第四話 その動機
「パパはあいつのせいで仕事を失ったのよ」
カウンターに座るなり、彼女はそうボソリと呟いた。手帳を取り出したウィルが、彼女の表情を無言で見つめている。
「あいつはパパに罪をなすりつけたの」
「何の罪です?」
彼女はその言葉を聞いた途端、ウィルを睨みつけながら立ち上がった。
「殺人の罪よ!」
声を荒げ、カウンターに思い切り拳を振り下ろした。その音に驚いた私は彼女から目を離せなくなった。
「5年前、パパの車に乗ってあいつは事故を起こした。妊婦を轢き殺したのよ」
「スティーブが運転していたんじゃないの?」
「違うわ!パパはバスの運転手をやっていたのよ?それまで一度だって事故を起こしたことなんてなかった!」
また彼女の目に涙が滲んできた。ウソを言っているように見えなかったが、私には信じられなかった・・・というより信じたくなかったのだが、その先を聞かないわけにはいかない。
「エディが運転していたと言うの?」
「そうよ・・・なのに、パパは自分が運転していたと言って・・・」
手帳に目を落としたままのウィルが、チラリと彼女を見た。
「なぜそんなことを?」
「あいつ、飲酒運転をしていたのよ!それであいつをかばって!そのせいでパパは仕事を失うどころか、刑務所にまで入れられて!」
「なるほど。それで出所したスティーブの口を封じるためにエディが殺したと?」
「それしか考えられないでしょう?!」
言いたいことはわかったが、同時に胸につっかりができた。それはウィルも同じなのか、不適な笑みを見せている。
彼が何か口にすれば、また彼女は大声を出して暴れるかもしれないと思った私は、なるべく小さな声で意義を唱えた。
「それは、おかしいわ」
彼女の痛いほどの視線が私に突き刺さる。睨まれる事にこんなにも苦痛を感じたのはこれが初めてだ。
「何がよ」
「もし仮に、仮によ?エディがあなたのお父さんを殺したからと言って、彼に得はないわ」
「だから言ったじゃない!口を封じようとして・・・」
「警察は全てを捜査していくのよ?事故の事だってきっと調べられる。私ならそんなリスクのある殺人なんてしないわ。ましてや自分の店で」
黙ってしまった彼女は頭を抱え込んでしまった。その視線の先には、事務所がある。彼女の父親はまだ床にうつ伏せで倒れたままだ。それを見せないよう、警官が事務所の前に立っていた。
「でも・・・あいつがやったに間違いないでしょう?目撃者だっている」
顔を上げないまま、彼女はそう呟いた。それを言われては何も反論できない。私は彼女と同じように顔を下げてしまった。
「パパに会わせて!」
突然立ち上がり、彼女は私に掴みかかった。それを見てウィルと警官が彼女を押さえつける。
「離して!パパに会わせなさいよ!」
「おい!この人を警察へ連れて行け!」
ウィルは他の捜査官に彼女を預けると、大声で命令をした。
「わかりました!」
彼女の腕を掴んでいる警官も大声で返答する。
「それと彼女に連絡した者にいらないことまで言わなくてもいいと伝えておけ!」
「はいっ!」
女性と警官は、もみくちゃになりながらも玄関へと消えていった。
女性がいなくなった店は、恐ろしいほどに静まりかえっていた。
腕時計に目を落としたウィルは、小さな溜め息を漏らしながらこちらに顔を向けた。
「私も一度署に戻りますが、来られますか?」
なぜ彼がそう言ったのかはわからない。ただの気まぐれであるように思えた。
「私が行って何か役に立てる?」
「特には。容疑者も既に逮捕しましたし」
「嫌味な奴ね。警察署に行ってエディと話をさせてもらえるの?」
「無理でしょうね」
「・・・はっきり言うわね」
ポケットの中から鍵を取り出した私は、レベッカの顔を思い出した。きっと今彼女は心細いに違いない。
「レベッカを迎えに行くわ」
警察署は夜中だというのに明かりが煌々とつき、警察官が忙しなく動き回っていた。来る度に陰気さが増している気がする。
「アスリーン!?」
