表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【自殺時間】夕焼け色の悪魔

作者: 丸井やよい

夕暮れ時に、彼の背中を見た。

ずっと前に死んだはずの彼だった。


「高橋くん…?」


思わずその赤いジャージ姿を追う。


今足を動かすそれは、未練なのか、それとも懺悔なのか。


捕まえたら謝罪の言葉をかけよう。

わたしの力不足だったって。


スクランブル交差点の中、彼の影が霞む。今日はやけに人が少ないというのに、こんなにも見失いそうになるなんて。


「高橋くん!!」


叫んだ瞬間、近くの目がギョロリとこちらを見下す。

しかし声は届かず、カラスの羽搏く鳴き声に掻き消された。


地震の前触れなのか、今日は獣がやけに煩い。


ふと、自分が面白いくらいの汗をかいていることに気が付いた。

今日ってこんなにも暑くなる予定だったっけ?


赤になった交差点を走って突っ切れば、またあの赤い背が見えた。

ホッと胸を撫で下ろすのも束の間、彼はまた遠くへと歩んで行く。


真夏のコンクリート上の水。

それとも幻覚症状の伴った陽炎だろうか。

それが魅せるのは嘘か真かたかがしれない。

掴もうとすればスルリと抜ける幽霊のように。


死海色をした空の下、彼を追い続ける。

ピタリ、と彼の足が止まった。


「 」


口が小さく開閉するも、何を言ってるのかが聞こえない。


「何言ってるの…?」


「 」


嗚呼、この時だけは。烏も蝉も鳴きやんでくれたっていいじゃないの。


「 」

ニヤリと彼は笑う。

三日月に持ち上がった口元、細められた目、吊り上がった眉。


ーーーー違う。

と、直感がわたしに訴えかけた。


「きみは、……だれ?」


震える唇から声が漏れ出でる。


恐れが胸をざわつかせて、風が大きく草花を揺らす。

同じく揺れる金色の髪には、まだ所々に血の赤が残っている。その髪は相変わらず柔らかそうだったが、今は日本人形のような不気味ささえ醸し出していた。


「 」


蝉がうるさい。

蠅が近くを飛んでブンブンと鳴く。

烏が天で円を描いている。



何も、…聞こえない。


わたしの耳が可笑しいせい?

それとも周りが騒いでいるせい?


「 」


ついておいで。そう聞こえた気がして、わたしは再び走り出した彼を必死に追いかけた。


「 」


楽しい約束をしようじゃないか。

そんなふうに、風に乗った声が耳元で囁く。

風は夕焼けを切り滲ませ、夜の色に移ろわせようとしていた。


これを拒めばどうなる?どうなってしまう?

また目の前から消えてしまう?


「わ、わかった。わかったから!”約束”、しよう……!!」


ずーっと前に、高橋くんに指切りの話をされた事を思い出した。

あの時の彼の表情は、もう思い出せない。


夕景の下、ビルの屋上。

金髪だった彼の髪の毛はいつの間にか空の色に染まっていた。

紅く、柔らかい、情熱の色。



その噂には聞き覚えがあった。

「人を殺め続けた人間は大罪人である。」

「人を傷付け続けた人間は大罪人である。」

「人に信頼され続けた人間は大罪人である。」

「大罪人の裁きは大罪が行う。」


「大罪人は、その大罪を償うまで”その身をもって”生き続けなければならない。」


「例え、死んだ体だとしても。」



「さて、その大罪には触れてはいけない。触れれば自らもが罪に食われてしまう。」


「彼らを見てはいけない。目を合わせてはいけない。その瞬間にお前の魂は食われるだろう。」


「念の為に記しておこう。彼らの名はーーー………」



空を見上げてた彼は振り返った。

烏も蝉も蠅も、もう何処かへ消えていた。


「俺は暴食の大罪、悪魔ベルゼブブ。ねえ人間、……いや、新たな俺の主人。」


桃色の瞳がわたしを捉える。


「ーー君はすぐ喰われるなよ?」










赤いジャージがはためく。

桃色の瞳はニヤリと笑った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