守山千尋(1)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。お茶を淹れる腕は一級品。写真部と合同でフォトブックを販売する企画を進めている。
・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。フォトブックの企画ではメインのモデルをつとめた。実は「清水なちる」のペンネームで世に作品を送り出す新進気鋭の小説家。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。ショートボブで、身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。その上、性格がオヤジ。しずるを主役にしたフォトブックで大儲けをしようと企んでいる。
・里見大作:大ちゃん。千夏の彼氏。一人称は「僕」。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。天体観測の日を境に、彼女を「千夏さん」と呼ぶようになった。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまった過去がある。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。どちらかというと、姉よりもホンの少し積極的。
彼女達二人は、髪型を別方向のサイドテールにしているが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。曲者ばかりの部に於いては、一般人の代表格と言える。
・守山千尋(もりやま ちひろ):K高の司書。正しくは教諭ではないのだが、皆は司書の先生と呼んでいる。
始業式を明日に控えた日、司書の守山先生がわたしに相談を求めてきた。
「岡本さん。写真部との合同写真集の配布って、やっぱり図書準備室でやるの?」
と、訊いてきたのである。
図書準備室で配布を行うという事は、図書室の中に行列が出来るということである。三年生の中には図書室で受験勉強をする者も多い。不用意に図書室で騒ぎを起こして欲しくないのだろう。
わたしは守山さんに応えた。
「当初はそれも考えたのですが、図書室が騒がしくなると思って、別の部屋を用意してもらう事にしました」
「そう。それなら安心だわ。念の為に、図書室の入口に配布場所と説明文を掲示してくれないかしら」
「分かりました」
わたしは、そう返事をすると、配布準備のために部室へ向かった。
部室にしている図書準備室には、文芸部のメンバーがそろっていた。わたしが最後らしい。
「あっ、千夏部長、遅いっすよ」
舞衣ちゃんだ。彼女のここ三ヶ月は、写真集の作成に使われていたのに等しい。明日の配布に先立って、入念に準備を整えようとしているのだろう。なにせ、大金がかかっているのだ。
「舞衣ちゃん、写真集の配布場所とか、決まった?」
わたしが念を押して訊くと、
「へい、写真部の部室の入口でやる事になったっす。荒木部長も確認済みっす」
「そっか。ありがと、舞衣ちゃん。ここで配布すると、図書室に勉強に来ている三年生に迷惑かけるからって、司書の守山先生に釘を刺されたとこなんだ。じゃぁ、明日は全員写真部の部室に行くって事でオーケイね」
「それで合ってますっす。それと、しずる先輩には『お渡し係』をお願いするっす」
それを聞いたしずるちゃんは、相変わらず丸渕眼鏡の奥からキッとした目で舞衣ちゃんを睨みつけた。
「だ、ダメっすか」
「分かってるわよ。あたしも、いつまでも子供みたいな事言わないわよ。やります」
この春から夏の経験で、舞衣ちゃんに抗っても無駄ってことを悟ったんだろう。というか、他に選択肢が無いのだが。
でも、しずるちゃんて、実は人気小説家の『清水なちる』先生その人なんだよな。きっと、サイン会とかお渡し会とかも、慣れているに違いない。
「えーとね、司書の先生に言われたのは、「間違ってこっちに来た人のために図書室の入口に張り紙をして欲しい」って事。もしかしたら、入口に誰か一人くらい立ってても、いかもしれないね」
わたしがこう言うと、舞衣ちゃんも、
「生徒会からも、「混乱が起こらないように」とのお達しが来てますぜ。念の為に、生徒会の掲示板にも張り紙をお願いした方が、賢明かも知れないっす」
「そっか。じゃ、そのへんの事は舞衣ちゃんに任せてもい?」
「お任せくだせい」
そう言った舞衣ちゃんは、ちょっと思い出したように、
