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ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
34/66

藤岡淑子(6)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。今回、文芸部の合宿と称して熱海の民宿に来ている。

・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。

・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。その上、性格がオヤジ。合宿では、カメラを担当。

・里見大作:大ちゃん。千夏の彼氏。一人称は「僕」。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。千夏には頭が上がらない。

・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまった過去がある。

・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。どちらかというと、姉よりもホンの少し積極的、かな?

   彼女達二人は、髪型をサイドテールにして違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。小さい頃からイジられてきたので、コスプレ写真の撮影も平気。


・藤岡淑子:国語教師で文芸部の顧問。喋らずにじっとしていさえすれば、超のつく美人と言われている。しずるの事情を知っている数少ない人物の一人。かなりの酒豪で、潰した男は数しれず。


・民宿の皆さん:おじさん、おばさん、息子さんの三人で、民宿の経営をしているらしい。





 わたし達は、民宿で露天風呂を堪能した後、海の幸で夕食を共にしていた。


「ほれ、おやっさん、もうギブかい? こっちは、未だまだいけるよぉ」

 民宿のおじさんに絡んでいるのは藤岡(ふじおか)先生である。呑みくらべを始めてから、かれこれ一時間半は経っている。

「くっ、くそう。も、もう勘弁……」

 さすがの海の男も、先生の酒豪っぷりには根を上げたようだ。

「はっはっはぁ。なら、約束通りに『秘蔵の一本』いただいちゃうよぉ」

 おんなじだけ呑んでいる筈なのに、先生はケロリとしていた。

「し、仕方ねぇ。母ぁちゃん、例のヤツ、持ってきてくれ。……くっそう、悔しい」

 と言って、民宿のおじさんは、畳の上に倒れ伏してしまった。傍らには、これまで空けた一升瓶が数本転がっている。

「だ、だいじょぶですか?」

 わたしはビックリして、民宿のおじさんとおばさんを代わる代わる見ていた。すると、おばさんは、

「もう、しょうがないわねぇ。しっかし、うちの旦那を潰すなんて、お姐さん、酒豪だねぇ」

「ははは、家の実家は一家全員代々酒豪なもんでね。『秘蔵の一本』、お願いしますよ」

「しようがないわねぇ。ちょっと、待ってて下さいね。今出しますから」

 そう言って、おばさんは一旦奥に引っ込んだ。

「父ちゃんも、だらしないなぁ。ここは、俺が仇をとってやるぜ。お姐さん、未だまだいけますよねぇ」

「モチのロンよ。あんたが勝ったら、今夜一晩、朝まで良い事してあげるよ。その代わり、私が勝ったら、もう一本、とっときのを出してもらうよ。未だまだあるんだろう、滅多に無いお宝が」

 おじさんの息子さんらしい方の挑戦も、先生はあっさりと受けて立ってしまった。

「せ、先生、大丈夫なのですかぁ。先生は、もうそれだけ呑んでるのに、あっちはほとんどシラフですのよぉ。さすがに先生でも、倒れちゃいますわぁ」

 美久(みく)ちゃんが、心配そうに先生に訊いた。

「ええっ。だって『秘蔵の一本』が来るんだよ。やっぱ、タップリ堪能したいじゃないのよう」

「そ、そうですけれどぉ。でも、負けたら朝まで付き合うって……。え、エッチな事、されちゃいますわよぉ」

「へ? いいじゃん、別に。あんな色男と、朝まで良い事出来るんだよ。勝っても負けても、私に損は無いっしょ」

「い、いや、先生。教師が、生徒の前でそーゆう発言をするのは、教育上よろしくないかと……」

 わたしの方が先生に教育的指導をしていた。

「なぁにカマトトぶってんのよ。千夏っちゃんだって、彼氏出来たんだし、キスの一つくらいしてるでしょうに」

 それを聞いて、わたしの隣の大ちゃんが、いきなり「ブフォー」と口の中のものを噴き出した。顔は耳まで真っ赤になっていた。かく言うわたしも、頬が火照っているのが分かる。

