一話 復活?
赤茶けた髪の青年が倒れている、赤銅色の目を開けるとそこは死の間際に見た青い炎の灯った暗い部屋だった、床を見ると白い粉のような物で魔方陣らしき物が描かれている。暴れた為に魔方陣は崩れて元の姿は無いが...
「はぁ――息が...できる」
先ほどの痛みが嘘の様に無い、それどころか爛れた皮膚も元通りだ。まるで何かの悪い夢だったかのように、しかし暗い部屋に居ることは間違いない。
薄暗い室内を目を細めながら見渡すと書庫のようだった、様々な本が本棚に並べられている。
小型の魔方陣らしき物が光る机があるのだが、その机の上には鳥の頭蓋骨、液体と共に心臓が入ったガラス瓶、それ以外に得体の知れない物が幾つも有る、そして机の奥に垂れ下がった長い角と人の頭蓋骨をあわせたような物が見える、人とは思えないほど大きな口はもう一つの別の口が付いているようだ、そしてその頭蓋骨の中には青い炎が灯っている。
「趣味の悪い部屋だ...」
「それはどうも」
角を生やした頭蓋骨が喋った、置物ではなかったのだ。
軽い調子の声だった、わざと安心させるように作っている声に感じた。
「目が覚めたようだな」
長いヤギの角を髪の様に垂れ流す頭蓋骨が机の死角になっていた椅子から立ち上がり近づいてくる。
高級な生地を重ねた漆黒のローブの下にはドラゴンの骨から作ったような鎧を着ており、手には人の頭蓋骨と骨で作ったようなワンドを持っている。しかし足や手なども骨なのだ、胴体の鎧だと思っている硬質な骨も体の一部のようだ。
「ば、化け物!寄るな!寄るんじゃない!」
ジェーンは腰を抜かしてしまっていた、目の前に居るのは人ではない化け物なのだ。
優しく喋りかけるその様子からは想像も出来ないほどの力を感じるのだ、得体の知れない恐怖が体を拘束する。
それに構わず化け物は迫ってくると、ジェーンの前で屈んで魔方陣を肉の無い手で触る。
「魔方陣に人骨を使ったのがまずかったか...」
などと言いながら魔方陣の周りをうろうろしている、そしてジェーンの顔を見る。
「気分が悪いなどあるか?痛みがあるとか、体に変化があるとか」
目の無いはずの頭蓋骨と目が合う。
「ひっ――はっ?え?い、いや特には無いが...」
「そうか...状況は分かるか?」
ジーと見つめてくる頭蓋骨、まるで死神だ。
「いっ...いや、さっぱりだ」
顔を背けて肉の付いていない無い骨の指で顔を器用に掻きながら死神は喋る。
「いやー...そのぉー...召還魔術を使ったのだが手違いで呼び出してしまったようだ、すまん」
死神が目の前で両手を合わせて謝っている。段々状況が掴めて来た。
「すまんじゃなくて、ココは何処なんだ?それにアンタは?」
「うむぅ...ココは魔族界の王都"シ・ヘルノ"我輩は"カイハ・オウ・メイデス"この国の魔王だ」
聞いたことも無いような場所と名前だ。
「ココが魔族界でアンタは魔王だと!?ふざけるな!人族が魔族界に入れば瘴気で死ぬだろう、じゃぁなぜオレは生きているんだ!」
魔族界と人族界では空気が違うため耐性のある者しか渡れないなのは有名であった。
「そう、死んだのだ。召還されてすぐにな、いやーちょっと目を離した隙に召還されてるとは思わなくてさー、変な音するから覗いて見たらなんか人族が転げ回ってるんだから驚いたわー、なぁ、今どんな気持ち?死んだって聞かされてどう思った?なぁ今どんなき――あ゛あ゛ぁぁぁ!!!やめでぇ!!!魂が揺さぶられるぅぅ――!!!!すんません!ほんますんませんでしたあああ――!!!」
オレは顔を近づけてくる魔王の眼球の無い目を指で突いたそしてそのまま頭部を掴む、アイアンクローの目潰しバージョンだ。
