~富士山決戦~ 三話
二日連続投稿です!
「じゃあ任せたぞ和弥。遅くとも三十分で切り上げだ」
「ああわかってる。ありがとな」
「気にすんな」
良治の指示に和弥は車を降りながら感謝を伝える。
二台に分かれて到着したのは、魔獣が発見された地域の端。ここで和弥は良治たちと一旦別れることになる。和弥のわがままを聞いてくれた形だ。
「あの、良治さん。この組み分けの理由をお聞きしてもいいですか」
問いを投げたのは一緒に降りた綾華だ。和弥も少し気になっていたが聞いてはいなかったことだ。
ここで車を降りたメンバーは和弥と綾華、そして天音と結那の四人だ。今回の作戦立案者の良治と静岡支部所属で道案内の久能静子、責任者の葵はこっちには参加できない。千香と翔は戦闘が得意ではない。正吾はまだ力不足、残るはまどかが参加するかどうかだが、普通に考えれば良治と同行するのが当たり前だ。
「言い出しっぺ、パートナー、夜戦得意、奇襲への対応力です」
「……なるほど」
和弥なりに推測したのだがそれは外れたようだ。と思ったがまどかの理由については、それを良治本人が口に出すとは思えない。これは建前なのだろう。
「ま、なんでもいいけどね」
「得意なのは本当のことですし仕方ないですね」
結那と天音もそれに気付いているようだ。不満はあるようだが反対まではしない彼女らに良治が苦笑いしている。
「さ、早く行けよ。魔獣は待ってくれないし時間はない」
「だな。行ってくる」
軽く手を上げ車を背にして歩き出す。間もなくエンジン音が聞こえたので良治たちも行ったようだ。
「で、ルートは?」
「道なりに北上しながら民家周辺をぐるっと回る感じで。時間もないし、人のいるとこだけ見回りしよう。並びは先頭から俺、結那、綾華で最後尾に潮見で」
「わかりました」
「おっけ」
「それで行きましょう」
三人の同意に安心する。自分の方針は間違っていない気がした。
和弥としては一番正しいと思える方法を選んでいるつもりだが、それでも周囲が同意してくれるとほっとする。
「で、和弥が指揮を執るのよね」
「まぁ言い出しっぺが執るべきかと」
「おう、任せてくれ。リョージみたいには無理だろうけどさ」
綾華と良治、まどかのいつものメンバー以外からはまだそこまで信頼されてはいない。それがこのやり取りでも理解できた。だが信頼されていないのならこれから勝ち取ればいいだけだ。
やや速足で歩いていく。時間はない。目指すは視界に入っていた民家だ。周囲に街灯はあるがかなりとびとびで夜の闇を照らすには余りにも心許ない。冷えた空気が更に寂しく感じさせるが、それは後ろについてくる彼女らを守らねばという想いで打ち消した。
「止まって」
民家を通り過ぎ、しばらく歩いた先に何かの気配を察した和弥は振り向かないまま、手で止まるようなジェスチャーと共に声をかけた。すると今度はがさりと葉擦れのような音が聞こえた。
左手には林、右手には何かの畑が広がりこちらは見通しが良い。車がすれ違うのがやっとの幅の道を、少しずつ畑の方に移動する。
「来るわ!」
結那の声と同時に林から魔獣が飛び出してくる。小さな犬型の魔獣、数は相当な数だ。
「多いなっ!」
「視界悪いから気を付けて!」
言いながら前に出る和弥と結那。予想通り魔獣の一体一体は弱く、和弥が木刀を、結那が拳を唸らせる度確実にその数を減らしていた。
「二人とも中央を開けてください!」
後方からの綾華の声が聞こえて反射的に二人は左右に散開すると、一拍空いて氷の矢の雨が魔獣たちに降り注いだ。
「うへ、さすが綾華」
「術ってやっぱり凄いわよね」
二人が相手をしていた魔獣たちの姿が消えていく。しかしまだ残っているはずだと周囲を見回すと、ちょうど最後の一体を天音が大鎌で屠ったところだった。
「これでおしまいです」
「……なんか、やっぱりみんなすげぇよな」
灯りの乏しいこの暗闇の中、結那も天音も正確に魔獣を倒し、綾華も術で一網打尽にした。和弥も倒しはしたが感覚に頼っていたせいか、完璧に体躯の中心を攻撃できていたかと問われれば否定するしかない。
