!」


と頭を抱え、一人で百面相を披露していた。


だが、その場にいた誰一人、そんな織姫の姿を嘲笑うことなく、しかし柔らかい笑顔でそれを見守っていた。


山下親子も、絵里奈も、玲那も、千早も、大希も、ピカも、織姫のことを馬鹿にする必要がなかったからだ。そんなことをしなければいけないような精神状態になかったからである。


この時の織姫の様子を呆れた風に見ていた結人だったが、実は内心、穏やかではなかった。


料理が出来る出来ないはどうでもいい。ただ、この織姫の無様な姿を、この場にいる誰も嘲笑しないのが信じられなかったのだ。


『こんなみっともない姿とか、嘲笑ってスカッとするのが当たり前じゃないのか? せっかくこんなバカが目の前にいるのにそれをイジらねーとか、何考えてんだこいつら?』


という風に驚いていたというわけだ。


そこが、結人と沙奈子達の根本的な違いだった。


結人は他人を蔑み嘲り貶めることで愉悦を得、自らを慰めることでしか自分を維持出来なかった。しかし、沙奈子達は違う。そんなことをする必要も理由もないのだ。そんなことをしなくても満たされているのだ。だから織姫を嘲笑う必要などないのであった。



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