~富士山決戦~ 五話
「九州の、神党の党首……?」
「ええ、そうですよ。君は……都築和弥君かな」
「え、あ、はい。都築です」
神党党首・立花雪彦。
神党は九州全域に大きな影響力を持つ巨大組織だ。そのトップともなれば軽々に行動出来ないはずだ。あの隼人でさえ京都を出ることは稀で、和弥の知る限り一度もない。
一瞬嘘かとも思ったが、雪彦から感じる力は底知れない。葵も動揺していることもあり信じる他にない。
そして何より。
「お久しぶりです、立花様。あの時はお世話になりました」
去年九州に行って協力した良治が言うなら間違いない。良治は丁寧な口調で深く頭を下げた。
「はは、去年のことは気にしなくていいよ。こちらも助かったし風花の良い訓練相手にもなってくれたからね。ほら、風花も挨拶を」
雪彦に促されて現れたのは和弥も知る女性だった。藍色の長髪を首筋で結んだ彼女は気配を消すように雪彦の背後にいたが、すっと一歩前に出ると全員に向けて挨拶をした。
「神党所属の如月風花だ。よろしく頼む」
「あ、挨拶ならみんなついでにしとくべきかな。どうも、四国・北斗七星出身の朝倉俊二です。こっちは剣あずさと鬼城照彦さん」
「よろしくお願いしますぅ」
「俺はお目付け役って感じの保護者だがな。ま、よろしく頼むわ」
立花雪彦の登場に度肝を抜かれて反応出来ていなかったが、まだ見知った相手が挨拶をする。
「朝倉さんはなんでここに……?」
「あぁ、あの後一回四国に戻ってから九州に行ってたんだよ。そこでふらふらしてたらそこの美人さん……如月さんに見つかって。それで神党にお世話になってたんだけど、今日白神会から連絡があって。力になれるかなって思って付いて来たってわけ」
「なるほど……。それでこのお二人は」
「ああ、この二人は四国にいる父親に連絡したら一緒に行動しろって言われてね。戦力になるかもと思ったから一緒に来てもらったんだよ」
えへへぇとほんわか笑う女の子と背の高い肉体労働が得意そうな男。年齢はそれぞれ二十歳、三十代後半あたりか。
「ま、そんなわけでよろしく頼むよ。しかし陰陽陣のことがあってからそんなに経ってないのに大変だな君たちも」
「望んだわけじゃないですけどね。まぁそれはそれとしてよろしくです」
俊二の差し出した手を握り返すと、彼らは狭い室内の端の方へ移動していく。雪彦と風花、俊二たち三人が去り、良治の方にはこれまた見知った二人組が彼に挨拶をしていた。
(どんだけ声かけたんだ隼人さんは……?)
良治と近況報告を交わしているのは先程話に出た陰陽陣の高遠幾真と相坂未亜。和弥たちや俊二と一緒に戦場を共にした戦友だ。少し痩せたように見える高遠が心配だが、相坂未亜がいるのなら問題はないと思える。陰陽陣という中国地方を治める組織の再編という大仕事の最中でこんなところに来れる余裕などないはず。なのにここに来ているということはこちらも隼人の指示が飛んだ可能性が高かった。
「……おい、ナニ無視してんだ。あぁ?」
「ちょ、ちょっとまーくんっ!」
「え、あ、すいません……って鷺澤さん、だっけ」
「は、はい! そうです、宇都宮支部の鷺澤薫です。それで、こっちはまーくん……じゃなくて赤月政大さんです。総帥の指示で協力しに来ました!」
高遠たちの方に意識を向けていた和弥に食って掛かったのは、毛先を赤く染めた目つきの悪い男だった。まるで狼のような獰猛さを感じさせるが、それを止めたのは日光の事件で顔を合わせたことのあるツインテールの少女、鷺澤薫だった。確かまだ中学生、もしくは高校に上がったくらいの年齢だった記憶がある。
「ありがとう鷺澤さん、赤月さん。よろしくお願いします」
「あぁ!? 別によろしくされなくても勝手にやるさ。むしろテメェらはおとなしくしててもいいくれぇだ」
