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ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
13/66

里見大作(3)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一人称は「わたし」、部員を「〇〇ちゃん」と呼ぶ。後輩からは「部長」もしくは「千夏部長」と呼ばれている。お茶を淹れる腕は一級品。

・那智しずる:千夏の同級生、文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで千夏以外の他人には素っ気ない。部の後輩からは「しずる先輩」と呼ばれる。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマークの背の高い美少女で、校内のアイドル的存在。実は『清水なちる』というペンネームのプロ小説家。

・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部の一年生。ショートボブで千夏以上に背が低く幼児体型。一人称は「あっし」。あらゆる方面の作品を読み漁る変態ヲタク少女にして守銭奴。しずるの写真集を作って大儲けしようと企んでいる。

・里見大作:大ちゃん。舞衣の幼馴染。一人称は『僕』。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さん。手先が器用でメイド服も自作してしまう。千夏のことが好き。怒ると怖いらしい。

・西条久美:久美ちゃん。一年生。おっとりした喋り方の双子の姉。一人称は「私」。

・西条美久:美久ちゃん。一年生。おっとりした喋り方の双子の妹。一人称は「私」。

      サイドテールの髪型で違いを出しているが、ほとんどの人は二人を見分けられない。

 ある日の放課後、わたし達──文芸部員は、町で一番大きな本屋に来ていた。


 今年最初の『読書会』用の本を、決めるためだ。『読書会』とは、部の全員が同じ本を読んで感想などを討論する会である。これまで文芸部の活動として、年間に五~六回くらい行ってきた。わたしは、部長として、せめて去年くらいの頻度で『読書会』をしようと決意していた。


「おっとぉ、あの上の方に、面白そうな本が並んでるっす。(だい)ちゃん、ちょっと手伝って欲しいっす」

「うい〜す」

 舞衣(まい)ちゃんに言われて、大ちゃんが本棚の前で屈んだ。その大ちゃんの肩の上に、飛び上がるように舞衣ちゃんが乗ると、大ちゃんがムックリと立ち上がった。舞衣ちゃんは、彼の肩の上で立ち上がると、本棚の一番高いところを物色し始めた。

「ま、舞衣ちゃん、そんな高いところ危ないし、スカートの中見えちゃうよ」

「大丈夫っすよ、部長。ちゃんとパンツ履いてますから」

「あ、えっと、いや。……そうじゃなくってね、パンツ見られちゃうよ」

「別に、平気っすけど。脱がされる訳でもないし。……あっ、これ面白そうっすよ、部長。『くノ一忍法帳・邪淫館篇』ってやつ」

 わたしは、舞衣ちゃん達と話していて、頭がクラクラしていくのが分かった。何で『読書会』で、時代劇のエロ小説を読まんとあかんのだ? そこへ、久美(くみ)ちゃん・美久(みく)ちゃんの双子姉妹が駆け寄ってきた。

