藤岡淑子(7)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。部の合宿と称して熱海の民宿に来ている。
・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。重度の不眠症を患っている。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。その上、性格がオヤジ。合宿では、カメラ担当。
・里見大作:大ちゃん。千夏の彼氏。一人称は「僕」。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。熊をも倒す豪腕の持ち主ながら、千夏には頭が上がらない。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまった過去がある。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。どちらかというと、姉よりもホンの少し積極的、かな?
彼女達二人は、髪型をサイドテールにして違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。小さい頃からイジられてきたので、コスプレ写真の撮影なんかも平気だった。
・藤岡淑子:国語教師で文芸部の顧問。喋らずにじっとしていさえすれば、超のつく美人と言われている。しずるの事情を知っている数少ない人物の一人。かなりの酒豪で、潰した男は数しれず。
・民宿の皆さん:おじさん、おばさん、息子さんの三人で、民宿の経営をしている。酒豪を自称していたが、呑み比べで藤岡先生に大敗した。
翌日の朝は、よく晴れていた。
「う〜ん、いい感じ。おはよう、学生達」
文芸部顧問の藤岡先生である。昨夜、呑み比べをして男二人を難なく片付けた上、民宿のおばさんと共に更に一升瓶を空にしたのに、平気な顔をしている。
「うぃっす、先生。早いっすねぇ」
舞衣ちゃんが、少し眠そうに応えていた。
「ああ、今さっき、朝風呂浴びてきたとこなのよ。やっぱ、温泉は良いよねぇ」
そう言う先生は、タンクトップにデニムのショートパンツと、ラフな──というよりエロチックな格好をしていた。
「ささ、行こ行こ。朝ご飯だよ、朝ご飯」
「先生、分かってますからぁ。お着替えの時間くらい、下さいませぇ」
美久ちゃんも、ちょっと寝ぼけた様子でそう言っていた。
「あれ、しずるちゃんは? あっ、居たいた。未だ寝てるねぇ。千夏っちゃん。しずるちゃんて、薬で寝てるんだよね。ということは、薬が切れるまで起きないんだよねぇ。寝てる間に、マッパにしてイタズラしようよ」
嗚呼、全く、この人と言ったら……。
「先生。無茶苦茶言わないで下さい。先生は引率で来てるんですよ。しずるちゃんに、イタズラなんかしないで下さい」
わたしは部長としての威厳を込めて、藤岡先生を制した。
「えぇー。先生、詰まんないよぉ」
この人は、何を思って教師になったのだろう? 不安を更に盛り上げるような発言であった。
そんな時、民宿のおばさんが声をかけてくれた。
「お嬢さん達、もうすぐ朝ご飯だよ。着替えて降りてらっしゃい」
わたしは「分かりました」と返事をすると、未だイビキをかいている久美ちゃんを、起こしにかかった。
「久美ちゃん、朝ご飯だよ。そろそろ起きて着替えようよ」
久美ちゃんは、
「ん〜、もう朝なのですかぁ。未だ眠いですよぉ」
と、ふにゃふにゃとしていた。
「そんな事言ってたら、民宿のおばさんが困っちゃうよ。さ、起きて起きて」
「ふわ〜い」
久美ちゃんは未だ寝ぼけ眼であったが、美久ちゃんと一緒に、ノロノロと着替えを始めた。
次は、しずるちゃんだ。まるで、エジプトのツタンカーメンのように、微動だにせず眠っていた。わたしが彼女を起こそうとした時、しずるちゃんは<カッ>と眼を見開いた。そして、<ガバッ>と、上半身を起こしたのである。
