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ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
22/66

西条美久(5)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。彼氏は一つ下の大ちゃん。コーヒーやお茶を淹れる腕は、一級品。

・那智しずる:文芸部所属。人嫌いで千夏以外の他人には素っ気ないが、後輩からは「しずる先輩」と尊敬されている。背が高く、スタイルも申し分ない美少女。その上、成績も常に学年トップクラス。実は「清水なちる」のペンネームで活躍している新進気鋭の小説家。過去に遭った『何か』の所為で、不眠症などの持病をかかえている。

・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまう。一時は退部も考えたが、今は千夏と仲直りしている。小冊子に掲載するための文章をつくるのに難儀をしている。

・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。失恋した姉をいたわる言動をするが、掲載作品の執筆でそれどころではない状況。


 本番の撮影日まで、後一週間となった。そんなある日の放課後、久美(くみ)ちゃんと美久(みく)ちゃんの双子の姉妹は、図書準備室で原稿用紙に向かって格闘していた。大ちゃんと舞衣(まい)ちゃんは、写真部に衣装の打ち合わせに行っていた。それで、部室の図書準備室には、わたしとしずるちゃん、それから西条(さいじょう)姉妹の四人だけだった。


「美久ぅ、詩を書くって、スンゴイ難しいんだねぇ。知らなかったですぅ。そっちは、どうですかぁ?」

「久美ぃ、私達双子なんですよぉ。あんたが簡単に出来ないことが、私にスラスラ出来るとか、無いでしょぅ」

 二人は、しずるちゃんや私も、詩やエッセイを載せる事になったので、自分達も書きたいと言ったのである。


「ああぁぁぁ、誰ですかぁ。詩なんか書こうって言い出したのってぇ」

「久美ですわよぉ」

「でも、私達双子でしょぅ。美久も、書きたいって思ってたのでしょぅ」

「え? ええーっとぉ。いや、まぁ、思ってはいましたがぁー」

「で、でわぁ……、共同責任って事でぇ……、部長に謝りに行きませんかぁ?」

「な、なにをですのぉ、久美?」

「詩を書くのは勘弁して下さいってぇ」

 それを聞いた美久ちゃんは、久美ちゃんを睨みつけると、

「今更そんな事、言える訳ないですぅ。もう、ページのコマ割りとかぁ、決まってますのよぉ。それを、今更「書けません」なんて、言えませんわぁ」

 とうとう久美ちゃんは、机に突っ伏してしまった。

「ああぁぁぁぁ、短い文章なのでぇ、書けると思ったのですぅ。それが、こんなに難しいなんて、思いもよりませんでしたぁ」

 それを見ていた美久ちゃんは、

「しずる先輩なんか、エッセイを含めて、十編以上も書いてますのよぉ。千夏(ちなつ)部長だって、割り当て三本もあるのに、もう二本も書き終わちゃったらしいですしぃ」

「あー、パソコンですぅ。せめて、パソコンさえあったならぁ、きっと出来るに違いありませんわぁ」

「本当にそう思ってますかぁ、久美ぃ。部長に言って、部のパソコンを使わせて貰えばよいのでわぁ?」

「ご、ごめんなさいですぅ。書けませんわぁ」

「ん、もーーーう、久美ったらぁ」

 久美ちゃんは、呆れたように立ち上がった美久ちゃんを、テーブルから見上げると、

「じゃぁ、美久は、どうなんですかぁ?」

 と、妹の進行状況を訊いた。

「私は、半分くらいは、出来ましてよぉ」

 それを聞いて、久美ちゃんは、

「嘘だぁ。美久はぁ、そんなキャラじゃないよぉ」

