那智しずる(2)
◆登場人物◆
・岡本千夏:この春から高校二年生、文芸部部長。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一人称は「わたし」、しずるの事は「しずるちゃん」と呼ぶ。お茶を淹れる腕は一級品。
・那智しずる:千夏と同じ二年生で文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで他人には素っ気ない。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。女子としては長身でモデル体型の美少女。実は『清水なちる』というペンネームで小説を書いている。
・高橋美奈子:千夏の友達。テニス部のマネージャー。
・矢的武志:千夏達が合コンで出逢った他校の男子生徒。しずるの知り合いらしいのだが……
三学期が終わって春休みに入ったばかりのとある日の朝、わたし、岡本千夏は文芸部の新入部員──那智しずるを電話に呼び出していた。
「あ、しずるちゃん、今日時間空いてる?」
<まぁ、特に予定は入ってはいないけれど、何?>
「あのね、合コンに誘われてるんだけど、一緒に行かない」
<何で、あたしが合コンに行かないとならないのよ>
那智しずるは、相変わらずちょっと苛ついた声で返事をして来た。
「あのね、友だちが合コンをセッティングしてたんだけど、ソフトボール部の二人が試合で来れなくなったんだって。うちの学校のソフト部、弱いから今年も一回戦負けだって思ってたら、思いもよらず勝っちゃってさぁ。それで試合と被っちゃったんだってぇ」
<で、その穴埋めが、あたし達ってワケ>
「ご名答。さすが高校生プロ作家。呑み込みが早いねぇ」
<ふぅ。しようがないわね。行ったげるわよ。今、恋愛絡みの本書いてるから、取材に行くと思えばいいしね>
「そうそう。それでカッコイイ人がいたら、お持ち帰りされてもらうとかぁ」
<別にそんな事、思ってないわよ。千夏さん、男欲しいの?>
「う〜ん、どかな? 別に困ってはいないけど。彼氏いると、高校生活楽しくなるかも知れないじゃん」
<相変わらず、お気楽ねぇ。文芸部員の募集はどうしたのよ>
「あれぇ。それを言われると辛いんだけど。まぁ、穴埋めの交換条件として、部員を何とかしてもらう事になってるから、いんじゃないかなぁ」
<それを先に言いなさいよ。そういう事情なら仕方ないわね。それで、何時? 何処で?>
「えーとねぇ、午後一時に、駅前のファミレスで」
<十三時に駅前のファミレスね。分かったわ。それで、相手は誰が来るの>
「T高だって。五対五だよ」
<T高か……。県内一の進学校で有名ね。頭でっかちな男ばかりじゃないといいけど>
「うん。ごめんねぇしずるちゃん。強引に誘っちゃって」
<新入部員がかかってるんでしょう。適当に話し合わせるから。それから、あたしが『プロ作家』ってことは秘密だよ。分かってる>
「分かってる、分かってるよぉ。ネタになんかしないから」
<ちょっと、本当に分かってるんでしょうね。変な噂がたつと困るのよ、あたしは>
「大丈夫だよ。秘密は守るからさぁ」
<本当に大丈夫なんでしょうね。不安だわ>
「大丈夫だよぉ。じゃぁ、しずるちゃん、現地集合って事で」
<了解。千夏さん>
そう言って、彼女は電話を切った。
さぁて、合コンだって。なぁに着って行こうかなっと。迷っちゃうな。へへっ、何浮かれてるんだろう、わたし。好きな人が出来るって、どんな感じなのかな? あれぇ、何かドキドキしてきちゃった。わたしの恋愛、もしかして今日から始まるとかぁ。なぁ〜んてね。
