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茨の道  作者: オリンポス
3/6

3.

 黒板にでかでかと書かれた「締め切りまであと6日」の文字を見つめながら、私の身体は硬直していた。

 教壇では夢野校正先輩がじっくり私の小説を読んでいる。大丈夫、大丈夫だ。だってその文章をいくら透かしてみても、そこに私は存在しないのだから。


 右手からシップのにおいが流れた。


「うん。まあ及第点だろう」

 素っ気ない感じで先輩は原稿を机に置いた。

 え、それだけですか。

 私は鳩が豆鉄砲を食らったみたいに、ぽかんとしてしまった。ちょっとくらい褒めてくれたっていいのに。


 暖房がやかましく音を立てて、室内をあたためる。


「あの、夢野先輩」

 言葉が、口からすべり落ちる。

 電車での会話が、なぜかリフレインされていた。

「文芸同好会が廃部になるって本当ですか」

 我ながらセリフが唐突すぎるな。

 もっと自然に訊ければよかったけれど、私にそんな器用なことはできない。


 廊下から嬌声が聞こえる。もうそんな時間か。


「佐藤、なにか言ったか?」

 ルーズリーフをクリアファイルに入れる先輩。聞こえなかったわけではないはずだ。神経質そうな細い指がかすかに動揺していた。


「先輩、答えてください」

 私はたたみかける。

「それは本当なんですか?」

 芸能人のスキャンダルに首を突っ込む記者みたいに、私は言う。


「本当だよ」

 先輩の手の甲から血管が青々と浮き出て、彼の持つクリアファイルが静かにひしゃげた。

 眠そうにしている窓の外から、幾筋もの紫外線が差し込んで、束となって教室に降り注いだ。

「だけど心配するな。廃部にさせるつもりはないから」 

 その確信的な言い方に私は思わず「え?」と言いそうになって、あわてて唾を飲み込んだ。

 今の言い方だと、まだ存続の希望はあるみたい。


「廃部にさせるつもりはないってどういうことですか?」


 そういえば加保ちゃんも似たようなことを言ってたけど、どういう意味なんだろう。

 額に手を当てて大げさに肩をすくめる先輩を、私はただ黙って見守る。彼は蛍光灯に照らされたアンニュイな姿勢を崩さずに、ぼそりと呟いた。

「この頃は部誌の売り上げが芳しくないんだ」

 うそ。この人は売り上げとか一切口にしないから、ちょっと信じられない。

「その件で生徒会の会計や購買部とも掛け合ってみたんだが、予算の削減は免れないそうだ」

 日差しによって熱せられたリノリウムの床が、白く光ってる。

「このままいけば発刊すらも危ういだろうな」


「だったら部員の一人一人から部費を調達すればよくないですか」

 文芸同好会は売り上げの大小にかかわらず、基本的に部費は集めていない。その代わり活動費は収入でまかなうのが不文律だ。


「論外」

 先輩は取り付く島もなかった。

「慣例化されたルールに縛られるつもりはない。だが、これくらいの困難を自力で乗り越えられないようじゃ、遅かれ早かれ廃部になるだろ」

 そう、言うのだった。


「じゃあどうするつもりなんですか」

 四の五の言ってないでびほう策を講じたほうが、よっぽど建設的に思える。

 そんな私の浅慮を嘲笑うように、先輩はにやりと口角を上げた。むき出しになった白い歯が得意気にのぞいてる。


「ネームバリューだよ」

 そう彼はクリアファイルを筒状にまるめて、バナナの叩き売りみたいに教卓をびしっと叩いた。

 しかし顔だけはちゃんと真面目で、「佐藤には新人賞をとってもらう」


 え? 話のふり幅が大きすぎて、耳がきーんとなった。

 スカイダイビングをしたときに感じるであろう、妙な浮遊感が身体を包む。


「考えてみろよ、商業作家が書いた小説が部誌に載るんだぞ。わくわくしないか」

 そう夢を語る彼の顔は少年のように輝いていて、私の知らない先輩の、あらたな一面を垣間見れた気がした。

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