表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
58/66

清水なちる(5)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。お茶を淹れる腕は一級品。思いもよらないことに巻き込まれそうな予感……。

・那智しずる:二年生、文芸部所属。一人称は「あたし」。学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は『清水なちる』のペンネームでヒット作を世に送り出している新進気鋭の小説家でもある。


・千葉さん:清水なちる担当の編集員。まだ高校生のしずるを、作家として対等に扱っている。編集部の中での地位は、上の方であるらしい。

・編集長:出版社のノベル部門のリーダ。

・鍋丘:青年誌部門の編集員。何とかして、しずるをグラビアモデルに担ぎ出そうと、策略を練っている。













 わたし達は、お昼を食べるために、近くのファミレスに来ていた。


岡本(おかもと)さん、と言ったかな。何でも好きなものを頼んでいいよ」

「えっ、そんなの申し訳無いですよ」

「大丈夫よ、千夏(ちなつ)。経費で落ちるから。好きなものを頼みなさいな」

「そうなの? じゃぁ、美味しそうなのを選ぶね」

 それで、わたしは、メニューを隅から隅まで眺めた。


(あっ、美味しそうなのがあった。でも値段が高いなぁ。遠慮しとこうかなぁ……)


「あたしは、この『デミグラスソースのオムライス』でお願いします。……あら、千夏、どうしたの。何でもいいのよ。経費なんだから」

「でも、何か高いのばっかりで……」

「そんなの気にしないで。ほら、何が食べたい?」

「じゃ、じゃあ、この『コンビネーションランチ』で」

「本当にそれでいいの? 値段は気にしなくていいのよ」

「い、いや、本当にこれが食べたいから」

「そう。じゃぁ、『コンビネーションランチ』でお願いします」

 と、しずるちゃんはなんにも気にせず頼んだ。


(お昼に二千円近い値段のご飯なんて、食べたこと無いよう。こんな贅沢な事していのかなぁ)


 わたしは、相変わらず田舎者みたいだった。しずるちゃんみたいに、東京に慣れると度胸がつくのかなぁ。我ながら、ちょっと情けなかった。


 料理が来るまで、わたし達は、当面の厄介事を話し合っていた。

「まぁ、しかし、漫画化(コミカライズ)かぁ。斜め上を突いてきたなぁ。あれじゃ、断る理由がない。もう編集長にも話を通してあるらしいしなぁ……。こりゃ、参った」

 しずるちゃんの担当編集の千葉(ちば)さんである。自分の頭を通り越して、漫画化が本決まりになりそうなんだから、こりゃ頭にくるよね。


(しずるちゃんは、どう考えてるんだろ?)


 彼女は、少し仏頂面で、コップのお冷を口に含んでいた。

「あー、やっぱりダメ。都会の水道水って、変な味。千葉さん、ドリンクで烏龍茶を頼んでもいいでしょうか?」

「いいよいいよ、いつものことだから。好きに頼んで」

「すいません、千葉さん。……あーと、すいません。烏龍茶を一つ追加して下さい」

 しずるちゃんのオーダーに、「承知しました」との返事があった。少しして、テーブルに烏龍茶が届けられる。

「しっかし、清水(しみず)先生は、相変わらずの味覚過敏だね。水道水が飲めないなんて」

 清水先生とは、しずるちゃんのペンネームの『清水なちる』のことだ。

「千葉さんは、本当に美味しい水を飲んだことが無いから、分からないんですよ。それとも、都会の不味い水で育ったからかも知れませんね」

 しずるちゃんは仏頂面で応えた。丸渕眼鏡の奥の瞳も、キッとした強い眼差しになっている。

「それにですね、問題はこれからどうするかですよ、千葉さん」

「そ、そうだね。取り敢えずは、編集長も含めて打ち合わせだな」

 まぁ、そだよねぇ。そういえば、しずるちゃんも千葉さんも、漫画化には賛成なんだろうか? それとも、反対なんだろうか?

