那智しずる(4)
◆登場人物◆
・岡本千夏:この春から高校二年生、文芸部部長。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一人称は「わたし」、しずるの事は「しずるちゃん」と呼ぶ。お茶を淹れる腕は一級品。
・那智しずる:千夏と同じ二年生で文芸部所属。一人称は「あたし」。他人は「さん」づけで呼ぶが、基本的に人嫌いで素っ気ない態度をとる。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。更に女子としては長身で、メリハリのあるナイスバディの美少女。実は『清水なちる』というペンネームで小説を書いている。
・矢的武志:千夏達が合コンで出逢った他校の男子生徒。一人称は『俺』。医学部を目指す高校三年生。しずるとは小説大賞の同期で、ペンネームは『ダルマダルマ』。彼女が大賞を受賞したためか何かと絡んでくる。
生まれて初めて参加した合コンが、やっとこさ終わった。
わたしは、合コンがこんなにシンドイものとは思ってもみなかった。取り敢えず、代打としてはよくやった方だろう。と、自分を褒めておこう。
皆でファミレスを出た時、男子側からこんな提案があった。
「これからカラオケ行こうかと思うんだけど、皆はどうする?」
それに対して、女子側も、
「あー、私行きたい」
「あたしもー」
と、なかなかに人気のようだ。
「矢的、お前はどうする?」
「いいよ。どうせ、俺は穴埋めだったし。家帰って勉強する」
「そっか。医学部だもんな。大変だよな」
「ああ、悪いな」
ふうん、カレーの人も代打だったんだ。今日は本当にご苦労さん。君はよく頑張ってくれたよ。わたしは知ってるからね。
そんな時、わたし達もカラオケに誘われた。
「千夏も、カラオケ行くでしょう」
だが、既に疲労困憊していたわたしは、辞退しようと思った。
「あ、ごめん。わたしは、ちょっと買いたい本があるから。それに、わたし達も代打だったし」
「那智さんは?」
「あたしも、今日はちょっと……。ごめんなさいね、折角、誘っていただいたのに」
しずるちゃんも同様らしく、丁寧にお断りをした。
「そっか。ごめんね。また今度、遊ぼうね、千夏」
「うん、ありがと」
と言う流れで、わたし達はカラオケには不参加と言うことで、その場は解散になった。
その後、わたしとしずるちゃんは、駅前通りをちょっと大きな本屋まで歩くことにした。新入生の勧誘の事も考えなけりゃね。
わたし達が通りを歩いていると、何故か矢的くんが同じ道を着いて来ているのに気がついた。
「矢的さん、あなた、あたしに何か用でもあるの?」
しずるちゃんが、少しキツイ声で矢的くんに訊いた。
「別に。俺は参考書を買いに行こうとしているだけだ」
と、彼はぶっきらぼうに応えた。そっか、それで同じ道なんだね。
「今日は、無理を言って悪かったわね。あんたには感謝しているわ」
しずるちゃんは、少しトゲトゲした声で、矢的くんにそう告げた。
「別に。俺だって、あそこで作家だってバラされてネタにされるのは嫌だったからな」
矢的くんが斜め下を向いて、そう応えた。少し赤い顔をしている。
わたし達は、偶然にも三人でかたまって歩いていた。ずっと押し黙っている所為で、少しわたしは緊張していた。それをどう思ったのか、矢的くんは、こう話し出した。
「おい、那智しずる。お前、ちゃんと小説書いてるか?」
藪から棒に何を言い出すのかと思えば、小説のことか。これが、例の『絡んでくる』ってことかな?
