白姫ー雪の道とサトージョウユー
どうしようもなく寒い、とある雪の日でした。
降り続ける雪は、地面を覆い、山を作り、葉を埋れさせ、木にのしかかります。
重い、重い、という木々の幹や、土の声が聴こえてくるようでした。
「これはまた、ずいぶんと深く積もったね」
外を歩いていると、田中のおじいさんが感慨深そうに上を見上げていました。
隣には奥さんのはるこさんもいます。
「そうですねぇ……雪かき、しないといけませんねぇ」
突然、二人の会話はどこか違和感を感じさせるような切り口で始まるのでした。
「…ところであなた。そろそろ『アレ』の時じゃないかしら」
「おお、そうだったな。忘れていたよ。
『アレ』をするためには『アレ』が必要だな。持ってきてくれ」
「『アレ』は『アソコ』にしまってあるから私じゃ『アレ』が出来なくて持ってこれませんよ」
「『アレ』は『アイツ』に任せればいいだろう。
ただ『アイツ』は『アレ』の場所が分からないと思うから着いていってやってくれんかや」
「『アノヒト』に『アレ』を頼んで『アレ』してもらえば……」
……田中夫婦お得意のよく分からない話は、私にはやっぱりよく分かりません。二人の間にしか伝わらないモノがあるみたいです。
…ぼちぼちと歩いていくと今度は相田さんを見かけました。
が、パッと走って何処かへいってしまいました。
すると前から今度は相沢さんが走ってきました。
また、パッと走って何処かへいってしまいます。
その後も相山さん、相浜さん、相木さん、相省さん、相寺さん、相会さん………次々と若い男たちが雪道の上を走って行きます。
走り去ってゆく男達の中てまひとり、豪快に滑ってしまったのは田中さんの二軒先に住む相道さん。
独り身ですが、最近知り合った人と上手くいきそうなんだそうです。
親をやっと安心させることが出来ると、親友の相山さんに強く語っていました。
相道さんは慌てて起き上がって、落とした何かを拾うとまた走り出しました。
すれ違ったのは相道さんが最後でしたが、私は実に20人ほどの男と2〜3分ほどですれ違っていました。
何かあったのでしょうか?
プとそんなことを考えながらまた、フラフラと当てもなく歩いていると、何処からかとても良い匂いがします。
香ばしくて、甘くて、ちょっぴりしょっぱい匂い。
これは……砂糖醬油ですね。
しかも私の大好物のお餅に砂糖醬油を付けた『サトージョウユモチ』の様です
あれは本当に大好きです。
もちっとした感触に砂糖醬油の甘さとしょっぱさが絶妙に絡み合って……
……砂糖醬油の匂いでふわふわしたまま、私は引き寄せられるように匂いの方向へと歩いていきました。
中に入るとタツちゃんがいました。いつも通り、偉そうに椅子に座って、サトージョウユモチを食べていました。
私はお餅を食べているタツちゃんに声をかけました。
「タツちゃん、久しぶり」
「お、おおシロちゃん……今年はだいぶ遅かったな。間に合わないんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ」
「今年はタツちゃんが渋ったから遅くなったんでしょ。私の所為みたいに言わないで欲しいんだけど」
タツちゃんは不都合があると昔から私に押し付けてくる女の子でした。やれ間違えた…やれ失敗しただの責任を私に押し付けて何処かへ行ってしまいます。
タツちゃんは好きだけど、タツちゃんのそういうところはいつも嫌だと思っていました。
「あはは、悪い悪い。ま、もうそろそろ準備も終わった頃だろうしさ。そろそろ『アレ』の時間だぜ」
「分かってるよ。何のために私が来たと思って……」
「ほら、みんな集まってる。
いってこいよ『白姫』」
「もう、分かってるってば。
………3ヶ月ご苦労様、『竜田姫』」
「おうっ!」
タツちゃんの、こういうさっぱりしたところは大好きです。
私は、サトージョウユモチをお供えとして置いてくれている村のみんなに言いました。
「村のみなさん……お久しぶりです。白姫です。
秋は終わりました……冬がやってきますよ。
雪には気をつけて。モチ太りにも気をつけて下さい。
農家の方は腰を下ろしてください。若い方々も落ち着いて。
しんみりと寒くて、いい季節です。
みんなが寄り添って温め合う季節です。
愛しあってください。育んでください。
いいですか……?
いいですね……?
ではではみなさん、冬を、季節を、楽しもうじゃないですか!」
………私の名前は白姫。冬を告げる、冬の神様。
大好物はサトージョウユモチで、大好きな人は村のみんなと、秋の神様の竜田姫です。