那智しずる(3)
◆登場人物◆
・岡本千夏:この春から高校二年生、文芸部部長。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一人称は「わたし」、しずるの事は「しずるちゃん」と呼ぶ。お茶を淹れる腕は一級品。
・那智しずる:千夏と同じ二年生で文芸部所属。一人称は「あたし」。千夏も含めて他人は「さん」づけで呼ぶが、基本的に人嫌いで素っ気ない態度をとる。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。更に女子としては長身で、メリハリのあるナイスバディの美少女。実は『清水なちる』というペンネームで小説を書いている。
・矢的武志:千夏達が合コンで出逢った他校の男子生徒。一人称は『俺』。彼女たちより一つ上の三年生。しずるとは小説大賞の同期だが、彼女が大賞を受賞したためか何かと絡んでくるらしい。
わたしは、那智しずるちゃんと一緒に、合コンのピンチヒッターとしてファミレスに来ていた。
でも、ガタイのデッカイ筋肉さんや、空気の読めない人とか居て、わたしはちょっぴり不安だった。しずるちゃんも何だか機嫌悪そうだし、どうなるんだろう。
今は、一通り自己紹介が終わったところだ。頼んでた物も、順番にやって来た。取り敢えず、わたしは目の前のイチゴサンデーの生クリームをスプーンですくって口に含んでいた。ちょっと甘すぎるかな?
しずるちゃんは、ケーキセットの紅茶を優雅に口に運んでいた。あぁ、しずるちゃんて、私服で紅茶飲んでる様も絵になるんだ。いいなぁ。わたしは、ちょっとだけ、そんなしずるちゃんが羨ましかった。
「あーと、食べながらでいいから、何か話そうよ。折角なんだからさあ」
と、T高のバレー部さんが提案した。まぁ、そりゃそうでしょうよ。
「あ、じゃぁ、何か趣味とか特技とかありますか? えーと、好きな食べ物でも構いません」
早速、女子側から質問が出た。
「俺はカレーが好きだな」
こいつは例の空気読めない男、矢的くんだ。あんた、今カレー喰ってるじゃん。またしても、しずるちゃんが、哀れな者を見るような目で彼を眺めていた。
「何見てんだよ、那智しずる。好きなんだから良いだろう。那智、お前こそ、その『人寄せつけないバリヤー』張りっぱなしだと、肩凝るぞ」
矢的くんはそう言うと、またカレーを食べ始めた。しずるちゃんは、一瞬<ムッ>とした顔をしたが、すぐにニヤリと口の端っこで笑うと、こう言い返した。
「勿論、肩凝ってるわよ。でもね、それは何とかバリヤーの所為じゃなくって、胸が大きいからよ」
目の前の男子達が、一瞬しずるちゃんの胸に釘付けになった。矢的くんも、その瞬間、カレーを食べるのを中断したくらいだ。
「あら、や・ま・と・さん、コーラよりもミルクを頼んだほうが良かったわねぇ」
彼女は、そう言ってのけると、満足気に紅茶を口に含んだ。
他の人達の方をチラ見してみると、明らかにバツの悪そうな顔をしている。それで、わたしは、その場を何とかしようと皆の発言を促すことにした。
「えーと……、ほら、わたし、文芸部なんだけど、好きな本とかありますか? わたしは、夏目漱石の『夢十夜』とか『三四郎』とかいいなぁって、よく読むんですけど」
わたしの振りに、真ん中に座っている男子が乗ってくれた。
「あ、僕、コズミックホラーが好きなんだ。ラブクラフトとか」
よし、良いぞ。流れに乗って、女子の側からも言葉が出る。
「あたし、それ知ってる。なんか、触手とかが、ドロドロネチョネチョしてるんだよね」
「そうそう」
(あ、アレか。知ってるけど、それをカレーを食べてる人の前で言って欲しくないなぁ。あ、ヤバ。何か想像しちゃった)
