荒木努(4)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一つ下の大ちゃんの彼氏。お茶を淹れる腕は一級品。無理やりながら写真のモデルを引き受けた。
・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで千夏以外の他人には素っ気ない。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。背が高くスタイルも申し分ない美少女で、成績も全国トップクラス。今では校内のアイドル的存在。写真集の撮影に難色を示すが、全てが徒労に終わっている。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部一年生。一人称は「あっし」。ショートボブで千夏以上に背が低く幼児体型。どう見ても幼い少女に見えるが、本人はロリータ扱いされることを嫌がっている。変態ヲタク少女にして守銭奴。写真部を巻き込んで、しずるの写真集で大儲けしようと企んでいる。
・里見大作:大ちゃん。千夏の彼氏。一人称は「僕」。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。意外に手先が器用だったりする。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまった。今は失恋から立ち直っている。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。失恋した姉をいたわる言動をする。
彼女等は、サイドテールの髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は二人を見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。小さい頃からイジられてきたので、コスプレ写真の撮影も平気。
・荒木勉:三年生で写真部部長。文芸部の部員をモデルに、写真集を作る企画を進めている。実は舞衣以上の策士で、芸術のためなら悪魔にも魂を売りそうだ。撮影の腕は折り紙付きだが、後輩の育成のために、ディレクター的な役割を中心にしている。
・花澤彩和:写真部の副部長兼スタイリスト。荒木部長とは特別な関係のようであるが、詳細は不明。
遂にこの日がきた。きてしまった。今日は、水着での撮影をする日なのだ。
水泳部に頼み込んで、プールを貸してもらっての撮影だ。そして、ギャラリーも少なからず──いや大勢いた。多分、しずるちゃんのファンの人達に違いない。
わたしは、この前にデパートで買ってもらった水着を着せられるんだろうな。勢いで即決しちゃったけど、思ったよりも肌が露出しているので、着るのは恥ずかしかった。
(あああ、とうとうこの日が来てしまったよぅ。あんなのを着せられて、人前になんか出られないよぅ。ましてや、写真撮影なんて……。ど、どしよ)
そんな風に、わたしの頭の中はグルグルしていた。
「千夏は、まだ良いわよ。あたしなんか、布面積の少ないのばかりがよりすぐってあるのよ。しかも、何着も。その上、編上げの透けて見えそうなものまで。全くもう、いったい誰が決めたのかしら」
こんな感じで、メインのしずるちゃんは、いつもよりも際立って不機嫌そうにしていた。
「でもさぁ、折角大ちゃんが作ってくれたんだし。しずるちゃんは美人でスタイルも良いから、何を着ても似合うし。わたしから見ても羨ましいよ」
すると、しずるちゃんは、例のイラッとした感じでわたしを見ると、
「そりゃあそうよね。愛しの彼が丹精込めて作ったモノを、あたしが着るんだもんね。そりゃ羨ましかろう。だからさ、千夏。メインヒロインの役、代わってくれる?」
と、両手でわたしの肩を掴んで、そう言ったのだ。
「む、無理無理。絶対無理! わたし、しずるちゃんみたいにスタイル良くないし、肌だって髪の毛だって、そんなにキレイじゃないもん」
わたしは、真っ赤になって抵抗していた。
「まっ、そう言うと思ってたわよ。冗談よ、冗談。気にしないでね、千夏」
そう言って、しずるちゃんは顔をそむけた。けどね、しずるちゃん、目が本気だったよ。今回は──というか、今回も、しずるちゃんがメインなんだから。そう思うと、わたしには、少しばかり罪悪感が残った。
「それでは、皆さん準備に入って下さい」
「はーい、分かりました」
わたしは、そう返事をすると、皆と一緒に更衣室に行った。
まず最初に準備が出来たのは、舞衣ちゃんだった。
「出来ましたぜ。あっしが一番ですかい」
舞衣ちゃんが、威勢よく飛び出して行った。だがしかし……。
「うーん、ちょっとボディーバランスに違和感あるなぁ。花澤さん、確認してみて」
写真部の副部長兼スタイリストの花澤さんは、すぐさま舞衣ちゃんに後ろから近づくと、彼女の胸を鷲掴みにしていた。
「ひゃう。何するっすか!」
あの舞衣ちゃんが、悲鳴をあげている。
「やっぱり、盛ってるわね。部長ぉ、パッド入ってまーす」
