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曇天に曙光は射し込んで  作者: 榎元亮哉
日常、そしてその先に在るもの
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~日常、そしてその先に在るもの~ 一話

あの中国地方での「開門士の乱」から三カ月、夏休みに入った高校最後の夏。

日常に戻っていた和弥たちだったが、しかしこのままの生活が送れるわけもなく――

 ジリジリと焼けつくような暑さの中、白と紺の道着姿をした二人の青年が木刀を手に相対していた。

 季節は夏、場所は京都の道場。二人とも摺り足で間合いを探っていた。


「――っ!」


 先に焦れて板張りの床を蹴ったのは背が高くほどほどに筋肉質なほう、八相の構えの和弥かずやだった。上段から一気に斬りかかる。


「っ!」


 それを下段斜めの構えから受け流したのは良治よしはる。滑らかな動きは彼の学ぶ碧翼へきよく流特有のものだ。彼の木刀は受け流した後滑るように和弥に襲い掛かる。


「ッ!」


 和弥の受け流された木刀がすんでのところで外側から良治の木刀を払い、頬に掠るだけに止める。この数日の訓練で初めて二撃目を躱せた。

 まだいける。そう考えた和弥の視界に背中を見せた良治の姿が見えた。無理な動きをした影響と、理解できない相手の姿に和弥の反応が鈍る。


「はっ!」


 良治は背中を見せたのではなかった。いや、見せたことは見せたのだが、それは打ち払われた木刀の勢いのまま回転していた。そして。


「ぐっ!」


 体重の乗った横薙ぎを木刀で止めるものの体勢を崩される。構え直そうとした時には良治の木刀が和弥に向けられていた。


「……まいった」

「今日も勝ててよかったよ。ぼちぼち抜かれそうだけどな」

「まだまだ勝てる気がしないけどな」

「和弥は自分が今どれくらいの力なのかわかってないんだよ」

「そんなもんかね」

「そんなもんだよ」


 脇に置いておいたタオルで汗を拭う。この暑さのせいでいくら拭いても切りがないがそのままにもしておけない。あまり夏が好きではなかった。


「それにしてもちゃんと訓練しだして一年ちょいでここまでなら、本当に来年くらいには抜かされそうだよ」

「でもリョージにはまだ術もあるし、まだまだ勝つのは先だと思うけどな」

「『リョージ』じゃなくて『良治』な。いい加減このやりとりもめんどいが。

 まぁ剣術のみ、の話かな。俺だって術ありならそうそう負ける気はしないよ」


 肩を竦める良治。彼の言うとおり、なんでもありになったら尚更勝率は下がるだろう。剣術なら追いつき追い越す可能性も見えるが、ほとんど術を扱えない和弥には厳しい話だ。


「一応俺は十年以上鍛えてるからな。簡単に負けるのはちょっと悔しいよ。だから当分負けてやらないからな」

「この負けず嫌い……っと」


 道場の扉付近に気配を感じて振り返ると、今丁度来たらしい女の子の姿。小柄な身体に前髪パッツンの背中まである美しい黒髪。クールな美少女は二人の見知った顔だった。


「お疲れ様です。精が出ますね二人とも」

「おー、おつかれ」

「お疲れ様です綾華あやかさん」

「飲み物持ってきました。どうぞ」

「助かるよ綾華」

「ありがとうございます」


 ペットボトルの水を受け取り一気に半分ほどまで飲む。そこで訓練を始めて三時間、一度も休憩を取っていないことに気付いた。喉も乾くはずだ。


「それでどうですか和弥は、良治さん」

「剣術に限ればそのうち一流に届くんじゃないかと。末恐ろしいですよ」

「そこまで期待されてもな。ま、頑張るよ」


 期待は嬉しいが少しだけ重い。自信はないがやるだけやろう、そんな気持ちで苦笑いする。


「ああ、そうだ。一流って言うけど、その力量レベルの人って誰がいるんだ? 葵さんとか隼人さんとかか?」


 頭に浮かぶのはこの京都本部、というか彼らの所属する白神会はくしんかいの総帥で綾華の兄である白兼しろがね隼人はやと。そして三人の所属する東京支部・碧翼流の継承者の南雲なぐも葵の二人だった。