わたしは、目の前のカレーとイチゴサンデーに、ちょっと咽てしまった。
「あたしも知ってる。ニャニャ子さんとか読んだことある。アニメでもやってたよね」
(あ、アニメ? ああ、怖くない方のやつか。ゲームの方ね)
文芸部として当然ながら知ってはいたけれど、モノホンのラブクラフトファンが聞いたら怒るだろなぁ。
案の定、真ん中の男子が残念な顔になった。
「いや、アレは、ラノベだから……。ちょっと方向が違うんだけどなぁ」
あああ、また場の空気がぁ。何とかしなくては。
「ええーっと、皆さんは、T高の三年なんですよね。まだ春休み中ですけど、進路とか、もう決めちゃってるんですか?」
わたしは、何とか話題を転換しようとして、そう尋ねた。
「う〜ん。オレは親が小さな会社やってるんだよね。だから、経済学部行って、将来は親父の跡継ぎかなぁ」
「うわぁ、会社社長っすか。凄いっすね」
おお、何とか話題が逸れたぞ。
「僕は、本当は今やってるバレーを続けたいんだけど……。親は「法律家になれ」って言ってるんだよな。まだ迷ってるとこ」
「やっぱり、進学校ですね。じゃぁ、もうすぐ受験勉強真っ只中ですか?」
「いや、俺なんか、去年から準備始めてるよ」
「ええ、じゃあ、カップル出来たとしても、あんまり遊べないですよね」
やっとこさ話が弾んできたというのに、受験の話になってしまった。相手が受験生じゃ、確かにあんまり遊べないかも……。あっ、ちょっと暗くなった。どしよう……。
そんな時、男子側の幹事らしき人がこう発言した。
「でも、俺達皆将来性あるから、捕まえといて損は無いと思うよ」
すぐさま、女子側が相槌を打つ。
「ですよねぇ」
「そうそう。あっ、そう言えば、カレーの王子様は何志望なんですかぁ?」
こらぁ、折角場の空気が盛り上がって来たのに、誰に振ってんだよ。わたしは、イチゴサンデーの影から、そぉっと矢的くんを観察してみた。
だが、意外なことにそれを聞いた矢的くんは、カレーを喰う手を一旦止めて、ちょっと<ムスッ>としてわたし達の方を見ただけで、こう言ったのである。
「俺んち病院やってるんだ。だから何が何でも医学部かなぁ。あと、身体は鍛えとけって言われてる。外科の手術なんか、下手すると十時間以上も休み無しでオペすることもあるってよ」
ほう。まともな返事も出来るじゃん、矢的くん。へぇー、そなんだ。病院の御曹司も大変だね。
「手術の後にモツ鍋喰うくらいの度胸がないと、ダメなんだとよ」
彼がそう続けるのを聞いて、わたしは、あらぬ想像をしてしまった。はぁ、それはそれでムツゴイ世界デスネ。
「でも、美人のナースがいると、ちょっと嬉しいかな」
おっ、この発言は、点数高いぞ。やるじゃん、御曹司。
これに反応して、こちらの側からも明るい言葉が出るようになった。
「そっかぁ。じゃ、わたし、看護学校とか行こうかなぁ」
「大病院の息子さんとか、何か凄いよねぇ」
さっきまで、評価点の厳しかった矢的くんは、一気に女子の注目することとなった。もっとも、凄いのは彼じゃなくて、彼のお父さんなんだけれど。
一方のしずるちゃんはというと、静かに優雅にチーズケーキをお召し上がりになっておりました。
そんなふうに話が盛り上がってきた時、誰かがこんな事を言いだした。
「医者って言えばさぁ、あたし、『ダルマダルマ』って人の小説が面白かったな。病院の裏事情とかが書かれてて、よく調べたなぁって、読んだ時思った」
それを聞いた途端、カレーくんは、一時スプーンを動かすのをピタリと止めた。
同時に、しずるちゃんの方も、お茶を飲もうとカップを持ち上げた手が空中で停止しする。丸渕の眼鏡のレンズを通して、目の端がピクピクしているのが分かった。あ、あれぇ、もしかして地雷? 地雷踏んでる?
