西条美久（２）
◆登場人物◆
・岡本千夏：高校二年生、文芸部部長。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一つ下の大ちゃんとつきあっている。
・那智しずる：文芸部所属。人嫌いで千夏以外の他人には素っ気ないが、後輩からは「しずる先輩」と尊敬されている。背が高くスタイルも申し分ない美少女で、成績も常に学年トップ。今では校内のアイドル的存在。
・高橋舞衣：舞衣ちゃん。文芸部一年生。ショートボブで千夏以上に背が低く幼児体型。一人称は「あっし」。変態ヲタク少女にして守銭奴。写真部を巻き込んで、しずるの写真集を作って大儲けしようと企んでいる。
・里見大作：大ちゃん。千夏の彼氏。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さんだが、メイド服を自作したり、双子の西条姉妹を見分けたり、素手でクマを倒したりと、色々な特技を持つ。
・西条久美：久美ちゃん。一年生、双子の姉。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。大ちゃんに告白したが振られてしまう。
・西条美久：美久ちゃん。一年生、双子の妹。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。失恋した姉をいたわる言動をする。
彼女等は、サイドテールの髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は二人を見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。
・荒木勉：三年生で写真部部長。文芸部の部員をモデルに、写真集を作る企画を進めている。
・花澤彩和：写真部の副部長兼スタイリスト。
美久ちゃんは、商店街に入ってからも、妙に積極的だった。
「ここが、僕の行きつけの手芸屋さんなんだなぁー」
と、大ちゃんがいつものおっとりした口調で、お店を紹介してくれた。
「そうなんですかぁ。結構大きいお店ですねぇ。ほら、早く。久美もいらっしゃいよぉ」
と、美久ちゃんは久美ちゃんの手を引くと、真っ先にお店に入って行った。
続いて、わたし達文芸部員と、写真部の面々がお店に入る。
「うわぁ。結構色んな素材が置いてあるんだね」
初めてこんな所に来たわたしは、びっくりしていた。
「こっちの方には、コスプレ用の衣装や小物も置いてあるんすよ」
と、舞衣ちゃんは、ヲタクパワー全開で、ウキウキしながら説明してくれた。
「あたしは、コスプレなんかは絶対にしないわよ」
しずるちゃんは、いつも以上に苛ついた調子で答えていた。
「荒木さん、しずる先輩には、バニーガールとかも似合うと思うっすよ。どうっすかね」
「うーん、バニーガールか。良い考えだね。よし、採用」
「ちょっと待って。あたしは、コスプレなんてしないって言ったでしょ」
切実に訴えるしずるちゃんを無視して、舞衣ちゃんと写真部の荒木部長の間で、どんどん話がまとまっていた。
とうとう、しずるちゃんは頭を抱えてしまった。
「ああ、あたしを無視して、どんどん衣装が決まっていくぅ」
いやあ、モデルさんも大変だね。マネージャーとか必要なんじゃないかな。って、舞衣ちゃんがマネージャーか……。これは、災難だな。
わたしが他人事だと安心していると、舞衣ちゃんがどこからか迷彩服の生地を持って表れた。
「この布で戦闘服を作って、Ｍ１６モデルガンなんかを構えたら、カッコイイと思うんすが。荒木さんはどう思うっすか？」
「なるほど、迷彩服か。トップは黒のタンクトップにして、おヘソを出すような感じにしようよ。岡本さんや高橋さんも、きっとよく似合うと思うよ。それから里見くんにはバズーカ砲か、パンツァーファウストを抱えてもらおう。それで三人で撮る、ってのはどうかな」
「荒木部長、モデルガンなんかは、写真部や演劇部の小道具担当が持っているはずですよ。特に里見くんは上背があるから、重火器を持つとカッコイイと思います」
と、写真部副部長の花澤さんも、メモを取りながら意見を出していた。
「そうだね。来週になったら、速攻で演劇部に聞いてみよう」
荒木さんは、ノリノリの状態であった。
──自分の知らないところで、どんどん話が決まってゆく
しずるちゃんの言った言葉が、わたしの心の中で反芻されていた。わたし、一体どんな服を着せられるのだろう。
「久美、久美、ちょっと来なさいな。この生地なんて素敵じゃない。ちょっと合わせてみてよぉ」
美久ちゃんが、久美ちゃんに話しかけていた。
「ええっ。自分で鏡を見たら？」
久美ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに辞退しようとした。それを美久ちゃんは、
