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ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
29/66

藤岡淑子(1)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一つ下の大ちゃんの彼氏。お茶を淹れる腕は一級品。無理やりながら写真のモデルを引き受けた。

・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで千夏以外の他人には素っ気ない。長身でスタイルも申し分のない美少女で、成績も全国トップクラス。撮影に難色を示していたが、結局はいいように踊らされている。

・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部一年生。一人称は「あっし」。ショートボブで千夏以上に背が低く幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。しずるの写真で大儲けしようと企んでいる。

・里見大作:大ちゃん。千夏の彼氏。一人称は「僕」。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。実は、ムッツリかも知れない。

・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまった。今は失恋から立ち直っている。

・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。失恋した姉をいたわっている。

   彼女達二人は、サイドテールの髪型で違いを出してはいるものの、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。小さい頃からイジられてきたので、コスプレ写真の撮影も平気。


・藤岡淑子:国語教師で文芸部の顧問。喋らずにじっとしていさえすれば、超のつく美人。しずるについて、中学校からの申し送り事項を受け取っている。しずるの事情を知っている数少ない人物の一人。




 日付は夏休みの一週間ほど前に遡る。


 期末試験を終えた今日の図書準備室には、文芸部のメンバー全員と、顧問の藤岡(ふじおか)先生が集まっていた。

「うん、千夏(ちな)っちゃんの淹れるお茶は、いつも美味しいね。やっぱ、ここに来るのは、私にとって至福の時間だわよ。そういや、写真部と合同で作る冊子ってのは、順調に進んでる?」

 藤岡先生は、お茶を飲みながらそう言った。

「大丈夫っす。この間、撮影のスケジュールを確認して、衣裳合わせもしたっすよ」

 と、舞衣(まい)ちゃんが威勢よく答えた。

「あたしは、布の少ない服ばかり着せられたんで、とっても嫌ですけれどね」

 しずるちゃんが、いつもよりも更に刺々しい声で不満を訴えていた。まぁ、基本、しずるちゃんの写真集だからなぁ。

「ふぅん。学園のアイドルも大変だねぇ」

 と、藤岡先生が言うと、学校一の美少女は、

「あたしは、アイドルなんか引き受けた覚えは全くありません。一体、誰が考えたんでしょうね。きっと、その辺の金の亡者(・・・・)でしょうけど」

 と、ツンケンしながら、ジロリと斜め向かいを睨んだ。それに対して舞衣ちゃんは、

「しずる先輩、そりゃぁ言いがかりっすよぉ。この話は、写真部の方から依頼が来たんすから」

 と、言い訳をしていた。

「さぁーて、どうだか」

 そんな舞衣ちゃんに、しずるちゃんはイラッとした様子を顕にしていた。

「しっかしねぇ、顧問の私を抜きにするなんて、酷い話だわね。これでも、未だまだ現役で通るつもりなんだけど。そう、『大人の女性の魅力』ってやつよ」

 冗談なのかどうなのか。藤岡先生も、黙っていれば本当に美人なんだけれどな。そんな先生に、

「いやぁ、先生の彼氏が嫌がるかと思ったんすよぉ」

 と、舞衣ちゃんがいけしゃあしゃあと応えた。しかし、まずいことに、これが藤岡先生の逆鱗に触れた。

「シレッとして、そんなイヤミを言うのは、この口かぁ」

 現在彼氏無しの先生は、舞衣ちゃんの口を両手で掴んで引っ張っていた。

「いひゃいれすぅ〜。ごめんなひゃいぃ」

 ふむ、これで舞衣ちゃんも少しは反省するだろう。


 そうして、しばらくお茶をしていたが、文芸部部長のわたしは、ふとある事を思い出して先生に尋ねた。

「あのう、藤岡先生。八月に入ったら、合宿をしようと思ってるんですけど。どこかお薦めの場所とかは、ないでしょうか?」

 先生は、ティーカップを置くと、ちょっと考えているようだった。

「合宿かぁ。去年は、どこ行ったんだっけ?」

「たしか、小田原辺りでしたよ」

 と、わたしは、去年の夏休みを思い出しながらそう答えた。

「そうだねぇ……、伊豆とか熱海とかはどうかな?」

 と、先生は提案してくれた。

「熱海ですかい。『お宮・貫一』っすね」

 と、いの一番に舞衣ちゃんが反応した。

「ふむん、『金色夜叉』ね。他にも、松本清張も熱海を舞台に書いていたわね。熱海なら、新幹線のこだま号が停まるのよね。温泉や海水浴場もあるわ。これが伊豆だと、下田にするか修善寺にするかとかで考えないといけないし。それに、道程もローカル線だから、思った以上に時間がかかるのよね。あたしは、どっちかと言えば、旅程の楽な熱海派かな」