大声が私の耳に突き刺さった。驚いて振り返ると、レベッカがこちらへ走り寄って来る。その瞳にもはや涙はなかった。
「レベッカ、大丈夫?」
「ええ、私はね・・・」
「エディは?」
「会わせてもらえないの」
「そう・・・」
なんと言ったらいいのか、言葉に詰まってしまう。
「あなたパトカーで来たのよね?家まで送るわ」
「ありがとう」
私はレベッカの前を歩き、玄関へ向かった。その時だった。
「レベッカ」
驚いて二人同時に振り返ると、店で暴れていた女性が仁王立ちで立っている。その顔には不適な笑みがこぼれていた。
「スーザン?」
レベッカが女性の名前を口にした。彼女は腕組みをしたままレベッカに近づいてくる。
「久しぶりねレベッカ」
笑顔を見せるスーザンだったが、その目に笑みは見られない。意地悪に笑顔を見せているのがすぐにわかった。
「え・・・ええ」
視線を合わせることができず、レベッカは俯いてしまった。当たり前だろう、父親を殺された娘とその父親を殺したとされる人物の娘。レベッカの立場は悪い。
「元気そうね」
「ええ・・・」
小さな声で相づちを打つレベッカは、まだスーザンと目を合わせられないでいる。
「殺人者の娘ってどんな気分なの?」
スーザンは嫌味な目つきでレベッカを睨みつけた。その言葉に私は我慢が出来ず、彼女の前に立ちはだかった。
「なんてことを言うのよ!エディが殺したと決まったわけじゃないでしょ!レベッカに謝りなさい!」
その怒号も無視し、スーザンは私の後ろにいるレベッカを睨み続けている。
「ちょっと、聞いているの?」
私はスーザンの肩を掴んだ、が手を払われてしまった。
「あんた何なの?関係ないでしょ?今私はレベッカと話をしているのよ。レベッカ、返事を聞かせてよ。自分の父親が殺人犯になった気分は?」
「やめなさい!」
私は勢いに任せ、スーザンの左頬をひっぱたいてしまった。周りにいた警官が驚いて立ち止まる。
一瞬の沈黙が流れた後、スーザンは私を睨みつけてきた。
「何するのよ!」
「あなたが酷い事を言うからでしょう!」
「この女の父親が私のパパを殺したのよ?!どっちが酷いのよ!」
その言葉を言い終わるか終わらないうちに、スーザンは私に飛びかかってきた。彼女の右手小指が私の左目に入り、激痛が走る。目を押さえうずくまりそうになった私の髪の毛を掴み、振り回そうとした。
「酷いのはどっちよ!」
髪の毛を掴まれ振り回されながら、強烈なビンタが私の左頬を襲う。
「何をしてるんだ!」
取っ組み合いのケンカをしていると、後ろから男性の声が聞こえた。彼はスーザンの手を掴み私と引き離す。
「スーザン、どうしたんだ?」
「ランディ・・・」
肩で息をする私の前で、ランディと呼ばれた男性はゆっくりとこちらに振り向いた。
「すいませんでした、私の妻が」
「妻?」
「謝る事なんてないわ!」
「何を言ってるんだ。それよりお義父さんは?」
「その後ろに隠れてる女の父親に殺されたわ」
「なんだって!」
私は横目でレベッカを見た。彼女は辛そうに俯いてしまっている。
「まだそうと決まったわけじゃ・・・」
「見たんでしょ?エディが殺すのを!」
「違うわ!」
突然レベッカが大声を張り上げた。驚いて振り向くと、まだ俯いたままのレベッカが息を荒げていた。
「私は・・・」
言葉が続かない。レベッカが何かを言おうと息を吸うのがわかる。しかし声となって吐き出されることはなかった。
「・・・もういいわ。せいぜい苦しめばいいのよ。ランディ、行きましょう」
「え?あ、ああ」
そう言うと、私の肩にわざとぶつかるように歩いて行ってしまった。目を押さえたままの私はレベッカの元へと駆け寄る。
「アスリーン、ごめんなさい・・・私のせいで」
「気にしないで。先に手を出したのは私だし」
まだ目を開くことができずにいたが、私は出来るだけ笑顔を見せた。頬がヒリヒリするが、少しでもレベッカの気が晴れてくれたらと思った。
「ありがとう」
「いいのよ。さぁ、私達も帰りましょう」
「・・・ええ」