藤岡淑子(4)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。今回は、文芸部の合宿で熱海に来ている。
・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀で、長身でスタイルも申し分のない美少女。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。ショートボブで千夏以上に背が低く幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。その上、性格がオヤジ。
・里見大作:大ちゃん。千夏の彼氏。一人称は「僕」。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。千夏には頭が上がらない。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまった過去がある。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。どちらかというと、姉よりもホンの少し積極的、かな?
彼女達二人は、髪型をサイドテールにして違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。小さい頃からイジられてきたので、コスプレ写真の撮影も平気。
・藤岡淑子:国語教師で文芸部の顧問。喋らずにじっとしていさえすれば、超のつく美人。しずるの事情を知っている数少ない人物の一人。実はかなりの酒豪らしい。
商店街の食堂でお昼ご飯をすませた後、わたし達は熱海駅前のアーケードを散策していた。
「部長、さっきのお昼ご飯、美味しかったですわねぇ」
「そだね。海の幸がいっぱいって感じで。海鮮丼、美味しかったな。大ちゃんは、お腹、大丈夫? ちゃんと食べれた?」
すると、大ちゃんは、
「大丈夫なんだなぁー、千夏先輩。ちょうど、腹六分目くらいなんだなぁー」
と、応えた。あれで腹六分目なのかぁ。大ちゃんが食べた量を思い出して、わたしは、ちょっとビックリしていた。
「いやぁ、特に生ビールが美味かったねぇ。天ぷらによく合う。それに、刺し身も美味かったし。満足満足」
「藤岡先生。昼間っから、大ジョッキで二杯なんて、ピッチ早すぎですわぁ」
久美ちゃんが、先生をちょっと嗜めるように言った。
「先生、夕方の地酒が呑めなくなりますわよぉ」
美久ちゃんも、ちょっと釘を刺した。
「大丈夫だよぉ。別腹だから」
「先生、呑んべぇっすねぇ」
舞衣ちゃんでさえ、呆れていた。
一方、しずるちゃんはというと、ものすごく小さなノートパソコンで写真を確認していた。
「しずるちゃん、すんごく小さなパソコンだね。そんなのがあるんだ」
彼女はわたしを一瞥すると、
「ああ、これ。これ元々はスマホなのよ。KDDIの一番最初のスマートフォン。ちゃんとしたフルキーボードが付いてて、無線LANにもつながるから便利よ。まぁ、サポートはとっくに切れてるから、OSとかは改造してるけど。メモ帳とかスケジュール帳の他に、長文を編集できるエディタを入れてあるから、重い物を増やしたくない時は重宝してるわ」
「ふぅん。スマホを改造しちゃうなんて、しずるちゃん凄いや。わたし、機械音痴だから、さっぱり分かんないけど」
「あたしは、今どきのスマホのフリック入力が苦痛なのよ。時々は練習してみるんだけれど、今だに出来ないのよね。皆、よくあんな入力で、メールなんて打てるわよね。慣れの問題かしら?」
わたしの隣に立つ美少女は、そう言いながら、いつもはノートパソコンでやっているような作業を超小型の端末で行っていた。
(ふぅん、そなんだぁ。しずるちゃんの苦手な事、また一つ発見。まぁ、苦手なことについては、わたしの方が多いんだけどね)
わたしとしずるちゃんでそんなやり取りをしている間も、舞衣ちゃんや西条姉妹は、商店街を興味ありげに見物していた。
「やっぱり、干物を売ってる店が多いですわねぇ」
「生だと冷凍にするとかぁ、鮮度なんかの管理とかぁ、手間かかるからなのでしょうかぁ」
等と、姉妹で話が盛り上がっていた。
一方、舞衣ちゃんはと言うと、商店街のそこここをデジカメで撮影していた。
「舞衣ちゃん、写真、上手に撮れてる?」
「まぁ、あらかたは。これが文集での特集になりますからね。関係なさそうでも、念の為に撮るようにしてるっす。さっきの店の献立も、バッチリ撮っときやしたぜ」
「でかした、舞衣ちゃん。気が利くね」
「お、珍しく千夏部長に褒められたっす。なんか、嬉しいっすねぇ」
と、舞衣ちゃんは頭を掻きながら応えた。
「わたし、そんなに舞衣ちゃんの事、怒ってたっけ?」
「部長、もう忘れたんですかい。写真集の撮影では、何やかやでゴタゴタがありやしたからねぇ」
(そう言われると、そだったような……)