赤月政大。その名前も以前に聞いた気がする。が、まさかこんな性格だとは思っていなかっただけに戸惑う。こんな気性の荒い人間がいて纏まるのか。
「騒がしいと思ったらやっぱりまーくんなのね。久し振り、元気してた?」
「ちっ、葵か。あぁまぁなんとかな」
急に声のトーンが下がると、葵から視線を外して離れた場所へ移動する赤月。しかし部屋自体が狭いのでさして距離は稼げず、窓から外を眺めていた。話しかけるなオーラが凄まじい。
「まーくんは私の兄弟子みたいなものなのよ。お父さんに師事してたからね」
「あー、なるほど」
師匠の娘には強く当たれないということか。その辺は色々難しい関係な気がしたので詳しく尋ねることはしない。とりあえず赤月がおとなしくなってくれただけで満足だ。一緒についていった薫が少しだけ頭を下げたのを見て、以前と同じように気遣いの出来る有能さを思い出した。
「自己紹介も終わったことですし、一ついいですか」
「あ、はい。どうぞ立花様」
立花雪彦が全員を見渡して発言する。現役四護将という日本最強の退魔士の言葉に誰もが注目する。
「私たちは――少なくとも私は白兼隼人に頼まれてここに来ている。日本を揺るがす可能性のある事件だと。だから手助けが欲しい。そんな話で来たわけだけど、皆さんはそれで間違っていないかな?」
全員が思い思いに頷き、肯定の意を伝える。あの赤月もだ。
「ここには我が神党、四国の北斗七星、中国地方の陰陽陣……そして白神会の退魔士たちが集まっている。これは北海道、東北地方を除く日本の組織が一堂に会している場で、それだけ大きな事件だ。
それを踏まえて――誰が指揮を執るのかな?」
先ほどまでの空気が一気に重くなる。
確かにそれは避けては通れないことだ。誰かが上に立たなければ指揮系統は混乱し、意思の疎通は難しい。綿密な連絡を取ることすら出来ない。
(……誰も意見を言わないな。というか言えないのか)
発言をした立花雪彦は筆頭だろう。神党党首で四護将の一人。誰も文句は言えない実力がある。
陰陽陣の副長である高遠も候補と言える。しかし性格柄自ら立候補することはなさそうだ。現在陰陽陣が再編中ということもある。
北斗七星の三人はどうか。俊二とは戦場を駆けた中だが、特別リーダーシップがあるようには見えないし、その資格もなさそうだ。残りの二人、剣あずさと鬼城照彦だが彼についてきたと言っていただけに挙手することはまずない。
神薙兄妹はフリーの退魔士なので皆を納得させるだけの理由づけは出来なさそうだ。
(じゃあ白神会からは?)
現在この場にいる中で一番地位が高いのは四流派・碧翼流の継承者の葵だ。赤月政大は宇都宮支部長、白河道照は名古屋支部長だが、葵には追いつかない。
しかしそれなら他に、と思うのは和弥だけではないはずだ。何故なら白神会だけで活動している状況では、葵がいても良治が指揮を執っていたのだから。しかし葵が認めたからと言って、他の支部長を退け良治を推しても認められるのか。
ふと良治の方を見ると、彼は立花雪彦と視線を合わせていた。まるで目で会話をするように。そして雪彦は視線を外すと、無言の周囲に向かって再度口を開いた。
「意見がないようなので話させてもらうのだけど、私は遠慮させてもらいたい。今回の件はあくまで白神会に協力、というスタンスだ。だから白神会から誰か代表を選ぶべきかと」
わかる。それは理路整然としていて間違っていない。
白神会の領内で起きた事件に、協力の要請があり他の組織は応援を出した。そういうことだ。
「……そう、ですね」
葵が顔を伏せながら小さく呟く。
そこで思い出した。普段葵は楽観的に見えるが、それはプレッシャーに弱いことを自覚したうえでの誤魔化しだと。責任のある立場、それは葵にとって大きな重荷になる。
苦しそうな葵の表情。隣の綾華は何も言えずに黙っている。
(そうだ、綾華なら?)
