第十二話 彼の思惑
「ケビン・ブラウンのことです」
車に乗り込んだ私達はブラウン家へ向かっていた。覆面パトカーに乗ったのは初めてだった私は、少しばかり緊張をしていた。
「ケビンって、スーザンのお兄さんよね?」
「はい、彼は5年前、つまりスティーブが事故を起こすまで相当荒れていたようです」
「荒れていたって?」
「麻薬の密売、自身も中毒者という前科がありました」
麻薬、それは悪魔のような言葉に思えてならなかった。思わず私はジェフの顔を浮かべてしまったが、彼はきっぱりクスリとは縁を切ったと言っていたのを思い出し必死で彼の顔を消した。
「どうしました?」
「いえ、別に・・・。それで?」
「スティーブ・ブラウンが事故を起こしてから、ケビンは麻薬の密売もやめ真面目に働き出したそうです」
「いい事じゃないの?まぁ彼の年齢からしてちょっと子どもすぎる行動かもしれないけど」
しかしあの男性が真面目に働いているとは、少し変に感じてしまう。
「おかしいと思いませんか?」
「何が?」
「・・・」
「何?言ってくれなきゃわからないじゃない」
「ケビンは一度も面会に行ってなかったんです」
「・・・?」
理解ができない私は首を傾げたまま次の言葉を待つしかなかった。
「父親が罪を犯し、家族の為に更正したのならなぜその機会を与えた父親の面会に行かなかったのか」
「スティーブが憎かったからじゃない?」
「やはりそう考えますか」
「普通に考えたらそうじゃないの?」
私の言葉に何か考え事を始めた彼は、少し速度を落とした。
「スティーブが憎いとするなら、彼が出所するときなぜケビンは現れたのでしょうか」
「そうなの?」
「はい、ケビンには面会には行けない何かがあったと考えているんですが」
「行けなかった理由・・・?」
「今はまだわかりませんが」
「事情聴取とかしていないの?」
「スーザンとケビンには軽く、ですが事件には関係なさそうだということですぐに終わりました」
「やっぱり行って聞くしかないわね」
チャイムを鳴らしたが、誰も出てくる気配はなかった。居間の窓を覗いていた私は、誰もいないのを確認すると玄関へ戻った。
「いませんでしたか」
「ええ、あっもしかしてまだレベッカの家にいるのかもしれないわ」
「ふぅ・・・む」
二人で思いにふけっていると、後ろから微かに声が聞こえてきた。
「あの・・・すいません」
振り返ると、昨日警察署で見た顔がそこにあった。
「あ、あなたはたしか・・・」
「はい、スーザンの夫のランディといいます。あの、昨日はすみませんでした」
昨日・・・乱闘のことを彼は謝っているのだろうか。何も知らないウィルが私の顔をうかがっている。それを無視するように私は作り笑いを浮かべた。
「いいえ、私の方こそ。あぁ、私はアスリーン・バルドーといいます」
「ウィル・ジョンソンです」
警察手帳を見せたウィルをランディは不安そうに見つめた。
「警察の方が何か?スーザンの聴取は終わったはずじゃ」
「そうなんですが、ケビン・ブラウンさんはいらっしゃられないんですか?」
「え?彼は隣りに住んでいるんですけど、いませんでしたか?」
「隣り?」
私とウィルが同時に声を上げた。
「ええ、こっちは私とスーザンの、それでそちらの家がお義父さんとケビンの家なんです」
「お隣り同士なんですか?」
意外な答えに私はすっとんきょうな声を出しながら質問をした。
「ええ、ああ立ち話もなんですから、どうぞ入ってください。すぐに戻ってくるでしょうから」
「あぁ、すいません」
室内は綺麗に整頓されていた。多分ランディは綺麗好きなのだろう。申し訳ないがスーザンは掃除をしなさそうな顔をしていた。居間へ通された私達は、サイドボードに飾られたランディとスーザンの写真を見ていた。
「適当に座ってください。今コーヒーを持って来ますから」
「すいません」
と私が言った瞬間、ウィルがソファへくつろぐように座った。それにしても礼も言わずにさっさと座るとは。そんな私の考えなど知るはずもなく彼は家中をジロジロと見回している。
