第十四話 事件の後に
ブラウン家へ走りながら、私はあることを思いついた。
「電話でいいじゃない」
私は立ち止まり、ウィルへ電話をかける。・・・・出ない。もしかしたら車の中に置いたままなのかもしれない。私は携帯電話をバッグへねじ込むと、もう一度走り出す。
その時だった。私の横をパトカーと救急車が何台も走り抜けて行った。方向は間違いなくブラウン家である。何かあったのだろうか、私は肩で息をしつつ向かった。
ブラウン家は黒山の人だかりが出来ていた。何人もの警察官が大急ぎで家へ入って行く。もしかして、ウィルに何かあったのでは・・。私は近くにいた若い女性の肩を叩いた。
「あの、何かあったんですか?」
「こんな田舎町で殺人だって。恐ろしい世の中よね」
殺人?殺人事件が起こったというのか?まさか・・・考えるだけ無駄だ。女性に「どうも」だけ伝えると、私は人混みをかき分けていった。
「ちょっと!関係者以外立ち入り禁止ですよ!」
玄関に立っていた若い警察官が私の行く手を阻む。
「私は関係者よ!さっきまでここにいたんだから!」
どきなさいと私は掴まれた肩を振りほどいた、がそれでも彼は私の腕をもう一度掴んできた。
「ちょっと!ウィル、ウィル?!」
玄関に入ってそう叫んだ私は、あっと息を飲んだ。スーザンが頭から血を流し絶命しているのを目撃してしまった。彼女にかけられていたシーツがめくれていたのだ。彼女の左のコメカミには撃たれた跡がある。うつ伏せに倒れたままピクリとも動かないスーザンの瞳は見開かれ、私をジッと見つめていた。
「スーザン!?」
私は腕を掴んでいた警察官にもたれかかるように倒れそうになった。
「ウィルって・・・警部をご存じなんですか?」
そう警察官が私に問いかけるも、答えられずにただ頷く。
「ちょっと、中に入ってもらってもいいですか?」
警察官が私の体を支えるようにし、居間へと通された。
「大丈夫ですか?」
ソファに座らされた私は無言のまま頷いた。居間には数人の警察官が所狭しと動き回っている。
「アスリーンさん・・・」
後ろから力のない声が届いた。急いで振り返ると、担架に乗せられ横向けになったウィルがそこにいた。
「ウィル!」
立ち上がり、彼の元へと駆け寄る。彼の背中は救急隊員によって応急処置が施されていた、撃たれたのだろうか。
「ウィル、何があったの?」
「私にも・・・何がなんだか・・・不覚です。後ろから撃たれてしまって」
「撃たれた!?あぁスーザンが!」
「わかっています。死んでいるんでしょう?」
「知ってるの?」
そこでまた後ろから声が届いた。
「スーザン!!」
玄関から奇声が聞こえる。この声はランディだろう。スーザンの死を目の当たりにし、きっと混乱しているに違いない。
「アスリーンさん・・・」
振り向くと、ウィルが苦しみに悶えながらも何か言おうと口を開く。
「しゃべらないで!」
救急隊員が私を突き飛ばし、担架に乗せたウィルを持ち上げ家を出て行く。それを呆然と見届けた私は、玄関からやってきたランディと目が合った。
「アスリーンさん!何が、何があったんですか!」
ランディが私に掴みかかるように突進をしてきた。彼の目からは涙が止めどなく溢れている。
「そ、それが私も今ここに来たから・・・」
「なんてことだ・・・ケビン、ケビンは?」
そう言うとランディは居間を見渡した、が彼の姿はどこにもない。
「隣りじゃ、ないの?」
「いえ、スーザンも・・・ケビンも戻って来なかったので、ウィルさんには申し訳なかったんですが、隣りに行って来たんです」
「いなかったの?」
「・・・はい・・・あぁスーザン・・・」
顔を両手で覆うと、彼は地面にひざまずいた。
「スーザン・ブラウンさんの旦那さんですか?」
少し中年の、刑事がランディに話しかけた。彼が頷くのを見ると、
「このようなときに申し訳ないんですがね、我々も少し話を伺いたいのですが」
「・・・はい」
ゆっくりと立ち上がったランディと目が合った。
「アスリーンさんは、行かないのですか」
「え・・・私は・・・」
いくら関係者だと叫んでも、実際に事件が発生したとき私はここにいなかったのだ。話せることなど何もない。刑事が私を見つめいてるが、ゆっくりと首を左右に振った。
「そうですか・・・」
「では、話は2階で」
「・・・はい」
彼は刑事に促され、階段を上がっていった。
私は一人、居間で立ち尽くしている。私がウィルの、事件の関係者だとわかった警察は出て行けと言うこともなく、捜査を続けている。
(何か、何か透視できるものはないだろうか・・・)
ウロウロしていると、先ほど玄関に立っていた警察官が私の腕を軽く小突いた。
「あの・・・どうかしましたか?」
「えっ・・・いえ、何でもありません」
不思議そうな顔で私を見たが、彼はそのまま何も言わずに玄関へと戻って行った。
何でもいい、事件が見えるもの・・・私はサイドボードに目を通した。僅かながら血痕が付着している。そうか・・・別に小さなものに限定することはない。私はそれに手を近づけた。
「ちょっと!触らないで!」
科学捜査官と思われる人に一喝されさっと手を戻すが、ここで引き下がっては何もできない。私は誰も見ていないのを見計らって手を伸ばした。