「どうせ同じ顔なんだから、久美で見ちゃえば、鏡で見るよりもよく分かるんだよぉ」
そう言って、美久ちゃんは久美ちゃんに生地を合わせていた。
「わぁ、思った通りだわぁ。良く似合ってるよぉ、久美」
「そ、そうかなぁ？」
「何ショボンとしてるのよ。元気出してよぉ」
「う、うん」
そんな西条姉妹のやり取りをよそに、あっちでは舞衣ちゃんと大ちゃんが、フリルの柄を見ていた。
「あ、大ちゃん、肩貸して欲しいっす。あのフリルをもっと見てみたいっす」
と、舞衣ちゃんが大ちゃんに頼んだ。そこへ、わたしはストップをかけた。
「待ってよ、舞衣ちゃん。大ちゃんの肩は、この前からわたしの指定席なんだからね。ダメだよ」
それを聞いた舞衣ちゃんは、
「うっひゃー、そうだったっすね。う〜ん、あっしも、背が高くてカッコイイ彼氏が欲しくなってきたっす」
そんな舞衣ちゃんに、写真部の荒木部長が声をかけた。
「僕なんかどうだい。背もそこそこあるし、自分で言うのもなんだが、イケメンだと思うよ」
それを聞いた舞衣ちゃんは、腕を組んで考え込むと、こう言った。
「そおっすねえ。じゃあ取り敢えず、あっしの彼氏候補に書き込んでおくっすよ」
そんなやり取りの中に、しずるちゃんが、
「あんた達の関係って、彼氏・彼女じゃなくって、業者とお得意さんでしょう」
と、言葉を投げつけた。
「あはははは、さすがは那智さん。痛いとこを突いてくるねえ」
「ところで荒木さん。衣装代なんかは、経費で落ちるっすよね」
「勿論だとも。今回は３００部刷るとして、一部２５００円で売るから、……粗利はこれくらいかな。これを文芸部と僕達写真部で分けると、……こんなもんかな」
荒木さんは、電卓を取り出すと、ぶつぶつと言いながら計算をし始めた。
「いやぁ、文芸部としては、モデル料をいただかないと。あと、詩やエッセイの著作権も、こっちにあるっす。だから、利益配分は、こうでなけりゃ」
「いや、それは文芸部の取りすぎだろう。この辺の数字でどうだい」
「いや、ここはこれくらいで」
「それじゃ、まだ写真部が厳しいよ。こんなところでどうかな」
と、舞衣ちゃんと荒木さんは、利益配分についてやりあっていた。
（どっちも相当のやり手だな。文芸部の副部長やら会計は、今のところ全部しずるちゃんにやってもらってるけど、会計は舞衣ちゃんに任せた方が確実かな。その方が、しずるちゃんの負担も減るだろうし）
何てことを、わたしは二人のやり取りを見ながら思っていた。
その時、美久ちゃんが、わたしに声をかけてきた。
「部長、部長。この生地なんか、私達に似合いそうなんですけれどぉ。どう思いますぅ」
彼女はそう言うと、久美ちゃんと一緒に合わせた生地を見せてくれた。
「うわぁ、綺麗だね。きっと似合うと思うよ」
「でしょう、でしょう」
「うーん、西条さん達か。そうだね、コントラストのある色を使ってカップリングすると、映えると思いますよ。ちょっと、デジタル加工をしたら良いかもですね。例えば、鏡に映っているように見せるとか。きっと、綺麗に仕上がると思いますよ」
これは、スタイリストも兼任している花澤さんの意見だ。
「そうねぇ。そういうのもやってみたいなぁ。久美はどう思う？」
「う、うん。素敵かも知れないわねぇ。やっちゃおう、かなぁ」
「そうそう、やろうよ久美ぃ」
と、双子の妹は、姉を元気づけるようにしていた。
そんな中、しずるちゃんは、大ちゃん・舞衣ちゃんや荒木さんと一緒に毛糸を見ていた。
「この熱い時期に、毛糸で何を編むんですか？」
しずるちゃんは、いつものクールな態度を崩すことなく、さも嫌そうに言った。
「編み上げの水着を作るんだよ。糸と糸の網目から肌が見えそうで見えないのが、セクシーなんだよ」
荒木さんの提案に、当然ながらしずるちゃんは抵抗した。
「嫌です。あたし、そんな恥ずかしい水着なんて着れません！」
「大丈夫だいじょうぶ。水には入らないし、ニプレスつけたり、裏にパッドつけさせるから。間違っても、透けて見えないようにするから」
と、荒木さんは、自信満々でしずるちゃんに説明していた。
「ですけど。……恥ずかしいじゃありませんか」
「グラビアアイドルとしては、色々な事に挑戦しなくちゃね」
それを聞いたしずるちゃんは、憤慨していた。
「いつから、あたしはグラビアモデルになったんですかっ」
と、声を荒げている。
「いいじゃないか。君は、もう学園のアイドルなんだからね」
「あたしは、ごく普通の文芸部員ですっ」
「まぁ、そんなつれない事を言うもんじゃないよ。こおゆうことも、学生時代のいい思い出になるんだから」
「あたしは、卒業写真があれば充分ですっ」
しずるちゃんは激しく抵抗したものの、モノの見事に却下となった。
「さぁ、今度はデパートで水着を見よう」
写真部部長の荒木さんは、レジで会計を終わらすと、意気揚々と商店街を抜けてデパートに向かったのだった。