「何よ、決まっているじゃない。聞いていなかったの。来月には新刊も出るし、重版もされるのよ」
しずるちゃんの返事を聞いた矢的くんは、何故か苛立った調子で怒鳴った。
「それは、もう書いた話だろう。今、ちゃんと書けてるのかよ。俺は正直言って、お前の実力には舌を巻いたよ。お前の文章には、淡々としながらも、読者が読まずにはいられない魅力がある。俺は、それは認めてるんだ。なのに、何で文芸部なんか入ってるんだよ。おまけに、ノコノコ合コンにまで顔出して。俺の知ってる『那智しずる』は、他人には興味なくって、バリア張って他人を遠ざけて、常に孤高で。でも、書いた文章は、繊細で凄い魅力があって。お前、どうかしてるよ。こんなチンクシャに関わって、文芸部だぁ。それで文章力落ちたら、どうすんだよ!」
往来で一気にまくし立てた彼の言葉を俯向いて聞いていたしずるちゃんから、呟くような声が聞こえた。
「……って」
震えるような微かな声は、通りの喧騒で掻き消されかけていた。
「何だよ、那智しずる」
苛立って聞き返した矢的くんに、今度こそしずるちゃんは、はっきりとこう言った。
「謝ってって言ってるのよ! あたしがあんたに何言われようと何にも気にしないけど、千夏に酷い事を言ったのは謝って。千夏はチンクシャじゃないわ!」
「な、何だよ、那智。何怒ってるんだよ。お前が人の事で怒るなんて信じられねぇ」
意外な言葉に、彼はキレ気味に対抗した。だが、しずるちゃんは引かなかった。
「あんたがどう思うかは、どうでもいいわ。でも、千夏には謝って! ちゃんと謝るまで、あたしはあんたを絶対に許さないわ」
わたしは、びっくりして、ただただオロオロしてるしかなかった。正直、しずるちゃんが、わたしの事で怒ることが信じられなかった。
「訳わかんないよ。何でそんなに怒ってるんだよ」
それは、矢的くんも同じだったらしい。でも、それは、しずるちゃんの怒りを更に大きくするだけだった。
「当たり前じゃない。千夏は、あたしの友達なのよ。それも、こんなあたしの『初めての友達』なのよ。それを、あんたに酷い言われ方されるなんて、我慢できないわ。ちゃんと謝ってよ!」
らしくないしずるちゃんの言葉に、わたしも矢的くんも、一瞬呆然としていた。
「那智、この娘、お前の友達なのか? 何だ、そうか。お前、友達出来たのかぁ。そうかぁ。お前、友達作れるんじゃないか。……悪かったな。えっと……、千夏ちゃんだっけ。チンクシャなんて言って、ゴメンな。君、凄いよ。この那智の友達なんだ。ゴメンな」
しずるちゃんの訴えを聞き入れた矢的くんは、何故か、素直にわたしに謝ってくれた。
「いやいや、わたしそんなに気にしてないし。チッコイのは本当だから」
わたしのその言葉を聞いたからなのか、矢的くんの顔は、何故かホッとしたように見えた。
一方のしずるちゃんは、まだ少し興奮していて、自分が何を言ってたか整理がつかない様子だった。
「俺はさ、那智、お前が周りの者を遠ざけて、いつも一人で無理して何かを抱え込んで。それでも身を削るようにして、文章を作り出していて。そんなお前が、どうしようもなく気になって。その『バリヤー』に、何とか穴を空けようとしてた。それでも穴は空けられなくて、いつも口喧嘩で終わって。今まで、どうしても何か気になってたんだ。そんなお前が、友達かぁ。良かった。良かったなぁ」
そう話す矢的くんは、何だか表情が柔らかくなっているような気がした。
「矢的くん。それってもしかして、しずるちゃんの事、好きだったって言うこと?」
わたしの指摘を聞いたしずるちゃんは、
「え? こいつがあたしに? 無いない、絶対無い。そうでしょ、矢的さん」
そう言って、しずるちゃんは矢的くんに目をやった。でも、わたし達の目に映ったのは、顔を赤くしてそっぽを向いてる、何処にでもいる恋する男子高校生だった。
「そ、そうか……。そうだったのか。俺、那智の事、好きだったのかも知れん」
ええっ。まさかとは思ったけど、ホントにそなの? わたしは、しずるちゃんの方をおずおずと見やった。
「えっ? 嘘でしょう。あんたが、あたしの事を好きになるはず無いでしょう。そうよね」