「き、きき、キスなんて……、ま、未だまだ先の話ですよぉ」

 わたしは恥ずかしくなって、言い訳をした。大ちゃんも真っ赤になりながら、「うんうん」と言うように、首を何回も縦に振っていた。

「えっ! 部長達って、未だキスもしてないのですかぁ」

「そこは、年上の部長がリードしてあげないとぉ。折角、私があんなに泣いて諦めたのにぃ。それじゃぁ、大ちゃんが、かわいそうですわよぉ」

 久美(くみ)ちゃんが、そうわたしに意見した。チラッと横目で大ちゃんの方を眺めると、

「だ、大ちゃんは、わたしに……、もっと、アプローチとかぁ、してもらいたい? ふ、不満なんかが、ある、とか……」

「い、いや。ぼ、僕は、き、き、キスなんて、未だ、か、考えたことも、無いんだなぁー。千夏(ちなつ)先輩に、申し訳ないって、ゆーかぁ……」

 と、大ちゃんは、顔を真っ赤にして、ようようそう言った。

「かっぁ〜、やっぱ若いモン達は初心(うぶ)だねぇ。そのうち、先生が指導してあげるからね。教育的指導ってやつ。まっ、取り敢えずは、お兄さん。私と一杯いこうぜぃ」

「おっし、そう来なくっちゃ。俺は父ちゃんのようには行かないぜ。お姐さん、『朝まで良い事する』っての、忘れんなよぉ」

「よっしゃ! じゃぁ、一杯目、乾杯!」

「乾杯! グビグビグビ……、っぷはぁ、美味いっ」

 と言って、先生達は、早くも一杯目を飲み干したのである。さっきよりもピッチが早い。わたしは、呑み比べの行方が心配で堪らなくなってきていた。


 そして、二時間後。事態はわたしの予想通り(・・・・)の結果となった。

「だ、ダメだぁ。こ、降参。も、もう、勘弁してくれ」

 息子さんはそう言って、民宿のおじさんと同じように倒れ伏したのである。おじさんの方はと言うと……、今、トイレで吐いているところであった。

「ええぇー。もう終わりなのぉ。兄ちゃん、私と朝まで良い事しようよぉー」

 と、先生は、さも残念そうに言って、お兄さんを揺すっていた。

「や、や、止めて。そんなに揺らしたら、吐く。……うぇ、吐きそう!」

「あらあら、しようが無いわねぇ。しっかし、お姐さん、凄いねぇ。うちの旦那と息子を潰すなんて」

「いやいや、それ程でも。それより、お母さん、実はいけるんでしょう。チビチビでも良いから、付き合ってくれませんかぁ。相手がいないと、詰まんなくって」

「しょうがありませんねぇ。じゃぁ、洗い物が済んだら、ちょっとだけですよ。あら、ありがとう、お嬢さん達。手伝ってくれて、おばさん、とっても助かったよ」

「いえ、それ程でもありません。お夕食、とっても美味しかったです」

「ごちそうさまでした」

 と、わたし達は、夕食後の皿洗いを手伝いながら、そう応えた。

「やっぱり女の子は違うねぇ。うちの息子ったら、帰ったら父ちゃんと呑んだくれて、手伝いなんてしやしない。全くもう、しょうがない男達だよ。それに比べて、そっちの大っきぃ子は気が利くねぇ。重いモン持ってくれたり。あの男の子、嬢ちゃんの彼氏だってねぇ。ちゃんと首に縄付けて、手綱とっとかないとあかんよ」

 そう言われて、わたしは思わず、

「は、はい。ありがとうございます」

 と、応えたのだった。


 しばらくして、民宿のおばさんは、即興で作ったおツマミ(・・・・)を持って来て、先生の前に座った。

「やっぱり一人で呑むのは寂しいからねぇ。お母さん、どうぞ」

 と言って、藤岡先生は、おばさんにお酌をした。

「あらあら、ありがとうございます。じゃぁ、ちょっとだけね」

 と、おばさんはコップに注いでもらったお酒に、ちょっぴり口をつけた。

「すいませんねぇ。わざわざ、こんな酔っぱらいの相手をしてくれて」

 と、先生は応えて、自分のコップを一瞬にして空にした。

「さぁさ、先生。どうぞ」

 と、再びおばさんは先生にお酌をした。

「あ、ありあと、ごあいます」

 この段階で、少しロレツが回らなくなってきた。そろそろ、潮時かな? わたしは先生が暴れだす前に、どうやって大人しく寝かせつけるか。それだけを思案していた。

 と、そこへ、大ちゃんとしずるちゃんがやって来た。

「千夏、星が綺麗よ。ちょっと外に来てみて」

 と言って、わたしを誘った。

 わたしはおばさんの方を向いて少し心配そうな顔をしたが、それを察したおばさんは、ニッコリと微笑むと、わたしに行きなさいと手振りで示してくれた。


(この人は、酔っぱらいのあしらい方を心得ている)


 それで、わたしは安心した。

「うん、今行く」

 と言って、わたしはしずるちゃん達のところに行った。

「うわぁ、凄い星だねぇ」

「こんな夜空を見せられたら、銀河鉄道の夜を想像しちゃうわよね」

 と、しずるちゃんが言った。

「宮沢賢治っすね」

 舞衣(まい)ちゃんが応えた。

 大ちゃんは、少し恥ずかしそうに、わたしに寄り添っていた。

「ぼ、僕、千夏先輩と一緒に、合宿できて、ほんとーに嬉しいですぅー」

「そだね。わたしも嬉しいよ」

 いつの間にか、わたしは大ちゃんの手を握って、大きな星空を眺めていた。

「ら、来年も、こんな素敵な合宿が出来るかなぁー」

 と、大ちゃんが、か細い声でささやくように言った。

「何言ってんだよ、大ちゃん。合宿は未だ始まったばかりだよ。明日は、海に行こうね。いっぱい遊んで、いっぱい色んなとこ見学して、皆で楽しい思い出作ろうよ」

「そうでしたねぇー。合宿は未だ初日だったですよねぇー。ぼ、僕も千夏先輩と、楽しい思い出を作りたいですぅー」

 わたしは、たどたどしくではあったが、大ちゃんとそんな話をしていた。いつの間にか、他の皆は民宿に戻っていた。大ちゃんは、それに気づいていないかのように、わたしの手をぎゅっと握っていた。

「ふふふ」

 わたしは、思わずほくそ笑んでいた。

「ど、どうしたんですかぁー、千夏先輩? え? あれ? 他の皆は?」

「わたし達に気を使ってくれたみたい。もう少しだけ、皆に甘えよ。大ちゃん、ほら、天の川が凄いよ」

「は、はいー」

 と、大ちゃんは応えると、わたしと同じ星空を眺めていた。ごめんねしずるちゃん。ありがとね、舞衣ちゃん達。もう少ししたら、皆のところへ行くから。だから、今はちょっとだけ、甘えさせてね。もう少しだけ、二人っきりにさせてね。もう少しだけ……。


 そんな風にして、合宿の一日目は終わろうとしていた。




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