藤岡淑子(2)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一つ下の大ちゃんの彼氏。お茶を淹れる腕は一級品。
・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで千夏以外の他人には素っ気ない。長身でスタイルも申し分のない美少女で、成績も全国トップクラス。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部一年生。一人称は「あっし」。ショートボブで千夏以上に背が低く幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。その上、性格がオヤジ。
・里見大作:大ちゃん。千夏の彼氏。一人称は「僕」。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。実は、ムッツリかも知れない。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまった過去がある。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。失恋した姉をいたわってきた。
彼女達二人は、サイドテールの髪型で違いを出してはいるものの、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。小さい頃からイジられてきたので、コスプレ写真の撮影も平気。
・藤岡淑子:国語教師で文芸部の顧問。喋らずにじっとしていさえすれば、超のつく美人。しずるの事情を知っている数少ない人物の一人。実はかなりの酒豪らしい。
やっと八月が来た。
今日から、ドキドキ・ワクワクの合宿だ! 今年は熱海。熱海で合宿するのだ。海水浴場や温泉もあって、オマケに小説の聖地も巡れるという、マルチでお得感いっぱいの場所である。
わたしが、ウキウキしながら待ち合わせの駅前へ歩いていた時、後ろから声がかかった。
「千夏部長、おはようっす」
舞衣ちゃんと大ちゃん達だった。
「おはよう、大ちゃん、舞衣ちゃん」
「今日もいい天気っすねぇ。あっしらは、熱海って初めてなんすよ。楽しみっすね」
「僕も楽しみでーす」
そうやって、大ちゃん達と談笑しながら歩いていると、駅の方から中高生らしい男の子達がやってきていた。
「駅前にいた女の人、キレイだったっすね」
「何か長い髪がサラサラで、大人の女って感じだったっすね」
「あんな人がお姉さんだったら、嬉しいっす」
などの会話が聞き取れた。
わたしは、何となく、
(もしかして、しずるちゃんの事かなぁ)
と考えながら歩いていた。
駅前に着くと、案の定、しずるちゃんが木陰に立っているのが見えた。
「おはよう、しずるちゃん。待った?」
「いいえ。あたしも、ちょっと前に来たばかりだから」
「さっきすれ違った男の子達が、駅前にスゴイ美人がいるって噂してたっすよ。『大人っぽいキレイな人だ』って」
舞衣ちゃんが、さっきすれ違った男の子達が言っていた事を話した。
「だったら、それはきっと私の事ね」
木陰に立っていたもう一人の女性が応えた。顧問の藤岡先生だ。紺のタイトスカートにジャケットをまとい、黒い日傘をさしていた。先生の私服は、学校とは違う意味で大人っぽい雰囲気を醸し出していた。
一方のしずるちゃんは、半袖の白いブラウスにモスグリーンの薄地のロングスカート。前髪を後ろでまとめ、バレッタでとめていた。
『お早うございますぅ』
その時、後ろからハモった声が聞こえてきた。双子の西条姉妹である。
「何か、すれ違った男の子達が、『駅前に大人っぽい美人がいる』って噂していましたのですぅ」
久美ちゃんも、わたし達と同じような事を言った。
「あら、やっぱり、私の事かしら。今日は、ちょっとだけオシャレして来たからかしらね」
藤岡先生が、また同じことを言った。
「いいえ、違うと思うのですぅ。『サラサラの長い髪だった』って言ってましたからぁ」
美久ちゃんが、先生の言葉をアッサリと否定した。
「あっし達とすれ違った男の子も、『長い髪の女の人』って言ってましたよ。きっと、しずる先輩の事っすよ」
舞衣ちゃんも同じ事を言った。
「あ、あら、そう。じゃぁ、しずるちゃんの事ね。……折角、頑張っておめかししたのに。今どきの学生には、本当の大人の女の色香は分からないみたいねぇ」
藤岡先生は、ちょっと目の端っこをピクピクさせながらそう応えた。
「いや、単純にしずる先輩の方が美人だからっしょ」
ああ、舞衣ちゃん。それ、地雷だよ。
「シレッとして、人の気にしている事を言うのは、この口かぁ」
「あああぁ、ごめんなひゃひ〜」
案の定、舞衣ちゃんは藤岡先生を怒らせてしまった。ここは取り敢えず放って置いといて、まずは電車に乗らなけりゃ。
「まぁまぁ、藤岡先生もそのくらいにしといて、駅に入りましょうよ」