「ひっ、ひゃぁ」
わたしは、ちょっとビックリして、後ろへ下がっていた。
「あら、千夏、お早う。良く寝られて?」
「え? あ、う、うん。しずるちゃんは? だいじょぶだった? きちんと眠れた?」
わたしは、彼女が重度の不眠症を患っていると聞いていたので、気を使っていた。
「えーと、今何時? 六時過ぎ? なら、いつも通りね。……あっと、記録をつけなきゃ」
しずるちゃんはそう言うと、枕元のバックから、昨日見せてくれた『超小型パソコン』を取り出した。そして、小さなキーを叩いて、朝起きた時間を記入していた。
「へぇ、睡眠の時間管理とかも出来ちゃうんだ。凄いね、このパソコン」
「こうやって、日々の睡眠時間の管理をしてるのよ。変調が起きた時の為にね」
「ふーん、そなんだ。あっ、そうだ。民宿のおばさんが、「そろそろ朝ご飯だから降りて来て」って」
「あら、そう。じゃぁ、あたしも着替えるわね」
しずるちゃんは大きな伸びをすると、立ち上がって着替えを始めた。
今朝のしずるちゃんの出で立ちは、すみれ色のワンピースだった。長い黒髪は頭の後ろで結んで、ポニーテールにしている。
「私服のしずる先輩って滅多に見ませんけどぉ、すごく大人っぽいコーディネイトですよねぇ」
美久ちゃんが、自分も着替えながらそう言った。
「そう? それ程でもないつもりなんだけれど。あたし、タッパが高いから、女子の中では結構浮いちゃうのよね。だから、逆に可愛い系の格好だと、違和感が出ちゃうし」
「そんな事ありませんわよぉ。可愛い服も、しずる先輩ならきっと似合うと思いますよぉ。そうだ、しずる先輩。今度私達と、ショッピングしませんかぁ。お洋服とか、見に行きましょうよぉ」
「そうね。皆と服を選ぶのって、楽しいかも知れないわね。今度、一緒に行きましょうね、久美さん、美久さん」
『はい』
揃った声が聞こえてきた。一方、わたしはと云うと、クリーム色のチュニックにデニムのハーフパンツだった。
(はぁ。やっぱり、しずるちゃんには敵わないなぁ)
と、わたしはちょっとだけ嫉妬混じりの感情を抱いていた。
「さぁ、皆、朝ご飯だよ。行こ行こ」
わたしは、そんなヘンテコなモノを振り払うと、皆と一緒に民宿のダイニングへと向かった。
途中、大ちゃんに声をかけると、
「今すぐ行きまぁ~す」
と、引き戸の向こうから返事があった。そうして男子部屋から出てきた大ちゃんは、Gパンに半袖のTシャツを着ていた。何故か背中には『漢』の一文字がでかでかとプリントされている。
「お早うございます」
わたし達は、民宿のおばさんに朝の挨拶をした。
「今朝はアジの開きと、卵焼きだよ。嬢ちゃん達、良く眠れたかい?」
「おかげさまで、ぐっすりと眠れました」
「そりゃ良かったね。まぁ、こっちは全滅だったけど……」
おばさんの目線を辿ると、おじさんと息子さんが、蒼い顔をして座っていた。宿酔いだろう。
「父ちゃん、朝飯どうする?」
おばさんが訊くと、
「すまんが、お茶漬けにしてくれ」
「母ちゃん、俺も。あと、梅干し」
と、二人揃って情けなさそうな返事をしていた。
「大の男が二人揃って宿酔いなんて、情けないなぁ。当然、今夜も呑むんだよね」
と言う藤岡先生に、
「すまん、もう呑み比べは勘弁してくれ」
と、おじさん達は懇願した。
「なぁんだ、一人酒かぁ。詰まんないの」
「先生が無茶苦茶なんです。そのうちに、肝臓壊しますよ」
「酒呑みながら死ねるんなら、本望だわよ」
と、相変わらず、豪快な事を言っていた。
それは別として、朝ご飯のアジの開きは、すごく美味しかった。ご飯も炊きたてで、いつも以上に食が進んだ。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまですぅ」
「あー、お腹いっぱい。すっごく美味しかったです」
わたし達がおばさんに言うと、「ありがとよ」の声が返ってきた。
「嬢ちゃん達、今日はどうすんだい?」
おじさんに訊かれたので、わたしは、
