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ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
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那智しずる(5)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一人称は「わたし」、しずるの事は「しずるちゃん」と呼ぶ。お茶を淹れる腕は一級品。

・那智しずる:千夏と同じ二年生で文芸部所属。一人称は「あたし」。普段から人嫌いで素っ気ないが、千夏とは親しい。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。更に女子としては長身で、メリハリのあるナイスバディの美少女。実は『清水なちる』というペンネームで小説を書いている新進気鋭のプロ作家。

 四月に入った。

 春休みが終わって、わたし達は二年生に進級した。新一年生が入学してきたら、即勧誘だ。わたしとしずるちゃんは、新歓の準備で大忙しだった。


「千夏、ビラの原稿を作ってきたわよ」

 しずるちゃんが、いつものノートパソコンを開いて画面を見せてくれた。

「わぁ、凄い。良くできてるよ」

 パソコンの画面には、イラスト入りのビラが映っていた。

「知り合いの絵師に頼み込んで、イラストを描いてもらったわ。後は、適当に文芸部の活動の事を書いて……。活動内容って、これで良かったかしら?」

「もう、バッチリだよ。部員、集まってくれるといいね」

 わたしは、しずるちゃんの手際の良さに驚いてしまった。こんな立派なポスターなんて、わたしじゃ作れっこないもの。

 そんな事を考えていたからだろうか? 只々彼女のやった仕事を見ているだけのわたしを、椅子から見上げていたしずるちゃんは、いつも以上に生真面目な顔になっていた。丸渕の眼鏡のレンズを通して、鋭い視線がわたしの胸を貫く。

「ふぅ、まぁいいわ。それより、千夏。「合コン参加の見返りに部員を何とかしてくれる」っていう話はどうなったの?」

 おっと、確かそんな約束をしていたっけ。わたしは、取り敢えずの現状報告をした。

「うん、あれはね、今度入学してくる高橋(たかはし)美奈子(みなこ)ちゃんの妹さんが、入部してくれる事になってるんだ。だから、あと二人確保すれば何とかなるんだよ」

 わたしは、この間の『恐怖の合コン』の事を頭の隅っこに思い出しながら応えた。

 あと二人。部員が五人になれば、同好会に格下げにならないですむ。『部』として存続できるのだ。その為にやらなければならない事は……。

 そんな時、パソコンのキーを高速で撃ち続けながら、しずるちゃんが次のように言った。

「じゃぁ、後は体育館で行われる部活動紹介のステージね。千夏部長、頑張ってね」

 え? あ、そか。そだったよ。そぉ言うのがあったんだっけ。忘れてたぁ。

「そだった、忘れてたよ。どしようか、しずるちゃん。わたし、大勢の人の前で話すの、苦手だよぅ」

「今更、そんなこと言ってどうするのよ! あなた、部長でしょ」

 入学式を目前にして狼狽えるわたしに、しずるちゃんは、パソコンの画面から目を離しもしないで手厳しいお言葉を投げつけてきた。

「いやぁ、それはね、部員がわたし一人だったからで。今なら、しずるちゃんが部長をやってもいいよぉ」

 わたしの情けない提案に、彼女はいつものトゲトゲした話し方で反論した。

「何言ってんのよ、千夏。あなたは文芸部の経験が一年もあるんでしょう。あたしは入りたて。どう考えたって、千夏が部長でしょう」

「そ、そうだけどさぁ、……ゴニョゴニョ」

 言うことはごもっとも。まさにその通りなのだけれど。いざ、自分がその立場に立ってみると、腰が引けてしまう。そんなわたしを、しずるちゃんは励まそうとしてくれたのかも知れない。一旦、キーを叩く手を止めると、

「ほら部長、あたしだって頼りにしてるんだから。まぁ、そんな事もあろうかと、発表原稿も書いてきたわ」

 と言って、パソコンの画面を切り替えると、原稿をわたしに見せてくれた。

「そ、そりゃまぁ、手際の良い事で。さすがは高校生プロ作家」

 キッとした射抜くような視線に貫かれないようにしながら、わたしはそう応えていた。

「おだてても何も出ないわよ、千夏」

 しずるちゃんの隙のない手際の良さに、わたしは少し──いや、かなり面食らっていた。

「あと、掲示用にポスターも描かなけりゃならないのよ。ぼやぼやしてる時じゃないわ。ポスターは何処に何枚まで貼れるの? 生徒会で聞いてきたんでしょうね」

 そう言われたわたしは、生徒会室で渡されたプリントに目を通しながら、しずるちゃんに答えた。

「えっとね、正面玄関横、体育館への渡り廊下、生徒会室横の掲示板と、……あと校舎の一階から四階までの階段横の掲示板に貼れるんだって。だから、えーっと……、七枚作らなきゃ。あと、生徒会から承認を貰わないとね」

