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曇天に曙光は射し込んで  作者: 榎元亮哉
日常、そしてその先に在るもの
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~日常、そしてその先に在るもの~ 二話

「疲れた……」


 夕暮れに染まる自宅の最寄り駅。二泊三日の富士山一周という苦行を終えた和弥は、ようやく帰ってきたと人心地ついていた。

 ここまでは葵の運転する車で送ってもらった。同行していた千香も和弥の後に自宅まで送っていってもらっている。最初は皆で東京支部に帰還する予定だったが、静岡から多摩にある東京支部に戻るのに和弥と千香の住む近所を通る為、そのまま降ろしてもらったというわけだ。


(さすがに疲れたからな……ん?)


 駅前の自転車置き場に向かう最中、白いものが目に留まった。

 周囲を探すようにきょろきょろとしている、長く白い髪の女性。しかしそれは歳のせいではないようで、後ろ姿からも背筋がピンとしているのがわかるし、直後に見えた横顔はどう見ても二十代だった。


「あ」

「え?」


 振り向いた女性とばっちりと目が合う。声を上げるとこっちに向かってくるが彼女に見覚えはない。こんな目立つ人を忘れるとは思えない。それもこんな美人なら尚更だ。


「ね、この辺に美味しいケーキ屋あったはずなんだけど知らない? ピンクと白の看板だったと思うんだけど」

「え、と。そのケーキ屋なら随分前に駅の逆側に移転しましたよ。そこの通路真っ直ぐ行ったら目の前にあります」

「お、ありがと。久しぶりに日本に帰ってきたら色々変わっちゃってて。あそこのケーキ甘さ控えめで好きなのよ。じゃねっ」


 軽く手を振ってさっさと歩いていく。女性にしては背が高く、良治と同じくらいでまるでモデルのようだった。


「……なんだったんだ、あの人」








「――ということが昨日の帰りにあったんだよ」

「なんだそのフラグ」


 翌日東京支部でその話をすると返ってきたのは良治のそんな言葉だった。

 お互い道場の床にあぐらをかく。


「フラグってなんだ。まぁなんかその人のインパクトが凄くてな。背はお前と同じくらい高かったし、堂々としててなんかオーラを感じたというか」

「オーラ? それは何かの力的な意味でか?」

「いやそういうんじゃなくて。威圧感とかカリスマ性って感じかな」


 自分で言葉にしていくうちに、カリスマ性という単語がしっくり来ることを感じた。二言三言言葉を交わしただけだったが、それでもその立ち振る舞いが焼き付いている。美人系の顔立ちだったのも一つの要因かもしれないが。


「普段そういうこと言わないお前が言うってことに一つ不安があるな。もし何か思い出したら言ってくれ」

「了解。まぁホントにすぐに別れたからそれだけしかないんだけどな」


 良治の脳裏には潮見天音のことが思い出されているのだろう。春にも似たようなことを彼に相談したことを思い出した。それなら彼が不安に思うのも理解出来た。


(潮見は結局一流の退魔士だったしなぁ。……まさか、ね)


 さすがに二回連続で引き当てることはないだろう。じゃんけんやくじ引きは強いほうだが、まさか、さすがにまた知らない退魔士を引き当てることは有り得ない。


「まぁそれはそれとして、京都で結局なにしてたんだ?」

「そうだな……陰陽陣の支援策や後始末、これから新しく設定される副属性のマニュアル作成、これは更に後になるだろうけど退魔士の細かいタイプ分けとかランク付けとかかな」

「凄いなおい」

「お陰で夏休みのほとんどが潰された訳だけどな……」


 遠い目をする友人。もう夏休みも明日であと十日を残すだけだ。ちなみに明日は登校日。久しぶりにクラスメートに会うのが少しだけ楽しみだ。


「まぁ夏休み入ってすぐに海に行けただけ良かったじゃないか」

「まぁ確かに。荷物持ちに細井を呼んで正解だったな」


 細井に声を掛ける代わりに、荷物の大半を持たせることにしたのは良い判断だった。和弥も良治も退魔士なので荷物持ちに不安はないが、かさばるものは持ちづらい。


「個人的には潮見のスク水と、結那の際どいビキニが印象的だったな。もちろん綾華が一番だったけど」

「俺はコメントは控えさせてもらおう。でもまぁ楽しかったよ。今年一番の楽しい出来事だったよ。みんなが好き放題言うのを纏めるのは大変だったが」

「まぁそんだけリョージが頼りにされてるってことだろ」

「頼りになんかされたくないんだけどな。命は拾ったけど、気分的にはもう余生を楽しむ老人なんだから」

「老人ねぇ」

「退魔士は引退しないにしても、第一線は退いて和弥たちを見守るくらいがちょうどいい。なにか手が足りなくなったら呼ばれるくらいの立ち位置で」

「それは無理だろ」

「残念だ」


 良治は契約によって自らの力の一部をまどかに流している。それ自体は生き長らえるために必要なことで本人は全く気にしていないのだが、やはり全体的に退魔士としての能力は落ちてしまっていた。