「あ、あら、そうだったわね。もうそろそろ電車の時間だわね。じゃ、皆、駅に入りましょうか」
『はーい』
わたし達は揃って答えると、先生に着いて駅に入った。
最終目的地は熱海。ローカル線から東海道本線に乗り継ぎ、更に新幹線のこだま号に乗り換えをした。
「千夏、あなたと大作くんとで、そっち側に座って。あたし達は、こっちの三人がけの座席を向かい合わせて使うから」
と、新幹線の自由席で、しずるちゃんに言われた。
「え? 何で? どして、一緒じゃないの?」
「大作くんが座ると、それだけで席が塞がっちゃうでしょう。指定席じゃないから、二人分取られる訳でもないし。でも、大作くんだけ一人ぼっちじゃ、可愛そうでしょう。千夏は部長なんだから、もう少し気を使いなさい」
しずるちゃんに言われて、わたしの顔は引きつっていたに違いない。
(うう。成り行きとはいえ、二人っきりで座席に座るなんて、していいのかなぁ。それに、『部長だから』ってのも、職権乱用みたいだし……)
「え、えと……。どしよっか。だ、大ちゃんは、それでい?」
わたしは、二メートルを超える巨漢に尋ねてみた。
「確かに僕が座ると、二人分以上になっちゃうんだなぁー。これじゃあ、しようがないんだなぁー」
と、彼も分かっているようだった。それで、わたし達は、二人がけの席を対面にすると、向かい合わせになって座った。ちょっと恥ずかしかったけど、わたしは、皆の気遣いに感謝していた。
「こだま号は各駅停車だけど、それでも在来線を乗り継いで行く事を考えると、よっぽど早いんだよねぇ」
と、藤岡先生が言っていた。
「先生は、熱海に行った事はあるのですかぁ?」
と、美久ちゃんが質問した。
「大学のゼミで行った時以来かなぁ。あん時は、けっこう呑んだよなぁ。まっ、今回はあんた達の手前、それはないけどね」
すると、今度は久美ちゃんが、
「そんなに気を使ってくれなくてもいいのですよぉ。先生は、ガッツリ呑んでくれても構いませんからぁ」
と、気を利かせていた。
「そう? 悪いわねぇ。うふふ、熱海の地酒かぁ。楽しみぃ」
それを聞いたわたしは、
「先生は、去年の合宿の時も、小田原で呑んで暴れたじゃないですかぁ。今回は、ほどほどにして下さいね」
「おっ、千夏っちゃんも、部長らしい事を言うようになったねぇ。私は、温泉で一杯やりたかったんだけどなぁ」
「今回は勘弁して下さい。大ちゃんも居るんですよ」
わたしは、部長らしく釘を刺しておいた。
こう見えても藤岡先生は酒豪で、ちょっとやそっとじゃ潰れないことは知っていた。でも、去年の惨状を知っていただけに、チョビット不安だった。ダイジョブかな。
しばらく、こだま号は各駅に停車しながら進んでいたが、やっとこさ、目的地の熱海駅に到着した。
「へぇ。熱海駅って、山ん中みたいなとこにあるんすねぇ」
「わぁ、海が見えるのですぅ。海だよ、海ぃ」
わたし達は、初めての熱海に興奮していた。
「あ、足湯が有るのですぅ。ほら、足湯ですぅ」
「あ、本当っすね。『家康の湯』かぁ。ちょっとだけ、入って行きましょうよ」
「ふうん、足湯ね。なるほど、そうね。何か、疲れがとれそうね」
「しずる先輩、こっちですぅ。こっちですのよぉ」
西条姉妹は、早くも温泉の足湯に夢中になっていた。わたしも今日はサンダルで来たから、入ってみよっかな。
その時、藤岡先生が、ちょっと複雑な顔をしているのが見て取れた。
(あ、ストッキングかぁ。今日の先生、足元はストッキングとパンプスなんだよね)
「あ、あのさぁ、明日も明後日もあるんだよ。だから、今日はちょっとだけにしとこうよ」
わたしは、先生の事を気遣って、そう提案した。
「え〜、いいじゃないっすか。ホンの十分くらいっすから」
しかし、舞衣ちゃん達が異議をとなえた。
「いいのよ、千夏っちゃん。下調べが甘かった私が悪いんだから。ちょっと先に浸かってて。私、お手洗いに行ってくるから。悪いけど、荷物見ててもらえないかしら」
と、藤岡先生はそう言うなり、駅の方へ戻って行った。
「あれぇ? 先生、どうしちゃったんすかぁ」
いち早くお湯に足を浸けていた舞衣ちゃんは、これでも未だ状況を分かっていないようだった。
「舞衣ちゃん、もうチョット女子力上げようよ。先生、今日ストッキング履いてたでしょう」
わたしが指摘すると、
「あれ、そうだったすか。まさか、トイレで泣いてたりはしないっすよね」
「藤岡先生って、あれで根に持つタイプだから、今後は気を付けるようにね」
残されたわたし達が、そんなやりとりをしていると、しばらくして先生が戻って来た。
「よ〜し、私も足湯浸かるぞぉ!」
「え? 先生、ストッキングは……」
「脱いできたっ。これで足湯浸かれるぞぉ。アッハハハハ」
「わぁ、先生が壊れたぁ」
「熱海だもの。温泉よ。温泉の足湯よ! 千夏っちゃんもおいでよ。皆で浸かろう、浸かろう」
嗚呼……。初っ端からこんな調子で、ダイジョブかなぁ。ちょっぴり不安なわたしだった。




