高橋舞衣(2)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一人称は「わたし」、しずるも含めて部員を「〇〇ちゃん」と呼ぶ。お茶を淹れる腕は一級品。
・那智しずる:千夏の同級生、文芸部所属。一人称は「あたし」。千夏以外の他人には素っ気ない。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマークの長身の美少女。実は『清水なちる』というペンネームの新進気鋭のプロ小説家。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部の新入部員。ショートボブで千夏以上に背が低い。一人称は「あっし」。あらゆる方面の作品を読み漁る変態ヲタク少女。
・里見大作:大ちゃん。舞衣の幼馴染。一人称は『僕』。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さんで舞衣と同様のヲタク少年。
・西条久美:入部希望の一年生。美久の姉なのだが……。
・西条美久:同じく入部希望者。久美の妹なのだが……。
文芸部に、高橋舞衣ちゃんと里見大作くんが入ってくれて、部員が四人になった。この調子で部員獲得だ。わたしは、しずるちゃんにも手伝ってもらいながら、頑張って文芸部を運営していこうと、改めて思った。
「今日はチーズケーキ焼いてきたんだよ。お茶淹れるから、皆で食べよう」
「部長、ゴチになりやす」
「あー、僕も楽しみなんだなぁー」
早速反応したのは、一年生の舞衣ちゃんと大ちゃんである。特に大ちゃんはデッカイから、分量足りるかな? やっぱり、いっぱい食べるんだろうか。
わたしがそんな事を考えながらお茶の用意をしている時、<コンコン>と図書準備室の扉がノックされた。
「あ、誰か来たみたい。誰か応対して」
すると、ドアに一番近い大ちゃんが、
「あー、じゃぁー、僕が行きまーす」
と言って、出入り口へ行った。
彼がドアを開けると、女子が二人ほど部室の中を覗いた。
「あのー、文芸部の部室って、ここって聞いたんですけどぉ……」
と、彼女達は、おずおずと訊いてきた。そこへ、大ちゃんが返事をした。
「そうなんだなぁー。ここが、文芸部だよぉ~」
ところが女子の方は、大ちゃんを見るなり、
「き、きゃぁぁぁぁぁぁ」
と叫んで、慌てて逃げて行ってしまった。
「あれぇー。行っちゃったんだなぁー。どうしたんだろーなー」
と、大ちゃんの方は、逃げて行った彼女達の方を<ぼぉー>と眺めていた。
「大ちゃん、入部希望者を驚かせてはいけないっす」
舞衣ちゃんが、大ちゃんに注意したのだが、
「僕は何もしてないんだなぁー」
という返事。それはそうだけど、こんなデッカイのがいきなり出てきたら、わたしだってビックリするよ。
「すいやせん、部長。今度はあっしが応対しますんで」
「その方がいいようね」
そんな新入部員達を、しずるちゃんは冷ややかな目で見ていた。
「やっぱ、しずる先輩はクールっすねぇ。ちょいと、写メを撮らせてもらっていいすかぁ」
舞衣ちゃんが、しずるちゃんに訊いた。
「え? いいけど……、何で?」
その疑問に対して、舞衣ちゃんはこう応えた。
「一年生の間で、しずる先輩のファンが増えてるんっす。あっしのクラスの女子から、「是非写メを撮ってきて欲しい」って頼まれたんっすよ」
「そーなんだなぁー。しずる先輩は、凄い人気なんだなぁー。そのうちに、ファンクラブが出来るに違いないんだなぁー」
「しずる先輩の写真集を作ったら、一儲け出来るっすよぉ」
