守山千尋（２）
◆登場人物◆
・岡本千夏：高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。お茶を淹れる腕は一級品。写真部と合同でフォトブックを販売する企画を進めている。
・那智しずる：文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。フォトブックの企画ではメインのモデルをつとめた。
・高橋舞衣：舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。ショートボブで、身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。その上、性格がオヤジ。しずるを主役にしたフォトブックで大儲けをしようと企んでいる。
・里見大作：大ちゃん。千夏の彼氏。一人称は「僕」。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。天体観測の日を境に、彼女を「千夏さん」と呼ぶようになった。
・西条久美：久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまった過去がある。
・西条美久：美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。どちらかというと、姉よりもホンの少し積極的。
彼女達二人は、髪型を別方向のサイドテールにしているが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。曲者ばかりの部に於いては、一般人の代表格と言える。
・守山千尋：Ｋ高の司書。正しくは教諭ではないのだが、皆は司書の先生と呼んでいる。教諭たちと文芸部員の橋渡し役も担っている。
・荒木勉：三年生で写真部部長。文芸部の部員をモデルに、写真集を作る企画を進めている。実は舞衣以上の策士で、芸術のためなら悪魔にも魂を売りそうだ。
・花澤彩和：三年生。写真部の副部長兼スタイリスト。スレンダーなボディーで漢前なお姐さん。ルポライターを目指している。
写真集『ぶんげいぶ』の発売の日が訪れた。
眠い始業式の長々としたスピーチを聞き、ＨＲでオリエンテーションのあった後、校内放送が地震訓練の報を告げた。
＜訓練、地震が発生しました。只今の震度は約五。クラスごとに点呼を取り被災情報を確認してください。初動防災要員は、職員室に集合して下さい＞
さて、わたし達は担任の先生の点呼を受け、人数と被災状況のメモを伝令役の生徒が持って職員室まで走った。
そうして、しばらくしてから、校内放送の指示で防空頭巾を被って順序よくグランドに移動して整列した。
特に問題もなく、粛々と進められた防災訓練は、最後に防災担当の教頭先生からのお話を聞いて、解散となった。あ〜、しんどかった。防災訓練の終わったのは、実に十一時四十五分だった。
この調子なら、写真集販売はスケジュール通りに出来そうだ。
わたしとしずるちゃんは、念のために図書室に寄ってから、現場に行くことになっていた。図書室の前までくると、ちょうど美久ちゃんが誘導用のビラを貼り付けているところだった。
「あ、美久ちゃん、ご苦労様。ビラ、上手く描けた？」
わたしが訊くと、
「何とか描けましたぁ。こんな感じでどうでしょうかぁ」
と、答えた。ふむふむ、写真集の販売時間と場所も書いてあるし、日時もちゃんとあっている。まぁ、こんなもんだろう。念の為に、司書の守山先生に確認してもらう事にした。
守山先生に見てもらうと、
「ふーん。『写真集の販売は写真部部室前にて行います』、とねぇ。いいんじゃないかな。ありがとう、助かるわ。お手間取らせちゃったわね」
「いえいえ、こちらも混乱を避けたかったもので。ありがとうございました」
と、難なく承諾してもらえた。そこで、わたしは、美久ちゃんも含めて三人で写真部へ向かおうとした。すると、守山先生がわたしを手招きしているのに気がついた。何だろうと近づくと、先生は小声で話しかけてきた。
｛ちょっと、ちょっと、岡本さん｝
｛何ですか、守山先生｝