「部長って、何座ですかぁ?」

 と言う二人の手には、『マジカル☆星占い』なるものが握られていた。

「私達、双子座なんですよぉ。双子だけにぃ。って、なんちゃってぇ」

 あ、ネタなのか。ちょっと笑えないけど。

「いや、星占いをしに来たわけじゃないから。ええーっとぉ、もうちょっと文芸部っぽい物はないかなぁと」

 はぁ、これが現代の女子高生なのかねぇ。と言っても、歳が一個違うだけなんだけど……。

 そんなこんなで、わたしが変に頭を悩ませている時、しずるちゃんが声を掛けてきた。

千夏(ちなつ)、これなんかどう? 志賀(しが)直哉(なおや)の短篇集。この中に『剃刀』って話があるんだけど。千夏は知ってる?」

 彼女は、小さな文庫本を手に持っていた。『小僧の神様』かぁ。

「えっとね、一回だけ読んだことあるよ。最後の方の緊迫感がピリピリしてて、最後にどうなるかが、すっごく気になるんだよね」

 わたしは、自分の頭の中の引き出しを確認すると、彼女のいう短編がヒットした。

「そうね。ラストへの持って行き方がよく出来てるわね。それに字数もそう多い訳でもないから、一回目にはちょうど良いと思うんだけれど。千夏、どうかしら?」

 わたしは、ちょっと頭をひねると、こう応えた。

「文庫本だし、そんなに高い訳じゃないから、いいかもね。久美ちゃんと美久ちゃんはどう思う?」

 わたしは、まだ星占いの本を手にしている西条姉妹に尋ねた。しずるちゃんが近づいて、持っていた文庫本を手渡す。彼女達は、そのページをパラパラと開いていた。

「私達は、読んだことありませんけどぉ。ええとぉ……散髪屋さんで、ヒゲを剃るときの話なんですねぇ」

「ページ数も少な目だしぃ。先輩達のお薦めなら、ちょっと頑張って読んでみましょうかぁ」

『それに、面白そうですしぃ』

 おっと、ハモった。双子、すげぇ。

 わたし達が『剃刀』について話していると、舞衣ちゃんも、大ちゃんの肩から飛び降りて、話に加わった。

「あっしも、それ持ってるっす。でも、随分前に読んだだけだから、今読み返すのもいいっすね」

「僕もそれ、持ってるんだなー」

 おっとぉ、舞衣ちゃんも持っているんだ。確かに、入部の時に色んな本を読んでるって言ってたよな。

「じゃぁ、持ってないのは双子ちゃん達だけか。ちょうど二冊並んでるから、買っとく?」

 図書室に並んでいるかも知れないし、二人で共有してもいいのだが、その時のわたしは、何故かそう提案していた。

「そうですわねぇ」

「あんまり高くないからぁ、買っときましょうかぁ」

「ええ、買っておきましょぅ」

 二人共、特に異論もなく、文庫本を手に持っていた。

「よし、決まったね。じゃぁ、一回目の『読書会』は、志賀直哉の『剃刀』にしましょう。来週の月曜日に討論会するから、それまでに読んどくようにね」

『分かりました』

 元気な声が、たくさん返ってきた。さて、今年の『読書会』、どなるかな? わたしも、時には部長っぽい事しないとね。

 双子ちゃん達は、それぞれに志賀直哉の短篇集を持つと、レジに向かって行った。



 双子ちゃん達が本を購入した後、わたし達は、「一旦外でお茶でもしようか」と言う事になった。それで、わたしは舞衣ちゃん達にも声をかけた。

「『読書会』の本が決まったから、ちょっとお茶でもして帰ろうかと思うんだけど、舞衣ちゃんと大ちゃんはどする?」

 書架の間をウロウロしていた凸凹コンビからは、

「あっしらは、もうちょっと見てからにしようと思ってるっす」

「なんだなぁー」

 との返事があった。なら、取り敢えず、わたし達だけで先に行くかぁ。

「そっか。じゃ、バス停の前のドーナッツ屋さんに行ってるから、後から来てね」

「了解っす」

「僕も分かったんだなぁー」

 そうして、わたし達四人は舞衣ちゃん達を残して、先にドーナッツ屋さんに行くことになった。


 よく晴れた春の陽の下、わたし達はバス通りを皆で歩いていた。

「だいぶ熱くなってきたわね」

「そうだね、しずるちゃん。来週から衣替えだしね」

 わたし達は、未だ制服の上着を羽織っていた。少し歩いていると、体温が上がって身体がポカポカしてくるような気がした。

「まぁ、衣替えって言っても、ブレザー脱ぐだけですけどねぇ」

 久美ちゃんだか、美久ちゃんだかが、話に乗ってきた。それでも、ちょっと身軽になるのには変わりない。

「男子も、学ラン脱いでワイシャツになるだけですしねぇ」

