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ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
37/66

花澤彩和(1)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。お茶を淹れる腕は一級品。

・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。その外見と舞衣の策略で、学校のアイドルに祭り上げられている。実は「清水なちる」のペンネームで世に作品を送り出す新進気鋭の小説家。

・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。ショートボブで、身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。その上、性格がオヤジ。しずるを主役にした写真集を売り出して大儲けをしようと企んでいる。

・里見大作:大ちゃん。千夏の彼氏。一人称は「僕」。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。その見栄えに反して裁縫が得意だったりと、多彩な技能を隠し持っている。

・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまった過去がある。

・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。どちらかというと、姉よりもホンの少し積極的。

   彼女達二人は、髪型を別方向のサイドテールにしているが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。曲者ばかりの部に於いては、一般人の代表格と言える。


花澤彩和:写真部の副部長兼スタイリスト。写真部部長とは、浅からぬ縁があるらしい……のだが。





 八月もお盆を過ぎると、学生には、とある難関が迫ってくる。『宿題』である。


 今日も、わたしは図書準備室に来ていた。夏休みでも、お盆の頃以外は、司書の先生が出てきて、図書室を開けてくれる。これは、だいたいが三年生の受験のためなのだが……。それに便乗して、文芸部も、ほぼ毎日誰かしらが部活に出てきていた。

 しずるちゃんは、図書館以外ではここが執筆場所となっているらしく、ほとんどの日に出ているようだった。今日は、前髪を上げて、ライトブルーのヘアバンドで固定している。華美な装飾は、本来なら校則的にNGなのだが、部室として使っている図書準備室の中に籠もり続けてるとあって、見逃してもらえている。

 いつものようにノートパソコンで執筆をしているように見えても、今日は少しばかり違っているようだ。何か難しい顔をしている。いつも眼鏡の奥でキッとしている目元が、更に厳しくなっている。しばらくは放っといてあげよう。

 しずるちゃんの他に来ているのは、わたしと大ちゃん、そして舞衣(まい)ちゃんだった。

「う〜う、夏休みの宿題って、どうしてこんなにたくさんあるんすかぁ。たまんないっす」

 と、舞衣ちゃんがボヤきながら、問題集と格闘していた。いつもはショートボブに下ろしている髪を、頭のてっぺんでくくっている。

 一方の大ちゃんは、大きな紙を膝に立てかけてスケッチをしているようだった。

 かく言うわたしは、読書感想文の為に本を読んでいた。ひとしきりして、わたしは、本をテーブルに伏せると、

「大ちゃん、何やってるの?」

 と、なんとはなく、そう質問した。

「え? あ、えーと。スケッチですー。宿題の……」

 最後の方が、ゴニョゴニョになっている。少し違和感を感じたわたしは、もう一押しした。

「何描いてるの?」

「いやぁ、大したものじゃぁないですー」

 ううーん、隠されると、余計気になる。

「良いじゃない、見せてよっ」

 と、強引に頭をねじ込んで、わたしはスケッチブックを覗いた。すると、そこにあったのは、先日、熱海に合宿に行った時の大きな海が木炭で描かれていた。大ちゃんの太い指からは想像も出来ないくらい、繊細で穏やかなタッチであった。

「これ、こないだの合宿の時の?」

 わたしは、思わず大ちゃんに訊いていた。

「そ、そうなんだなぁー。僕にとっては大事な思い出だから、何かの形で残しておきたかったんだなぁー」

 そう言って、彼は巨体の上に乗っかっている頭を掻いていた。


(そなんだ)


 わたしは、デッサンをマジマジと見つめなおすと、振り返って大ちゃんの方を見上げた。

 うっ、すぐ前に大ちゃんの顔。ちょっと近過ぎちゃったよ。

「あ、あっと、ゴメン。宿題の邪魔しちゃって」

「え、えぇっと、……だ、だ、大丈夫なんだなぁー。それより、ち、千夏(ちなつ)先輩、木炭で汚れなかったですかぁ?」

 わたしは、慌てて立ち上がると、身体をひねって見回した。大丈夫のようだ。

「うん。だいじょぶ。ゴメンね、邪魔しちゃって」

 わたしは、そう言うと、再び課題の読書に戻った。まだ、胸がドキドキしている。


(そう言えば、大ちゃんと付き合うって言っても、二人だけでどっか行った事も無いんだったよなぁ)