ちょっと早いけど、今のうちにお昼食べとこう。それで歯磨きとかちゃんとして行こう。髪の毛はどうしよかな。いつもはお下げに縛ってるから、今日は下ろしてみよかな。可愛く見えるといいなぁ。
そうやって、わたしはルンルン気分で支度を始めたのだった。
わたしがファミレスの近くに来た時、那智しずるはファミレスのドアの前に立っていた。
「しずるちゃーん」
わたしは彼女に声を掛けると、ファミレスの入り口まで走って行った。
「あら、千夏さん、こんにちは。あたしも今来たところよ」
わたしは少し息を切らしていた。改めてしずるを眺めると、すごく大人っぽく見えた。白のブラウスに、浅葱色のロングスカート。上にはクリーム色のカーディガンを羽織っている。今日は背中まである長い黒髪を下ろして、前髪は左右に分けてピンで止めていた。何かいかにも文学少女って感じで、すごく綺麗だなぁって、思わず見惚れてしまった。
そのくせわたしは、チュニック丈のワンピースとデニムのパンツ姿だった。もうちょっとおしゃれしてきた方が良かったかなぁ。
「しずるちゃん、その服すごく似合ってるね。何か大人っぽく見える」
わたしが彼女の事を褒めたというのに、しずるはツンとした表情を崩さなかった。
「これでも見てくれは気にする方なのよ。編集部に行ったら、周りは皆大人だからね。子供だって思われて、甘く見られるのは嫌なのよ」
彼女は、少しばかり憮然とした態度でそう話した。
「ふぅん、そなんだ。作家さんって思った以上に厳しいんだね」
わたしは、彼女がどうしていつも頑なにして周りを寄せ付けないか、解ったような気がした。そうやって、じっとしずるのことを見ていると、
「千夏さんも可愛くて素敵よ」
と、彼女は、わたしの事を可愛いと言ってくれた。まぁ半分くらいお世辞かも知れないけど。それでも、わたしはちょっとだけ嬉しかった。
「しずるちゃん、中入ろう」
「そうね。入りましょう」
いつまでも店の入り口に立ってると、邪魔になっちゃう。わたしは、那智しずると一緒にファミレスに入った。
お店に入って中を見渡すと、奥の方の席で手を降っている女子がいた。わたしの親友の高橋美奈子ちゃんだ。わたしは、しずると一緒にその席へ向かった。
「遅かったじゃん、千夏」
「ええ、未だ一時きてないよぉ」
「折角の合コンなんだから、張り切って来なきゃ」
「そんなこと言われても、わたし達代打だし」
「何言ってんのよ、千夏。はい、ここ座って」
美奈子ちゃんに言われて、わたしは彼女の隣に座った。そのわたしの隣に、しずるが座った。彼女が座った時、男子側でどよめきが起こった。う〜ん、女のわたしが見ても美人さんだし、スタイルもいいもんね。今日は、しずるが全部持ってくかな?
わたしはそんな事を考えていたが、彼女が、ふと目の前の男子を眺めた時、「えっ」と言う顔をして突然叫んだ。
「あ、あなた、矢的武志じゃない! 何でこんなところにいるのよ」
そう言われた彼も、<ギョッ>とした顔で言い返した。
「そう言うお前は、那智しずる! お前こそ、何でこんなとこいるんだよ。お前、合コンなんか来る性格じゃないだろうが」
いきなりの事に、皆が注目することになってしまった。それを察してか、彼女は、件の男子を捕まえると、無理やり隅の方へ引っ張って行った。
「あんた、ちょっとこっち来て」
「何だよ、いきなり」
そして、二人は皆から離れた所で、何か口論していたようだった。わたしも皆も、二人の様子をそぉっと伺っていた。
しばらくすると、しずるは、ちょっと<ムッ>とした顔で戻って来た。その後から、矢的なにがしが、しかめっ面で着いて来ていた。
そして、二人は、席に戻ると何事もなかったようにすましていた。わたしはちょっと気になって、彼女に小声で聞いてみた。
{どうしたの、しずるちゃん。あの人、知り合い?}
すると、彼女も、小声でヒソヒソと応えてくれた。
