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ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
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里見大作(4)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一人称は「わたし」、部員を「〇〇ちゃん」と呼ぶ。後輩からは「部長」と呼ばれている。お茶を淹れる腕は一級品。

・那智しずる:千夏の同級生、文芸部の智将。一人称は「あたし」。人嫌いで千夏以外の他人には素っ気ない。部の後輩からは「しずる先輩」と呼ばれる。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマーク。背の高い美少女で、校内のアイドル的存在。内緒だが、来年に医学部を受験する彼氏が居る。実は『清水なちる』というペンネームのプロ小説家。

・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部の一年生。ショートボブで千夏以上に背が低く幼児体型。一人称は「あっし」。あらゆる方面の作品を読み漁る変態ヲタク少女にして守銭奴。しずるの写真集を作って大儲けしようと企んでいる。

・里見大作:大ちゃん。舞衣の幼馴染。一人称は『僕』。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。手先が器用でメイド服も自作してしまう。千夏のことが好き。怒るとヒグマをすら素手で殴り殺すほどの豪腕を持つ。

 暑い夏が始まった。体育にも水泳が入ってくるようになった。


 今日も暑いなぁと思いながら、学校への道を歩いていると、目の前に見覚えのある背中が見えた。見間違いようがない。あの巨体は大ちゃんだ。左肩には、ちょっこりと舞衣(まい)ちゃんが座っていた。


(ああゆーのも良いなぁ……)


 と漠然と見ていると、急に背中を<バシ>っと叩かれて、わたしは我に返った。

「おはよう、千夏(ちなつ)。どうしたの、ぼぉっとして」

 しずるちゃんだ。今日は、腰まである髪をアップにまとめて、目立たない色のバレッタで止めてある。そっか、今日プールだったよな。わたしも、今日は髪の毛は結っていなかった。

「あっ、しずるちゃん、おはよ」

 わたしは、ちょっと慌てて返事をした。そんなわたしの様子に、彼女は少し考えるようにすると、得心したように、

「……あっ、なるほど。あれね」

 と、言った。

「べ、別に、大ちゃん達の事を見てた訳じゃないよ」

 思わずそう応えたわたしに、しずるちゃんは、

「あたし、まだ何にも言ってないんだけどなぁ」

 と、少しニヤニヤした顔で言った。これだから、頭の回転の早い人は苦手だ。


(しずるちゃんのイジワル)


 わたしは<ムス>っとして、こう言い返した。

「しずるちゃんは良いよ。スタイル良いし。顔立ちも整ってるし。髪の毛は長くてサラサラでキレイだし。勉強だって、いっつも学年トップだし。背だって高くて、モデルさんみたいだし」

 少しひねた言葉に対して、意外にもこんな応答があった。

「良い事ばかりじゃ無いわよ。あたし、友達、千夏しかいないし。男の子だって、向こうが気後れして近寄って来ないし。いつの間にか、舞衣さんのおもちゃ(・・・・)になってるし。たぁいへんったら、ありゃしない」

 ふぅん、しずるちゃんもしずるちゃんで大変なんだぁ。わたしが、不思議そうに彼女を見上げていると、

「千夏、髪伸びたわね。もうロングだね」

「うん。何となく美容院とか行きそびれちゃった」

「でも、それも似合ってるわよ」

「あ、ありがとう」

 でも、しずるちゃんみたいな美人に言われても、実感無いよなぁ。

「しずるちゃんも、髪伸ばしてるよね。もう腰まであるよ」

 すると、学校一の美少女は、ちょっと頬を染めた。そして、

「あいつが……、髪長い方が、気に入ってるみたいだから……」

 と、斜め上を眺めながら答えたのだ。

「『あいつ』って、例の矢的(やまと)君? 結局、付き合ってるんだ」

「付き合ってるって言うのかなぁ。あいつも受験勉強で忙しそうだし」

 しずるちゃんは、そう言って溜息を吐いた。

「週末に図書館で一緒にいるのが、付き合ってるって言うんだったらね」

「地味めのデートだと思えば?」

 わたしが、そう言うと、

「千夏は前向きね」

 と、言われた。


(わたしって、前向きなのかなぁ)


 未だに大ちゃんの事で悩んでる自分が、本当に前向きなのかどうか、ちょっと合点がいかなかった。

「あっ、そう言えば、千夏。大作(だいさく)くんのあの話(・・・)って、本当らしいわよ」

「あの話って?」

「クマを殴り殺したってやつ」

 ああ、そう言えばそんな事言ってたよなぁ。あの時はびっくりしたよ。

「図書館でネタ探しに古い新聞を検索してたら、出てきたの。一昨年の八月に、『北海道で手負いのクマを素手で殴り殺した中学生がいた』って書いてあったわ。大作くんて、凄いのね。決して彼を怒らせるような事は、しないことね」

「えっ、本当だったんだ。大ちゃん、凄い」

「まぁ、さすがのあたしも、これをネタに「何か書こう」という気はしなかったけどね。だから千夏、いざという時にはお願いね。今、大作くんを制御出来るのは、千夏だけみたいだから」


(ええっ、そんなこと言われても困っちゃうな)


 とか思いながら、わたし達は校門へ向かっていた。



 その日の放課後、わたしは図書室で本を物色していた。

 わたしが本棚の間をウロウロしていたら、タタタと駆け回ってる女子がいた。あれ? 舞衣ちゃん?