白神会総帥の実妹。能力としては問題ないはずだ。上に立つカリスマ性もなくはない。
しかし、それでこの場にいる全員が納得するだろうか。
綾華の能力は一緒に仕事をしたメンツなら理解しているだろうが、そうでない者にとってはどうだろうか。
ちらりと隣を見るが、やはり自分がという考えはしていないように感じる。不安そうな目で葵と和弥を見るだけだ。
しかし和弥が立候補するわけにもいかない。和弥には実績はともかく地位が決定的に欠けている。実績も一番かと言われたらそれも違う。ここで手を挙げたところで出しゃばりと思われるだけだ。
和弥は和弥なりに考え尽した。だが、結局一番頼りになるのは彼だけだった。
視線が合う。
どうする、任せていいか。
彼は苦い顔をしていた。それはそうだ。雪彦が言うように、ここには日本の大半の組織の退魔士が集まっている。そんな中でリーダーシップを発揮しろ。そんな無茶振りを簡単に受け入れられるほど肝は据わっていない。
しかし誰かがやらなくてはならない。
和弥は親友に向けて小さく頷いた。
そして親友は僅かに苦笑して、覚悟を決めた表情で顔を上げた。
「――葵さん、俺がやります。いいですか」
「良治くん……」
「普段から俺が指揮してますからね。任せてください。ほら、そんな顔しないで」
「でも」
「でもじゃないです。信じてください。大丈夫ですから」
「……うん。お願い」
不安に押し潰れそうな葵の同意を得た良治は周囲を見渡す。視線の先はそれぞれ支部長を務める赤月と白河だ。
「すいません、この場は俺に指揮を任せてください。お願いします」
すっと頭を下げる。立場的にも年齢的にも上の立場の二人。頭を下げるのは当然と言えた。しかし支部長を務めるほどの二人がそう簡単に首を縦に振るのか。
「はっ、別に構わねぇよ。葵がメンタル弱いのも知ってるし、お前が出来る人間だってのも知ってる。何度も仕事助けてもらったこともある。この間の頼み事断ったってのもな。……まぁなんだ。俺はお前を認めてるんだよ。だから好きにしろ」
「赤月さん……ありがとうございます」
「けっ」
「じゃあ残るは俺だな! だがまぁ言うことはない。良治君、俺たちは皆君のことを好ましく思っている。忙しい中仕事を手伝ってもらったしな! 京都本部からの東京に帰る途中に寄ってくれたり、色々と気にかけてくれていたことも知っている。だから、君に従わせてくれ!」
「白河さん……ありがとうございます」
二人の言葉に再び深く頭を下げる良治。そこに深い、深い感謝の念が感じられた。
良治のことを信じていなかったわけではない。しかしそれでも説得するのは無理だと思っていた。
(纏まった……)
和弥としては白河は一度見たことがある程度、赤月に至っては初対面だ。しかし良治は彼らからの信頼を勝ち得ていた。それはきっと退魔士としての歴の長さとかそういうことではない。そう感じていた。
それはきっと意識の違い。志の違いのように感じられた。
「――それでは、立花様、高遠さん、俊二さん。私が指揮を執ることに異存はありませんか」
「任せよう」
「君なら安心できる。お願いするよ」
「こっちから頼みたいくらいだ。頼む」
そして組織外の人間にも認められている。
(俺は綾華といる、その為に強くなることを選んだ。そしてそうあろうと今も努力している。なのに)
なのにこの無力感はなんなのだろう。
そこで気が付いた。和弥も良治も周囲の人間を守りたい、その想いは同じだ。しかしその範囲がきっと違う。
和弥は綾華が最優先で、その次に周囲の友人たちや普通の人々になる。
良治は最初から周囲一帯の人々を守ろうとしている。むしろ友人や同僚は後回しにする傾向もある。
その考え方の違いに優劣はない。価値観の違いというだけだ。
そしてそれをお互いに強要するようなことはしない。それはお互いの考え方を尊重していることの証。
(あいつは、すげぇな。でも、そんなリョージと知り合えて本当に良かったと思えるよ)
彼には彼の生き方がある。ならば自分は自分の生き方を貫くだけだ。
大切な人を守り抜く。その為に戦う。助けられるならその周囲の人たちも助ける。それでいい。
「和弥」
「どうした?」
いつの間にか目の前に立っていた友人。不安を漏らさないよう僅かに苦笑いを浮かべる親友。そんな彼がどん、と和弥の胸を軽く拳で叩いた。
「どうしようもないとき、万策尽きたとき。そんな状況で俺が一番頼りにするのはお前だ。俺も頑張る。だから――俺を助けてくれ」
尊敬する友人の信頼の言葉。真っ直ぐに伝えられた本音。
それを確かに和弥は受け止めた。
「――ああ、任せろ。ダメそうなときは俺に言ってくれ。どうにかするさ」
魂が震えるような歓喜。憧れ、尊敬、信頼。そんな感情たちを抱く友人に頼られるなんて。奮い立たないわけがない。
「サンキュ」
今度は和弥から拳を出し、お互いの拳を合わせる。
抱きかけた劣等感は何処かに吹き飛んだ。
信頼さえあればいい。それはきっと生涯持ち続けられるだろう。
拳を合わせた後、部屋の中央に立つ良治。もはやその目に迷いはない。
「――ではこれからは白神会の柊良治が指揮を執ります。何か疑問点や意見がありましたら遠慮くなく。若輩者ですが宜しくお願いします」
周囲に不満や不安を浮かべる者はいない。誰もがある程度の信頼を良治に預けている。白神会の者も、他の組織の者も。
「日本を救う作戦に入ります。作戦名は富士山結界再封印作戦!」
「おお!!」
高らかに上げられた叫び。
それに答えたのは部屋にいる全ての退魔士だった。
戦闘がないのもここまで。次から一気に戦闘シーンばっかりになるらしいですよ!




