表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
56/66

清水なちる(3)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。お茶を淹れる腕は一級品。

・那智しずる:二年生、文芸部所属。一人称は「あたし」。学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は『清水なちる』のペンネームでヒット作を世に送り出している新進気鋭の小説家でもある。













 ある週末の午後、わたしは、しずるちゃんにこんな事を言われた。


「ねぇ、千夏(ちなつ)。今度、東京で編集会議があるんだけど、一緒に来ない?」

 編集会議を見学できるとは、滅多にない経験だ。普通なら見せてもらえないけれど、しずるちゃんが一緒なら、ダイジョブかも知れない。

「どしよ。わたしなんかが付いて行ったら、邪魔になんないかな?」

「大丈夫よ。あたしの連れ、ってことにするから」

「そう。なら、連れて行ってもらおうかなぁ」

「やった! 千夏と一緒に東京へ小旅行だわ。編集会議は、いつも遅くなるから、東京で一泊ね。ホテルはあたしが予約しておくから」

 それを聞いて、わたしは、ちょっと怖気づいた。

「東京で一泊するなんて、聞いてないよう。ダイジョブかなぁ」

 すると、しずるちゃんは、

「大丈夫よ、千夏。ちょっとした観光だと思えば。きっと、楽しいわよ。日曜日は渋谷でショッピングね。あっ、でも銀座の方がいいかしら」

 しずるちゃんが、気軽そうに言っていたので、わたしは少し安心した。

「じゃぁ、東京でお泊りだね。帰ったら、お父さん達に言っておこうっと」

「それから、千夏。東京で行ってみたいところがあれば、考えておいてね」

「うん。分かった」

 ということで、いとも簡単に東京行きが決まってしまったのである。

 この時には、こんな些細な事が、あんな大事(おおごと)になるなんて、予想だにしていなかったのだ。



 今日は土曜日。しずるちゃんとの約束の日だ。朝の早い時間だったが、わたしはいつもよりもちょっとだけおしゃれをして、待ち合わせ場所の駅前にやって来た。

「あら、千夏。早いのね」

 そこには、既に、しずるちゃんが待っていた。

「あっ、ごめんね、しずるちゃん。待たせちゃった?」

 わたしは、ちょっと慌ててそう言った。

「ううん、そんなことないわよ」


 そう言うしずるちゃんは、明るいブルーのワンピースに白いカーディガンを着ていた。足元は少し踵の高いブーツである。髪は下ろしていたが、両脇で少し取って細い三つ編みにして垂らしていた。左肩に布製のトートバックを引っ掛けている。今日も、大人っぽいなぁ、とわたしは思って、彼女に見惚れていた。


 一方のわたしは、おしゃれと言っても、白のブラウスにグレーのタイトスカート。その上に、クリーム色のブレザーを羽織っていた。髪の毛はポニーテールにして、スカイブルーのリボンで結んでいた。


(やっぱり、しずるちゃんには敵わないなぁ)


 と、容姿の差を感じてしまう。

「あら、千夏。今日はおしゃれしてきたのね。似合ってるわ。とっても可愛いわよ」

「しずるちゃんこそ、大人っぽくって綺麗だよ。やっぱり敵わないなぁ」

 わたしが、少ししょぼんとしてると、

「何言ってるの。千夏だって素敵よ」

 と、言ってくれた。お世辞でも、しずるちゃんに言われると、ちょっと元気が出てくる。

「ありがと、しずるちゃん」

 そうして、切符を買うと、わたしはしずるちゃんに着いて、駅の構内に入っていった。



「千夏、お茶買っといたんだけど、飲む?」

 新幹線の中で、しずるちゃんは、バッグからお茶のPETボトルを取り出そうとしていた。

「ありがとう、しずるちゃん」

 わたしは、ボトルを受け取ると、席に座り直した。

「あたし、自分の分も買ってあるから、全部飲んじゃって構わないわよ」

 と言いながら、バッグから二本目のお茶を取り出すと、彼女はキャップを掴んでボトルをねじった。


 わたし達の住んでいるところは田舎である。ローカル線や在来線を乗り継いで、更に新幹線のこだま号に乗り継がないと、東京までには至らない。


「ひかり号やのぞみ号なら早く着くけど、席がいっぱいなのね。こだま号だと少し到着が遅くなるけど、確実に座れるし、人も少ないから。その分、出発が早くなっちゃったけど、ごめんね」

「いいよ、そんなの。どっちみち、最寄りの新幹線の駅にはこだま号しか停まらないんだし。わざわざもう一回乗り換えても、思ったほど早く着かないよね」

「まぁ、その通りなんだけどね。千夏、よく知ってるわね」

「へへへ。中学の修学旅行や部の合宿で、何度か新幹線に乗ったから。わたし、班長だったんだ」

「ああ、それで。千夏のことだから、その班長の役も押し付けられたんでしょう」

「当たり。皆、やりたがらなくってさ」

「だめよ。ちゃんと自分の意思を持って、嫌なら断らないと」

「仰る通りで」

 そうして、わたしとしずるちゃんは、顔を見合わせて笑った。


 今は新横浜を発車したところ。もうちょこっとで、東京? かな。

「千夏、次の品川で降りるからね。そこから山手線に乗り換え」

「了解です」

 しずるちゃんに言われて、わたしは手荷物のチェックをした。忘れ物無し。オーケイ。


『次はぁ、品川ぁ、品川ぁですっ。お手回り品にぃお忘れ物のぉ無きよう、お気をつけぇ下さいっ。次はぁ品川ぁ』


 車内アナウンスが到着を告げた。わたし達は降りる準備を始めた。


「こっちよ、千夏」

 しずるちゃんが先導するその後を、わたしが着いて行く。人混みの中を何とかはぐれないように、わたしは懸命に着いて行った。

「うわぁ、東京って、人多過ぎ」

 思わず口から溜め息が漏れてしまった。こんなんじゃ、田舎者ってことが、すぐにバレちゃう。

 でも、しずるちゃんが一緒でよかったよう。わたし一人じゃ絶対来れない。

「ここで電車に乗り換えたら、編集部の最寄り駅までは、すぐだからね」

「う、うん。分かった」

 わたしは、電車の手すりにしがみつきながら、深呼吸していた。


(東京に出ると、毎日こんな目に会うのか。こりゃぁ、心してかからないと、進学なんか出来ないぞ。わたしにとっては、大ちゃんとの遠距離恋愛よりも、東京の人混みの方が当面の強敵だよ)


 そんな事を考えていた時、肩口から声がした。

「もうすぐ出版社のビルだからね。頑張って、千夏」

 しずるちゃんの応援で、わたしはやっとこさ、念願の編集部の見学に立ち会えるところまで辿り着いたのだった。

 ああー。疲れたぁ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