「おっ、部長、何かお仕事ですかい」

「うん。ちょっと司書の先生に頼まれてね。大ちゃんは一緒じゃないの?」

「ああ、そうっす。……もうそろそろ、大ちゃんもあっしを卒業する頃合いだと思いましてね。後は頼んだっすよ、部長」

 と、一方的に言うと、またタタタと駆けて行った。卒業とか、後は頼んだって何だろ?


 しばらく本棚の間をウロウロしていたわたしは、やっと目的の場所を見つけた。でも、そこは高くて、わたしの身長では届かない。こういう時、ちびっ子は損だなぁ。わたしが爪先立ちで、本棚と格闘していたら、急にフワッと身体が宙に浮いた。

「ひ、ひゃ」

 わたしは思わず、そんな妙な声をあげてしまった。

「部長、これで届きますよー」

 と、おっとりとした声が後ろから聞こえた。大ちゃんだ。

 わたしは大ちゃんに抱え上げられて、彼の左肩に座っていた。今朝の舞衣ちゃんを思い出すような格好だった。

「だ、大ちゃん。いつ来たの? び、びっくりしちゃったよ。舞衣ちゃんは?」

「何だか、用事があるそーですよー」

「そ、そお……」

 な、何か恥ずかしいな。ここって、舞衣ちゃん専用の座席じゃなかったのかな。

 わたしは、この前の事もあって、何か意識してた。自分でも、顔が赤くなってるのが分かった。

「ねぇ、大ちゃん。ここって、舞衣ちゃんの特等席じゃなかったの?」

 ドギマギして、そう訊くと、

「別に、そういう訳じゃ無いんだなぁー」

 と、大ちゃんが応えた。そして、彼の耳が赤いのも分かった。

 わたし、今ドキドキしてる。以前にしずるちゃんが言ってた事を、わたしは思い出していた。

「部長が嫌なら、降ろしてもいいんだなぁー。その代わり、梯子を取ってくるんだなー」

 と、大ちゃんが、小声で呟くように言った。

「わ、わたしは、だいじょぶ。助かったよ、大ちゃん」

 わたしはそう言って、目的の本を、持っていた本と入れ替えていた。


(あっ、今日、プールがあったんだ。わたし、今、塩素臭くないかなぁ。もっとシャワー浴びてれば良かったよー)


 今更嘆いてもしょうがないことで、わたしの頭の中はグルグルしていた。

「も、もう用は済んだよ。だから、降ろしてもらって、だいじょぶだから。ね、大ちゃん」

 わたしがそう言うと、また<フワッ>という感覚が来て、その後、足が床についたのが分かった。でも、わたしは未だ、自分が<フワフワ>と宙を彷徨っているような感覚を持っていた。

「何か舞衣ちゃんが、「部長が困ってるから」って言われて来たんだなぁー」

 頭の上から、大ちゃんの声が降ってきた。

「あ、そ、そなんだ。あ、ありがとね、大ちゃん。助かったよ」

 自分でも、そう言ってる声が上ずっているのが分かった。何だか恥ずかしくて、大ちゃんの顔を見れずに、わたしは俯いたままであった。



 取り替えた本を司書の先生に渡した後、わたしは大ちゃんと二人で図書準備室に戻った。まだ、腰の辺りに大ちゃんの肩の感触が残っているように思えた。


(男の子って、あんなにゴツゴツしてて、力強いんだぁ。それに凄く高かったなぁ)


 わたしは、何故かすぐ横の大ちゃんを見ることが出来なかった。



 準備室では、どういう訳か、しずるちゃんと舞衣ちゃんが将棋をさしていた。

「ほら、これで王手飛車取り。もうそろそろ降参したら」

「しずる先輩、なかなかお強いっすねぇ」

「知略戦略は、お手の物よ」

『舞衣ちゃん、頑張ってぇ』

 双子ちゃん達は、劣勢の舞衣ちゃんを応援していた。

「あ、千夏も大作くんもお帰り。その様子じゃ、上手くいったようね」

 しずるちゃんがわたし達を見て、よく分からない事を言った。

「本当に、しずる先輩の言った通りになったっす。これで大ちゃんも、あっしから無事卒業出来たっすね」

「ね、そうでしょう。文芸部の智将を甘く見ないでほしいわね」

 何それ? 訳分かんないよぉ。

「今日は、大福を買ってきたから、卒業祝いをしましょうよ。もう、お湯を沸かしてあるのよ。お茶も、あたしが淹れるわね。まぁ、緑茶だけどね」

 何だか、まだ訳が分からない。わたしは、皆に言われるままに大ちゃんと並んで座った。


──ドキドキが未だ止まらない。


 そんなわたしを見て、しずるちゃんと舞衣ちゃんがニヤニヤしているのが分かった。


 わたしは、今朝思ったことを思い出していた。


(だから頭の回転の早い人は苦手だ)

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