彼女の方も少し動揺していて、いつもの冷静さを失っているようだった。
一方、矢的くんの方は、耳まで真っ赤になって、わたし達の方を正視できないでいた。
「どうやら、俺がお前の事が好きなのは、間違いないようだ。だからと言って、今更告白なんて出来る訳がない。当の俺だって驚いているんだからな。だけど、一つだけ分かっている事がある。俺は、『清水なちる』が大好きだって事だ」
自身の気持ちを整理できない所為なのか、最後の言葉は少し頓珍漢だった。
「どっちも、あたしじゃない!」
あまりの事に状況を飲み込みきれないしずるちゃんも、逆ギレ気味に声を荒げていた。
「す、すまん。ちょっと待ってくれ。あまりに衝撃的すぎて、心の整理がつかん。……そうだな、せめて、携番交換しないか」
突然の申し出に、しずるちゃんは戸惑っているようだった。彼女は一度深呼吸をして、少し考え込んでいた。耳元に少し紅がさしたその姿は、いつか観た映画に出演しているような女優さんのように、わたしを魅了していた。
だが、それも僅かな間だけだった。しばらくして顔を上げたしずるちゃんは、
「いいわ。番号とメアドくらいならいいでしょう。赤外線? それともBT? 使えるわよね」
そう言って、彼女はスマホを取り出すと、画面に指を走らせ始めた。
「ああ、ありがとう。心の整理がついたら連絡したい。ストーカーみたいな事はしないよ……多分」
矢的くんの方も、ポケットから携帯を取り出すと、そう言ってボタンを押し始めた。
しばらくすると<ピッ>と電子音が鳴った。アドレスの交換が終わったのかな。
「あ、あたしは、このまま本屋へ行くけど。あなたは、どうするの?」
通りに立つ美少女は、少し震える声で、目の前の男性に尋ねた。
「ああ、俺は、ちょっと頭を冷やそうと思う。悪かったな、二人共」
彼は、やっとこさそう言うと、公園の方へフラフラと歩いて行った。わたしは、そんな矢的くんに、苦笑いしながら手を振った。
一服して振り返ると、目の前にしずるちゃんが立っていた。何か、顔が真っ赤である。
「しずるちゃん、大丈夫?」
心配になったわたしは、彼女に訊いてみた。
「ちょっと、動揺してる。まさか、合コンに誘われた挙句、場外乱闘になるとは想像だにしなかったわ。何、これ。何、この小説よりベタな展開って。柄じゃないわ」
しずるちゃんのダメージは、わたしが思っていたよりも大きかった様である。
「しずるちゃんは、どするの? あの人と付き合うの?」
わたしは、ちょっとだけ意地悪して、彼女に質問した。
「分からない。分からないわ。それ以前に、あたしに恋愛なんて出来るなんて思って無かったから。あ、悪夢でも見ているようだわ……」
しずるちゃんも、かなり戸惑っているようだった。
「あっちの方は、かなり本気みたいだけど」
今度こそ心配になったわたしは、もう一度尋ねた。
「そうね。本気の気持ちには、こっちも本気で答えなきゃ。でも、今すぐは無理」
その表情とは裏腹に、彼女は冷静な判断をしていた。
「そっかぁ。意外と律儀なんだね、しずるちゃんて」
「何それ。あたしが血も涙も無い、冷酷な女って思ってた?」
「そうじゃないけど。でも、わたしの事で怒ってくれたのには驚いたな。わたしの事、『友達』って思ってくれてたんだね」
「わ、悪い? ああ、何か凄く恥ずかしくなってきた。『穴があったら入りたい』って言うのは、こういう事なのね。勉強になったわ」
しずるちゃんは、本当に真っ赤になって、首を項垂れていた。
「わたしは、恋した事も、告白された事もないけど、相談には乗ってあげられるからね」
そうだ。だって、わたしは、しずるちゃんの『友達』なんだもん。
「ありがとう、『千夏』。恩に着るわ」
わたしは、いつの間にか自分がそう呼ばれていることに気がついた。そして、しずるちゃんも普通の女の子なんだなって思った。いつも大人びて背の高いしずるちゃんを見上げていたのが、今日はちょっとだけお姉さんになったような気分だった。
しばらくして、わたし達は本屋へ向かっていた。
さて、もう春だ。わたしの春は、何時来るのかな。そう思うと、何かドキドキする一日だった。