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ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
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花澤彩和(3)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。お茶を淹れる腕は一級品。彼氏である大ちゃんとの距離を詰めようと悩んでいる。

・里見大作:大ちゃん。文芸部一年生。一人称は「僕」。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。その見栄えに反して手先が器用で、多彩な技能を隠し持っている。すったもんだの末、千夏と付き合っているが、純情な為になかなか仲が発展しない。


・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。






 その日の夕方、わたしは家に帰るとすぐに大ちゃんにメールを送った。


『天体観測の件、オッケイだよ。これから夕御飯だから、電話できるようになったら、またメールするね』


 という簡単な文面だったが、大ちゃんには伝わるだろう。

 しばらくすると、大ちゃんから、返事のメールがあった。


『分かりました。いつでもメールしてくれて構わないです』


 いつも以上に味も素っ気も無いが、メールなんだからこんなもんだろう。

 わたしは、メールの確認を終わると、部屋着に着替えた。ゆったりした、グレーの上下のトレーナーである。もうちょっと気の利いた服にしようかとも思ったが、家の中なんだから……。でも、これから大ちゃんと電話するんだよな、と思うと……。いや、考え過ぎっ。もう、いいや、そのままで。結局、しゃれっ気の欠片もない格好で、過ごすことになった。


 夕食が終わって部屋に戻ると、わたしは再び大ちゃんにメールを送った。


『これからはしばらく暇な時間だから、いつでも電話してきていいです』


 これも簡単な文面だが、分ってくれるだろう。う〜ん、わたしって、もっと気の利いたメールを打てないかなぁ。そう思うと、何だか大ちゃんに悪い気がした。


 メールを送って、十分ほど経った時、わたしの携帯が着信を告げた。発信者は……、大ちゃんである。わたしはおっかなびっくりと携帯を取り上げると、震える手で通話ボタンを恐る恐る押した。携帯を耳に当て、深く息を吸い込んで吐くと、「ハイ、千夏です」と震える声で電話に応えた。

<ち、ち、ち、千夏先輩ですかぁ。ぼ、僕なんだなぁ>

「だ、大ちゃん? ゴメンねぇ。遅くなっちゃって」

<か、構わないんだなぁ。それより、天体観測なんですけど、本当にいいんですかぁ>

 と、電話の向こうにもかかわらず、大ちゃんもドギマギしているのが声だけでよく分かった。もしかして、こうやって携帯で話すのも、初めてだったっけ?

「うん、ダイジョブだよ。天体観測って、今年の課題は何なの? 去年と同じだったら、アドバイスとかしてあげられるんだけど」

 と、取り敢えずは当たり障りのない返事をした。

<ええっと、基本的に自由なんですけど、それじゃぁ何していいか分からないだろうからって、流星観測とか、月食とかが例に上がってたんだなぁ。で、僕は、流星観測をしたいなぁって思ってるんだなぁ>

「流星観測かぁ。それなら、去年、わたしもやったよ。ええとねぇ、流星はねぇ、公園の向こうの小山の上が良いと思うよ。回りに灯りが少ないから、星もよく見えるし」

<そうなんですかー。なら、そこでお願いしますぅ>

「じゃぁ、場所は決まったね。何時ごろに会おっか?」

<う〜ん、まだ日の暮れるのが遅いから、六時半でどうですか? あっ、でもそんな遅い時間に、女の子を連れ出したら、ご両親に反対されるかなぁ……>

「そ、それはダイジョブだよ。ちゃんと『天体観測だ』って言ってくるから」

<で、でも、ぼ、ぼ、僕と二人っきりなんだなぁ>

「あー、えっとぉ。……その辺は、誤魔化すから。文芸部員と行くからって」

<間違ってはいませんけど、……なんか、悪いことしてるみたいなんだなぁ>

「べ、別に、夏休みの宿題なんだから。わ、悪い事じゃないよ」

<そうなんですけれど。二人だけで会うなんて初めてだから、今からドキドキしてるんだなぁ>

「そ、そだね。でも、二人で夜空を見るなんて、合宿の時みたいだね」

<僕も、あの時夜空を眺めたのを思い出して、一緒に天体観測して欲しいなぁって、思ったんだなぁ>

「そなんだ。考えることは同じだね」

<そうなんだなぁ>

 と、ここまで来て、わたしは会話に詰まった。


(あーと、他に何話したら良いんだろう)


 すると、大ちゃんが、おずおずと話しかけてきた。

<持っていくものは、スケッチブックと星座盤で、いいかなぁ?>

 あ、そだった。持ち物、持ち物。何があればいいかな。あっ、そうだ。あれ。

「んとねぇ、後は、懐中電灯とビニールシートがあればいかな。寝っ転がって見た方が楽でしょ。後は、双眼鏡? かな」

<双眼鏡かぁ。明日、晴れるといいなぁ>

「そだね、晴れると嬉しいね」

<じゃ、じゃあ、明日の六時半に、こ、公園のとこで待ってます>

「うん。分かった。それじゃね」

<はい。また明日なんだなぁ>

 と言って、わたしは携帯を切ってしまった。


(……わたしのアホウ。もっと、こう、話す事があっただろ。これじゃぁ、業務連絡だよ。彼氏と彼女の会話なんだから、もっとロマンチックな話が出来ないかなぁ。あー、バカバカバカ、わたしの馬鹿野郎。こんなんだから、全然進展しないんじゃないか。あーあ、せめて、わたしがしずるちゃんくらい綺麗で背が高かったらなぁ。わたしなんか、背伸びしたって、全然大ちゃんの顔に届かないんだから。キスするだけでもハシゴがいるんじゃ、全然先に進めないよぅ)