{知り合いも何も、あたし達同期なのよ、小説大賞の。あたしが大賞で、あいつが銀賞。年下のあたしが自分より上の賞をとったものだから、顔合わすたびに絡んで来るのよ}
{ああ、それで}
わたしは、彼女の応えを聞いて、成る程と思った。
{変に話振らないでね。あたし達が『プロ作家』って事は、秘密にするよう話つけてきたから}
{了解}
しずるは、ちょっとお冠のようだった。
わたしとしずるの打ち合わせが終わった頃あいに、幹事役らしい男子が声を掛けた。
「そっちはもういいかな? 取り敢えず何か頼もうよ。で、頼んだ物が来る間に、自己紹介なんかしよう」
『はーい、賛成』
皆は同意した。
「おい、矢的、そこのボタン押して店員さん呼んでくれよ」
「うぃーす」
例の矢的なにがしは、テーブルの端っこの丸まっちいボタンを、不貞腐れたように押した。ピンポンと音が鳴ると、
「はーい、ただいま参ります」
と声がして、店員さんがやって来た。
「オーダーお願いしまーす。君たち、何頼んでもいいよ」
と、言われたので、わたし達は順番に欲しい物を頼んでいった。
「私、チョコレートパフェ」
「あたしは、抹茶とバニラのアイスお願いします」
「わたし、このクリームみつ豆ってやつ」
おっと、わたしの番だ。
「わたし、イチゴサンデー下さい」
次がしずるの番だ。
「レアチーズケーキのセット。紅茶をホットで」
さすがは那智しずる嬢。上品なオーダーだ。
で、次は男子の番である。
「オレ、カフェオレ下さい」
「僕はアメリカンで」
「俺は、バニラアイスのセット、ほうじ茶で」
「ボクは、アイスティーでお願いします」
でぇ、次は、例の矢的クンだな。
「オレ、カレーの大盛りとコーラで」
皆が、一瞬「えっ」と言う顔になった。
「バカ、矢的、何頼んでんだよ。流れってもんがあるだろう。空気読めよ」
「オレ、昼飯食って無いんだ。いいだろう、腹減ってんだから」
「だけどよう……」
「もうちょっと考えろや」
「なら、ラーメンだったらいいのか?」
「いや、そういう問題じゃなくて。……まぁ、こいつ変わってるから、ちょっと勘弁してやってくれ」
男子側がフォローしようとしていたが、ちょっと無理があるよね。しずるも、さも哀れな者を見るような目をしている。
「まぁ、取り敢えず、自己紹介でもしようよ。俺、T高三年、武田聡。バレー部でセッターやってます」
てな感じで自己紹介が始まった。ふむふむ、一番手が武田くんで、その次が佐藤くん。で、佐野くんがいて、吉田くんと。で、最後が例の矢的くんね。わたしは、男子の顔と名前を頭に刻んでいった。
次に、わたし達女子の番になった。
「私は、K高二年の浅葱志保です。テニス部やってます。まだ補欠だけど、レギュラー目指してます」
「あたしもテニス部です。岡村直子って言います」
「わたしは高橋美奈子。テニス部のマネージャーです」
で、次がわたしの番だ。
「わたし、岡本千夏です。文芸部の部長してます」
最後が、那智しずる。
「あたしは、那智しずる。同じく文芸部です」
そう言って、彼女は、ちょこっと頭を下げた。
肩にかかっていた黒髪が<ファサッ>と揺れて、落ち着いた色の店内の照明を散乱させた。髪の揺らめきに伴って、何かいい香りが漂ってきたような気がした。それは、わたしだけの事では無かったらしい。目の前に座っている男子達も、<ホウ>と見惚れてしまっていたからだ。
でも、それも一瞬のこと。幹事らしい彼は、すぐに我に返った。
「じ、じゃぁ、頼んだ物が来るまで、ちょっと話でもしようよ」
てな感じで、今回の合コンは始まった。
でもなぁ、那智しずるはいつもの如くツンケンしてるし、目の前の矢的くんは空気読めないし、一体どうなるんだろう、この合コン。
だいじょぶなのかな?