「大きさは?」

「A3からA4だって」

 わたしは、プリントを再確認した。

「A3なら、ギリギリあたしん家のプリンターで出力できるわね。ビラは何枚作るの? この準備室のプリンター、使って大丈夫よね」

 矢継ぎ早の質問に、わたしはドギマギしながら答えた。

「た、たぶん、だいじょぶだと思うよ。去年の文集も、全部それで作ってたから。枚数はね、……百五十枚くらいでいかな」

 わたしは、プリントとにらめっこをしながらだったが、何とか彼女の話に着いていっていた。

「了解。えーと、プリンターの機種はこれ(・・)だから……。業者のサイトに行ってドライバを落として……後はこれをインストールすれば……。ちょっと試し刷りするから、千夏、チェックしてもらえるかしら」

「え? あ、いいよ」

 わたしがそう言うと、しずるちゃんは勧誘用のビラを一枚プリントアウトしてくれた。部屋の隅っこに置いてある『いんくじぇっとぷりんた』という機械が、ギシギシと動いて一枚の紙を吐き出す。それを手に取ったしずるちゃんは、目を細めて一分ほど眺めると、戻ってきてわたしに手渡してくれた。

 彼女の用意してくたビラを見て、わたしは唸らざるを得なかった。さすが、プロの絵師さんのイラストは素人離れしていてインパクトがあった。ビラの真ん中に、ポップな書体で『文芸部』の文字が踊っていた。

「うん、バッチリ。良くできてるよ」

「そう。ありがとう。じゃあ、量産するわね」

 そう言って、しずるちゃんはパソコンを操作したらしいかった。準備室のプリンターがシュルシュルと音をたてて、ビラを印刷し始める。いつもの事なのだが、機械音痴のわたしにはシュールな出来事だった。

 ビラの印刷でパソコンがふさがっている所為か、しずるちゃんは、わたしが読むはずの発表原稿を添削していた。何か真剣である。やっぱりプロの作家さんって、意気込みから違うような気がした。

「あ、千夏、ごめんなさい。いつもの癖で、難しい漢字を使っちゃった。振仮名(ふりがな)を打っといた方が良いかしら」

「お願いします、しずる先生」

 はぁ、わたしって文芸部なのに、国語の点数はあんまし良くないんだよなぁ。漢字とか難しいし。

「ステージの時間って、何分だったかしら?」

「えっとぉ、十分くらいかな」

「そう。なら、ちょっと削んなきゃならないわね。ちょっと待ってね。修正するから」

 う〜ん、しずるちゃん、いつになく真剣だなぁ。でも、これだけお膳立てされたら、わたしも頑張らなくっちゃ。


 そうやって図書準備室で新歓の準備を二人でしていたのだけれど、わたしはふと思いついて、しずるちゃんに質問してみた。


「ねぇ、しずるちゃん、この間の男の人とはどうなったの? 携帯番号とか交換してたよね」


 それを聞いたしずるちゃんは、突然ドッシャンガラガラと椅子から転げ落ちていた。

「し、しずるちゃん、だいじょぶ」

 心配して近寄ると、彼女は顔を真っ赤にして、ようよう立ち上がると椅子に座り直した。

「い、いきなり、何て事を訊くのよ」

「いやぁ、ふと気になっちゃって。結局、あの人──矢的(やまと)くんだっけ──と付き合ってるの?」

 わたしの質問に、しずるちゃんは更に顔を赤らめると、

「つ、付き合ってなんか、いないわよ。時々メール交換したり、会うったって図書館か本屋だし。たまに電話で話すこともあるけれど、小説の話ばっかりだし。それに、会う時でも、あたしがちょっと髪型変えたり、アクセ付けてても、全然気づいてくれないし……。まぁ、原稿のチェックをしてくれる事もあるけど、二人で少し歩いた時だって、手なんか繋いでくれないし。もうっ、何なのよあの男は! 本当にあたしの事好きなのかしら」

