清水なちる(2)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。お茶を淹れる腕は一級品。
・那智しずる:二年生、文芸部所属。一人称は「あたし」。学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は『清水なちる』のペンネームでヒット作を世に送り出している新進気鋭の小説家でもある。
・里見大作:大ちゃん。文芸部の一年生。千夏の彼氏。2メートルを越す巨漢ながら、根は優しい。のほほんとした喋り方ののんびり屋さん。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。ショートボブで身長138cm、幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。しずるの隠し撮りなどを売って荒稼ぎをしている。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまった過去がある。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。どちらかというと、姉よりもホンの少し積極的。
彼女達二人は、髪型をサイドテールにして違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。
・藤岡淑子:国語教師で文芸部の顧問。喋らずにじっとしていさえすれば、超のつく美人と言われている。しずるの事情を知っている数少ない人物の一人。かなりの酒豪で、潰した男は数しれず。
「まぁた、メールがきてる。もうっ、しつこいんだから」
これが、今日のしずるちゃんの言葉。
「どしたの、しずるちゃん?」
これは、わたしの質問。
「性懲りもなく、まだ『グラビアモデルやりませんか』ってお誘い。もう、何度目かしら。しつこいんだから」
彼女は、例のモデルの件でお冠のようだ。
「本来の仕事に影響するって、編集部にチクってやろうかしら。もう、ホントに」
しずるちゃんは、内緒だけれど、『清水なちる』のペンネームで数々のヒット作を世に送り出している小説家さんだ。でも、未だ高校生なんだから、わたし達の本来の仕事って、勉強じゃないかしら。……っていうツッコミはしなかったけど、しずるちゃんは、そうとう頭にきているようだった。
いつもやってるパソコンでの創作活動も、一時中断するほどであった。
「しずるちゃん、ちょこっとぐらいなら、やってあげればいいのに。それに、結構お金になるんでしょう」
「まぁ、モデル料はそこそこいいらしいけど……。あたしは、小説の原稿料と著作権料で充分。貯金だってしてるし。大学の四年間くらい、賄って見せるんだから」
わたしの提案にも、彼女は、そう豪語していた。
(そか。いいなぁ、しずるちゃんは。家なんか、わたしが大学行きたいって言ったらどうするんだろう? 授業料とか生活費とか、お金かかるんだろうなぁ。仕送りも大変になるだろうし。無理は言えないかなぁ。わたしも、今からでも、お小遣い貯めようかなぁ)
そうするうちに、一年生達がやってきた。
「こんにちわ~っす、千夏部長、しずる先輩。今日も、いい天気っすね」
いつも元気な舞衣ちゃんである。大ちゃんも一緒だ。
「こんにちわー、千夏さん」
と、大ちゃんは少し照れながら、図書準備室に入ってきた。
「部長達は、何を話してたんすか? あっしにも聞かせて下さいよ」
わたし達の会話のことを、舞衣ちゃんが、訊いてきた。
「進路のことを、ちょっとね」
わたしは、少し控え気味に応えた。
「進路っすかぁ。そういや、来年は三年生ですもんね」
「まぁ、まだ大雑把でいいらしいけどね。進学する場合は、三年に上がってすぐ、受験勉強に入るから。就職組とはクラスも別になって、志望校によって授業内容も変わるらしいし」
「そうらしいっすね。部長達はどっちですか?」
「わたしとしずるちゃんは、取り敢えず『進学』希望。どこの大学にするかは、まだ決めてないんだ」
「しずる先輩なら、東大でも早稲田でも、余裕で行けるんじゃないっすか」
「そんな事言われても、まだ分からないわよ。模試とかの結果を見てみないとね。それより当面の問題は、学期末の試験じゃないの」
件の美少女は、あっさりと自分達が敢えて考えないようにしていた事柄を指摘していた。
「あっ、そだった。期末試験があったんだよう。どしよう、しずるちゃん」
試験があるのは、一年も二年もおんなじだった。不安になって、学校一の才女に問いかけると、
「今更慌ててもしようがないでしょう、千夏。……もう、しょうがないわね。試験前の勉強会する?」
と、「やれやれ」といった態度ではあるながら、勉強会の提案をしてくれた。
「わぁ、ありがと、しずるちゃん。ほんと、助かるよう。しずるちゃん、頭いいから」
「あのう、そのう……、あっし等も教えてもらっても構わないっすか?」
お金儲けには聡いはずの舞衣ちゃんも、さすがにテストには敵わないらしい。
「勿論よ。文芸部から赤点取る人を出せるもんですか。特に現代国語と古典・漢文はね」
そりゃそうだ。顧問の藤岡先生は、国語の先生だ。文芸部員が国語で赤点なんて、メンツ丸潰れだ。
「そうと決まれば、早速始めたいんだなぁー」
わたしの頭の上から、のほほんとした声が降ってきた。
「じゃぁ、大ちゃんも舞衣ちゃんも座って。今日は、勉強会にしようよ」
そうして、わたし達は、部活動はちょっと置いといて、テスト対策を始めたのだった。