 なんて事を考えていたので、大ちゃんが赤い顔の奥で、


(ち、千夏先輩の髪、いい香りがしたんだなぁ。シャンプーの香りかな? やっぱり可愛いなぁ。僕は幸せもんなんだなぁー)


 と、些細な事で有頂天になっている事も知らなかった。


 そんな時、準備室の扉が元気よく開くと、

「こんにちは」

 の声とともに、西条(さいじょう)姉妹が飛び込んできた。

「あっ、久美(くみ)ちゃんに美久(みく)ちゃん、こんにちは。今日は、何だかんだで、皆そろっちゃったね。そだ、ついでだから、お茶淹れてくるね」

 そう言って、わたしは席を立った。

 一方の西条姉妹は、舞衣ちゃんのところへ行くと、

「舞衣ちゃん。宿題を見せてもらえませんかぁ」

「私達、全然終わらないのですぅ。舞衣ちゃん、助けて下さいぃ」

 と、口々に懇願したのである。それに対し舞衣ちゃんは、

「あっしのこの現状を見て、何も思わないっすか! 未だまだ全然終わってないっすよ」

 それを聞いた久美ちゃん達は、ひどく落胆していた。

「そーですかぁー。あてにしてたんですけれどぉ。うう、どうしましょう」

「折角の夏休みですのにぃ、宿題が多すぎるのですぅ」

 と、早くも根を上げてしまったのである。

「まぁまぁ。九月まで未だ日があるし。頑張れば、きっと出来るよ」

 と、わたしは見かねて久美ちゃん達に言った。

「そうは言いますけどぉ、部長。敵は物量戦で来てるのですぅ。それを各個撃破で攻略出来るわけが無いのですぅ」

「そうですわぁ。殲滅戦ですのよぉ。殲滅戦」

 二人共、いったいどこでそんな言葉を覚えたんだろう。大げさだなぁ。

「とにかく、宿題は越えられない試練じゃないから。やれば出来るよ」

 と、わたしは、再度西条姉妹を励ましたつもり……だった。

 そんな時、美久ちゃんは、わたしの方をジッと見つめていたが、ハッと気がついたような顔をすると、隣の大ちゃんに声をかけた。

「もしかして、大ちゃん、宿題って終わってますのぉ?」

 すると大ちゃんは、スケッチブックから顔を上げると、

「今やってるところだなぁー。美術の課題」

 と、答えた。

「美術の課題? ってことは……もしかしてぇ、ワークブックとかは、もう終わっているのでわぁ?」

「うん。一応全部解いたんだなぁ」

「スゴイのですぅ。大ちゃん、見せて下さいませぇ」

「見せて、見せてなのですぅ」

「うおっ、マジっすか。あっしにも見せるです、大ちゃん」

 舞衣ちゃんも含めて三人とも、蜜に群がる蟻のように大ちゃんに迫っていた。

「いやぁ、宿題は自分でしなきゃ、意味が無いんだなぁ。それに、夏休み明けのテストの予習にもなるんだなぁー。自分でやるべきなんだなぁー」

 はい、ご尤も。やはり、宿題は自分の力でやるべきです。でも、三人は諦めが悪かった。

「そんな事言わないっす。今回だけっすから。今回だけのお願いっす。見せるっす!」

 三人娘に迫られて大ちゃんもタジタジのようで、仕方なくカバンの中から宿題のノートを取り出した。

「一応、五教科で出された問題を解いたんだなぁ。でも、地学の天体観測とか、読書感想文が未だなんだなぁー。あと、選択科目の課題はそれぞれ違うから、無いんだなぁー」

 大ちゃんは、珍しくムスッとした感じで説明をしていた。にもかかわらず、要求した方は、

「それで充分ですのぉ。大ちゃん、ありがとうございますぅ」

「さすが、大ちゃんっす。あっしが見込んだだけはあるっす」

 と言っただけで、そのままノートをひっ拐うと、自分たちの席に戻って行った。


(あ〜あ、しょうがないなぁ)