魔王の絶叫が響く、突如として扉が開いた。
「貴様何をやってるギ!」
勢い良く入ってきた生物は二体―簡単に人の腕を食いちぎりそうな鋭い歯がびっしりと並んだ大きな口、その口は顔の半分は有る、目がほとんど見えないくらい小さく鼻は無い、肌は赤黒く体の大きさは子供くらいだ。―手には槍が持たれている。
「何だこの気色悪い化け物は!」
「魔王様を離すギ!早く離さないと殺すギ!」
首元に槍先を当てられ魔王を離した。すぐに取り押さえられ魔方陣の上にうつ伏せに転がされ小人に押さえつけられる。
「ハーッゼーッハーッ、なんだコイツは我輩をココまで追い込むとは勇者か?蘇らせなきゃ良かったか...しかしだ、もう貴様は人族ではない!魔族なのだ!だから我輩の下で働け!」
「いきなり何言ってやがるんだ!そんな無茶な話があるか!」
床に顔を擦りながら叫ぶ
「いや、だって君の心臓と我輩の秘蔵コレクションの魔導コアを交換してやったんだぞ?命の分くらいは働いてもらわないと...」
「心臓と交換ってどういうことだよ!」
「君は人族だからな、魔族界の瘴気と惰気に耐え切れず死んだ。そこで腐敗と変異が始まる前に魔族の心臓である魔導コアを移植した。現在君には魔力が流れている。良かったなこれで魔族の仲間入りだ!」
そう言いながら心臓の入ったガラス瓶を目の前まで持ってくる魔王。
「そんな事信じれるか!」
「まぁそういうと思ってな、我輩の秘蔵コレクションの魔導コアを見るがいい!」
魔王は書斎の棚から本をガバッと抜き置き換えた、すると本棚が動く。手動だけどな。
本棚の裏にはきらびやかに光る展示ケースがあった。ケースの中には赤い高級そうな布の上に大小様々な形の黒水晶があった。魔王はその内の一つ、展示ケースの蓋を開けて拳ほどの大きさの黒水晶を取り出した。
「コレが君の中にある魔導コアと同じ物だ、人に化ける上位魔族の心臓だな。適合するかは賭けだったが安定しているようで何よりだ」
肉の無い骨の足が近づいてくる。
「その者を離してやりなさい、それともう護衛は必要ない持ち場に戻れ」
魔王の命令に小人達がジェーンを離し部屋から出て行く。ジェーンはよろよろと立ち上がった。
魔王は立ち上がるジェーンの胸に軽く触れる
「おい、何を――」
すると指を起点に小さな穴が開き服や皮膚を透明にしていく。
「調節が難しいのだが、死ぬわけじゃないから安心してくれ」
魔王がそういいながらも血管や肺を透過し、心臓の有る場所へたどり着く。
そこには魔王の手の内にある黒水晶と同じ物があり、心臓は無い。血管などは切り取られた断面の様になっており血が巡回していない。それどころか血がめぐってる感覚はない。血流は無いのに体にめぐるエネルギーを感じる。
「コレで分かっただろう?今君の体内を流れているのは魔力だ、人の体では有るが外見だけだ。中身は魔族なんだ」
まざまざと見せ付けられれば信じるほかない。
「勝手に呼び出して殺しておいて魔族にしましたなんて納得できるわけ無いだろう!元に戻せよ!」
「えーっ、別に戻しても良いけどまた瘴気と惰気で死ぬよ?」
「なに、戻せるのか!?」
「んー...まぁ...この心臓を戻すだけでオッケー」
ガラス瓶に入った心臓を肉の無い骨の指で指差す魔王
「じゃぁ人族界に送り返して心臓を戻せ、それでチャラだ!」
「ハハハハハッ...あ、イテテッ肋骨にヒビ入った...不死者治癒...まだ貴様は自分の立場が分かってないようだな!戻して欲しければ我輩の部下になれ!そして勇者となる者を妨害しろ!生死は問わん!」