「あっ、それ僕も読んだよ。確か受賞作だったんだよね。次を期待してたんだけど、ここ半年以上、新刊が出てないんだよね。やっぱ、売れてなかったのかなぁ」
その言葉を聞く矢的くんは下を向いていたが、肩がプルプルと震えているのが分かった。思い当たる節があったわたしは、しずるちゃんに、小声で訊いてみた。
{あのさ、しずるちゃん。『ダルマダルマ』って、も、もしかしてカレーの人?}
{う、うん。あいつの、ペンネーム……}
うっひゃー、モロ地雷踏んじゃったよ。どーなるんだ?
「俺は、断然、『清水なちる』だな。『坂本町の黄昏』とか『坂本町の町内会』とか好きだよ。一冊で完結してるから、どの本から読んでもいいし、世界観が統一されているから、シリーズ物としても読めるし」
どっひゃー。何故、ここでドストライクの地雷なの。矢的くんもしずるちゃんも、何かオカシな顔になってるよ。
「あー、私も『清水なちる』、好きぃ。来月も新刊が出るよね」
「そうそう。やっぱ、『清水なちる』って、売れてるよね」
「そういえば、文芸部さん達はどう思う?」
うっわー、このタイミングで振ってくるとか、わりとガチで辛いんですけどぉ。
「あ、はは。わたしも、どっちかて言うと、好きな方……かな」
うっおー、冷汗出る。
「そっちの君は?」
あ、ああああ、本人に振っちゃったよ。
「あ、ああ。えーと、悪くは無いんじゃないかしら。あたしは、文芸部に入ったばかりだから、未だよく分からないんですけれど。……試しに読んでみようかしら」
読んでみようもなにも、書いたご本人様なんですけど。
どもりながら応えるしずるちゃんの顔は、変に引きつっていた。目の前の矢的くんの手が、スプーンをしっかと握って震えている。お願いだから、バクハツしないでね。
「矢的もそう思うよなぁ」
え、えええ。それ以上追い込まないで! マジでヤバイから。もう、わたしは、まるで針の筵に座っているような気がしていた。
「ま、まぁ、所詮はラノベだからな。お、俺は勉強で、い、忙しくって、よく分からんわ」
と、半ば棒読み的な答えを、彼はやっとこさ絞り出していた。
「そっかぁ。じゃぁさ、今度貸してやろうか?」
「い、いや、いいよ。べ、勉強で、忙しいから……」
「そっかぁ。息抜きになると思ったんだがな。……まぁ、そりゃそうだよな。医学部だもんな。悪ぃわりぃ。それでさぁ、オレはもうちょっとだけ部活するんだけど、この春の試合が最後かなぁ。だから、誰か試合見に来てくれると嬉しいなぁ」
「へえ、そうなんですかぁ。えっとぉ、何時なんですかぁ、試合。あたし、見に行きたいー」
うぐぐ。ふぅ、やっと話題がそれてくれたか……。
ホッと胸を撫で下ろして一息つくと、目の前のペンネーム『ダルマダルマ』さんは、再びカレーをすくっては口に運び始めていた。
(大丈夫か、矢的くん。確かに君は頑張った。偉かったよ。わたしは知ってるからね)
そう思って、心の中で彼を褒め称えると、隣の席へ首を捻った。
(あ、しずるちゃん、目が泳いでる。だいじょぶかなぁ)
さっきの話題は、ペンネーム『清水なちる』さんにとっても、手酷いダメージを与えたようだった。
そんなこんなで、その後は差し障りのない話題が続いて、ようやくわたし達は恐怖の合コンから開放されたのだった。
わたし、合コンがこんなにも疲れるモノとは知らなかったよ。
うん、今度から気軽に合コンに誘われるのは、止めておこう。うん、絶対に。