「しずるちゃんは、自分の小説が漫画になるのって、反対なの?」

 わたしは、自分の疑問を素直に問いかけた。

「まぁ、そうねぇ。特に嫌っている訳じゃないわ。千葉さんは?」

「ぼくも、企画自体は賛成だな。ただし、力関係(・・・)は、はっきりさせたい。あくまでも、こっち主導で話を進めたいな」

 と、編集さんは応えた。

「そうですよね。今日まであたし達に知らせずに、隠れて企画を進めていたんですものね。順序が逆でしょう、順序が」

 彼女の口調には、怒りが混じっていた。清水なちる先生は、そうとうにお冠のようだ。

「その通りだよね。その辺は筋を通させてもらう。たとえ、混ぜっ返しになってもね。先生もそれでいいですね」

「あたしには、異存はないわ」


 そうしているうちにお料理が、運ばれてきた。

「さぁさ、先生も岡本さんも食べてよ。しっかり食べとかないと、相手に飲み込まれちゃうよ」

「そうですね。では、いただきます」

「いただきまぁす」

 わたしも、目の前の『コンビネーションランチ』に箸をつけた。鉄板の上には大きなハンバーグと鶏肉。それにプラスして、ソーセージが三本。付け合せはポテトと人参などなど。更にライスとミニサラダ付きだ。


(思ったよりボリュームあるなぁ。全部食べられるかなぁ)


 等と思いながら、わたしはハンバーグを切り取ると口へ運んだ。

「おーいひぃ」

 思わず声が出る。

「本当? 良かったわ、千夏に気に入ってもらえて」

「そかな。でも、ホントに美味しんだもん」

 そんなわたしを見たしずるちゃんは、珍しくクスクスと笑った。そんなわたし達を、千葉さんは不思議そうに眺めていた。


 そのうち、千葉さんは、ふとこんな言葉を漏らした。

「岡本さんて、ぼくと会うのは初めてですよねぇ」

「え? ええ、そですけど」

 何だろ? わたしには全然記憶にないや。どして、そんな事を訊くのかな?

「う~ん。何かどっかで会ったような気がするんだよなぁ」

「千葉さん、他人の空似じゃないですか?」

 しずるちゃんがそう言っても、千葉さんは未だ首を傾げていた。

「なんだか、初対面て気がしないんだよなぁ。何でかなぁ。話し方や仕草なんかが、誰かに似てるような気がするんだよねぇ」

「親戚の娘さんとか、知り合いの誰かが似てるんじゃないですか」

 わたしには全く身に憶えがないので、千葉さんにはそう返事をした。

「そうなのかなぁ。あ、ごめんね。変なこと言って」

「あ、いいです。気にしてませんから」

 と、わたしもそう応えておいた。けれども、微妙に心に引っかかる。どしたんだろ?


 一時間ほどかけて、ゆっくり食事をした後、出版社の本社ビルに戻ると、千葉さんとわたし達は編集部に顔を出した。部屋に入るなり、千葉さんは窓際の大きな机に向かった。そして、一番年配とみられる男性に、声をかけた。

「編集長、お時間よろしいですか?」

「ん? 構わないよ。何だね」

 この人が、編集長さんだったんだ。千葉さんは、単刀直入に本題をぶつけた。

「編集長は、例の件のことを知ってたんですか?」

「例の件? あ、ああ、あの件ね。ふむん。清水先生も一緒か……。実は、ちゃんと僕から話すつもりだったんだが……。『ヤングフラッシュ』の鍋丘(なべおか)くんだろ。あいつは、昔からすぐに先走る奴だったからな」

 編集長さんは、少しばかりボヤくようにそう言った。

 しずるちゃんは黙っていたが、例のキツイ目で、キッと編集長さんを睨みつけていた。

「取り敢えず、僕も含めて、ちゃんと話し合おうか。あーと……、木崎(きざき)くん、どこか空いてる会議室はないかい」

 木崎と呼ばれた女性は、目の前のパソコンを少し操作すると、

「編集長、第三会議室が空いてます。すぐに使いますか?」

 と応えた。

「ああ。じゃあ、四時半まで取っといて。千葉くん、それから清水先生も。ちょっとお話、いいかな?」

 しずるちゃんは、不機嫌な態度を崩さずに、

「分かりました」

 とだけ、応えた。


(えーと、これからどなるんだろ? なんか、修羅場に来ちゃったかなぁ。どしよう。わたしなんかがいたら、邪魔になっちゃうかなぁ)