二人の新入部員によると、しずるちゃんのポイントは高いんだとか。そっか。しずるちゃんって、よく見るとすんごい美少女だし、髪もツヤツヤでロングのストレートだし、モデルさんみたいに背も高くって、足スラッとして長いし、胸だってあるし……。
「へぇ、しずるちゃんて、そんなに人気あるんだぁ」
改めてわたしがそう呟くと、
「そうなんすよ、部長」
と舞衣ちゃんが相槌を打った。しかし、当の本人は、少し鬱陶しそうに返事をしただけだった。
「そんなの、別に作んなくてもいいわよ。あたしは、あんまり注目して欲しくはないんだけどな」
まぁ、秘密で女子高生作家をしているしずるちゃんには、余計なお世話かも知れない。今もパソコンで創作活動に励んでいる。
逃した魚は大きいかも知れなかったが、今更慌てても仕方がない。
わたしは、四人分のお茶とケーキを用意すると、お盆に乗せてテーブルに運んだ。
「お待たせぇ。皆でお茶しようよ」
わたしの言葉に、皆が賛成してくれた。
「ありがとう、千夏」
「部長、早速ゴちになるっす」
「僕も、いただかせてもらうんだなー」
てな感じで、今日もお茶会が始まった。
「部長、文芸部なんだから、それらしい話が聞きたいっす」
いつもならその時の流れで雑談になるのだが、今日は『意欲的な部員』が居るようだ。
「そだねぇ。じゃぁ、わたしのお薦めでも披露するか。色んな作家さんがいるけれど、やっぱり、漱石と鷗外は外せないね」
「純文学っすね。でも、新しい作家先生の本も良いのが有りやすよ」
舞衣ちゃんが痛いところを突いて来た。さすがはヲタクである。
「実はねぇ、著作権法ってのがあって、作者が死んで五十年経った本は、著作権がフリーになるんだよ。だから、本文そのまま書いてもオッケイな訳。でも全文はパクリになるから、読書人や文筆家なら、節度を持たなけりゃだけどね」
わたしが種明かしをすると、舞衣ちゃんは少し首を捻っていた。
「所謂、大人の事情ってやつですかい」
「ま、そだね。文集とか作る時に、二次創作や引用するのにも、あまり気を使わなくて良いしね。それに、漱石とかだったら、有志がネットで公開してるから、本買うのに節約も出来るからね。しかも平文の電子データ。スマホでも読んだり、検索とかが便利なのさ」
「さすが部長っす。そんな深いところまで考えてるとは……」
去年、先輩達の言っていたことの受け売りだが、それなりに説得力はあったようだ。
「いやぁ、別に深い考えがある訳じゃないし、実際、読んでも面白いよ」
わたしが正直にそう言うと、
「そうね。先人の作品を通読するのも、色々参考になるわね。それに、普段あまり読まない本を読むと、表現力の幅が広がるし。あたしも、鷗外とかは好きよ」
と、しずるちゃんもわたしの意見を尊重してくれた。
「まぁ、ここは図書室の中だから、ほとんどの本は買わなくても借りて読めるけどね」
と、わたしはそう補足した。
「じゃぁ、読みたい本が無かったら、どうするんすかぁ」
「そーだなぁー。それは、僕も聞きたいんだなー」
当然の如く、舞衣ちゃんと大ちゃんから質問が出た。
「あのね、読みたい本が無かった時には、司書の先生にリクエストをするんだよ。それで通ったら、学校の予算で買ってもらえるんだよ」
わたしは、図書室のお約束を解説した。
「でも、さすがにエロ小説やSM本は無理だと思うけれど」
そこに予め釘を刺すように冷たい言葉を放ったのは、那智しずる嬢。
「そりゃそうっすね、しずる先輩」
舞衣ちゃんは、ちょっとだけ残念そうな顔をした。こいつ、本気でエロ小説を図書室の蔵書に加えようとしていたのか?