「何言ってるのよ。私は殴ればいいだけだから間合いが近い分当てやすいだけよ。和弥みたいに長物持ってちゃんと当てるの難しいのに、それだけ出来れば十分よ」
「そうですよ和弥。皆それぞれ武器も得意なものも違います。それを尊重するのは良いですが、自分に当て嵌めて落ち込むのは違いますよ」
「……そうだな。すまん」
一対一の真っ向勝負ならそれなりに自信はあるが、それも良治や葵に勝つことは難しい。そしてそれ以外の要素に関してはだいたい得意としている者がいるので自信など持つことなど出来ない。
だが確かに良くないことだ。少しずつでも改善していけたらと思う。
「さ、和弥。あまり時間はありませんよ。先に進みましょう」
「ああ、ありがとな。行こう」
足りないのなら努力していけばいい。時には現実に打ちのめされたり落ち込んだりすることもあるだろう。だけどそんな時には。
「――隣に綾華がいてくれて本当に助かるし嬉しいよ。これからもよろしくな」
「て、照れるのでそういうのは全部終わった後でお願いしますっ」
一緒に歩いてくれる彼女に助けてもらえばいい。助けてもらったら彼女が立ち止りそうな時に手を差し伸べて引いてやればいい。
「まぁ、また何かあったら頼むよ。きっと綾華の声でなら立ち直れるからさ」
「……そういう状態にならないように、まずそこから頑張ってもらいたいですけど。でも、はい。わかりました。その時は任せてください」
頼もしい綾華を見て顔が綻ぶ。なんて良い彼女を持ったのだろうと。
「……で、そろそろいいかしら?」
「私たちはさっさと終わらせて合流したいのですけど」
「わ、わるい。行こう」
「そ、そうですね。急ぎましょう」
ジト目の二人の視線を背中に浴びつつ、和弥たちはいそいそと道を歩き出した。
「ここですか、久能さん」
「は、はい。この神社にその退魔士さんがいるはずです」
全員が車から降りたのを見て良治が久能静子に確認をする。同時に周囲に魔獣がいないか気配を探ってみるが、この辺にはいないようだ。予想した通りこの神社の退魔士自身が退治したのだろう。
それなりに長い石階段を昇り切って鳥居を抜けると、本殿の前に一人の女性が立っていた。長い黒髪を無造作に結んだ巫女服の女性は、良治たちが近づくと静かに一礼をした。滑らかな動作でまさに神に仕える者といった佇まいだった。
「お話は聞いております。当神社の代表は奥に居ますので、どうぞこちらへ」
「御丁寧にありがとうございます。失礼します」
礼を失しないよう良治も頭を下げ、彼女の後ろについていく。他の者も彼に倣って足を進めた。
(静かな良い空気だな)
冬の夜の空気、理由はそれだけではないだろう。神社や寺特有の厳かで静謐な雰囲気が境内に満ちている。案内をする彼女もそうだが、この神社の代表も確かな信心を持って仕えていることに間違いはない。
「どうぞ」
「失礼します」
女性の声に従い板張りの廊下から部屋に入る。奥に座るその男はまるで空気に溶け込むかのようにその場にいた。
前列正面に良治が座り、右に久能静子、左に葵が座る。後列にまどか、千香、正吾と翔が座ったのを確認すると良治が口を開いた。
「初めまして。私たちは白神会東京支部所属の退魔士です。私は柊良治、こっちは同じく東京支部支部長で碧翼流継承者の南雲葵、こっちは静岡支部の久能静子さんです」
「……神薙凍夜だ」
「ごめんなさい、兄さんはあまり喋るのは得意じゃないの。私は神薙香澄、話は私がするわ」
すっと凍夜の隣に座った香澄が微笑を浮かべて話しかける。これもいつものことなのだろう、手慣れた感じがあった。
そして良治はそれとともに自分の予感、予想が的中していたことに身を固くした。神薙凍夜と香澄。それはいつか口にしたあの『神薙兄妹』だ。下の名前は今初めて知ったが、それでもいくつか良治が知っていることはある。それを高速で思い出そうとした。
