~富士山決戦~ 四話
「遅れて悪い、そっちはどうだった?」
「大丈夫だ。というかむしろ俺はそっちが心配だったんだが」
「だいじょーぶだ。少し道に迷ったけどこれくらいなら許容範囲だろ。つかさ、この辺の瘴気まずくないか?」
予定通り拠点として使用するこどもの国に到着した和弥たちは、先行していた良治に連絡を取って合流していた。敷地はとても広いが、彼らが選んだのは十分な広さが確保できる北部のキャンプ場だ。ロッジもあり一時的な活動には問題なかった。ただ結局また迷いそうだったので拠点のロッジの入り口で、こうして良治に待っていてもらったのだが。
しかし何より気になったのは、発した言葉の通り瘴気だ。いつ何処から魔獣が現れてもおかしくないと思えるほどの濃さ。間違いなく原因となる中心に近づいている。
「まさかここまで瘴気が濃いとは思ってなかったよ。ある程度は予想はしていたから、富士山に近すぎないように最初に考えたポイントから少し離したのに。知ってたら確実にゴルフ場にしてたよ。まぁそんなことはともかく、現状の確認とこれからの方針を」
「おっけ」
良治が扉を開けて和弥を先頭にして中に入る。後ろでは結那と天音が良治と話をしているが、その内容は仕事半分雑談半分であまり緊張感がないことに苦笑いする。ある意味いつも通りの日常だ。
「あら、ようやく来たわね。こっちよ」
「あ、ありがとうございます」
入ってすぐいた葵に一番大きな部屋に案内されて入ると、そこには和弥の知らない男女。一瞬身構えたが聞いていた退魔士と判断して頭を下げて挨拶する。第一印象は大事だ。
「ども、初めまして。都築和弥です。今回はよろしくお願いします」
和弥に続いて綾華と結那、天音がそれぞれ挨拶をする。綾華と天音は丁寧な話し方に慣れているが和弥と結那はやや心許ない。
「……神薙凍夜だ」
「え、兄さんどうしたの……あ、妹の香澄よ。こちらこそよろしくね」
香澄が驚いたのは兄である凍夜が急に立ち上がって頭を下げながら挨拶をしたからだ。特にそれだけ取り上げれば特段珍しい動作ではないのだが、それを凍夜が行ったことに香澄は驚いていた。
(兄さんが立って挨拶……?)
習うように立って挨拶をし、一緒に座った香澄はその意味を探っていた。兄は意味のないことをする人間ではない。必要最低限のことしかしなかったり発言しなかったりだ。
その兄がこのような行動をした理由。それを香澄は思考していたが、良治が部屋に入ってきたことによってそれは阻まれた。
「さて全員揃って挨拶も済んだな。じゃあこれからについて説明する」
良治が扉の前に立ち説明を始める。その内容自体は別行動をする前と変わらない。ただこの拠点に残る者と魔獣を倒しながら結界の基点に向かう者が分けられた。そしてこの近くで結界の基点となる場所は三か所あり、先日張り直したのがその中で二か所ある。結界が馴染む前に異常をきたしたと考えると、その二か所を調べるべきだと良治は説明した。
「そんなわけで基点捜査に二部隊、この拠点確保に一部隊の合計三部隊に分けます。南部の基点には……っと」
「ごめんなさい、ちょっと待ってね」
「どうぞ。もしかしたら何かあったのかもしれませんし」
葵の携帯電話が着信したのを見て良治が出るように促す。この時間に連絡があった以上、この件に関しての可能性は低くない。新たな情報が入ったのかもしれない。
幾度か相槌を打って電話を切った葵の表情は厳しく固いものだった。それだけでこの件に関しての情報、そして悪い情報だということが理解できた。
「……富士山周囲、全方向に魔獣の出現が確認されたわ。特に青木ヶ原樹海には大量って話よ。あと名古屋支部の人たちが隼人さまの要請でこっちに向かってるって。十分な戦力だから頼って貰っていいって。そんなに時間はかからないみたい。……どうする?」
「そうですね……」
良治が面々を見ながら悩みだす。難しい局面なのは共に戦い続けている和弥にもわかった。
富士山の全方向に魔獣。その出現量には差はあるだろうが、特別多くの報告のない地域は無視してもいいのか。