(それでもまだトップクラスの退魔士なんだからすげぇよな……)


 この前模擬試合をやったときも結局負けてしまった。お互い全力を出してもその差が埋まるとも思えない。力が弱まってもなお彼は強かった。


「と、そうだ。進路はどうするんだ。白神会に就職か?」

「ああ、その予定だよ。親にも話はした」


 高校三年の夏休みともなれば進学か就職かを決断する最後のタイミングだ。和弥は大学進学も少しだけ考えたのだが、結局今のままの生き方を進むことを決めて組織に就職することにした。


「『ホワイトサービス』って名前本当に酷いよな。命懸けの仕事でブラックにも程があるってのに」

「全くだ。でもまぁ表向きの会社は必要だから仕方ない。名前は酷いけど」


 京都ホワイトサービス。

 ちゃんとした会社、の体裁を整えてくれているお陰で両親の説得は割とスムーズに完了した。京都に本社のある何でも屋という説明しかしていないが、珍しく姉が味方をしてくれたのだ。以前はプロレス技や関節技をかけるのが趣味なはっちゃけた姉だったのだが、この一年身体を鍛え始めてからあまり痛がらないようになると飽きたらしい。今から考えるときっとあれは姉なりのスキンシップやコミュニケーションだったのだろう。


「とりあえずしばらくは東京支部所属のままになりそうだよ。正直助かる」

「まぁそうだよな。綾華さんも卒業まで一年あるし」

「そのあとはわからないけどな」


 隼人と今後の話をしたとき、綾華のことも少しだけ話題に出た。

 結局綾華を卒業まで学園に残ることにしたらしい。隼人としては特に連れ戻す理由もなく、東京支部のままで問題ないと思っているらしい。


「多分、いつかは京都に行くと思う。それまでにもっと強くならないとな」


 綾華はきっと卒業したら京都に帰るだろう。もしかしたらもう少し猶予はあるかもしれないが、そう遠くない未来には違いない。その時に彼女に付いていけるかは自分次第だ。少なくとも今のままではダメだろう。


