~日常、そしてその先に在るもの~ 四話
「一昨日の仕事は楽だったな。久し振りに四人で行ったのにちょっと手ごたえがなかったのが残念だったよ」
悪霊を浄化した日から二日経ち、多摩の東京支部の道場でいつものように稽古をしていた和弥は、良治と休憩がてら一昨日の話をしていた。あの日は仕事後各自解散となったので、仕事が終わってから顔を合わせたのは今日になってからだった。
「まぁな。でも簡単に終わって何よりだよ。苦戦したり怪我するより全然良い」
「それもそうだな」
そう思う反面、もっと強い相手と戦いたい欲求は消せない。もっと強くなりたい、その為にはもっと強い相手と戦うことが一番だろう。
「……余り焦るなよ、和弥。死んだら元も子もない。死んだら終わりなんだから。お前が強くなる手助けはするから、死に急がないでくれ」
「……そうだな」
言われて初めて、自分が焦っていたことに和弥は気付いた。確かに良治の言うとおりだ。
(綾華とのこと考え過ぎて周りが見えてなかったな)
綾華と付き合うということは白神会と共に在るという事と同義だ。白神会内部の退魔士たちに認められる為には何より強い退魔士になることが近道。それを意識し過ぎていた。
「この前も言っただろうに。まぁ周囲が見えなくなってる時は俺とか綾華さんが注意するからそこまで気にすることはないと思うけど」
「ホント助かるよ。自分じゃわからないからな」
こういうことをきちんと指摘してくれる友人が傍に居るということ、それは本当に貴重なことだ。
退魔士の仕事は死と隣り合わせ。和弥自身も何度も死にそうな目にあってきた。それでも生き残れてきたのは、良治や綾華、まどかなど周囲に助けられてきたお陰だ。
(俺は恵まれてるな。だからそれを忘れちゃならない)
それだけは信じられる。周囲のみんなには感謝してもしきれない。
「誰だ?」
良治が道場の扉の方へ振り返る。それと同時に扉ががたがたと開いていく。このちょっと雑な開き方はあの後輩に違いない。
「っと。おはようございます、先輩方!」
「三咲、おはよ」
「おはよ、三咲さん」
もう昼過ぎだが挨拶はみんな「おはよう」で統一されている。夜中に集合することも多く、起きる時間が不規則なせいだ。最初は少し違和感があったが今では皆そうしていた。
挨拶をすると茶髪の後輩はとてとてとこちらに歩いてくる。
「ああ、ちょうど良かった都筑先輩! 登校日のことです!」
「え、ああ誘わなかったのは悪かった。見かけたんだけど友達と一緒に居たから……」
「そう、カラオケ! 先輩と一緒に行きたかったのに酷い! ……ってそれもそうなんですがもう一つ!」
「もう一つ?」
「はい! あの、小久保せりなっていう女性知ってます?」
「……なんでその名前が」
懐かしい名前を千香から聞くとは思っていなかった。何故なら二人は三歳離れている。ということは高等部に同時に在籍したことはないということだ。つまり、接点がないはず。
「いや、学園の敷地内で『都筑和弥くんって知ってる? ちょっとお願いがあるから連絡してって伝えてちょーだいっ! お願いね!』って言われて、連絡先書いたメモを渡されたんですけど……」
「あ、あの人は……」
「相変わらずだな、会長」
和弥の横で溜め息を吐く良治。気持ちはものすごくわかる。卒業するまでお互いに振り回されたものだ。知り合ったのは和弥たちが二年、せりなが三年の時なので実質一年にも満たない短い期間だったのだが、その濃いキャラクターのせいかもっとずっと長く感じる。
「会長って……白浜先輩じゃ?」
「ああ、元会長なんだよ。去年の」
小久保せりな。やたら元気でバイタリティのある、茶髪にメガネの人気者だった人だ。
彼女から受けた学園祭の件以降、それなりに親交はあったが卒業してからは一度も会っていないし連絡もしていない。
「わざわざ和弥に伝言を頼むってことは何かあったか」
「かもな」
せりなはこっちの事情をある程度理解している。一度魔族に誘拐された時に軽く説明をしたことがある。しかし彼女はこちら側に来ることをせず、日常の世界を選んでいた。
その彼女があえて連絡を求めてきている。
「こっち方面の話だろうな。だけどそこまで緊急性のある話ではないって感じかな」
「え、なんでそこまでわかるんだリョージ」