「あの二人は間違いないな。というか御館様は日本トップレベルだぞ。なんせ四護将しごしょうの一人だしな」

「確かに……」


 去年稽古をつけて貰ったが、当時の和弥にとってあれは異次元の強さと言ってよかった。何をされたか理解出来ない動きで、気付いたら一撃を与えられていた。しかし幾度の戦場を生き残ってきた今は、少しだけ見えるようになってきたところだ。


「あとはどんな人がいるんだ?」

「そうですね……。日本は広いですからね。主だった退魔士を上げるなら、霊媒師同盟の志摩(なだれ)神党しんとうの立花雪彦。この二人は四護将ですね。あとは同じ神党の如月さんも一流と言えますし、四国・北斗七星の《剛剣の錬成士》つるぎ雄斗ゆうと、《金剛鬼》鬼城きじょう照彦。あとは……夜叉や潮見しおみさんも含まれるでしょう。

 白神会ならこの間一緒に仕事をした福島支部の《最前線の女神》とも呼ばれる眞子まこさん、宇都宮支部の《暁の勇者》赤月さん、あとは名古屋の白河さん、福井の松原さん……あ、浦崎さんや彩菜さんも入りますね」

「名前覚えきれねーよ」


 予想よりも多くの名前が出て来てとても覚えきれない。しかし白神会に限れば上がった名前は大体知ったものだった。


「あと一応フリーの退魔士もいるけどな。静岡の神薙かんなぎ兄妹、群馬の紗兼さけん、千葉の通称・九十九里の投網投げ。あとはそう……実在するか知りませんが《最強の炎術士(フレイムマスター)》とか。まだまだいるだろうが知ってる限りそんなものかな」

「組織以外の退魔士の情報はほとんどないのに……さすが良治さんですね」

「まぁ知ってるのは関東だけですよ。それにその地域に根差してる人しかわからないですから」


 流れの退魔士の把握は難しい。その中のほとんどは外法士げほうしと呼ばれる犯罪者だからだ。しかしそれも目立ち過ぎれば組織の追手がかかる。故に名のある流れの退魔士はほとんど存在しない。

 良治の知っているのは組織には属していないが、神社や寺などで長年個々に活動している地元密着型の退魔士たちだ。


「普通に仕事してるだけで覚えるようなものじゃないんですけどね、そういう情報は」


 綾華が苦笑いする。良治は自分から積極的にそういった情報収集に努めているのだろう。退魔士としての実力も含めて、和弥は良治にはとても敵わないなと実感する。


「さて、休憩は十分かな。リョージ、もう一回頼む」

「お、彼女が来てやる気出たか。返り討ちにしてやろう」

「そんなとこだ。良いとこ見せたいしな」


 二人で笑いあう。軽口を叩ける友人は有難いなと思う。彼の言うとおり、彼女である綾華が来たのが大きな要因だった。

 喋りながら道場の中央に歩き出す。


「……もう、和弥ったら」


 少しだけ照れる綾華に、和弥は笑顔で答える。

 愛しい愛しい自分の彼女。彼女の為にもっと強くなりたい。彼女の力になりたいのだ。それはきっと最初に願った、周囲にいる人たちを守ることに繋がるはずだ。


「さぁ、行くぞっ!」

「かかってこい!」


 道場の中央、木刀の打ち合う音が鈍く響いた――








「ふいー、疲れた」


 敷きっぱなしになっていた布団に大の字に倒れこむ。今日も一日体力の尽きるまで動き回った。風呂も入りあとは寝るだけ。まだ夜八時を過ぎたところだが、京都本部に来てからは大体九時くらいには意識が途切れる毎日を過ごしていた。用意されていた部屋が和室というのもなんだか落ち着けることの一因かもしれない。


