2.
「批評家に反論しちゃダメだよ」
加保ちゃんはそう言った。
その手には修正済みの、私の原稿がにぎられている。
赤のボールペンを模写しただけの、ただの用紙。
文章:夢野校正
原案:佐藤りさ
本にしたらそんな帯が巻かれてそう。
「夢野先輩の筆力はたしかだよ。まずは言うことを聞いて」
「なにがいけないのか、わからないもん」
田園風景がのぞめる車窓に向かって、私は怒鳴った。
身体を揺らすと、同じボックスシートに座るお客さんが迷惑そうに顔をしかめた。
「これじゃ私の小説じゃなくなっちゃうよ」
そう右の手首を触る。
文芸同好会って、もっと自由なところだと思ってた。
毎月一冊のペースで、楽しく部誌を作れるはずだったのに。
「りさちゃんの小説じゃ、売れないからだよ」
風景が駅舎に変わった。
学生やサラリーマンが大挙して、ホームに集まってくる。
自動扉の開閉音に合わせて、がやがやと乗降客が入れ違った。
車内の人口密度が爆発的に増加する。
「悔しかったら結果を出せばいいじゃん」
部誌が刊行されると、最後のページには人気投票のハガキがついてくる。
そこで上位にランクインできれば、編集者の理不尽な校閲を受けずに済むのだ。
まあ、私には無理だけど。
「そんなことを言ったって、プロじゃないんだからさー」
「りさちゃんはプロだよ」
「えっ?」
発車ベルがけたたましく鳴って、列車が小さく揺れた。
リズミカルな音楽を奏でて、鉄の塊が、レールの上を滑っていく。
「りさちゃんはプロだよ」
念を押すように繰り返された言葉。
嬉しくもあり、どこか寂しい。
私が、プロ?
「りさちゃんにだって、票を投じてくれる読者がいるわけじゃん」
加保ちゃんは続ける。
「それなのに、私はプロじゃないのでヘタクソに書きます。許してください。そんなのが通用するとでも思ってるの?」
「いや、それは」
「それで良いと思うなら、ネット小説にでも投稿すればいいじゃん」
「な、んで」
私は瞳になみだを溜めて。
でもそれをこぼしたくないから、まばたきを抑えて。
「なんでそんなひどいことを言うの」
電車がカーブに差し掛かった。
揺れた衝撃で、しずくが、落ちた。
「私はただ、みんなで楽しく、小説が書きたかっただけなのに」
「それじゃダメなのッ!」
加保ちゃんはヒステリックに叫んだ。
それとほぼ同時に、プァーンと汽笛が鳴る。
車体は陸橋を通過していった。
「どういう、こと」
「怒鳴ってごめん、じつは……」
彼女は私に、ルーズリーフを手渡してきた。
赤の部分を直しただけの、私の原稿。
「このままだと、文芸同好会が、廃部になるかもしれないって」