西条美久（３）
◆登場人物◆
・岡本千夏：高校二年生、文芸部部長。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一つ下の大ちゃんとつきあっている。
・那智しずる：文芸部所属。人嫌いで千夏以外の他人には素っ気ないが、後輩からは「しずる先輩」と尊敬されている。背が高くスタイルも申し分ない美少女で、成績も常に学年トップクラス。
・高橋舞衣：舞衣ちゃん。文芸部一年生。ショートボブで千夏以上に背が低く幼児体型。一人称は「あっし」。変態ヲタク少女にして守銭奴。写真部を巻き込んで、しずるの写真集を作って大儲けしようと企んでいる。
・里見大作：大ちゃん。千夏の彼氏。二メートルを超す巨漢。見た目に似合わない、のほほんとした話し方ののんびり屋さん。
・西条久美：久美ちゃん。一年生、双子の姉。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまう。
・西条美久：美久ちゃん。一年生、双子の妹。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。失恋した姉をいたわる言動をする。
・荒木勉：三年生で写真部部長。文芸部の部員をモデルに、写真集を作る企画を進めている。舞衣並の策士らしく、底が知れない。
・花澤彩和：写真部の副部長兼スタイリスト。
わたし達は、写真部と共同で『小冊子』を発行する計画を進めていた。今日は、掲載する写真を撮影する時の衣装選びをしに商店街に来ていた。普通の衣装の材料は、商店街のお店で概ね決まったので、今度は水着を選ぶために、商店街に隣接するデパートに移動していた。
デパートの水着売り場には、予想以上に各種の水着が揃っていた。もうすぐ夏休みだから、それを当て込んでの事だろう。
「ほら、久美、久美。いっぱいあるよ。どんどん試着して、似合うのを見つけましょうよぉ」
「ちょ、ちょっと待ってよ美久。水着は逃げたりしないんですからぁ」
双子の西条姉妹は、妙に張り切っていた。付き添ってきたわたしも、水着売り場に足を向けた。
「うわぁ、たくさん種類があるね。しずるちゃんだったら、どれでも似合いそう」
わたしが、そこここに吊るしてある水着に目を見張っていると、しずるちゃんは、
「千夏、あなた、いつからそっち側になったのよ。あたし、千夏だけは最後まで味方でいてくれると信じていたのに」
と言って顔を覆ってしまった。
「何言ってんだよ、しずるちゃん。しずるちゃんが、こんな程度でヘコまない事ぐらい、わたし分かってるよ」
そんな事を言われて、しずるちゃんは、泣き真似をやめて顔を上げた。
「はぁ、見破られてたか。でも、千夏だけは最後まであたしを守ってくれるって、本当に信じてるからね」
いつもの＜キッ＞とした鋭い眼差しを取り戻したしずるちゃんは、念を押すように、わたしにそう言った。しかし、そうは言われたものの、どうせ自分は端っこに立って見学するだけだろうとたかをくくっていたわたしは、ちょっぴりしずるちゃんには罪悪感を持っていた。
一方、女性物の水着売り場で、大ちゃんだけがちょっとバツの悪そうな顔をしていた。やっぱり、慣れてないと男子には酷な場所だよね。
「大ちゃん、ここに居るのが恥ずかしかったら、どっか別の落ち着けるとこで待っててくれていいよ」
わたしは、大ちゃんを気遣ってそう言った。でも彼は、
「ありがとうなんだなぁー、部長。でもここに居ると、部長が水着を試着するのが見られるんだなぁー」
と、顔を赤らめながら返事をした。若干、鼻の下が間延びしているように見える。
「え？ へ？ わたしの水着姿って、何？ わたし、水着なんて着る予定は無かったよね」
「でも、リストには載ってますよぉー」
危機感の全く感じられない声だったが、わたしは突然降って湧いた話に驚いていた。
「えぇ！ ちょっ、何それ。わたしにも、そのリスト見せて」
と、強引に大ちゃんから奪い取ったリストには、わたしの水着シーンの事が書かれてあった。
「な、何これ！ わたしも水着で撮影するの？」
真っ赤になって叫ぶわたしに、舞衣ちゃんが言った。
「当然すよ。あっしも水着シーンありますし」
一見すると小中学生に見られかねない舞衣ちゃんは、難しい顔をして、水着を選んでいるところだった。
「いや、わたし、そんなの聞いて無いから」
しかし、今更そう言っても、舞衣ちゃんには通用しないだろう。あのしずるちゃんでさえ、抵抗できなかったんだから。結局の所、わたしも嵌められてしまったのだ。迂闊だった。服の生地選びが終わって安心していたのが敗因だ。
わたしは、また、頭がクラクラしてきた。