十分な戦力がもしあるのなら、富士山周囲を包囲して魔獣をそれ以上広がらないようにし、徐々に範囲を狭めて殲滅が一番だ。この方法が最も一般人に被害が出ない。だが現実では包囲するほど戦力はない。名古屋支部からの応援が来たとしても難しい。
「おおっ!?」
「また地震か……」
ぐらりと一瞬大きく揺れたがそれ以上続くことはなく、すぐに揺れは収まった。しかし否応なしにも残された時間が少ないことを突きつけられる。
「綾華大丈夫か」
「はい。ですが」
綾華の言いたいことは和弥と同じことだ。時間がない、戦力がない。それをどうするかだ。更に言うなら原因もその場所もまだ確定されていない。
今までの良治の方向性としては、真っ先に原因を排除したいのだろう。しかしその最中に出るであろう被害はもう無視できるレベルにない。それが決断を鈍らせている。
「……本部は三咲と久能さん、翔さんお願いします」
「は、はい! 任せてください柊先輩!」
「わかりました」
「うん、わかったよ」
二人に対魔獣の戦力として求めるのは無理だろう。ならば拠点で連絡係を任せるのが一番だ。そして翔には本部で待機してもらい怪我人が出た場合に備えて欲しい。しかし問題はそのあとだ。誰を何処に配置するのか。
「……天音、一番キツいとこ任せていいか」
「はい、任せてください。元より良治さんの指示に従うつもりでここに来ていますから。むしろ一番頼りにされているようで嬉しいですし」
「悪い、任せる。天音は単独で青木ヶ原樹海を頼む。積極的に魔獣を倒す必要はない。解決するまで魔獣が漏れないようにしてくれ」
「なるほど。戦力を裂くのは厳しいですからね。こういった策を単独でこなせるのは私か良治さんくらいでしょうし。――確かに任されました」
天音の言うように一人で戦うことに長けているのはその二人だ。二人とも接近戦も術も高いレベルでこなし、機動力もある。
「それにしてもなんで青木ヶ原樹海にそんなに魔獣が出てるんだ?」
「それはきっと力の濃度が高いからでしょうね。力の濃度が高ければ魔獣発生のハードルが下がります。大気に力が満ちていますから。時々そういう場所があるんですよ。青木ヶ原樹海もその一つです」
「綾華サンキュ。解説はありがたい」
「どういたしまして」
これで原因ではないのに魔獣が多く発生していることに納得がいった。そして良治が樹海に多くの戦力を裂かなかった理由にも。魔獣は多いがそこは原因を解決出来る場所ではないということだ。
「じゃあ南の基点には俺とまどか、和弥と綾華さんで。南西には神薙さんたちと葵さん、正吾、結那で。三咲さん、名古屋支部の人たちが来たら東方面の魔獣の討伐を頼んでほしい。もし何かあったら連絡して」
「はい!」
これで方針は決まった。あとは被害が出ないうちに解決するだけだ。包囲が出来ていない以上時間との勝負になる。
「……」
「来てるわね」
「え? あ」
凍夜と香澄が同時に立ち上がったことに間抜けな声を上げるが、すぐに和弥にも現状が理解できた。周囲を魔獣が囲んでいることに。そもそも来た時にも思ったことだがこの場所は既に瘴気が来い。こうなるのも予想の範疇だ。
「すみませんがまずは周囲の魔獣の殲滅を」
「だな。いくぞっ!」
和弥の声を合図に全員がロッジを飛び出した。勝って勢いを付けようとするように。
ロッジの周囲に現れた魔獣の数はかなりのものだったが、それでもこの場にいた退魔士は十人を超える。和弥は周囲を見ながら戦っていたが誰も危なげなく魔獣を倒していた。
特に見ていたのは会ったばかりの神薙兄妹だ。昔なんとなく聞いた名前で気になっていたが、噂になるのがわかる技量と動きだった。
(動きが全部鋭いっていうかメリハリが凄いな)
おそらくあの動きは彼らの流派特有のものなのだろう。初めて見る動きで、それが弛まぬ努力の果てに身につけられたものなのは和弥にもわかった。あの動きは真似できない。
(それにしても、なんだったんだろ)
戦闘の切れ間切れ間、数回凍夜と視線が合った。