「舞衣ちゃん達に言っとくけど、問題集はしょうがないとして、文芸部なんだから、読書感想文はキチンと書いてよね」

 と、わたしは釘を刺した。

「分かってるっすよ、千夏部長」

 ホントに分かってるのかなぁ。ちょっと、心配だ。

「部長達は、宿題はもう終わったのですかぁ?」

 久美ちゃんが、尋ねてきた。やられっぱなしでは、悔しいんだろう。

「わたしは、あと読書感想文と、書道の課題だけだよ」

「あたしも、あとは音楽の課題だけね」

 と、わたしも、しずるちゃんも、澄ました顔で応えた。

「そっかぁ。やっぱ、部長達はさすがっすね。さて、あっし達も本腰を入れて、宿題をするっす」

「写すだけでしょう」

 そう言う舞衣ちゃん達に、しずるちゃんがちょっとイヤミっぽく声をかけた。

「ははは、そうなのですけどぉ」

 そう言われて、久美ちゃんは頭を掻いていた。

「ふう、もうしょうがないなぁ」

 と言って、わたしはお茶を淹れに向かった。


 予め熱湯で温めたポットに茶葉を入れると、適温になったお湯を注ぐ。そして、わたしは傍らの砂時計をひっくり返した。赤く着色された砂が、サラサラと上の瓶から下の瓶に降り注ぐ。わたしは、この砂時計を見つめるのが好きだった。角度によっては、砂が光を反射してキラキラと見える。その輝きが好きだ。砂が落ちる間に、茶葉がじわじわと開いていく。砂時計の最後の砂粒が落ちた時が飲み頃だ。

 わたしは、これも温めておいた人数分のカップに、出来たての紅茶を注ぐと、お盆に乗せてテーブルに運んで行った。

「皆、お茶がはいったよ。お茶請けにクラッカーを持ってきているから、適宜食べてね」

 と、ティーカップを皆に配っていった。

「すいません部長」

「ありがとうございますぅ」

「ありがとう、千夏。いい香り。本当に生き返るわねぇ」

「えへ、皆にそう言ってもらえて、嬉しいな」

 当のわたしも、これぐらいで嬉しくなるなんて単純である。でも、それでいいと思っていた。


 そうやって、一時のティータイムを過ごしていると、ノックもそこそこにいきなり部室に入ってきた影があった。写真部副部長の花澤(はなざわ)先輩である。

「あ、あれ? 花澤先輩。どしたんですか?」

 と、わたしが訊くと、

「写真集の最終校が上がってきたわよ。これで修正はもうきかないからね。おかしなところがないか、よおく見て、確認して欲しいんだ」

 と言って、ほぼ完成に近い本をテーブルに置いた。


(へー、もうそんななんだ。これが最後だから、キチンと見ないと)


「じゃぁ、取り敢えず、あたしから見せてもらおうかしら」

 しずるちゃんはそう言って、ゲラを取り上げた。

「いやぁ、那智(なち)さんの校正が的を得ていてね。お陰で、思ったより早く進んだのよ。赤がつけられたところはもう残って無いはずだけど、念の為にチェックをお願いするわね」

「分かってますよ」

 と、しずるちゃんは、少しイラッとした調子で応えると、写真集を1ページずつ開いて、丹念に見ていた。途中で何回か、顔を赤らめたり、目尻がピクピクすることがあったものの、大騒ぎすることもなく、チェックは進んでいた。やっぱりしずるちゃんは大人だなぁ。仕事は仕事と割り切れるんだ。

 そんな風にわたしが感心していると、しずるちゃんが顔を上げた。

「少し、誤植が残っていたので、赤を入れておきました。後は大丈夫のようですね」

 冊子の主役である美少女は、そう言ってわたしに本を渡すと、

「千夏もチェックをお願いね。製品版のプレビューでもあるから、おかしいところがあっても、今言わなきゃ、後がないからね」

「了解です」

 わたしはそう言って写真集を受け取った。パラパラと見ていると、

「これには、写真部のメンツがかかってるからね。おかしなところがあったら、ちゃんと指摘してね」

 と、花澤副部長に言われた。いつになく、口調が真剣である。

「分かりました」

 わたしは、先輩にそう言われて、しずるちゃんのように丹念にページを見ていた。


(うわぁ、どの写真も恥ずかしいよぉ。でもさすが写真部だな。アングルやボカシで、しずるちゃん達の魅力を、上手く引き出している)


 ゆっくりとページを確認していると、どうしてもそんなことが頭の中をよぎる。でも、これが三百部以上も出回るのかぁ。そう思うと、ちょっと憂鬱なわたしだった。


 そうやって、部の全員の回し読みで、冊子の最終チェックは行われていった。




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