「そうだな。まぁ頑張れよ」

「そういうリョージはどうするんだ? 大学行くのか?」

「いや行かないよ。このまま東京支部に就職だ。他に行くところもないしな」


 てっきり大学に行くのかと思っていたがそうではないらしい。和弥と違って学校の成績も優秀だったので少しだけもったいない気がした。


「ってことはまだしばらく一緒って感じか」

「そういうことになるかな。来年もよろしく頼むよ和弥」

「こちらこそ頼りにさせて貰うよリョージ」


 笑って改めて握手をする。ちょっと気恥ずかしい。

 そこでがたがたと音がして道場の扉が開かれた。


「こんにちは、って良治先輩と和弥さんの二人だけですか」

「正吾か。ああ、此処には俺たちだけだよ。家の方に葵さんと翔さん居るみたいだけど」

「ありがとうございます良治先輩」


 入ってきたのはこの東京支部の浅川正吾。まだ中学生だが最近退魔士として仕事をし始めたところだ。


「ショーゴ、仕事はどうだ」

「まだまだですよ。基本的にまどか先輩や結那さんの見学みたいな感じなんで。早く前線に立ちたいとは思うんですけど」


 茶髪の少年はそう言って苦笑する。

 和弥が初めて会った一年ほど前は思春期のせいか、やや刺々しさがあったのだがそれはもうなりを潜めていた。成長したということなのだろう。


「きっとそのうちそういう機会が来るさ。嫌でもな」

「じゃあその機会がいつ来ても良いように稽古つけて貰えますか、和弥さん」

「お、いいぞ」


 ちょっとだけ挑戦的な眼差しに応えて立ち上がる。和弥としても出来る限り訓練はしておきたい。

――今出来る、出来る限りのことを。


「良い傾向だな。二人とも頑張れよ」

「おうっ」

「はい!」


 友人の応援の声に、和弥は木刀を手にして立ち上がった。

 強くなるために。









「今日は何の予定もないから、たまにはこういうのも良いのかもしれないが……」


 良治の溜め息の混じった呟きに和弥は苦笑いをした。彼の言う気持ちもわかる。とても混沌とした空間だった。


「さ、歌うわよっ!」

「結那ノリノリね……」

「や、だってこんなに大人数で来るの初めてなのよ。ちょっとテンション上がっちゃって」

「まぁ、多いのは確かだけど」


 まどかの言うとおり人数は多い。八人もこの部屋に座っている。


「カラオケ、初めてなんですがどうすれば良いのですか」

「とりあえず歌いたい曲を探すんだ。歌いたくなければ無理に歌うことはないからあまり緊張しないで良い」

「わかりました、ありがとうございます良治さん」

「まぁ天音はこういったことには疎そうだもんな。仕方ない」


 天音の問いに良治が答える。しかし彼の隣で真帆がむっとした表情でいるのが視界に入る。明らかに不機嫌だ。彼女の弟の慎也が戦々恐々としているのがそれを証明している。


「……」

「委員長様、そんな視線を送られても」

「別に、なんでもないですよ」

「……そうですか」


 まさかこんなメンツでカラオケに来ることになろうとは。

 登校日で久しぶりに会って楽しくなってしまったのは否めない。和弥と良治と真帆が教室を出たところで二年生の綾華と慎也が合流、下駄箱で一年生の天音と会ってそのまま雑談しながら校門へ。そこに違う学校に通っているまどかと結那が合流して、何故か解らないがカラオケに行くことが決まってしまった。確か言い出したのは結那で乗ったのはまどかと慎也だったはずだ。


(乗った慎也が怯えてるのが不憫だな……)


 席は自然に決まったものだが、見えないところで牽制があったように思える。ちなみに端から結那、まどか、和弥、綾華、慎也、真帆、良治、天音の順で結那と天音の方に出入り口がある。つまり良治の正面にはまどかが座っている。


(リョージ、凄い状況だよな)


 和弥の知る限りこの狭い空間で彼に好意を持つ女性が四人存在する。女性は五人、つまり綾華以外全員だ。


「なんか言いたげだな和弥……いやなんでもない。言わなくていい」

「賢明な判断だな」

「……ありがとよ」


 投げやりな返答を聞いて大変だなと思う反面ちょっとだけ羨ましいとも思う。が自分には綾華ひとりだけで十分だなと頷いた。


「どうしたんですか和弥」

「いやなんでもない」


 首を傾げる綾華も可愛い。とそこで軽快な音楽が流れ始める。結那が入れた曲が始まったようだ。


「いっくわよー!」

「言い出しっぺだけあってテンション高いわね……」


 まどかの呟きを後目に歌いだす結那。聞き覚えのある歌で、最近デビューしたアイドルグループのものだ。手の振りまでやってるあたりだいぶ聴きこんでいるのだろう。


「……なんですか」


 良治と話している天音を見ていると、視線を感じたのか疑問を投げかける。


「いや、天音って本当に十五歳なのかなって。大人びて見えるから」

「失礼ですね。年齢詐称はしていません。……私は八歳からこの世界に居るのでその影響はあるかもしれませんが」

「八歳……リョージは幾つからだっけ」

「俺は五歳で白神会に引き取られてからだよ」

「もしかして、『第一次陰神戦』ってやつからか?」


 今からおよそ十年前。正確にはもう十一年前に起こった第一次陰神戦と時期が一致する。時折出てくるその事件と関連していると和弥は連想した。


「惜しいな。俺が引き取られたのはそれの一年前くらいだ。魔族に襲撃されて、それを助けてくれたのが葵さんの父親だったんだ。それで東京支部に引き取られたんだ」

「魔族に?」

「ああ。今から考えると白神会に喧嘩を売る為の戦力集めだったんじゃないかな。子供でも半魔族は戦力になるし、俺の母親も術士だったから」

「母親も術士だったのか」

「言ってなかったっけ」

「聞いてない。というかそういう身の上話をリョージから聞くのも初めてな気がする」


 高校に入ってからの付き合いなのでもう二年以上友人関係を続けているが、それでも良治の話はほとんど聞いたことがない。今まで疑問に思ったこともないので彼の立ち回りが器用だったのだろう。


(でもまぁ仕方ないのか。あまり話したいような過去じゃないし)


 友達付き合いを通じてわかったこともある。それは彼が嘘をつくことが好きじゃないということだ。その場凌ぎの嘘を口にするのは簡単だろう。特にこういった仕事をしていれば必要なこともある。それをしてこなかったことに気付いて、和弥は小さく笑った。


「なんで笑ってるんだ」

「いや、器用なのか不器用なのかわからんなって思って」

「なんだそれ」

「いや褒めてるんだよ」

「褒められてる気がしねぇよ」


 溜め息を吐く良治の横で天音と真帆が優しい目をしている。きっとこういうところに彼女らは惚れたのだろう。


(不器用で優しくて頭が良くて、か。そりゃモテるわ)


 納得する一方で、隣に座るまどかが若干不穏な気配を醸し出していることには触れないでおこうと決めた。自分の彼氏がモテモテで気が気でないのだろう。


(きっとこれからも続くんだろうな。ちょっと可哀想な気もするけど)


 今後も仲良くやっていってもらいたい。

 顔をそむけながらウーロン茶をストローで一啜りした。


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