「あっと、それから、始業式の最後に、連絡事項で写真集の配布場所を伝える事を承諾してもらったっす。ここまでやれば、後は何とかなると思ってるっすが」
「そうね。後はお金が絡んでるから、入金やお釣りに関しては、充分過ぎるほど注意しましょうね」
「代金とお釣りの受け渡しにはぁ、私達で対応することになりましたのよぉ」
と、久美ちゃんから報告があった。お金の出入りは、西条姉妹に任せて良さそうだ。
「あとぉ、買いに来た人達の誘導や整列はぁ、写真部の担当になりましたわぁ」
美久ちゃんが、その後に付け加えた。
「舞衣ちゃん、本の納品はどなったの?」
わたしが尋ねると、舞衣ちゃんが応えた。
「昨日の夕方入りましたぁ。あっちの荒木部長とチェック済みっす。ついでに完成本を人数分、かっぱらってきたっす」
そう言って彼女は、出来たてのような写真集『ぶんげいぶ』を、わたし達に配ってくれた。ほのかに接着剤とインクの臭いがする。
「ふぅん。やっぱりゲラ刷りよりもキレイね」
しずるちゃんは、冊子を裏表にひっくり返したりして、眺めていた。
「あ、千夏さんのアップだ。嬉しいなぁー。大事にするんだなぁー」
大ちゃんがニヤけた顔で写真集を腕に抱いていた。
「え? 大ちゃん、いつの間に部長のこと『千夏さん』なんて呼ぶようになったっすか! この夏休みで何が起こったんす?」
すかさず舞衣ちゃんが突っ込んできた。コイツ、こんな些細なことまで気がつくとは、侮れないなぁ。
「いやぁ、特には……。ねっ、大ちゃん」
「そ、そ、そ、そうなんだなぁー。僕達は、いつでも仲良しなんだなぁー」
花澤先輩と天体観測をしたのがきっかけなんだよなぁ。先輩の話は言いふらす事じゃないし。とぼけとくか。
「仲が良いのは良い事でしょう。それより明日の予定だよ、舞衣ちゃん。スケジュールを皆に説明して」
わたしが促すと、舞衣ちゃんがシステム手帳をポケットから引っ張り出して、スケジュールを確認していった。
「えーとぉ、始業式終了が十時で、その後クラス別のHRがあって。その後、防災の日の『防災訓練』があります。それが終わるのが、えーっと、だいたい十二時過ぎくらいっすかね。で、配布の方は、一服おいて、午後一時スタートにしようと考えてるっす。それ迄に──出来れば十分前くらいには、写真部の部室に集合しておいて欲しいそうっす。お昼とかも、それまでに簡単に済ませて欲しいっす。配布の五分前にも、放送部にお願いして校内放送でアナウンスしてもらう手筈になってるっすよ。大雑把にこんな感じっすが、概ね不備は出て無いようっすよ」
「ありがとう、舞衣ちゃん。じゃぁ、生徒会室横の掲示板と図書室入口の張り紙の作成を、久美ちゃんと美久ちゃんにお願いしよかな。出来そ?」
すると、二人とも右手の親指を立てて、
『任せて下さいな』
と、同時に返事をした。
「どんなポスターにしましょうか? 可愛いイラストなんか、描きましょうよぉ」
「美久ったらぁ、ちゃんとした掲示物なのですよぉ。真面目に考えましょう、なのですぅ」
「イラスト、良い案だと思ったのですぅ」
「明日までに作らなきゃなのですよぉ。美久、張り切って描かなきゃ」
「そうですねぇ、久美。ガンバ、なのですぅ」
ふむ、西条姉妹も気合が入ってるし、これは上手く行きそうな気配。
その中で、一人憂鬱な顔をしている人物がいた。しずるちゃんである。
「どしたの、しずるちゃん。人混みを気にしてる? シンドそだったら、わたしが代わろっか」
そんなしずるちゃんは、眼鏡の奥のキッとした鋭い眼光で、予約者リストを眺めていた。
「一人で、三冊も四冊も買っていく人がいるのね」
「当然っす。一つは『保存用』、一つは『観賞用』。そして最後の一つが『布教用』ですぜ」
舞衣ちゃんがフォローしてくれた。でも『布教用』ってなんだろ?
「舞衣さん。その『布教用』って、例のアレ?」
わたしの疑問を、しずるちゃんが問い正してくれた。
「この素晴らしい写真集の大いなる素晴らしさを、他の人にも見せて、購買の裾野を広げるための一冊っす」
はぁ、そなんだ……。
「つまりは、あたしの写真が、更に広域に流布するわけね。それって、考えただけで頭が痛くなるわ」
しずるちゃんは、額のシワを更に深くして、苦悩の表情をみせた。彼女にとっては、自分の顔が全国レベルで広がるのに抵抗があるんだろう。でも、勿体ないな。こんなに美人なのに。
でもまぁ、これで取り敢えず明日の準備が出来た。
「何かアクシデントがあったら、まずは、わたしの携帯を鳴らしてね。通じなかったら、しずるちゃんの番号にに。じゃ皆、明日は頑張ってね」
『おー』
果てさて、どんな販売会になるのやら。際々になっても、わたしは少し不安だった。