「やっぱりね。おかしいとは思っていたんだ。高橋さん、NGです。花澤さん、ちょっと着いて行って、直してあげて」
「了解です」
「何でNGなんすか。ちょっとくらい盛ってたって、いいじゃないっすか」
あの舞衣ちゃんが、涙目で抗議をしている。しかし、それは宜無く却下された。
「違和感があるんですよ。折角ちっちゃくて可愛らしいんだから、直しに行きましょうね」
極上の笑顔で言われたものの、
「あっしは、ロリータじゃないっす」
と、彼女は抵抗をしていた。しかし、写真部の花澤さんは、嫌がる舞衣ちゃんを無理やり更衣室に引っ張って行った。
舞衣ちゃんが『化粧直し』をしている間に、西条姉妹の準備が出来たようだ。
「私達が一番ですかぁ?」
「そうでーす。準備、いいですかぁ。じゃあ、西条さん達から、撮影に入りまぁーす」
久美ちゃんと美久ちゃんは、同じ形のモノキニだったが、久美ちゃんが白、美久ちゃんが黒。二人で並ぶと、コントラストがきいてて見栄えがする。
「カメラ、用意して。ホワイトバランスと露出オーバーに気をつけて。あと、偏光フィルター、忘れないで」
「オーケイです」
「レフ、光集めて。それじゃぁ、少しリハしてから、本番に入りまーす」
今回も荒木部長の指示で、撮影が進んで行く。久美ちゃん達は、手を繋いだり、プールサイドに横たわったり、色々とポーズを要求された。そんなことも、本人たちが言うように慣れているのか、そつなくこなしていった。
しばらく二人の撮影が行われていた時、ギャラリーから「おおー」と歓声が湧き上がった。しずるちゃんが、更衣室から出てきたのである。一回目は、薄いブルーのワンピースだったが、背中の部分が大きく出ている上に、ハイレグであった。頭は、三つ編みを後頭部で丸くまとめてある。太陽の加減かも知れなかったが、少し頬が赤く染まっているように見える。やっぱり、しずるちゃんも恥ずかしいんだろな。
「オーケイです。西条さん達、一旦、休憩に入って下さい。次、那智さん、お願い出来ますか?」
「分かりました」
しずるちゃんはそう言うと、少し赤い顔をして前へ進み出た。すると、ギャラリーから声援が湧いた。
「しずる先輩」
「那智さーん」
「素敵です、先輩」
男子だけじゃなく、女子にも人気が高いのが、しずるちゃんの凄いところだ。
しずるちゃんは、ふとギャラリーの方を向くと、片手を上げてニッコリと手を振った。
「きゃー、しずる先輩が、私に手を振ってくれたわ」
「あれは、俺に手を振ってくれたんだ」
「しずる先輩、頑張ってぇ」
と、再びギャラリーからの声援が大きくなった。やはり、凄い人気である。
あまりのギャラリーの反応に、わたしは、その場に出ていくのが恥ずかしくって、更衣室のドアの隙間から、そぉーっと眺めていることしか出来なかった。
「それじゃぁ、撮影に入ります。那智さん、眼鏡外して下さい」
「え? あ、はい」
荒木さんに言われて、しずるちゃんは丸渕の眼鏡を外すと、近くのスタッフに手渡した。
「那智さん、目つき悪いです。もう少し、笑顔、下さーい」
そう言われて、しずるちゃんは、どうにかこうにか笑顔を作っていた。
「オーケイです。カメラもっと寄れる? 那智さん、目線下さい」
彼女は、言われるままに従っていたのだが、どうも動きがぎこちない。視力は悪いって言ってたから、よく見えてないのかな?
「那智さん、今度は水際まで行って、プールサイドに腰掛けて下さい」
そう言われたしずるちゃんは、プールの側まで歩みを進めたが、どうも足下がフラフラしている。わたしがそう思っていたら、案の定足を滑らせてプールに落っこちそうになった。それを助けたのは、近くにいた写真部のスタッフであった。
「あ、ありがとう」
と、しずるちゃんがお礼を言ったのだが、彼の手が自分の胸に当たっているのが分かると、急に離れて、恥ずかしそうに両手で胸を隠していた。
だが、それを見たギャラリーの反応は、もっと激しかった。
「おい、お前。ドサクサに紛れて、しずる先輩に触ったな」
「さいってー」
「変態、色魔」
「しずる先輩から離れろ」
興奮したギャラリーは、暴動でも起こしそうな勢いであった。
その騒ぎを見たしずるちゃんは、彼らを睨んで一喝したのだ。
「黙りなさい! この方は、あたしを助けてくれたんです。そんな言い方は、よして下さい」
しずるちゃんの一言で、ギャラリーは、一瞬にしておさまってしまった。
それからは、順調に撮影が進んだものの、スタッフもギャラリーの方も、ちょっと険悪なムードが漂っていた。
「オーケイです。お疲れです、那智さん。一旦、休憩に入って下さい。データ、ちゃんとバックアップ取った? オーケイ。じゃあ次、岡本さん、準備出来てますか?」
(あああああ。遂に来てしまった。わたしの番だ。ど、どど、どしよ)
「岡本さん? 大丈夫ですか?」
「え? あ、だ、だいじょぶです」
「じゃぁ、お願いしまーす」
そう言われて、恥ずかしながら、わたくし、岡本千夏も現場に向かった。
どうせなら、わたしも可愛く撮ってもらおう。だいじょぶ、かな? ちょっとだけ、心配しながらの撮影であった。