｛ちょっと悪いんだけど、例の写真集を十二部ほど、分けてくれないかしら。お金はちゃんと払うから｝
｛どうするんですか？｝
｛いやぁ、数人の男先生から頼まれちゃって。さすがに、生徒に混じって列に並ぶのは恥ずかしいらしいの｝
なんと、先生からも購入希望者が！ まぁ、さすがに女子生徒の写真集を堂々と買うのは恥ずかしいだろうな。というか、これ問題じゃないのか？ 条例とか、大丈夫なのか？ まぁ、頼まれたものは仕方がない。守山先生も、目で「分かってね」と語りかけていた。
｛分かりました。十二部ですね。後で、持ってきます｝
｛悪いわね｝
わたしは、取り敢えず注文を受け付けると、しずるちゃん達に合流した。
「どうしたの、千夏？」
「何でもないよ。受験勉強中の三年生に迷惑にならないように、だって」
わたしは、取り敢えず当たり障りのないことを答えた。
さて、後は、生徒会掲示板の張り紙か。
「生徒会室横の掲示板には、久美が行ってまぁす。内容もほぼ同じですのでぇ、大丈夫と思いますわぁ」
美久ちゃんが、もう一枚のビラについて説明してくれた。なら、きっとダイジョブだろ。
（当面の打てる手は打った。一時までは、未だ四十分以上ある。さっさと写真部の方に顔を出して、時間までにお昼を済ませちゃおう）
と言う感じで、わたし達が写真部の部室前まで来ると、なんと、もう並んでいる人達が大勢居た。
「すっごぉい。部長、もう並んでいる人が居るのですぅ」
「そだね。お腹減らないのかなぁ。倒れたりしないといよね」
わたしが美久ちゃんに答えていると、列からどよめきが広がった。
「那智先輩だ」
「しずる先輩」
「本物のしずるさんだ」
舞衣ちゃんのマーケティングがあったとはいえ、やはり、しずるちゃんの人気は凄い。彼女は、さり気なく列の先頭の男子に話しかけた。
「ごめんなさいね。もうちょっとしないと、販売開始出来ないの。お昼は食べましたか？ お腹空きませんか？」
言われた男子は、緊張して、
「ななな、那智さんとお話が出来ただけで、お腹いっぱいです」
と、答えた。そして、彼女は優雅に部室のドアを開けると、にっこりと手を振りながら中に消えた。
列からは、再び、ざわめきが湧き上がった。
「あいつ、いいなぁ。オレ、もっと早く来てれば良かった」
とか、
「しずる先輩に会えたぁ。うれしいっ」
と言う女子の言葉が飛び交った。
時間通りでいのかな？ 暴動が起こらないと良いのだが。
「やぁ、わざわざここまで来てもらって悪いね」
写真部の荒木部長だ。
「まぁ、ここまでくれば、一蓮托生ですよ」
と、わたしは答えた。
「もう並んでいる人がいるんで、購入希望者の誘導は、ちょっと早目にお願いします」
と、念を押して付け加えた。
「オーケイ。その辺は写真部に任せてよ。販売と『手渡し』は、文芸部にお願いするね」
そう言ったのは、副部長の花澤先輩だった。この前の件で吹っ切れたのか、荒木部長のすぐ隣に並んでいる。こうしてみれば、しずるちゃんの指摘したように、成熟したカップルのようにもみえる。今も二人で細かい手順を打ち合わせしていた。
「しずるちゃん、今のうちに、軽くお昼食べとこう。わたし、おにぎりとか作ってきたんだ。いっぱい有りますから、写真部の皆さんもどうですか？」
「そりゃぁありがたい。皆、お弁当を持ってない人は、ごちそうになりなさい」
写真部の荒木部長も、そう声をかけてくれた。
「はぁーい」
「私達も作ってきたんです。一緒に食べましょう」
「ここに場所作りますね」
などと、わたし達は、写真部の面々と、簡単なお昼を食べていた。
しばらくすると、
「すいませーん。遅れましたぁ」
と言って、文芸部の残りの部員──久美ちゃん達が部室に入ってきた。
「ああ、先にご飯食べてるなんてずるいっす」
舞衣ちゃんは、遅れて来たくせに、不平を言った。
「ゴメンゴメン。ここ座って。ほら大ちゃんも。もう、時間ないから、急いでね」
「千夏さん、分ったんだなぁー」
と、大ちゃんが、間延びした声で答えた。
「さて、僕等は整列と誘導をしに行くよ。岡本さん、時間が来たら、販売の方よろしくね」
そう言って、写真部部隊は、部室を出て行った。
販売開始まで後十分。さて、無事に乗り切れるかな？