和弥は白神会以外の退魔士ということで凍夜と香澄の両方に意識を向けていたのだが、凍夜は和弥と良治を見ていたように感じた。
良治は理解できる。この場の指揮官の動きを見ておきたかったと考えられるが、和弥は何故か。
「……まだ来ますね」
「攻勢に出たいってのに」
綾華と結那のボヤキが聞こえるがやらなくてはならないことは変わらない。だが確かにぼやきたいくらいには魔獣を打ち倒している。時間にすると十五分程度だが今は時間がない。
しかし近づいていたはずの魔獣たちの他に誰かの気配を感じた瞬間、突如の魔獣たちの気配は数を減らし、そしてその全てが焼失した。
「どう、したんだ……?」
迎撃をしようと握り直した木刀を下し、呆然と気配の先を探る。
気配は集団。人間だ。しかし明かりがないので誰かはわからない。
「――お、ようやく顔が見えたな」
「あれ、道照さん?」
「お、葵ちゃんか。ようやっと合流出来たな」
暗闇から現れた壮年の男は葵に話しかけると破顔した。そしてその後ろからもぞろぞろと数人がロッジの明かりで顔の見える位置まで現れる。
「遅くなったが名古屋支部から来たぜ。俺を含めて総勢五名だ。――名古屋支部支部長・白河道照、総帥の命により参上だっ! はははっ!」
口髭の似合う男――白河道照は豪快に名乗りを上げると、そのまま大きな声で笑った。
「よし、これでどうにかなりそうだな。というかどうにかする」
「人数増えたしな。このロッジじゃ手狭なくらいに」
やる気を出す良治の目には自信が見える。これで状況は五分くらいにはなったらしい。戦闘前の悩んだ表情とは打って変わり、今はきちんと解決の道筋が見えているようだ。
「あと何人かにも声かけてるって総帥は言ってたぞ。そのうちここに来るんじゃないか?」
「あぁ確かに援軍頼んだとは言ってたけど、こんなに迅速に、それもこんなに多く来るなんて思ってなかったわ。珍しくやる気になったのかしら」
「はは、確かにそうだな。総帥は気分屋だからなぁ!」
「あの、すいません白河さん。自分は柊良治と言います。それで、他に頼んだ援軍に心当たりはありますか?」
「おお、お前が噂の柊か。そうだな、他には宇都宮支部は聞いたな。あとは幾つかあるみたいだが詳しくは聞いてないな!」
「なるほど。ありがとうございます」
道照と葵の会話にすっと割り込んで挨拶、そして聞きたいことを聞いて抜け出す良治の要領の良さに少し驚きつつ、和弥も名古屋支部の人たちに挨拶をする。同じ作戦に関わる以上これも大事なことの一つだ。
「ども、都築和弥です。よろしくお願いします」
「ああ、君があの……!」
「結構背高いんだね!」
「イケメン、だと……」
「メガネがない。やり直し」
「どういう反応ですか皆さん」
うっかり突っ込みを入れてしまうくらいよくわからない反応が返ってくる。というか特にメガネ云々はどういうことなのか。
「お、君が都築和弥か! 噂は聞いている、よろしくな!」
「よ、よろしくお願いします」
背後からぬっと出てきた道照にも挨拶をする。背が和弥よりも高いうえにガタイもある。急に近づかれると威圧感と言うか圧迫感があり一瞬たじろいでしまう。
「ちなみに噂ってどんなですか?」
「んー、それは秘密だ。うかつに言ってこじれたら責任取れないしな! はははっ!」
「気になる……」
「すいません、皆さんこちらに注目してください!」
手を上げながら良治が全員に聞こえるように声を響かせる。まるで学校の先生のようだ。そして視線が集まったところで今度は少しトーンを落として喋りだした。
「ありがとうございます。ええと、宇都宮支部の方と連絡を取ったところ、あと十分程度で合流が可能と言うことがわかったのでそれを待ちます。どうやら他の支部からの方とも合流しているようなので戦力的にはもう十分かと。
なので――一番手間がかかるけど一番被害が出ない作戦でいきます」
にやりと笑う良治。その表情に東京支部の面々も笑みを浮かべた。
(――ああ、これはリョージが自信満々で、あとは実行するだけって時の表情だ)