オレはすぐさま魔王に眼球アイアンクローを掛ける。
「あ゛ぁ―――――!!!」
「戻すのが先だ!」
「分かった!分かったからぁ―――!!!!」
目から指を抜くと共に魔王が崩れ落ち床に手を着く
「ゼェ―ハァ―ゼェ―ハァ―ッ...死んでも知らんからな!」
魔王はガラス瓶の中から心臓を摘み出した、まるで汚い物かのように。
自分のだろうけどまじまじと見るとグロいな、黄色ぽいような白っぽいような所があり鳥の胸肉を思い出す。
「では、喰え」
「えっ?」
「喰え」
「はっ?」
「だから、喰えって。喰って吸収するのー!分かるだろ!?自然界じゃ普通の事だ!」
「心臓って喰って戻るもんなの?」
「知らん、多分戻る」
「多分じゃ困るんだって!むしろどうやって抜いたんだよ!」
「それはアレやコレやしてだな...まぁ簡単に言うと魔術で置き換えたのだ」
「じゃぁ同じことしてくれれば良いからぁ!」
「話を聞いていたか?置き換えた場合はすぐに死ぬ、絶対死ぬ!無様に転げまわって臭い息吐きながら死ぬ!腐敗してブクブク太ってメタンガスばら撒きながら死ぬ!確実に!次は生き返らせないぞ?めんどくさいし、いやでも掃除大変だからもう一回くらいは...」
激痛にのた打ち回った記憶が脳裏によぎる。
「グッ...ほんとに喰って大丈夫なのかこれ?」
「駄目なら駄目で魔族として生きる事に代わりは無い、それに心臓だけって持ち帰って治癒魔法でつなげて貰うか?まぁ無理だろうけどなー傷口も無い心臓を治癒ってむちゃくちゃだし」
「心臓を置き換える方がむちゃくちゃだろうがー!」
「なに魔王なら当然の事だ、褒める必要も無いことだヘヘッ」
「褒めてないから!」
「なにっ!褒めてないのか...うーむ...ソテーにでもするか?形状壊して大丈夫とは思えないが」
「やめろっ!」
オレの心臓を魔の手から奪い取る。
グニッ――臓器きもいっ。そして口に入れようとして気づく。
「噛んで食べたら駄目だよな...?」
「さぁな」
心臓の形状は少し大きめの卵の様だった、意を決して口に放り込んだ――。
「ホッ!」
突然魔王が魔力を込めた掌底打ちをジェーン胸に叩き込んだ。ジェーンの体が軽く宙に浮く。
吐き出しそうになった心臓が赤く丸い物体―オーブ―になり喉の奥へと意思が有るかのように進んでいく。
魔王のローブが揺れ術式が乱れ飛ぶ、その白く発光する魔術文字達はジェーンの体へ吸い込まれていく。
ドクンッ―途端に心臓が脈打ち始める、共に瘴気と惰気が体を蝕む感覚、魂が揺さぶられる。存在を否定される恐怖感が襲う。
種の変更をする神に等しい技なのだ、尋常ならざる精神ダメージを受ける。もっとも生きていればの話だが。
頭の中に無数の声が流入してくる。「毒―」「陰―」「光―」「魂―」「器―」「血―」「魔―」「棘―」「空―」「死」何を言っているかは不明だが気が狂いそうになる呪詛の言葉だ。
己の存在が何重にもブレる、魂が掻き消されそうになるほどの呪詛の言葉達の中に優しげな声を聞き分ける。
『生きたいと強く望め、さすれば命を与えてやろう』
錯乱する意識を集中し、優しげな声の主の下までたどり着く。そこにはカイハ・オウ・メイデス―死神のような魔王の姿があった。
「すまんな、別に心臓を喰う必要はなかった。変換したオーブを取り込めば良かったのだ」
「ゴホッゴホッ――いてぇ、何しやがる!」
「ちょっと仕返しをな、やられてばかりでは悔しいじゃないかハッハッハ」
そう言いながら魔王は離れた、眼球アイアンクローを警戒している様子。
「それよりどうだ、体の調子は」
脈を取る、動いている。心臓が動いている!
