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茨の道  作者: オリンポス
1/6

1.

 トントンと原稿の束をそろえて、先輩は小さく息を吐いた。

 壁の時計を見ると午後7時を回っている。そろそろ警備員さんが巡回に来る時間帯だ。

 窓の外からはにぎやかな笑い声が、もの憂げな西日とともに差し込んでいる。


「全然、ダメだな」

 赤ペンをこめかみに当てて、夢野校正先輩は容赦のない添削をしていく。

 ボールペンを滑らせる音が室内に反響するたびに、私の心臓はきゅっとなった。

「ここもダメ」

 そうやって間違いだらけの答案用紙が出来上がっていく。

「あしたの朝までに、直して持って来て」

 突き返された原稿に、私の文字は存在していなかった。



 盛大なため息とともに校門から出る。

 自転車の集団が、私のわきを通りすぎた。

「今日は災難だったなー」

 彼はエナメルのバッグをたすき掛けにして、私の肩を叩いた。

 色白の肌には不似合いなほど、精悍な顔つきをしている。

「笑いごとじゃないよー」

 私はそう横並びになった彼を右肘でつつく。

 スクールバッグが肩からはずれて、手首にぶら下がった。


 瞬間、激痛が襲う。


「痛ったー」

 けんしょう炎だった。

 締め切りが迫ってくると、執筆量はそれこそ普段の倍になる。修正アカが入ってくるからだ。

 そのせいで、月末はいつもこうなってしまうのだ。


 湿布の巻かれた細い手首が、早くも限界を迎えつつあった。


「仕方ねーな。俺が持ってやるよ」

 彼はひょいと私のスクールバッグをかついでしまった。

 車道を走るエンジンの音が、胸の鼓動をかき消した。

 長く伸びた2つの影が、恋人のように並んでいる。


「あ、あのさ」

 髪の毛をさわって自分を落ち着かせながら、私は言葉を探す。

 彼とは反対の方向を見ると、同じ高校生の男女が、手をつないでコンビニに入っていった。

「じゅ、じゅんちょう?」

「はあ?」

「ええと、だから、小説のほうさ」

「ああ」

 彼はあごに手を添えて上を向いた。

 カラスがどこかに向かって飛んでいる。


「まあ、お前みたいにバカじゃねーから、ストックはたくさんあるけどな」

 さりげなく皮肉を言われた。思わずむっとなる。

「順調では、ない」

 暮れかけた夕日に、彼は目を細めた。

 すこし寂しそうな顔つきだ。

「執筆してるときは孤独だからさ」

 彼はそう路傍の石を蹴る。

 アスファルトの上を硬質な物体が転がった。

「あの閉塞感がたまらなく嫌だ」

 その背中はとても小さく見えた。

「何度筆を折りたいと願ったか、わからない」


 手を伸ばせば届く距離なのに。

 私には虚空をつかむことしか出来ない。


「純文学はよくわからないけど、がんばってね」

「おうよ」

 冷たい夜風が、私の両脚をなでた。

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