「急ぎの用件ならなんとかして連絡を取るさ。それこそ現会長の白浜さん経由で、俺か和弥のどっちかの連絡先までは辿り着けるだろう」
確かに彼の言うとおりだ。
彼女は前生徒会長で、現会長とは生徒会で一緒に仕事をしていた。当然連絡先を知っているだろう。もちろんそこから何人かのクラスメートは辿れるはずだし、三年間も同じ学園に居れば二人とも何人かの友人に連絡先くらいは教えてある。ならば手間はかかるが連絡くらいはつけられるはずだ。
「めんどくさいこと頼まれそうだけど……どうするんだ」
良治に話を振る。しかしもう和弥の心は決まっていたし、良治の答えももうわかっていた。
「連絡しよう。とりあえず聞くだけ聞いてから決める」
「ま、そうだな。俺が連絡していいのか?」
「ああ。和弥に、って話だからな。頼む」
「あいあいさー。じゃあ三咲、メモを」
「はーい」
電話番号の書かれたメモを受け取る。
やたら丸っこい文字に違和感を持つが、あの人ならノリでこんな字を使っても理解出来る。もしかしたら本当に日常的に使用してるのかもしれないが。
「やっほー、久し振りね」
「ども、先輩。相変わらずでのテンションですね」
「やー、元気なのが一番大事だからねー」
あのあと連絡を取った和弥は。言われたとおりに待ち合わせ場所に来ていた。場所は学園内の食堂。良治も付いて来ている。
せりなは高校時代と変わっていないように見えた。肩の下まで伸ばした茶髪に細いフレームのメガネ。にまにました顔もそのままだ。今まで制服姿しか見たことがなかったので少しだけ違和感があるが。
「お久し振りです、小久保先輩。それで、御用件は」
「柊くんは変わらないわね。ま、真面目なのは良い所だけど。で、今回の用件なんだけど……ちょっとある人について調べてほしいの」
「ある人?」
せりなの言うある人に心当たりのない和弥はそのままオウム返しする。最近連絡を取っていなかったので、心当たりがある方がおかしいのだが。
「そ。この間東京に行ったときに会った占い師さんなんだけど――」
せりなの言葉を纏めると、先日東京に遊びに行った際に道端で占い師に占ってもらったらしい。そしてその占いがピンポイントで二回当たった。もしかして本当にあの占い師は未来が読めるのではないか。
「つまり小久保先輩は、『あの占い師が本物か好奇心が止められないので調べてきて!』ってことですか?」
「柊くん、間違ってないけど纏めすぎ」
「褒めて頂いて何よりです」
脱線しながらだったので十分くらい説明していたはずだが、良治はそれを一文に纏めて確認をする。途中から少し集中力が途切れがちだった和弥には有難い。
「で、指定された日に忘れ物に気をつけてと言われて実際忘れ物しそうだったこと、食器を割るから気をつけてと言われて実際に割ったこと。この二点を持ってあの占い師は本物だと?」
「よくある話に聞こえるでしょ。大まかな説明で、だいたいのことに当て嵌まる、みたいな。でもその二つ、日付と時間指定だったのよ。それに」
「それに?」
「雰囲気が、本物っぽかったの」
その言葉に和弥も良治も真剣な表情になる。
小さいながらも力に目覚めた小久保せりなが、『本物』っぽいと言う。
「……それが、俺やリョージを呼んだ理由ですか」
「うん、そういうこと」
占い師は雰囲気を出すのもきっと重要な要素の一つだろう。正直当たると思って占ってもらう客は少ないはずだ。ちょっとした気持ちの後押しをしてほしい、少しでも指針になればなど細やかな期待。その期待を盛り上げるための努力に雰囲気作りなどが含まれるはず。
「雰囲気に呑まれたとか」
「だったら良いんだけどね。あからさまに怪しげな水晶玉とか使ってたし。ただ、占いに入った瞬間周囲の、力? って感じのものが一気に集まった気がして。特に嫌な感じはしなかったけど」
だけど気になる。言外に彼女はそう言いたいようだ。どちらかと言うと占いが当たったのはおまけで、実際に占ってもらった時のことが気になっているようだ。
「なるほど。さて、和弥」
良治が意味ありげにこちらを向く。あくまでこの話は、せりなが和弥に持ってきたもの。決めるのは和弥ということだろう。しかし答えは最初から決まっていた。
「とりあえず調べることにします。それで、その占い師の名前は?」
「ありがと都筑くん、柊くん。私を占った占い師の名前は『結河原慧』、多分二十代の女の子よ」