「……ん」


 むくりと身体を起こして布団の上にあぐらをかき、風呂上りで幾分か水分を含んだ髪を手で乱雑に乾かしてから少しだけ整える。こっちに歩いてくる気配に気付いたからだ。


「失礼します」

「ああ」


 和室の障子を開いたのは予想通り綾華だった。ここ数日で見慣れた寝巻用の浴衣だ。薄いピンク色で裾に花があしらわれている。


「もう随分と慣れたみたいですね」

「そうだな……まぁ疲れすぎて気を遣う余裕がなかっただけって気もするけど」


 和弥の住む神奈川から京都に来て、もう十日ほどが経っていた。

 夏休みを利用しての合宿で隼人の指導を受ける為に来ているのだが、なかなか時間が取れないようで、隼人が忙しい日は良治が代わりに相手をしている。和弥としては隼人でも良治でも自分が成長出来ている実感があるので、毎日相手をしてくれるだけで十分有難かった。


「それもあるかもしれませんが、和弥自身の長所でもあると思いますよ。順応の早さはそれだけで生存確率を高めますから」

「ん、ありがと」

「ん……」


 隣に座った綾華の髪を撫でると、気持ちよさそうに小さく声が漏れる。


「……こっちに泊まってもらうことにして良かったです」

「そうだな」


 和弥が泊まっているのは綾華と隼人の住む白兼家の屋敷だ。

 本来は京都本部に所属している退魔士たちと同じように離れにある寮に住むことになっていたのだが、綾華が進言し隼人が許可を出したことにより同じ家で寝泊まりすることになった経緯があった。ちなみに良治は寮に泊まっている。


「ん」

「ぅん……」


 彼女の唇に静かにキスをする。そのまま抱き合いたいと思うのだが、それは控える。合宿中はキスまでと二人で決めていた。


「……では、また明日」

「ああ、おやすみ綾華」

「はい、おやすみなさい和弥」


 もう一度だけキスをして綾華が部屋を出る。


「……寝よ」


 邪な考えが出てくる前に寝てしまうことにして、和弥はもう一度布団に倒れこんだ。


 











「これが結界、ですか」

「ええ。じゃあ早速作業に入るわよ。二人とも置いてある細い杭をやしろの囲うように四本刺して。そのあと杭に注連縄を。今ある四角形に作られてる杭の内側に」

「了解です」

「はーい!」


 セミの声が騒がしい。それが余計に暑さを感じさせる。汗を拭いながら和弥は言われた通りに杭を手に持った。

 ここは静岡県の富士山のふもと。和弥は京都で二十日間ほど特訓を受けたあと、一度東京支部に戻ってから葵と千香ちかの三人で隼人に指示された任務に入っていた。


「こんな感じでいいですかね?」

「ああ、大丈夫だと思う」


 一緒に作業をするのは同じ東京支部員の三咲みさき千香。学園の一年後輩の高校二年、茶色のセミロングが陽の光で一層明るく見えた。


「……これで、いいかな」

「ですね」


 少し手こずったが、概ね問題なく杭で四角形を作ってそれを注連縄で繋ぐことが出来た。振り返った先の葵も満足気だ。


「じゃあ次は元からあった外側の杭と注連縄を交換するわ。持ってきた杭と注連縄をそのままの場所に」

「はい」

「はーい」


 さっきと同じような手順で、元からあった注連縄を外し、杭を抜いて新しいものと交換する。


「これ、最初に作った内側の杭のって必要だったんですか?」

「必要よ。社にちゃんと封印はしてあるけど、念には念を入れて杭と注連縄で結界を張っているの。交換の為には一度結界を外さないといけないのだけど、その時に万が一結界が切れたら困るじゃない?」