 と、一気にまくし立てたのである。顔は耳まで真っ赤だし、息は凄く荒くなってきていた。

「し、しずるちゃん……。それって、恋する乙女の欲求不満の告白だよ」

 そう言いながら、わたしは以前読んだラブコメの少女マンガを思い出していた。

「えっ? あ、えーと……そうなのかしら」

 わたしの指摘に、しずるちゃんも少し自分を取り戻してきたようだった。

「好きな人がすぐ側にいるのに、なかなか関係が進展しなくてイライラしてる女の子みたいだね」

 わたしは、いつも冷静な彼女の人間臭い一面を見たようで、なんか、こそばゆい感じだった。一方、それを聞いたしずるちゃんは、押し黙ってしまった。今さっき自分の言ったことや、わたしの言葉を反芻しているみたいだった。

 しばらく考え込んでたしずるちゃんは、わたしの方を見ると、こう訊いてきた。

「千夏から見て、あたしって恋する女に見える?」

「うん、見える」

「そうなのかしら? あたし、そんな経験無いから、よく分からないんだけど」

 そうか……。ならば仕方がない。この千夏姐さんが、教えてあげよう。


「じゃぁさ、あの矢的って人が、他の女の子と手ぇ繋いで二人で仲良く歩いているところを想像してよ」


 わたしがそう言うと、しずるちゃんはしばらく目を瞑っていたが、そのうち<カッ>と目を見開いて、右手をテーブルに打ち付けた。


「何だか分からないけど、凄くムカつく」

 思った通りの反応、ありがとうございます。

「でしょ。それってヤキモチ(・・・・)なんだよ」

 わたしがそう言っても、彼女は未だモヤモヤしているみたいだった。

「でも、あたしがあいつと手を繋いでデートするとか、キスするとかなんて、恥ずかしくて考えられないわ」

 確かに恥ずかしいだろうね。わたしだってそうだから。でも……。

「でも、手は繋いでもらいたかったんでしょう」

「うん……」

「髪型変えたのにも、気づいて欲しかったんだよね。もっと、しずるちゃんの事、見てもらいたかったんだよね」

「うん、そうだわ。そうよね」

「なら、それでいいじゃん。自分の心に正直になればいいんだよ。だから、恋せよ乙女! だよっ」


 彼女も、やっと自分の気持に気づき始めたようだ。


「でも、最初はあいつの方からカミングアウトして来たのに、いつの間にかあたしの方が恋に落ちてるなんて、それはそれでムカつくわね」


 現状を認識したものの、それはそれで気に入らないところがあったのかも知れない。しずるちゃんは、頭から湯気が出そうな勢いだった。

「もう、本当に小説よりベタだわ。あたしが選考委員だったら、真っ先に落選よ」

 そう言うしずるちゃんは、頭を抱えて机に突っ伏した。長い髪を編み込んだ三つ編みが、一瞬、<フワッ>と宙を舞った。

「それで、いいんだよ。しずるちゃんはしずるちゃんのままで。好きになったからって、自分を無理やり相手の好みに合わさなくってもいいんだよ。しずるちゃんは、わたしから見ても素敵な女の子なんだから、もっと自信を持っていいんだよ」

 しずるちゃんは、少し顔を上げると、わたしの方を見た。

「ありがとう、千夏」

 そう言う彼女の表情は、これまでとは違って、柔らかく温かく感じた。

「わたしは、しずるちゃんの味方だからね。いつでも相談してくれていいんだよ。だって、わたしはしずるちゃんの友達だから」

 そう言って、わたしはニッコリと笑って見せた。

「分かったわ。ありがとう、千夏」

 そう言うしずるちゃんは、本当に恋する乙女だった。あーあ、わたしにも、素敵な男性が現れないかなぁ。やっぱ、恋愛小説も良いよねぇ。

「何考えてるの、千夏」

 わたしが、このシチュエーションに酔っている間に、彼女はいつもの冷静さを取り戻したようだ。

「いやぁ、わたしも恋がしたいなぁって」

 そんな彼女に、わたしは思っていたことをそのまま口に出した。

「なってみると、思ったより良いものじゃないわよ。何か、妙にイライラしたり、興奮したり。以前のあたしじゃ考えられないわ」

「だって、それはしょうがないよ。現実は、恋愛小説や少女マンガの通りにはならないんだから」

「まぁ、その通りよね」

 しずるちゃんはそう言うと、腕を組んで何かを考え込んでいた。


 何か大変そだね。でも、今のわたし達には、片付けなきゃならない仕事があるんだ。

「まっ、それも大変だけど、今は文芸部の新歓の事を考えなけりゃ。しずるちゃんがいっぱい頑張ってくれたから、わたしも頑張らなくちゃ」

「そうね、いざ部員獲得! ね」

「獲得!」

 そう言って、わたし達はお互いの結束を高めたのだった。新歓、頑張るぞぉ。




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