第十三話 予測不可能な出来事
携帯電話でどこかへ連絡をとっているスティーブが目に入ってきた。どこか落ち着きがなくそわそわした感じで相手が電話に出るのを待っている。
「もしもし?エディか?俺だ、ああひさしぶりだな。ところでお前、時間あるか?ちょっと話があるんだが・・・あぁそれじゃあこれからそっちへ行くよ・・・それで・・・」
そこで話が中断した。スーザンとランディが部屋へ入って来たのだ。
「お義父さん?今日の料理はどうでした?」
「おいしかったわよね?」
「あぁ・・・悪い、ちょっと出てくるよ」
「どこへ?」
「すぐに戻る」
そしてスティーブは電話を切った。
「どうでした?」
目を開いた私にウィルが声をかけた。私は携帯電話をサイドボードへ戻すとソファに座り直す。
「会う約束をしてきたのはスティーブよ。でももっと詳しくって思ったときにランディとスーザンが現れて電話を切ってしまったわ」
「そうですか・・・スティーブからでしたか」
立ったままのウィルは何か考えているのか、それから一言も話すことはなかった。
これで本当に事件は進展するのだろうか。どちらが会おうと言ったところで犯人がわかるわけでもない。ウィルの答えが出るまで待つしかなかった。
「すいません、スーザンがもうすぐこっちに戻るようです」
ダイニングキッチンからランディが満面の笑みで戻ってきた。私が昨日乱闘を繰り広げた人物と今日も顔を合わせなければならないのかと、深い溜め息を漏らしたのをウィルは見逃さなかった。
「ああそうだ、アスリーンさん、この後予定があるんですよね。こちらは私に任せて行ってください」
ウィルが私に助け船を出してくれた、のかどうかは彼の表情を見てもわからないが、それに甘んじて私は立ち上がった。
「ああそうよ!そうなの!それじゃ後は頼んだわよウィル」
「はい」
あたかもウィルの上司のような口調でそう言うと、怪訝そうな顔を浮かべるランディに一礼をしてそそくさと家を後にした。
外へ出たのはいいが、ウィルの車で来たことを忘れていた私はあてもなくただ黙々と歩いていた。彼が家から出たら乗せてもらおうと思い、目にとまったカフェで時間を潰そうと横断歩道に立った。
信号が青に変わり、歩みを進めた時だった。見覚えのある後ろ姿が視界に入ってきた。
「ジェフ?」
思わずそう叫ぶと、彼はゆっくりと、恐ろしいものに出くわしたかのような表情で振り向く。
「あっ」
逃げ出したそうなその瞳は私をただジッと見つめていた。無言で横断歩道を渡った私達は、その場で少し立ち止まっていた。
「ブリジッドは?」
沈黙を破ろうと私が言葉を発する。ジェフは挙動不審な態度を見せながらもこちらに顔を向けた。
「仕事です・・・。あっそれよりこんな所でどうしたんですか?」
私の顔が穏やかなのを見てか、彼の表情も和らぐ。私はそんなに恐ろしい顔を毎日彼に見せているのだろうかと不安になった。
「どうしたって・・・ちょっと道に迷ったのよ」
捜査に協力をしていることは彼もブリジッドから聞いているはずだが、話がややこしくなるかもしれないと思った私は適当に話を合わせる。
「道に迷った?」
「なによ?私だって道に迷うことくらいあるわ」
「そ、そうですよね・・・」
申し訳ないが、ジェフと話すと眉間に顔にシワが寄ってくるのがわかる。彼の事は嫌いではないのだが。
「あなたはここで何をしているの?」
「えっ俺は・・・」
「おい」
後ろから低い声が耳に入ってきた。二人同時に振り返ると、ケビン・ブラウンが腕組みをしながら立っていた。私をジッと睨んでいる。
「あら」
「あらじゃねぇよ。俺の家の近くで何をコソコソやってんだ」
「あなたの家の近く?それは知らなかったわ」
シラを切る私に腹を立てたケビンがこちらへ近付いて来る。と、立ち止まった。
「お前、ジェフ?ジェフか?」
思いもしないその言葉に私は耳を疑った。ジェフを見るが、顔を上げようとしない。
「あ、ああ」
小さくそう呟いたジェフはまだ顔を上げない。