 と、なんとか反撃しようとしていた。でも、美久ちゃんは、不敵な笑みを浮かべていた。

「ふっふっふ、経験値の違いなのですわよぉ。ゲームだって、そうでしょお。同じ個体でも、経験が違うと、能力に差が出てくるのですぅ」

「嘘、嘘。嘘だぁ。赤ちゃんの頃から、経験なんて大して違わないではありませんかぁ」

「チッチッチ、甘いですねぇ、久美はぁ。私、文芸部に入ってからぁ、中原中也とか与謝野晶子とか、こっそりと読んでいたのですよぉ」


 そんな二人のやりとりを見ていて、わたし、文芸部部長の岡本(おかもと)千夏(ちなつ)は、ちょこっと危機感を感じていた。

「まぁまぁ、二人共。詩って言っても、短い文章でいいんだよ。もうちょっと、リラックスして考えようよ」

「部長は良いですよぉ。文才に恵まれていますものぉ。私は、全然ダメですぅ。部長、何とかなりませんかぁ」

 そう訊かれて、わたしは少し首を傾げると、

「う〜ん、それなら、むしろ舞衣ちゃんと交渉した方がいいと思うよ」

 と、応えた。すると、久美ちゃんは、

「あ、そっかぁ。今度の企画は、舞衣ちゃんが仕切ってたのですわぁ」

 と、久美ちゃんは言ったものの、わたしは念のために付け加えておいた。

「でも、その分、撮影する写真の方を増やされるだろうけどね。多分、エッチっぽいのを」

「ああぁぁ、そうでしたわぁ。舞衣ちゃんの性格ならぁ、きっとそうなっちゃうよぉ」


 机の端で、ピーピー騒いでる西条姉妹をよそに、わたしは、今もパソコンに向かっているしずるちゃんに問い掛けた。

「しずるちゃん。しずるちゃんの担当した分は、もう書いちゃったぁ?」

 すると、彼女はいつものキリッとした眼差しで、わたしを見上げると、

「ご心配なく。もう、ほとんど完成しているわ。今は、校正の途中よ」

 と、素っ気なく応えた。そして、すぐにノートパソコンの画面に視線を移すと、再び高速度でタイプを始めた。

「ふえぇ、凄いなぁ。わたしは、もう一本書かなけりゃ。しずるちゃん、何か文章の書き方のコツ(・・)って無いかなぁ? 西条さん達、思った以上に難航してるみたいで。あれじゃ、〆切までに間に合わないかも」

 わたしが心配そうにしていると、

「聞こえてたわよ。こないだ、あたしの持病(・・)のこと、教えたわよね。……はぁ、少し、あたしが話してみようか」

 と言って、一旦、操作を休止させた。画面が切り替わる時、彼女は左手で眼鏡にかかっていた前髪をサラッと横に流した。その動作はあまりにも自然であるにも関わらず、何故か注目せざるを得ない艶っぽさを持っていた。そんな彼女の姿に見とれながらも、

「お願い。面倒掛けて、ごめんね」

 と、わたしは、しずるちゃんに手を合わせて頼んだ。そうしていなければ、しずるちゃんに見惚れたまま声は出なかったろう。

「大したことじゃないわ。作家にとって、〆切は生命線。一度でも落としたら、これ(・・)になるんだからね」

 と、優雅に立ち上がった美少女は、左手で首を掻き切るようなしぐさをした。

 それを認めて、わたしは思わず「ゴクリ」と生唾を呑んだ。そんなわたしを見て、背の高い彼女は「ふう」と溜め息を吐くと、そのまま久美ちゃん達の方へ歩いていった。それを追うように、背中で一本に編み込まれた三編みがゆらゆらと揺れている。その様子で、わたしの意識は、またも桃源郷の境界に連れて行かれそうになっていた。

「どうしたの? 難航している?」

 ハッと気がつくと、しずるちゃんは久美ちゃんの側に立っていた。

「あっ、しずる先輩。そうなんですのよぉ。何か、『これだ』って言う言葉が浮かんで来ないのですぅ」

「それなら、メモを持って、二人で中庭の散策でもしてらっしゃい。中庭の木々や草なんかを見て、何か思いついたのなら、メモに書き取るの。簡単な文でいいのよ。もしくは、単語でも。まずは、心の中に中庭の自然の雰囲気を取り込んでみたらどうかしら」