 わたしは枕を叩きながら、こんな変な事を考えていた。


(ホンットに何考えてるんだろ。明日は天体観測をするんだぞ。デートとかじゃ無いんだから)


 そう思い直したものの、今からわたしは有頂天になっている。


(そだ、何着て行こうかぁ。あんまりお洒落して行くのも、なんか変だし……。でも、ジャージじゃダメでしょ。そこまで女子力低いと思われたくないし)


 わたしは、また、変な思考が頭の中をグルグルしてるのが、分かった。


(着ていくものかぁ。じゃ、何? Tシャツとジーンズ? あんまり身体の線が出るよな服は、ちょっと抵抗があるしなぁ。あ、でも暗くて見えないか。え~ん、明日の事考えるだけなのに、これじゃぁ眠れないよ。どしよ。どしよ)


 困ってしまったわたしに妙案が思いついた。


(そだ! しずるちゃんに相談してみよ)


 わたしは、後先考えずに、しずるちゃんの携帯に電話をした。しばらく発信音がすると、通話状態になった。

<はい、しずるです。どうしたの千夏>

「あ、しずるちゃん。わたし、どしよ!」

<どうしようって、何がどうなってるの?>

「えーと、えとね、明日大ちゃんと会う事になったんだけど……」

<何? 二人で宿題の天体観測? 今なら、流星群が来るから綺麗よ。公園の向こうの小山だと、回りの灯りも少ないから、ベストプレイスね>

「ええ! 何でぇ。わたし、未だ何にも言ってないのに……。どして、そこまで分かるの?」

 わたしは、しずるちゃんがあまりにもドンピシャで言い当てたので、驚いて、少しパニックになった。

<何でって、今日、大作くん、天体観測の課題が残ってるって言ってたじゃない。その後、あのゴニョゴニョでしょ。考えられるのは、スケッチのモデルか天体観測。美術の課題は今日終わったから、天体観測の一択でしょう>

「へぇー。スゴイやしずるちゃん。名探偵だね」

<あのねぇ……。まぁ、ちょっと考えれば分かりそうな事だけど。並んで横になれるように、レジャーシートとか用意するといいわよ。立って並んだりしても、千夏の身長じゃ、背伸びしても大作くんの顔に届かないんだから。並んで横になれば、顔がくっつく距離になれるわよ>

「左様でございますねぇ。一応、ビニールシートを持って行く事は決めたんだ」

<千夏にしては気が利くじゃない>

「でも、それからどしたら良いんだろぉ。着て行く服も、何だかよく分からないし。しずるちゃん、助けてよう」

<着て行く服って、いつも通りでいいんじゃないの。どうせ暗がりでそんなに分かんないんだし。……そうねぇ、どうせなら脱ぎやすい服がいいかしら。ワンピースにして、下着はサイドストリングとフロントホックで決まりね。後は……バスタオルとかあった方がいいかしら>

 それを聞いて、わたしは真っ赤になった。

「脱ぎやすいって、何でよ。わたし、何するの?」

<何するって、決まってるじゃない。天体観測よ。千夏、何するつもりだったの?>

「ううう、しずるちゃんのイジワル。わざとそんなこと言って、わたしの事、からかってるでしょう」

<あは、バレた? ごめんなさい。あんまり、千夏が可愛いから。えーと、服装はねぇ、ライトブルーのタンクトップに、この前着てたオレンジのキュロットか、浅葱色のミニスカートが良いんじゃないかしら。山の中だから、虫除けを用意しておくこと>

「あ、うん、虫除けね」

<そうそう。それから、お茶かコーヒーをポットに入れて持って行く事。千夏のお茶は、格別だからね>

「うん、お茶っと。これで、ダイジョブかなぁ」

<大丈夫、大丈夫よ。後は、年上の千夏がリードして、キスまで持って行く事よね。さすがに大作くんじゃぁ、そこまで期待できないから>

「き、きききき、キスなんて、出来ないよぅ。し、しかも、わたしからなんて」

<何言ってるのよ。そこでやらないで、いつするのよ。気合よ、気合でするのよ>

「出来るかなぁ……」

<大丈夫よ。もし、心配なら、輝橋先生の『恋する者達』の第二巻、百二十ページ辺りを参考にすること。詳しいわよ。持ってる?>

「うん、持ってる。今から読む……」

<それじゃあ、頑張れ!>

「うん、頑張る……」

 そこで、しずるちゃんとの電話は終わった。


(はぁ、ダイジョブなんだろか、わたし。キスなんか初めてだよぉ。どーしていいのか、まだ分かんないよ。てか、本命は天体観測だった。天体観測!)


 わたしは、しずるちゃんのお勧めの本を枕元から取り上げると、パラパラとページを捲り始めた。しかし、内容が全く入ってこない。


(ううー。もう、邪念は捨てよう。わたしと大ちゃんは天体観測をするのだ。流星を見て願いをかけるのだ。あれ、何願うんだろ? キスできますように? あああー、また邪念がぁぁぁぁ)


 その夜、わたしはこんな事をぐるぐる考えながら、いつまでも眠れなかったのだった。




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