「失礼ですが、ランディさんはどのような仕事をされているんですか?」
ダイニングキッチンへ消えていたランディがコーヒーをお盆に乗せ戻ってきた所でウィルが言葉をかけた。
「私は精肉店で働いています。今日は休みをもらってスーザンと一緒にいようと思ったんですが、朝から姿が見えなくて」
多分彼はスーザンがレベッカの家へ行っていることを知らないのだろう。コーヒーをテーブルへ置いた彼は、私達と向かい合わせに座る。
「いただきます」
私はそれに口をつけた。素人が作ったにしてはとてもおいしい。きっと彼が毎日料理をしているのだろうと思ったが敢えて言葉にはしなかった。
何も言葉を出さずに黙々とコーヒーを飲む私を横目に、ウィルが手帳を取り出した。
「家の鍵はそれぞれ持っているんですか?」
「ええ、いつでも行き来できるようにと合い鍵を持っていますよ」
「そうですか。スーザンとはいつ結婚を?」
「4年と少し前です。私が働いている店に彼女が来まして」
「なるほど・・・」
ウィルがそこで少し言葉を止めた。時間を持て余した私だったが、特に話すこともなくコーヒーをすすっていた。
「あの・・・アスリーンさん?」
それを見ていたランディが口を開く。
「今さらなんですが、あなたも警察の方なんですか?」
「え・・・?」
返答に困り果てコーヒーから口を離せずにいた私をウィルが救った。
「彼女も捜査関係者です」
嘘は言っていませんというように平然とした顔でそう答えるウィルが羨ましいと感じてしまった。
「ああ、そうなんですか。すいませんおかしなことを聞いてしまって」
「い、いいえ!気にしないでください」
そう答えるしかなかった、ウィルがニヤリと微笑んだのだ。彼は本当に警察官なのだろうかと疑いたくなるような、ずる賢そうな瞳だった。
「ところでケビンさん、スティーブとケビンはどのような親子でした?」
手帳を広げたままでウィルがそう質問を投げかけた。私はコーヒーはもう入っていないというのに、カップから口を離せずにいた。
「う〜ん、すいませんがお義父さんが、その、出所してから全く日が経っていないので詳しくはわからないんですが」
その答えは当たり前だった。スティーブが出所して、そして殺されるまで何日も経っていないのだ。スーザンとランディは間違いなく面会に行っていただろうが、ウィルが言っていたのが本当ならば、ケビンとスティーブが話しているところなど彼は見たことがない。
「そうですか」
ウィルにしては珍しく的が外れた質問だったと感じた。
「でも、出所した時は4人で外食をしたんですよ。その時はとても仲が良さそうでした」
「そうですか」
そうですか・・・それしか答えないウィル。一生懸命考えてくれたランディに申し訳ないと思いつつ、私はまだカップに口をつけたままだった。
その時、電話のコールが響いた。
「あれ、電話だ。ちょっと、すいません」
「ああいえ、お構いなく」
私はやっとカップから口を離し、大げさに手を振る。彼は一礼をすると、ダイニングへと急ぎ足で戻った。
ランディがいなくなってすぐ、ウィルが手帳をしまうと立ち上がった。
「アスリーンさん、あなたに透視をしていただきたいのですが」
「えっ?さっきしたじゃない?」
突然の依頼に戸惑った私は、立ち上がったまま動かないウィルを見上げる。しかし彼の表情は変わることもなく、室内をジロジロと見始めた。
「この家の物を透視してください」
「え?」
「エディ・テーラーがスティーブ・ブラウンを呼び出したのか、もしくはその逆なのか。電話で会話をしているとき他に誰もいなかったのか。それがわかれば捜査は進展すると思います」
簡単に言ってくれるものだ。何を触れば良いのか、皆目見当もつかない。あれこれ悩んでいると、ウィルがサイドボードの上に置かれた携帯電話を見つけた。
「スティーブの物でしょうか?これでお願いします」
ポンとそれを投げられた私は、ジッと眺めた。こんな勝手な事をして許されるのだろうか。しかしウィルなら「私達は捜査関係者ですから」と言いそうな雰囲気だ。私は何も言わずにそれを握り締めた。