「午前中は、熱海の名所を見て回って、午後はそのまま海に行こうかと思ってます」
と、応えた。
「じゃぁ、お昼は要らないかな」
「はい。外で、名物か何かを食べようかと思っています」
「そうかい。で、帰りはいつ頃だい?」
「五時には帰ろうと思ってます」
「そんじゃ、帰った時に間にあうように夕食の支度するから。気を付けて行ってらっしゃい。もし、何かで遅くなるようなら、電話をちょうだいな」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
おばさんにそう言うと、わたし達は準備をして、民宿を出発した。
午前中は、予定通りに、海に近いところの史跡や、文豪の泊まった宿などを見て回った。その時には、珍しく舞衣ちゃんのデジカメが活躍していた。
「あっ、これ。これも撮ってね」
「ガッテンでぃ」
うん。これで文化祭で売る本の材料も整って来た。デジカメもクラウドに繋がるから、写真なんて撮り放題である。
「部長、そろそろお昼時じゃありませんかぁ?」
太陽が高くなった頃、久美ちゃんがそう訊いてきた。わたしが腕時計を見ると、丁度十二時を指している。
「そだね。えーと、どこかのお店でお昼食べるのと、海の家で焼きそば食べるのと、どっちがい?」
わたしは皆に決を求めた。
「勿論、海っす。海行きたい。折角の熱海なんすよ。海しか考えられないっす」
「私も、海がいいと思いますわぁ」
「先生も、あっちこっち行くの疲れちゃった。海でバカンスしたい」
「そうね。あたしも、海がいいかな」
「じゃぁ、海で遊びながら、めいめいでご飯を食べることにします。それでい?」
『分かりました』
皆の意見が一致した。と言う事で、わたし達は熱海の海水浴場に向かった。
八月に入ったばかりということで、海岸には結構な人がいた。それでもプールで芋洗いをすることを考えると、よっぽど空いている。わたし達は、それぞれに水着に着替えると、遊ぶ合間あいまで昼食を摂ることにしていた。
「あっ、しずるちゃん。それって、撮影の時に着てたよね。改めて見ると、結構大胆な水着だよね」
着換え終わった美少女は、艶めかしく見えた。
「千夏、これでも一番布が多いのを選んで持ってきたのよ。あんなに買ってもらって、撮影だけに着るのは勿体ないと思って持ってきたんだけど……。自腹ででも、もっとおとなしいのを買うべきだって、今後悔しているわ」
髪の毛をアップにまとめながら、しずるちゃんは溜息混じりにそう応えた。
「あ、えと、そのぅ。しずるちゃん、その水着、結構似合ってるよ。しずるちゃんて肌綺麗だし、スタイルも良いから、バッチシだよ」
「そう言う千夏も、撮影の時の水着よね。千夏の水着だって、ハイレグで大胆よね。いい機会だから、それで大作くんを虜にしちゃいなさいよ」
「え? あーと……、そかな」
絶世の美女に言われても実感が湧かなかったが、取り敢えず、褒めてもらったことには感謝だ。そんなとき、先生が声をかけてきた。
「しずるちゃんの言う通り、千夏っちゃんもよく似合ってるよ。先生が荷物番してるから、千夏っちゃんもしずるちゃんも、泳いで来なさいな」
そう言う藤岡先生は、大胆にも黒のマイクロビキニだった。そして当然のように、その手には500ミリリットルの缶ビールが握られていた。
「先生、まだ呑むんですかぁ」
わたしが呆れていると、
「だって、昨夜呑み足りなかったんだもん。いいじゃない。夏休みなんだから」
(そうか……いいんだ。一体この人の肝臓は、何で出来ているんだろう?)
わたしは、頭がクラクラするような気がしてきた。その時、
「千夏部長、こっちで泳ぎましょうよぉ。海の水が、とっても気持ち良いですわよぉ」
と、久美ちゃんの呼ぶ声がした。よぉーし。わたしも遊ぶぞ!
「じゃぁ、行ってきます。くれぐれも荷物番、お願いしますね」
そうして、わたしとしずるちゃんは、皆の待つ波打ち際へ駆けて行った。
まだ、夏休みも前半戦。こんな感じで、合宿の二日目をわたし達は過ごしていた。