「久しぶりだなぁ。いや、お前には悪いことをしたと思ってんだよ。どうだ、こんなおばさんほっといてうちに寄って行かねぇか?」
「おばさん?」
反論をしたがったが、あながち間違っておらず私は彼にバレないように一瞬だけ睨んだ。
「いや・・・」
「遠慮するな」
「・・・」
ケビンが彼に近付こうとした時、突然私の腕を掴んで走り出した。
「えっちょっと!」
何がなんだかわからない私は、引っ張られたまま走り出す。
「何、どうしたのよ!」
「いいから走って!」
走りながら後ろを振り返ると、追いかけてくる気配のないケビンがそこに立っていた。
「ちょっと、どういう事よ?」
ケビンが見えなくなるまで走った私は、肩で息をしながらジェフを見た。
「すいません、でもアスリーンさん、あいつと知り合いなんですか」
「えぇ?知り合い・・・の知り合いよ」
「意味がわかんないですけど」
「私の事は後よ。あなたもあの人を知っているの?」
全然息が上がっていないジェフに、自分との歳の差を見せつけられたような気がした。まだまだ若いつもりでいたが、やはりついていけるわけがない。私はガードレールに腰を落とし、彼の言葉を待った。
「実はあいつ・・・俺がその、クスリの密売をしてた頃の仲間なんです」
「え?」
「俺、あいつのせいであのとき撃たれたんですよ!」
それはおかしかった。ケビンは5年前に足を洗ったとウィルが言ったのだ。しかしジェフも嘘をついているようには見えない。彼は真っ直ぐに私を見ていた。
「あいつ、5年くらい前に突然辞めるって言い出して。それから俺が一人でさばいてたんですけど」
「さばいていた・・・ね」
私の言葉にビクッと体を動かしたジェフだったが、それでも私から目を離さずにいた。
「でも俺もブリジッドに会って、これで最後の仕事にしようって思ったんです」
「それで?」
息が整った私は立ち上がり、彼と向かい合わせ立った。
「その時突然あいつが現れて、金が必要になったから一度だけ仕事をさせてくれって」
「お金?」
「はい、それであいつと俺と他の仲間で売りに行ったんですけど、あの野郎、金を受け取った後クスリを渡す前に逃げやがったんです!」
ジェフの顔が紅潮していくのがわかった。それだけ腹を立てているのだろう。
「俺が仲間の所にあいつを連れて来たから、俺も裏切り者と思われて・・・」
「撃たれたのね」
「はい・・・」
力なくそう答えたジェフは私から顔を背けた。
「でもどうして誰もケビンのことを警察に言わなかったの?あなたを撃った人も捕まったんでしょう?」
「言えませんよ、言えるわけがないんです」
「どうして?」
それから少しジェフは考え事をしていた。言っていいのかどうかと迷っている顔だ。私は彼の顔をジッと見つめていた。
「ケビンは自己中心的な性格で、自分の為ならどんな犠牲も惜しまない奴なんです。俺が入院中、一度だけあいつ面会に来たんですけど、もし自分の事を話したらブリジッドをどうにかするって・・・」
「なんですって!」
「すいません!こんなことアスリーンさんにも言えなくて・・・きっと他の仲間もいいように言いくるめられたんだと思います」
「ブリジッドのことを知っていたの?」
「え・・・はい、ブリジッドが俺の見舞いに来てくれたとき、偶然会ったんだと思います」
信じられない言葉だった。やはりあの男は真面目になどなっていない。脅迫めいた言葉で自分は罪を逃れたのだ。ジェフのやり切れない気持ちが痛いほど伝わってきた。
「ケビンはお金が必要になったと言っていたのね?」
「はい・・・」
「いくらくらい?」
「え?さぁ・・・でも金とクスリを持ち逃げしたくらいですから、きっと相当な金額だとは思いますけど」
「そう・・・ありがと」
私はこのことを早くウィルに伝えようと来た方向に走り出した。
「えっちょっとアスリーンさん!?」
突然走り出した私に驚いたのか、ジェフが大声を出した。私はいったん立ち止まり彼にこう叫んだ。
「ジーンズを上げなさい!」
「はいぃ!」
彼の恐怖に満ちた声を背に私は再び走り出した。