 これは、しずるちゃんだ。さすが、プロ作家。よく勉強してるなぁ。

「熱海ですかぁ。海が近いのなら、いっぱい遊べますわねぇ」

「温泉ですかぁ。楽しみですぅ」

 これは双子の西条(さいじょう)姉妹である。

「遊んでばっかりじゃないんだよ。部の合宿なんだから。ちゃんと、小説の聖地を巡って、レポートするんだからね」

 わたしは部長らしく、ちょっと釘を刺した。それから、引率をお願いするために、先生に予定を尋ねた。

「えと、先生は、日程とか、都合の悪い日とかはありますか?」

 すると、藤岡先生は、少し頭を傾げて考えていた。

「そうだねぇ……。赤点取った連中の補習は、七月いっぱいで終わらせる予定だから……。取り敢えず、八月の初めなら、都合がいいかな。まぁ、お盆が過ぎるとクラゲが出てくるよね。行くんなら、やっぱり八月の初めだろうねぇ」


(クラゲか。それは嫌だな)


 そんな事をわたしが考えていた時、しずるちゃんは、ノートパソコンで何かの調べ物をしていた。

「今、ネットで熱海の宿を探してみたわ。民宿なら、未だ空いているところが有るわね。これがホテルの場合だと、さすがにこの時期じゃあ、ちょっと厳しいみたいだわ。部屋割りも、男子の一人部屋が必要になるから、そのことも考慮に入れておかないと。尤も、千夏と大作くんを相部屋にすると、一気に解決するんだけれど。千夏、どうかしら?」

 しずるちゃんからそれを聞いたわたしは、

「よ、夜中に大ちゃんと、ふ、二人っきりなんて……。こ、困るよ。お願いだから、それは勘弁して」

「んじゃぁ、あっしが大ちゃんと相部屋になりましょうか。なんせ、ちょっと前までは一緒にお風呂入ってましたし」

 そっか、そだった。舞衣ちゃんと大ちゃんは、幼馴染みだったんだ。でも、わたしは顔を真っ赤にして反対した。

「それは、ダメ。わたしが嫌なの! 大ちゃんがわたし以外の女の子と夜を過ごすなんて、我慢出来ないよ」

 と、反射的に応えてしまった。さすがに舞衣ちゃんもしずるちゃんも、少し呆れ顔になっている。

「千夏部長、我儘っすねぇ」

 すると、しずるちゃんはこう言った。

「まぁ、それはそうよね。えーっと、ちょっとグレードが下がるけど、海の近くに民宿が何軒かあるわね。人数的にも、大丈夫だと思うけれど。千夏、どうする?」

「あっ、私、民宿、泊まってみたいですぅ」

「私もぉ。民宿って、泊まったこと無いのですよぉ」

 文芸部の皆と海や温泉に行けるとあって、久美ちゃんと美久ちゃんは、乗りのりであった。


(民宿かぁ。どしよかな)


 わたしが考え込んでいると、しずるちゃんは追い打ちをかけてきた。

「千夏、温泉は混浴でいいわよね。大作くん、千夏に背中流してもらえるわよ」

 大ちゃんはそう言われると、ちょっと顔を赤くして、

「そ、そおゆーのも、温泉の、た、楽しみ方なんだなぁー」

 と照れていた。しかし、わたしは、

「そんなの無理! しずるちゃん、お願いだから混浴は勘弁して」

 と、否を唱えた。

「そう? いいと思ったんだけれど。千夏も、案外強情ね。仕方がないわ。じゃあ、もうちょっと絞り込もうか。民宿の場合は、当たり外れがあるのよね。まぁ、ちょっとした賭けね。尤も、インターネットにサイトを持っているくらいだから、そう酷くはないと思うけれど……。泊まった人達の感想なんかも調べてみましょうか」

 渋い顔をしながらも、しずるちゃんはパソコンのキーを再び叩き始めた。


(うー、しずるちゃんたら。さっきのは、からかってたんだよね。もしかして、本気? じゃないよね、きっと)


 わたしが下を向いてウダウダしているうちにも、合宿の相談は進んでいた。

「じゃあ、しずるちゃんに宿はお願いしよっか。学生共、外泊届けとか、ちゃんと出すんだぞ」

「分かりましたぁ、先生」

「それから、『金色夜叉』とかの熱海に関連のある作品を読んで、しっかり予習しておくこと。持ってない人は、図書室にも置いてあるから、借りて読んどけよ。夏休みの課題も、早めに済ませること。その他の細かいのは、千夏っちゃんに任せた。部長らしいところを見せるんだぞ」

 藤岡先生から、更に念押しが入った。

「は、はいっ。分かりました、先生」


 夏合宿かぁ。去年は先輩達と行ったけど、楽しかったなぁ。今度は、わたしが先頭に立って、皆にエンジョイしてもらわなくっちゃ。よーし、頑張るぞぉ。


 そうして、わたし達は、写真集の制作と並行して合宿の準備を始めた。




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