まぁ、それはいいや。
「しずるちゃん、芥川龍之介は、もうフリーだったっけ」
「ちょっと待って。……えぇと、フリーになってるわね。羅生門とか鼻とかの有名所の他にも、短編もいっぱいあるわよ。他にも、中原中也とか寺田寅彦もあるわね。後は……、ちょっとマニアックだけれど、夢野久作とラブクラフトもあるわね」
しずるちゃんは執筆作業を中断して、パソコンで検索をかけてくれた。
「おお、あっしも中也好きっす。でも、寺田寅彦って、理系の学者さんではなかったっすか」
「よく知ってるわね。彼は文筆家としても有名だったのよ」
しずるちゃんの指摘に、舞衣ちゃんもまんざらでも無い顔をしていた。
そんなふうに、わたし達がお茶をしながら文学談義をしていると、また扉をノックする音が聞こえた。
「誰か来たみたいね」
キーを打ちながらだったが、しずるやんも気がついたようだ。
「今度はあっしが応対するっす。大ちゃんは、ちょっと奥の方に行ってて欲いっす」
「うん、分かったんだなぁー」
さっきの件があった所為か、舞衣ちゃんはそう言って椅子から立ち上がった。一方の大ちゃんは、部屋の奥の方へ引っ込む。
ショートボブの小柄な彼女は、急いで準備室のドアへ向かうと、扉を開けた。
「へい、文芸部に何か御用っすか?」
とそう訊くと、準備室をチラッと覗いた女子が居た。
「あのぅ……。私達、入部希望なんですけどぉ、よろしいですかぁ?」
「よろしいも何も、大歓迎だよ。さぁ、入って入って」
やった、二度目の来店、お待ちしておりました。『私達』ってことは、二人以上ってことだよね。
わたしは、明るく入部希望者の女の子達を準備室に招いた。
『じゃぁ、失礼します』
揃った声が聞こえて、二人の女の子が入って来た。だが、わたしは彼女達を見て、一瞬言葉に詰まった。
「お、おんなじ顔。もしかして、……双子ですか?」
わたしがそう訊くと、二人は頷いた。
「私達、一卵性双生児なんですぅ。親にも見分けがつかないんで、普段はそれぞれ別のサイドで髪を結んでいるんですよぉ。私が、一応戸籍上の姉の西条久美でぇす」
「私が、妹の西条美久でぇす」
と、そう言われても、未だにどっちがどっちだか分からない。
「あっと、忘れてた。わたしが部長の岡本千夏。二年生だよ。こっちは、同じ二年の那智しずるちゃん」
わたしが、しずるちゃんを紹介すると、彼女達は次のように応えた。
「おおっ、先輩が噂の『しずる先輩』ですかぁ。私達、しずる先輩に憧れて文芸部に入ろうと思いましたぁ」
「私もですぅ」
双子達は少しふんわりした口調だったが、そんなふうに言われて、しずるちゃんも、まんざらではない様子だった。
「あ……そうなの。えっと、あなたが久美さんで、そちらが美久さんでしたっけ」
「すいません先輩、逆ですぅ」
「あ、ごめんなさい」
しずるちゃんは、そっくりな上に名前も紛らわしい双子を受け入れるのに、難儀しているようだった。
「わたしも、未だ完全に覚えられてないけど……、二人共座ってよ。今、お茶とケーキ持ってくるね」
そう言って、わたしはパタパタと部屋の奥に向かった。
双子ちゃん達が席に付いた時、目の前に座っている大ちゃんに気がついたみたいだ。
「うおぉ、大っきい人がいるのですぅ。あなたも文芸部員ですか?」
久美か美久かよく分からなかったが、双子の片方が訊いた。
「僕は、里見大作って言うんだな。大ちゃんて呼んでくれていいよぉー」
「何ぁに、見かけはこんなだけど、根は優しくて純情なんすよ。そいであっしが、一年の、高橋舞衣でござんす。あっしらの事は、気軽に舞衣ちゃん、大ちゃんと呼んでおくんなまし」
舞衣ちゃん達が双子ちゃんの相手をしてくれている間に、わたしは、二人分のお茶とケーキを運んできた。
「お待たせぇー。お茶、持ってきたよ。ケーキもあるんだよぉ。皆でお茶しながら、文学について語ろうではないか。まぁ、堅苦しく考えないで、好きな本の話でもいいよ」
と、わたしは双子ちゃんを誘った。
「では、いただかせてもらいますぅ」
「私もぉ」
「お茶もケーキもわたしのお手製なんだよ。えへへへ、気に入ってくれるといいなぁ」
わたしにそう言われて、双子ちゃんはティーカップを口に運んだ。
「あ、このお茶、凄んごく美味しいですぅ」
「本当なのですぅ。美味しい。部長さん、どうしたら、こんなに美味しい紅茶が淹れられるんですかあ?」
二人の素直な反応に、わたしは嬉しくなった。
「ふふふ、これには秘伝の技があるのだよ。そのうち皆にも教えてあげるね」
『よろしくお願いしますぅ』
仲良く揃って応える二人を見て、わたしはホントに心が暖かくなった。
その後、美久ちゃんと久美ちゃんを加えて、わたし達は文芸部らしく小説について語り合ったのである。
よぉし、目標の五人を上回ったぞ。これで、文芸部は安泰だ。