第五話 疑惑が巡る
車内はないことに沈黙が続いていた。
レベッカは頬杖をつきながら窓の外をどことでもなくボーッと見つめている。いつもならば何かしら会話をしている私達だったが、事が事なだけに、何を話していいのかわからなかった。
「ごめんねアスリーン」
突然、窓の外を見ていたレベッカがボソリと呟いた。ちょうど赤信号に差し掛かり、私はブレーキを踏むと助手席に目を向けた。
「どうして謝るの?」
「・・・」
「レベッカ。ひとつ、聞いてもいい?」
レベッカがこちらに顔を向けた時、信号が青に変わり私はアクセルを踏んだ。
「本当に、見ていないの?スティーブが、その、殺される瞬間を」
私は前を向いたまま質問をした。レベッカは私の横顔をジッと見つめると、一緒に前を向いた。
「私が見たときは、もうスティーブは倒れていて、お父さんがナイフを持ったまま立ち尽くしていたわ」
「刺したところは見ていないのね?」
「ええ、でもパニックになって、大声を上げたらお父さんが驚いてこっちを向いたの。私、
そのまま店を飛び出して・・・」
「それで私に電話を?」
「ええ。でも、警察へ通報しなければいけなかったのに」
彼女はそう言うと、爪を噛む仕草を見せた。
「そういえば、ウィルが言っていたわ。誰が警察へ通報したのかわからないって」
そう言った私は事務所内を思い出していった。
「事務所の電話に血痕はついていなかったし、もしエディがナイフを置いて電話をかけたのなら、血が付着するはずよね。エディは両手とも血がついていたか、覚えてる?」
「え、そうね・・・多分両手とも血がついていたわ」
「それに携帯電話も持っていないのよね?」
「機械に弱いからって、持ったことはないわ」
青信号が続き、私達はレベッカの家へ向かいながらも、自分達なりに推理をしていった。
「やっぱりあの時エディの他に誰かがいたってことになるわね」
「でも、私見てないわよそんな人」
「隠れていたのかもしれないわ。あなたが驚いて店を出て行った時、エディは後を追った?」
「レベッカ!って呼ばれたのは聞こえたんだけど」
「その時に窓とか、裏口から出たのかもしれないわ」
店の従業員である私は、裏玄関がどこにあるのか、窓がどのくらいの大きさなのか頭に入っている。大の大人でも通れるような大きな窓が事務所内にあるのも知っている。
「お父さんは殺していないのよね?」
レベッカが小さく呟いた。それは私に質問をしたのかわからなかったが、返事をしなければと思った。
「私はエディを信じているわ。でも警察は彼を犯人として、捜査を終わらせるつもりでいるわ」
「そんな・・・なんとかならないの?」
「・・・凶器のナイフは見たんだけど、指紋の鑑定がまだらしくて触らせてくれなかったの」
「それじゃあ、透視はしていないのね?」
どう答えたらいいのか迷ってしまった。私は見ている、黒のポロシャツを着た男性の姿を。しかしそれを言ってしまえば、レベッカはきっとエディの事だと思ってしまうだろう。私は考えがまとまらないまま、頷いてしまった。
「そう・・・」
「今日はもう何も考えないで眠って」
「ええ、ありがとう」
レベッカを送った後、“見たこと”を思い出していた。顔が見えなかったのが自分でも悔しい。もしも見えていたのならば、こんな気分にはなっていなかっただろう。
それに私はレベッカに嘘をついてしまった。果たして本当にこれでよかったのだろうか?もし話したとしたら、彼女は全てを受け入れてくれたのではないのだろうか。
明日全てを彼女に伝えよう、私はそう心に誓い家路を急いだ。