 アドバイスというには、あまりにもありそうな言葉だった。

「そんなんで、書けるようになるのですかぁ?」

 久美ちゃんは、半分涙目でしずるちゃんを見上げていた。

「あたしも、書く時に困ったら、公園散歩したり、海を見に行ったりして、心を落ち着けて自然に任せるのよ。そうするうちに、何かの拍子に言葉が浮かんでくるのよね」

「しずる先輩でも、書けない時って、あるんですかぁ?」

「そうよ。あたしなんかも、しょっちゅう行き詰まってるわ。もしかしたら、久美さんや美久さんは、違う方法の方がいいかも知れないけど。取り敢えずは、これはあたしがやってる方法。原稿用紙を睨んでても、出来ない時はどうやっても出来ないわ。一緒にでも、バラバラでもいいから、少し頭を休ませてあげなさい」

 そう言って、しずるちゃんは、二人を部室から送り出した。


「二人共、大丈夫かなぁ」

 わたしは、ちょっと不安気に、しずるちゃんに訊いた。

「大丈夫よ、千夏。少し気の短いところがあるけれど、心の開き方が分かったら、良いモノを書けるわよ」

 そう言う美少女は、部室の窓際から中庭を見下ろしていた。

「本当、しずるちゃん。わたしも、最後の一本がなかなか書けなくってさ。今日の帰りに、公園でもよってみよかな」

 スランプからの脱出方法を聞いて、わたしもそんな事を口にしていた。

「良いかも知れないわね、千夏。まぁ、書けない時は、何をやっても書けないものよ。そういう時は、原稿用紙やパソコンを睨んでるより、自然の中に浸りに行った方が良いのよ。ある種の……、そうね、脳のリフレッシュね。まぁ、かく言うあたしも、〆切待ちの原稿が残ってるんだけどね」

 苦笑いをしながらそう言うしずるちゃんは、ちょっと顔色が悪かった。

 わたしは、しずるちゃんの持病の事を思い出して、

「大丈夫? 無理してない? 辛かったら、ソファーをベッドにするよ。遠慮しないで言ってね。耳栓とか、アイマスクもあるからさ」

「ありがとう、千夏。大丈夫よ。ちゃんと睡眠はとれてるから。でも、うちの編集者、切羽詰まったらホテルなんかに閉じ込めてでも、強引に書かせるからねぇ。それを思い出したら、ちょっとクラっとしただけ。千夏、ありがとうね」

 彼女の言葉は、プロの世界の厳しさを率直に伝えていた。わたしは、ブルッと小振るいすると、

「た、確かに、ホテルに缶詰は嫌だねぇ」

 と、同意した。

「しずるちゃんも大変なんだなぁ。文芸部みたいな他ごとに巻き込んじゃって、ごめんねぇ。たかが高校の部活なんだからさぁ、執筆のお仕事で辛かったら、休んだり、辞めちゃってもいいんだからね」

 わたしは、しずるちゃんを気遣ったつもりだった。でも、それを聞いたしずるちゃんは、例のキッとした眼差しをわたしに向けると、

「そんな事、する訳無いでしょ。だって、ここに来なかったら、千夏の美味しいお茶やお菓子が食べられなくなっちゃうじゃない。あたしにとっては、そっちの方が深刻だわ」

 と、言ってくれたのである。

 それを聞いて、一瞬だけキョトンとしたわたしだったが、すぐに気を取り直すと、

「それじゃぁ、わたしも頑張って、美味しいお茶を淹れますかぁ。今日は、ダージリンでい?」

 と言って、腕まくりをした。

「勿論よ。やっぱり紅茶はダージリンよね。あっ、そうそう。あたし、一口ドーナッツ持ってきてたんだった。お茶とお菓子で、あたしたちもリフレッシュしましょう」

 それで、わたしは、部屋の隅に向かうと、いつものようにお茶の準備を始めたのだった。


 その間、しずるちゃんは、中庭を歩いている久美ちゃんと美久ちゃんを眺めているようだった。その横顔には、今までに見たことのないような、微笑みが宿っているように見えた。


──彼女、千夏っちゃんに誘ってもらえて本当に感謝してたよ


 わたしは一瞬、この前の藤岡先生の言葉を思い出していた。


(もっと、しずるちゃんを助けてあげられるような事が、出来ないかなぁ)


 と、その時のわたしは、ぼんやりと考えていた。




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