 そう思ったわたしは、しずるちゃんの袖をちょっと引っ張ると、小声で相談してみた。

「わたし、一緒だと邪魔っぽいから、どっかで時間をつぶしてこよか?」

 すると、彼女はどう思ったのか、

「大丈夫よ。千夏は邪魔じゃないわよ。むしろ、関係者だから」

 と、謎の言葉が返ってきた。

「その通り。そのお嬢さんも、一緒に聞いてもらいたいことがあるんだ」

 編集長さんも、含みのある言葉でわたしを誘った。

「はぁ……」

 そう言われては仕方がない。と言うか、右も左も分からない東京で、独りどこかで暇をつぶすなんて、実は不安だったのだ。状況が分からないままだったが、わたしは、しずるちゃん達の後に続いてオフィスを後にした。


 会議室に着くと、編集長さんはわたし達に座るようにと、椅子を勧めてくれた。


 開口一番、千葉さんが意見をした。

「編集長、『週刊ヤングフラッシュ』で清水先生の作品を漫画化(コミカライズ)するのってのは、もう決定事項なんですか?」

 その問に、編集長さんは、ちょっとのらりとした感じで応えた。

「そうねぇ。その話は、昨日の夜中ごろに僕のところに来たんだな。取り敢えず「考えさせてくれ」とは答えていたけど。まさか、君達のところに突撃するとは思わなかったな。鍋丘くん、君達が昼食の間にもやってきて、息巻いてたよ」

「ほんとですか! 鍋丘の野郎、先走りやがって。何でもかんでも、自分の思い通りになるって思うなよ」

「しかし、僕としては、清水先生の作品を漫画化することは、将来的に見ても良いことじゃぁないかと思うんだが」

「それは、ぼくだってそう思いますよ、編集長。でも、やり方が強引すぎる」

「あたしも、同意見ね。それと、千夏には説明が必要よね。あたしから説明しましょうか」

 しずるちゃんの声は、少し厳しかった。


(え? 何? わたしって、この一件に何か関係あるの?)


「先生、それに編集長。岡本さんがどうかしたんですか?」

 千葉さんにも分からないようだった。だったら、わたしにも分かる筈がない。わたし達の疑問に答えるように、編集長さんは、ゆっくりとこう言った。

「千葉くん。気が付かなかったのかい? 彼女、そっくりでしょう」

「そっくりって……、何がです?」

「未だ分からないのかい。彼女、『萌える惑星』のヒロインの女の子のモデルだよ。そうでしょう、清水先生」

「あ、そう言えば……。さっきも、どっかで会ったことがあるような気がしてたけど、ヒロインの岡田(おかだ)夏希(なつき)ちゃんかぁ。そうか、モデルがいたんだ」

 千葉さんは、何か納得が言ったという感じで、わたしの顔を見つめた。

「しずるちゃん、モデルって何? わたしの事、小説に書いてあるの?」

 すると、しずるちゃんはちょっと頬を赤らめると、少し明後日の方向を向いて、こう言った。

「そうよ。『萌える惑星』のヒロインは、千夏をモデルにしたの。だって、千夏って、本当はとても可愛くて、お料理だって、お茶を淹れるのだって上手だし。凄く素敵な女の子なのに、周りは全然気が付いていなくって。だから、千夏のことを皆に知ってもらいたくって、モデルにしたの。そうしたら、思った通り人気になって。それが嬉しくて、また次の巻を書き上げて……。ご、ゴメンね、千夏。勝手な事して……」


(そ、そだったんだぁ)


 わたしは、しずるちゃんが、わたしの事をそんな風に思っててくれたのを初めて知った。

「ごめんなさいね、千夏。あたし、こんな事に千夏を巻き込むなんて、思いもよらないことだったの。ごめん……、ごめんなさいね」

 しずるちゃんは、ホントに済まなさそうにしていた。あの、しずるちゃんが、である。

「しずるちゃん、謝らないで。わたし、嬉しいよ。わたしをモデルにして、小説を書いてくれてたんだぁ。なんだか照れるなぁ。えへへへへ」

「千夏、あたしの事、許してくれるの?」

「許すも何も、わたし、全然怒ってないよ。むしろ、わたしなんかをモデルに使ってくれて感謝だよ。これで、わたしも有名人? なぁーんてね」

 場の雰囲気を明るくしようと、わたしは、そんな冗談めいたことまで口にしていた。しかし……、

「いや、本当に有名人になってもらいたいんだ、君には」

「え?」

「岡本さん。君には『萌える惑星』のイメージガールになってもらいたい」


「へ? えっ、えええぇぇぇぇ!」


 編集長さんのこの言葉に、わたしは驚いて、口をパクパクするだけだった……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