「あー、なるほど。それの為に一時的にもう一つ結界を作って万が一に備えてるんですね」

「そういうこと」


 千香の疑問を丁寧に解説する葵。少しだけ得意気に見える。


「そういえば、なんで俺たちがこの仕事やることになったのか聞いてないんですけど」

「それはね、元々この結界の張り直しって代々東京支部が受け持ってるのよ。それで今回手が空いてるのが和弥君と千香ちゃんだったってこと」

「なるほど」


 良治と綾華はまだ京都にいる。組織改革やその他諸々の話し合いらしい。

 まどかは結那ゆいなを連れて簡単な仕事だ。それには正吾しょうごも付いて行っているようだ。正吾ももう十五歳、そろそろ仕事に関わることになりそうだ。

 唯一の医術士であるかけるは今回留守番だ。大きな仕事の場合は同行することもあるが、大体の場合は留守番を務めている。


「結構痛んでますけど、前回はいつ張り直したんですかー?」

「十年前かな。確か第一次陰神戦の後だから。一応十年ごとに半分ずつ張り直すことになってるの」

「半分ずつ?」

「そう。大規模な……特に幾つもの基点を使って張る結界だと、結界が馴染むまでに時間がかかるの。一度に全部交換すると一時的に結界の効力が弱まるのね。だからそれを避けるために一個ずつ基点を飛ばして交換することになってるのよ」

「色々考えられてるんですね」

「まぁね。考えたのは随分前の御先祖様だけど」


 きっと試行錯誤の末にこんな方法を取ることになったのだろう。よく考えたものだ。


「それで、今回張り直す箇所は全部で幾つなんですか、葵さん」

「えーとね……八カ所よ。一日じゃ全部回りきれないし、一日に三ケ所ってところかしら」


 杭を刺す用に木槌も持ってきてある。一本一本引っこ抜くのも疲れるし、妥当なとこだろう。

 三十分程かけて全てを取り換える。すると葵が前に出て注連縄に触れた。


「…………」


 静かに目を閉じ、注連縄に力を注入していく。ゆっくりと全体に行き渡っていくのが感じられた。


「これで、大丈夫かしら」


 手を離しても結界が安定しているのを確認した葵が一息吐く。これで完了のようだ。


「最後に内側の結界を外して社の脇に置いておいて。そしたら古い杭と注連縄を車まで運ぶわよ」

「はーい!」

「結界張ってありますけど、中に入れるんですか?」


 元気よく返事した千香を横目に疑問を投げる。結界が完成しているなら入れないんじゃないかと。


「ああ、それは大丈夫。この結界は魔族とかの出入りを阻むものだから、人間はなんの影響もないわ」

「なるほど」


 疑問が解消されたので注連縄をくぐって中に入る。問題なく入れてほっとする。


「じゃ、運ぶわよ」

「も、持ってくるのも大変でしたけど、帰りも大変ですね……」

「まぁまぁ。ここは近くまで車で来れる分楽なのよ? 車から歩いて三十分以上かかる場所もあるから」

「うわぁ……」


 杭を抱えたままへたり込む千香。確かにまだ十五歳の女子高生、退魔士としても訓練を始めたばかりの千香に肉体労働は体力的にきついだろう。


「杭は俺が担当するから三咲は注連縄を頼むよ。車まで十分かからないくらいだから頑張ろう」


 近くに民家があるせいか、車が通れる道が傍まで通じている。さすがに全ての杭を一回に運ぶのは無理だが、二回か三回で運びきれるだろう。本当に近くて良かった。さっき葵が言っていた場所はひとまず忘れておくことにした。


「うぅ、先輩ありがとうございます……!」

「気にするなってこのくらい」

「あぁ……先輩!」

「おお!? 杭持ってるんだからくっつくなっ」

「えへへー」


 感激した千香が和弥の背中に抱きつく。身動きの取れない和弥には回避できなかった。これはまずい。


「……綾華ちゃんに――」

「葵さん勘弁してください本当に」


 にやにやしてる葵の発言を遮る。あれでいて綾華はヤキモチ焼きだ。千香が退魔士となった事件の時も大変だったのは記憶に新しい。


「んー、乗り換えません?」

「乗り換えない。というか胸を押し付けるのやめろっ」


 綾華には出来ない方法で攻めてくるとはわかっているな。なんて少しだけ思うが誘惑にに耐えて振り解く。


「残念です」

「さ、早く行くわよ。まだ今日中に二カ所行かないと」

「はい!」

「あ、もうっ」


 早足で歩きだす和弥に二人が付いて行く。さっさと移動して話題を変えたほうがいい。

 道が見えたところで、近くから子供たちの声が聞こえる。夏休みだからだろう。


(平和っていいもんだな)


 長く続けばいいな。なんだかほっこりとした気持ちになったが、もう一度引き返すことを思い出して溜め息が出た。 


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