第十六話 最大の難関
そこは寂れた建物だった。ランディが言うには、元々スティーブが働いていたバス会社だったが、最近倒産したらしい。今ではそこは若者の溜まり場になっているようだ。
「ここに、ケビンがいるの?」
私は車を降りると、ランディの背中に隠れるように辺りを見回す。
「多分ですけど。でも彼はいつも何かムシャクシャしたらここに来るって、前に聞いたことがあるので」
なんと子どもっぽいのだろうか。彼は若く見ても30代はとうに過ぎている。甘やかされて育ったのだろうか。ふと中を覗くと、小さな明かりが灯っている場所を見つけた。
「あそこ・・・人がいる?」
私が指を指して彼に視線を送った。ランディは小さく頷くと、懐中電灯を手に私の前をゆくりと歩いていった。
「ふざけんじゃねぇ!」
部屋から怒号が聞こえた。その声の主は間違いなくケビン・ブラウンだ。きっと彼の前にはレベッカがいるはずだ。私は前を歩くランディを押し、早歩きに徹した。
「誰だ!」
私が落ちていた空き缶を蹴り飛ばしてしまった。その音に反応したケビンが、拳銃を片手に部屋のドアを乱暴に開ける。
「!お前ら!」
「アスリーン!」
ケビンの後ろから今にも消え入りそうな声が聞こえた。レベッカがイスに縛り付けられていた。
「レベッカ!」
「動くんじゃねぇ!」
銃口がこちらへ向けられる。とっさに飛び込もうとしたランディだったが、銃を見せられ思うように体を動かせないでいた。
「ランディ、よくこの女を連れてきてくれたな、感謝するよ」
不気味な笑みを見せながらケビンがそう呟く。ランディは唇を振るわせ怒りに満ちた表情を見せていた。
「あなた自分が何をしているかわかってるの?」
両手を頭の上に乗せたまま私は彼にそう言った。もう一度銃口がこちらに向き直す。
「お前らにそんなことを言われる筋合いはねぇよ。現にそこの女は殺人者なんだからなぁ」
「殺人者?何を言ってるの?」
そう私が言ったところで、ケビンは銃を天に向けると一発、引き金を引いた。銃声に驚いた私は思わず耳を手で覆った。
「やっぱり親子だよなぁ、親子で殺人者・・・笑えるぜ」
彼の思考はもう正常には動いていないのだろう。ケビンは頭のネジが一本外れたような声で、銃をレベッカのコメカミに当てた。
「あなたも、あなたも犯罪者じゃない!」
私の一声に辺りは静まりかえった。
「あぁ?」
「5年前、あなたは一人の女性を轢き殺したのよ」
「それは親父だろ?何を言ってんだお前」
その言葉を聞いて私はニヤリと口元を緩ませた。何を笑っているのかと不安に思ったのか、銃がもう一度天井に向かって発砲される。
「何をニヤついてんだよ!」
「あなたスーザンとテレビに出て言ってたじゃない。事故を起こしたのはエディだって。それなのにどうしてそんなことを?」
「あ?あ・・・」
動揺が見て取れた。明らかに目が上下するケビン。
「さっきここへ来る途中、車であなたのお気に入りのサングラスを見つけたの。それを透視してわかった、事故を起こしたのはスティーブでも、もちろんエディでもない、あなたよ」
またも部屋には沈黙が訪れた。が、銃口をこちらに向けたままのケビンが苦しそうに笑った。
「何で、何でお前にそんなことがわかる・・・」
「事故を起こしたとき、スティーブはあなたにこう言ったはずよ。お前を逃がす代わりに、スーザンを頼む、そしてこれからは真面目になれって」
「なっ」
きっぱりとそう言い放った私は彼を睨みつけた。きっと私のことを魔女のように思っているのかもしれない。
「だ、だから俺が、エディも、親父も殺したってのか?」
引き金を引こうとするのがわかった。もう彼の目に私は見えていないはずだ。その目は怯えた子鹿のようなものだった。
「危ない!」
銃が発砲された瞬間、ランディが私の体を掴み横に飛び込んだ。地面に倒れ込んだ私は彼の服にしがみつく。そして、静寂が訪れた・・・。