「おぉ、動いてる!」
「瘴気と惰気の耐性も手に入れているようだな...なんと...擬似的にとは言え魔導コアと心臓を手に入れて生きているか、面白いな。そうだった名前は何と言うのだ?」
「え...あぁ、ジェーンだジェーン・フィーダ」
「ふむ、ではコレよりジェーンよ、我の部下として働いてもらおう」
「嫌だと言ったら?」
「ふむっ...ジェーン・フィーダよ跪いて我輩の足を舐めよ」
突如体の自由が利かなくなり地面に突っ伏した。
「グッ――」
どれだけ力を入れても抵抗できない、意思とは関係なく差し出される骨の足に顔を近づけていく。
「魔術式の中に命と引き換えに支配下に置くものを組み込んだ、まぁ吸血鬼で言う所の眷族だな。ちなみに解呪も出来るが伝説級の解魔術師じゃないと無理だぞ?ついでに解呪出来たとして死なない保障も無いからな?それと安易にフルネームを名乗るもんでな、条件が整ってしまったのだ。ハッハッハッ!どうだ屈辱の味はさぞかし苦いだろう?我輩に手を上げた罰として甘んじて受けるがいい!」
悔しい...!けど舐めちゃうっ!ペロッ――ハッ!コレは!骨の独特の油っぽい匂いがたまらんっ!なんだろ...このチープな味はポップコーンに似てる気がする。
「お、おぃ...うぅ...舐めすぎだ。ヒィ!もう良い!」
押さえつけていた支配の力が体から抜けていく。
「まったく――おぃ!いつまで舐めているんだ!」
ポップコーン味の骨がローブの中に消える。チッ
地面に這い蹲る趣味は無いのですぐさま立ちあ上がる。
「いえ、つい」
どうやら命令されれば強制的に従ってしまうようだ、といっても命令に従う事で言葉の拘束は緩むようだった。
まぁ別にいいや、殺されるとかって訳でもなさそうだし。
「忠誠心は分かったが...部下になるならそれなりの報酬を約束しよう。そうだな手始めにこの魔王城の一室を与えよう」
「いえ、部屋は良いので人族界に帰りたいです」
「魔王城の一室だよ?人族界でいえば貴族の部屋だよ?」
「要らないです」
何が不服なんだという不満げな顔をする魔王、そしてハッ!と気づいたように骨だけの人差し指を立て言う。
「三食喰えてデザートも出るぞ?」
魔王が器用にニヤリと笑った。
「それはちょっと興味あります」
「ならば人族界で魔族に歯向かう勇者の誕生を阻止する任務を言い渡す!」
「それって魔王城に帰ってこれなくないですか?デザートは?」
「ん?食事の心配か?...まぁそれは心配するな、配下とは念話が出来る。強く主と繋がれと念じるのだ」
ジェーンは目を瞑り意識を集中させ、イメージする。思念の雑音の中で比較的安定してるポイントを見つける。
『こうですか!』
『飲み込みが早いな魔王ったら驚いちゃったよ!普通は丸一日掛かるんだが、それで魔王城に帰って着たい時に交信を使えば転移門を開いてやる』
『魔王様はずっと魔王城に居るんですか?』
『いや、そういうわけでは...というか普通に喋らないか?』
口を開く手間が省ける念話を解除する。
「そうですね」
「まぁ私が居なくても部下に指示すればゲートくらいは開いてくれる、それとコレがゲートの座標位置を安定させる物だ」
魔王は懐から人差し指ほどの魔文字が浮かぶ黒水晶を取り出しジェーンに手渡す。
「魔力石に追跡魔術を組み込んだ物だ、ゲートの出現に役に立つ」
「ありがたく頂戴致します、そして人族界に行くにはどうすれば?」
「各主要都市の三つの街の地下ダンジョンにゲートを開くことが出来る"魔術国家""聖王国""帝国"だな、名前は良く知らん」
「帝国領土の村で生まれたので帝国のダンジョンが良いですね」
「そうか分かった。では行って来い」
魔王が壁に手をかざすと黒い空間が広がっていく、ボケーっと繋がった先の松明を眺めていると―
「早く行ってくれ、結構魔力使うから!」
強引に押し込まれるが、黒い空間の先は薄暗いが松明の明かりの有る通路だった。
通路の壁には無数の穴が掘られていて棺が納められている。
"霊廟"遺体を一時的に保管して置く場所。主に貴族などの墓を作るのに時間が掛かる為に遺体を安置する場所だった。
気づけばゲートは消えている。
『そこは地下墓地だ、瘴気と惰気が集まるから魔物に出会うかもしれん気をつけるのだぞ?まぁ定期的に神官と衛兵が巡回して処理しているだろうがな。まぁそれとあれだ...勝手に呼び出して苦しめて悪かったな...好きに生きてくれ、ではッ―』
念話が途絶えた感覚がする、どうやら魔王の方で解除することが出来るようだ。
何かと便利だな、意思疎通が離れてても出来るって。それよか逃げようかと思ってたんだけど...『好きに生きてくれ』か...大雑把過ぎる任務だし送り返すのが目的だったんじゃないか?
まぁそれはそうとオレは村人から魔王の部下に転職したようだ大出世じゃね?いやわからんけど、三食デザート付きで部屋まであるんだってさ!働くのが馬鹿らしくなるね!よっしゃー!好きに生きよう!冒険者にでもなろうかなぁーむっふふ~!