本来柊良治という人間は比較的自信を持たず謙虚な性格だ。その彼がこんな表情をするからにはそれ相応の策と自信がある時に限る。
「――良治くん、長野支部からも応援出せるって! どうする?」
「そうですね、長野支部の方たちには富士山北部の抑えを。そちらの戦力次第ですが、無理はしないでいいと伝えてください」
「おっけ!」
いつの間にか電話に出ていた葵が良治の指示を仰いで伝える。相手は長野支部の誰かなのだろう。
「あ、葵さんちょっといいですか」
「え、まどかちゃんどうしたの……ってなるほど。はい、祥ちゃんよ」
「ありがとうございますっ。あ、祥太郎?」
葵の携帯電話を受け取ったまどかが相手に話しかける。祥太郎というのは玖珂祥太郎のことだろう。和弥も一度会ったことのある少年だ。昨年父親を亡くし、幼いながらも紅牙流を継承した少年。
まどかが長野で修業をした際仲良くなったと聞いている。それを知っていたからこそ葵も電話を替わったのだろう。
「ありがとうございます、葵さん」
「いいのよー。気にしないで」
「もういいか、まどか」
「あ、ごめん良治。先を続けて」
「おう。じゃあ先を続けます……って言ってもあとは場所の確認になりますが。なのでまずは目的を再確認します。名古屋支部の方も来ましたので」
電話が切れたのを確認して再度良治が話し出す。途中で声をかけずに切れるまで待ったのは彼の優しさだろう。
「富士山周囲、全方位に魔獣の出現が確認されています。特に多いのがこの南部から南西部、青木ヶ原樹海のある北西部です。その為にその三か所には多めに戦力を配置する予定です。全戦力を持って富士山を包囲、そして結界に異常を来していると思われる南部もしくは南西部の基点を正常に戻すことが目的となります」
「じゃあ結界の基点を元に戻したらそれで完了ってことでいいのかい?」
「いえ、もしその時点で魔獣が残っていた場合、無事な者だけで魔獣の掃討作戦に入ります」
「ははぁ、なるほど。まずは蓋をするってことだな!」
「はい、その通りです」
道照は満足したのらしくどかっと椅子に座り直す。名古屋支部の支部長を務めるだけあって理解は速い。
「よしわかった! あとは残りの奴らが来るのを待って作戦開始だな!」
「はい、それまで待機ってことで」
「……良治さん、出発みたいですよ」
天音の言葉と同時にロッジに近付く気配に気づいた。そして間もなくノックが聞こえた。話に出ていた応援だろう。
「すいません、葵さんお願いします」
「はーい」
良治の要請にぱたぱたと玄関に向かう葵。これではどちらが立場が上かわからない。
「……あの、さっきの人ってこの場で一番偉いんじゃ」
「あー、そうなんですけどね……」
香澄の疑問に和弥は答えたが、それに対して明確な答えは持っていない。敢えて言うなら葵自身がそういう上下関係をほとんど気にしていないことが原因だろう。指示を出したのが小さな頃から一緒だった良治ということもあるかもしれない。
「あれ、葵さんどうしたんですか。そんな顔して」
「……和弥くん。私は隼人さんが怖いわ」
「は?」
青い顔の彼女の後ろからぞろぞろと現れる『応援』部隊の面々。
「多っ!?」
和弥が叫ぶのも仕方ない。何せその数九名。一気に五十%増しだ。もはやロッジの部屋に入りきらない人数で、後ろの方の人の顔も見えない。
「――さて、これで全員揃ったのかな。それならそろそろ動き出さないと間に合わないんじゃないかと思うのだけど、どうだろうか」
一番奥に立っていた落ち着いた雰囲気の男はにこやかに微笑みかける。
フレームのないメガネの似合うその男に、和弥は隼人と似たような印象を受けた。
「え……!?」
「はは、久しぶりだね柊君。今回はよろしく頼むよ」
男は更に続けてこう言った。
「――九州、神党党首・立花雪彦、盟友の要請により白神会に助力しよう」
やっと戦闘! かと思いきやあっさり終了。
そしてラストに出てきたのはまさかの大物。
あ、眼鏡がないやり直しさんは腐女子さん(25)です。掛け算大好き。