「そうっだったっけかなぁ。でも、舞衣ちゃんは、今回の合宿では写真担当でいっぱい頑張ってるから、いっぱい褒めちゃうぞ」
「いや、そんな風に言われると、ちょっと照れちゃいますぜ」
と、舞衣ちゃんは、頭を掻きかきして照れ笑いをしていた。やっぱり、褒めて伸ばす事も重要なんだね。
そうやって、わたし達は、のんべんだらりと商店街を散策していた。その時、わたしはしずるちゃんが、左手首の裏を見ているのに気がついた。
「あら、そろそろ民宿から迎えが来てる時間じゃないかしら。皆、一度、駅に戻ってみない」
彼女はそう言って、時間のことを告げた。
「えっ、もうそんな時間。じゃぁ、いっぺん駅に戻ろうよ」
『分かりました』
皆も、そろって返事をすると、わたし達は駅の方向に歩みを進めた。
駅に戻ると、マイクロバスやワゴン車がそこここに停まっていた。しずるちゃんは、予約した民宿の幟を持ってる人を見つけると、彼のところに駆け寄った。
「すいません、あたし達が今日からお世話になるK高の者です。待たせてしまって、申し訳ありません」
「ああ、あんたらがそうかい。わしも、さっき来たところだから、気にせんでええよ。お、何か凄い大きな子がおるなぁ。マイクロバスで来て正解だったわ。ワゴン車だと、ぜってぇ乗れんわな」
「お手間かけますぅー」
と、大ちゃんが済まなさそうに応えていた。
「男は、でっかい兄ちゃんが一人かい。それで、小部屋を余分に頼んだんだねぇ。生憎うちは一人用の小部屋って無かったんだが、兄ちゃんくらいデカけりゃ、反ってちょうどいいくらいの大きさだねぇ」
「すまんですぅー」
大ちゃんが、また頭を下げた。
「ええよ、ええよ。気になさらんで」
と、迎えに来た民宿の人が、フォローしてくれた。
「あっと、すいません。駅前の商店街を見てまわってたんで、大きな荷物はコインロッカーに預けてあるんです。すぐに取ってきますから、もう少し待っててもらって構いませんか?」
しずるちゃんが、さも済まなさそうに言ったので、民宿の人も、
「いいって事よ。ここで待っとりますんで」
と、言ってくれた。
「お手間かけます」
そう言って、わたし達は、コインロッカーに向かった。
戻ってきたわたし達は、マイクロバスに乗り込むと、おじさんの運転で民宿に向かった。
「兄ちゃん、凄くでかいなぁ。いっぱい食いそうやから、今日は奮発して夕飯作らんとならんなぁ」
「はは、済まんです」
大ちゃんが照れながら応えた。そこへ藤岡先生が、こんなことを訊いた。
「地酒とか、呑めますかぁ」
「あるよ、ポン酒も焼酎も良いのを揃えてるよ。……あれ、皆さん高校生じゃ無かったんだっけ?」
「クラブの合宿なんですよ。私は顧問の教諭です。今日は、引率で着いてきてるんですよ」
「そうかいそうかい。若くて綺麗なお姐さんだったから、学生さんかと思っちまったよ。そういや、そっちの眼鏡の美人さんも、引率かい?」
と、おじさんはしずるちゃんにも声をかけた。
「いえ、あたしも高校生です」
「そうなのかい。やけに色っぽい美人だったんで、おじさん、分かんなかったよ。ゴメンゴメン」
「いえ、気にしてませんので。それより、今日は大勢で押しかけてすいません」
「いいって事よ。可愛い女子高生が団体で来るなんて、久し振りだからね。おじさん嬉しいよ。そっちの先生は、『これ』けっこうイケる口なんでしょう。今日は、おじさんと飲み比べしないかい?」
おじさんはそう言って、片手で酒坏を飲み干す真似をした。
「そりゃぁ、勿論。ここでしか呑めないのをお願いしますね。あー、今から夜が楽しみだよぉ。やっぱ一人酒は寂しいからね。おじさん、今夜は飲み明かしましょうね」
先生は、自分が呑んべぇである事を、躊躇なく言ってのけた。
「ははは、これでもおじさんは強いよぉ。先に潰れちゃったら、襲っちまうかもよぉ」
「フフン、舐めてもらっちゃあ、いけないぜ。私だって、潰した男は数知れず。返り討ちにあわせるわよ」
「ははは、こりゃぁ、一本とられたかなぁ。……あ、もうすぐだよ。すぐ近くに海があるから、後で見てきなよ。ここ数日は晴れるそうだって。良かったねぇ、お嬢ちゃん達」
そうやって、和やかな雰囲気で送迎されているうちに、マイクロバスは目的地に着いたようだ。
「嬢ちゃんたち、お疲れ。着いたよ。……母ちゃん、今日のお客さんが着いたよう。部屋に案内してくれんかね」
すると、玄関から中年のおばさんが出てきた。
「皆さんいらっしゃい。女の子の団体さんなんて久し振りだから、おばさん、夕食は腕によりをかけて作っちゃうぞ。おわっ、なんか凄い大っきな児がいるねぇ。ちょっと多めに作った方がよさそうね」
『お世話になります』
と、わたし達は、声を揃えて言うと、お辞儀をした。
「今からお部屋に案内するわね。荷物を置いたら、温泉でも浴びてらっしゃい。今日も暑かったでしょう。汗かいてるんじゃない?」
「じゃぁ、お言葉に甘えて、先にお風呂もらいますね」
「どうぞどうぞ。ゆっくりしてってくんな」
と、こんな感じで、わたし達の合宿は始まったのだった。