しばらくして、ドアが開くと誰かが入ってくる気配があった。
「やあ、皆。今日も元気にやってるかい」
入ってきたのは、文芸部の顧問──藤岡先生だった。
「あ、藤岡先生。いいところに来てくれましたぁ。私、教わりたいことがあるのですぅ」
双子の一方、美久ちゃんが、少し甘えたように、先生に『お願い』をした。
「え、何なに? 美味しいお菓子屋さんとかあった」
先生がこう応えると、美久ちゃんは、
「違いますわぁ。現国で分からないところがあるのですう。国語の先生なんですから、教えて下さいませぇ」
と、応えた。少し、媚びるような口調なのは、おねだりごとだからだろう。
「えええ、面倒臭ぁ。それより、お茶しようよ。ケーキとか無いの?」
(ああ、何か面倒なことになってきたな。この人、元々先生っていう器じゃないからな)
とか、わたしも失礼なことを頭に思いながら、とにかく場を納めようとした。
「分かりました、先生。お茶ですね。ねぇ、皆も、一旦休憩にしよ。お茶は、ダージリンでいかな?」
「じゃぁ、お願いするわ、千夏」
「ふぃー。休憩休憩」
そんなわたし達を、先生は不思議そうに眺めていた。
「何やってたの? 勉強? そんなの前日でいいのよ。一夜漬けで、オーケイオーケイ」
「もう、何言ってるんすか、先生。あっしらは、期末試験の対策のために勉強会をしてたんすよ。ちょっとくらい、勉強教えてくれてもいいじゃないっすか」
藤岡先生の教師らしくない態度に、舞衣ちゃんがごねた。
(まぁ、そりゃそうだよね)
わたしも、お茶の準備をしながら、そう思っていたもの。
「えー。だって、勉強教えるのなんて、面倒臭いじゃない。こっちだって、期末試験の問題作るので手一杯なんだから。折角、息抜きに来たのに、『勉強教えろ』なんて言い草はないじゃない」
(いや、先生。あなたはそれで給料をもらってるのだから、仕方がないでしょう。わたし達は、お金払ってまで、勉強教えてもらいに来てるんだよ。元を取りにいってもいんじゃないのかな)
などと、わたしも思ってしまった。そんなわたしは、ごうつくばり? 何か、よく分かんなくなってきた。
「さぁさぁ、お茶が淹りましたよ。舞衣ちゃんも、そんなこと言わない。先生の分もありますから、機嫌直して下さい」
「わーい。お茶だ、お菓子だ。だから、千夏っちゃん大好きっ」
先生はそう言うと、早速お茶をすすり始めた。
「もう、調子いいんすから」
舞衣ちゃんは、渋い顔をしながらも、おんなじようにお茶を啜っていた。
あの夏の合宿の時以来、文芸部での藤岡先生の権威は、地に落ちてしまった。まぁ、しょうがないよね。あんな醜態を見せてしまったのだから。
「ま、まぁ、勉強熱心なのは良い事ね。さすがは文芸部員。私も鼻が高いよ。あっははははは」
「だったら、お茶終わったら、勉強教えて下さいっす」
「もう、しょうがないなぁ、一年坊主は。今日は特別だ。先生が、個人授業をしてあげるわよぉ」
ううん。この人はお酒が入らないと本気を出してくれないんだから。これで、よく先生をやってこれたな。学校の七不思議である。
「千夏、どうしたの? ボーッとして。……この問題試験に出るからね。要チェックよ」
「あ、ありがと、しずるちゃん。よぉし、メモメモ」
わたしも、人のこと言ってられないんだった。ここでちょっとでも点数を取っておかないと、進学なんて言ってられなくなる。
こういう時は、しずるちゃんと仲が良くなって、得したって思うところだ。まぁ、損得で友達になった訳じゃぁ無いけど。そう言えば、どしてしずるちゃんは、わたしみたいなのと友達になってくれたんだろう? よく考えたら不思議だなぁ。
先輩達の卒業したあの日。わたしが偶然しずるちゃんを見つけてなかったら、どうなったんだろう? もしかして、って言うのは簡単だけど、人生ってつくづく偶然が支配してるんだなぁ、って思っちゃう。
(あ、これって、前にしずるちゃんの書いた本で読んだことのあるセリフだ。凄いなぁ、しずるちゃんは。こんな事でも先回りされちゃってるんだ)
いい香りのダージリンを舌の上で楽しみながら、わたしは、そんな事を回想していた。
目の前では、舞衣ちゃんと美久ちゃんが、お菓子をモグモグしてる先生に問題を教わっていた。何かシュールな状況である。
双子のお姉さんの久美ちゃんは、大ちゃんに別のところを教わりにきていた。
(大ちゃん、なんだか顔が近いぞ)
「あ、千夏さん、どうかしたのかなぁー」
大ちゃんが、わたしが睨んでるのに気が付いて、そんな事を言った。
「いいえ、特になんでもありませんっ」
わたしは、ちょっと不機嫌にそう言った。
(ちょっとイジワルだったかな。でも、大ちゃんが悪いんだぞ。わたしの彼氏なんだから、他の女の子とはあんまりベタベタして欲しくないな)
そう思うわたしって、心が狭いのかなぁ、と、今度は自分を卑下してしまう。
恋するって事は、こんなに心が乱されることなんだろうか。しずるちゃんも、こんな気持ちになるんだろうか?
「千夏、どうしたの? あたしの顔に何かついてる?」
「え? あー、えーと……。何でもない、何でもないよ。ちょと、ボーとしてただけ。ゴメンね」
「いいけれど、大丈夫、千夏」
「う、うん。だいじょぶ、だいじょぶ」
と、わたしは適当な事を言って誤魔化していた。
こんな、普段の生活でもフラフラしているわたしが、進学なんて出来るんだろうか?
そもそも、どうしてわたしは進学したいんだろう。何か分からなくなってきた。
そんな悩みを知ってか知らずか、大ちゃんは、まだ久美ちゃんに勉強を教えていた……