――神薙凍夜。二十代、噂では剣士タイプ。『絶対零度』の異名を持つフリーでも屈指の退魔士。
――神薙香澄。二十代、凍夜と同じく噂では剣士タイプ。『疾風怒濤』と呼ばれる。
実際目にした印象を付け加えるなら二人とも二十代前半、力量は噂に違わずと言ったところだろう。
「わかりました。ではまず現状の説明から致します。
現在富士山周辺、特に南部に魔獣が多数出没しています。その原因はこれから調査の予定です。白神会ではおそらく富士山にあった結界に何らかの異常が起こったか、結界に綻びが出来たかと予想しています」
「なるほど、私たちも富士山に結界が張ってあるという話は先代から聞き及んでいます。それに何かが起こったと」
「はい。そして今私たちは魔獣発生の原因が富士山にあるという予測の元、これから富士山へ調査に向かう途中になります。そこで、静岡で魔獣を退治している退魔士がいると聞いて御助力を願いに来た次第です」
ここで一旦言葉を切り、二人の反応を伺う。凍夜は目蓋を閉じて無表情、香澄は納得するように頷いている。凍夜はわからないが香澄の反応は悪くない。
味方に付いてくれれば心強い。そう思いながら良治は現状を話し出した。何をどんな順で話すかは車中で考えてあったので戸惑うことはない。時折香澄の質問に答えつつ、良治はこの神社に来たいきさつまで語り終えた。
「正直な話、白神会は魔獣の発生について対処しておりましたが、その原因が富士山にあることに見当をつけたのは今日のことになります。そして魔獣発生は一刻も早く解決しなければならない案件です。何故ならば、魔獣の発生は一般人の被害に即繋がるからです。それが私たちがここに来た理由になります」
「一般の人たちに被害が出るから、すぐにでも魔獣を討伐したいってそうういうこと? だから私たちに手伝ってほしいと」
「はい、そうなります。だからこれ以上周囲に被害が出ないよう、共に戦ってほしいのです。おそらく一般人を守るという目的は同じはず。どうかお願い致します」
言い終わると同時に頭を下げる。それに倣って皆も軽く頭を下げるのを雰囲気で感じた。前もって言ってなかったことだが、話の流れで合わせてくれたことを心の中で感謝した。
「……ありがとうございます。お話はわかりました。……兄さん、どうするの?」
話を終え、良治としては香澄の受け取り方は悪くないように思えた。何よりも自分たちと神薙兄妹の目的は同じだ。情報提供をした形もあり、心情的には傾いてくれるはず。しかしやはり、最後の決定権は兄の凍夜にある。彼が否と言えばそれで話は終わってしまう。
凍夜は整ったその顔立ちに似合わず、最初からずっと感情を露わにしていない。無表情というよりもまるで死人を相手にしているようにすら思えていた。
「兄さん?」
香澄が驚いたように再度声をかける。瞳を開いた凍夜が不意に立ち上がったからだ。香澄にも予想外らしい。
凍夜は良治たちを見回し、最後にじっと良治の目を射抜く。その瞳を良治は真正面から受け止めた。
「――……」
見つめ合うこと一分。凍夜はほんの僅か口角を上げると低い声で決断を下した。
「……香澄、魔獣退治の準備だ」
「っ、うん!」
香澄が立ち上がり、準備に走り出す。それを見送ったあと良治は頭を下げた。
「御協力、ありがとうございます。それでは準備が出来次第移動致します」
「……こちらこそ頼む」
出された手を立ってから握る。力強く硬い、頼りになりそうな手だった。
状況を説明し筋道を立て礼を尽くせば大体の者は動くと良治は信じている。目的が少しでも被るなら尚更だ。
「ではみんなも準備を。夜が明けるまでには終わらせましょう」
これでこっちの準備は完了だ。あとは拠点に定めたこどもの国で和弥たちと合流し、富士山に張った結界の基点を調査すればいい。
このまま行けば予定通りに終わる。そう良治は考えていた。
だが彼は見落としていた。目的に気を取られ、この事件の原因が何なのかを。
そして、彼の罪がまた現れようとしていることに。
妹の香澄は結構なブラコン。