「千夏には、こういうのが似合うと思うの」
と、しずるちゃんが見せてくれたのは、白のハイレグだった。背中も大きく開いている。
「しずるちゃん、わたし、そんな大胆なの恥ずかしくって着れないよお」
「大丈夫よ、千夏。ハイレグだから足も長く見えるし。千夏だってプロポーションいいんだから、これを機会に冒険してみたら。大作くんも、そう思うわよね」
「ういっす」
大ちゃんは、しずるちゃんの持っている水着とわたしを見比べながら、そう応えた。
「ほらほら、さっさと試着室行く。千夏だって、ちゃんとした物を選んで着れば、可愛いんだから」
「ああ、ちょっと待って、しずるちゃん」
こうしてわたしは、半ば強引に水着を試着することになってしまった。嗚呼、ドウシヨウ。
一応、試着はしてみたものの、わたしは恥ずかしくって、試着室から出られずにいた。
（こんな肌がいっぱい出るような水着なんて、ハズカシイよお）
「千夏、もう着替えた？」
しずるちゃんだ。彼女は試着室のカーテンを少し開けると、中を覗き込んできた。
「なんだ、千夏。もう着替え終わってるじゃない。ほら、出てきて皆に見てもらいましょう」
「ええぇ、だって恥ずかしいし」
「大丈夫よ。千夏は、自分が思ってる以上に可愛いんだから」
しずるちゃんはそう言うと、わたしを試着室から、強引に引っ張り出した。
「おお、部長。よく似合ってるっすよ。部長って想像以上に可愛かったんすね」
わたしは、大胆な水着を着せられていっぱいいっぱいだったので、顔が真っ赤だった。
「思った通り、部長の水着姿は、すっごくキレイなんだなぁー」
大ちゃんは、そんなわたしをうっとりとした眼で見下ろしていた。
「そ、そかな……」
大ちゃんには好評だけど、わたしは何だかもっと恥ずかしくなった。
「千夏、他にも試着してみる？」
「あ、えっとぉ……。あっ、そうそう。なんか、これ、気にいっちゃったかな。わたし、これに決めちゃって、いいでしょ」
わたしは、『着せ替え人形』にされるの恐れて、勢いで自分の分をさっさと決めてしまった。
一方の西条姉妹はというと、別の試着室にいた。
「久美、久美ぃ、どうかなぁ。白と黒がある方、二人で撮ってもらうと、コントラストが出てきっと可愛いわよぉ」
美久ちゃんは、積極的に派手で際どいデザインの物を選ぶと、姉に着せようとしていた。
「ふむん。そうだね、西条さん達は、その方が映えるんじゃないかな」
傍らで、写真部の荒木部長も薦めてくれていた。
その頃、しずるちゃんは、写真部の花澤さんに捕らえられていた。
「那智さんは、背が高いし、プロポーションもいいから、色んな水着で試しましょうね」
写真部のスタイリストでもある彼女は、強引にことを進めつつあった。
「ちょっと待って下さい。何であたしだけ、何着も着ないといけないんですか」
花澤さんの言葉に、しずるちゃんは慌てて否を唱えた。
「だって、那智さんは、学園のアイドルだから」
「いつからあたしは、アイドルになったんですか？」
「いいじゃないですか。読者サービスってことで」
花澤さんは、手近にかかっていた二着の水着を手に取ると、しずるちゃんを試着室に放りこんだ。
そして出てきた時、彼女は水色のワンピースに包まれていた。
「やっぱり、よく似合ってますわ。部長もそう思いますよね」
「うん、そうだね。あ、そうだ。ついでに黒の水着も選んでくれるかな。那智さんは肌が白いから、黒も似合うと思うんだな」
と、写真部の荒木部長は、舞衣ちゃん以上にしずるちゃんを着せ替え人形にしていた。
「では、これなんて、どうでしょう」
花澤さんが手にしていたのは、黒のマイクロビキニだった。
「ビキニは勘弁して下さい」
しずるちゃんは、かなり長い間抵抗してたが、結局は着てしまう事になったようだ。
再び表れた美少女は、申し訳程度の布を張り付かせただけの、あられもない格好をしていた。
「荒木さん、さすがにこれは恥ずかしいんですが。どうしても、これじゃなくてはいけませんか？」
「勿論。僕はね、いわば全校生徒の男子の代表のつもりなんだよ。うん、いいよ、那智さん。これこそ、皆が望んでいる那智さんの姿だよ」
荒木部長は、そうやってシレッと話題をスルーしていた。やはり写真部侮りがたし。
そうして、しずるちゃんやわたしの抵抗を物ともせずに、デパートでの水着選びが終わった。
舞衣ちゃんも、自分の分の水着を買ってもらって、ホクホク顔だった。
「荒木さん、衣装代やアクセなんかは、経費で落ちますよね」
「そこは大丈夫。水着以外は手作りだし。ああ、今から撮影の本番が待ち遠しいよ」
金の亡者となった二人は、目を合わすと、双方ともニヤリと笑みを浮かべたのだった。