「そうだね。簡単なのはいいけど、他の学校みたいに夏用の制服があるのも、ちょっと憧れるね」

 そんな何気ない話をしながら、目的のドーナッツ屋さんに向かっていると、ちょっと派手目の服装をした男の子達五人が、近づいて来て声をかけられた。

「やあ、君たち可愛いね。その制服K高だろ。もし暇だったら、俺らとお茶でもしない?」

 わたし達、どうやらナンパされてるようだ。

「結構です。後から連れが来ますので」

 と、しずるちゃんは、眼鏡の奥から冷淡な眼差しと共に冷ややかな答えを返した。

「クールだねぇ、君。連れって、男? 女? もし、彼氏とかいないなら、俺と付き合ってよ」

「間に合ってます。それより、そこをどいていただけませんか」

 ガラの悪そうな男が一人、しずるちゃんに絡んできた。

「へぇ、言うねぇ、眼鏡の美人さん。そんなに邪険にしなくても、いいじゃんよー」

 そう言った彼は、しずるちゃんを壁に押し付けると、逃げられないように両手で肩を掴んだ。

「止めて下さい。わたし達、これから用があるんです」

 わたしは、捕えられたしずるちゃんを助けようと、その場に入り込もうとした。

「おおっと、ダメだよ。君は、ボクと付き合ってもらおうか」

 もう一人の男に、わたしは右腕を捕まえられてしまった。

「やだ、離して下さい」

 わたしは抵抗しようとしたが、手を振りほどくことが出来なかった。

「おい、お前、そんなチンクシャがいいのかよ」


(うっ、くそぉ。余計なお世話だ。離れてよぉ、バカ)


「何言ってんだよ。ちっちゃくて可愛いじゃないか」

「そっか。お前ロリコンだったな。お、こっちの二人は、双子じゃねえか。君達も可愛いね」


(わたしはロリータじゃないぞ。それに、久美ちゃん達にまで手を出すな。離してぇ)


 わたしは、何とか逃れようとしていたが、非力なこの体格では如何ともし難たかった。でも、奴らの手は久美ちゃんと美久ちゃんにも伸びている。

「や、止めて下さい」

「いや、離して」

 やだ、こんなの嫌だ。通りを通る人も、怖がって助けてくれない。誰か、誰か助けて!

 その時、天から声が降ってきた。

「やいやい、そこのあんちゃん達。こんな通りでナンパなんて、よっぽど女日照りが続いてるのかい。非道な事は、あっし達が許さねぇぜ」

 そこにいたのは、大ちゃんの肩に仁王立ちになった舞衣ちゃんだった。

「大ちゃん、行くっすよ」

「いつでもオーケーなんだなぁー」

 でも、いくら舞衣ちゃん達でも、男五人をどうこう出来るようには思えない。

「舞衣ちゃん達、わたし達はいいから、逃げて」

 でも、舞衣ちゃんの答えは、逆だった。

「部長、たかがチンピラの五人ごとき、何て事ないっすよ。そりゃぁ!」

 と、掛け声も高く、舞衣ちゃんが大ちゃんの肩から天高く飛び上がると、双子ちゃん達に絡んでいた男子を蹴り飛ばした。残りの二人も、大ちゃんが双子ちゃん達からひっぺがすと、小石でも放り投げるように、歩道の縁石に放り投げていた。

「ちっ。お前ら、誰にケンカふっかけてるか、分かってんのか。潰すぞ、コラ!」

 わたしを掴んでる男が、そう吠えた。

「へっ、あんたらのようなチンピラのことなんて、ひとっかけらも知らないっすよ。それに、そんな事覚えてたって、一銭の得にもならないっす」

「そーなんだなー。怪我をしないうちに、部長達を離すんだなぁー」

 舞衣ちゃん達に挑発されて、男達は頭にきていた。これ以上、皆を巻き込みたくない。わたしは隙をみて、捕まえている男を振放そうとした。でも、その時、

「コラ、暴れんな。痛い目見るぞ」

 と言って、ソイツはもがいていたわたしを振り回すと、乱暴に壁にぶつけた。

「キャン」

 わたしが思わず悲鳴をあげると、その場の空気が変わったような気がした。原因は……大ちゃんである。

「部長に酷いことするなんて、許さないぞ! お前ら、五体満足で帰れると思うなよ」

 だ、大ちゃんが怒っている。いつも温和で細い目の大ちゃんが、カッと両目を開き、全身から物凄い殺気を周りに放射していた。そこにいた大ちゃんは、怒りで封印が解けた大魔神のように見えた。

「マズイっす。大ちゃんがアングリー・モードに入っちゃったっす。あんたら、悪いことは言わないから、早く逃げるっす」

 舞衣ちゃんは、何か物凄く慌てていた。彼女は、いつになく狼狽えていて、男達に向かって、逃げるように言ったのだ。後から思い返すと、それは親切心から言ったのだろう。しかし、男達は挑発と受け取ってしまった。

「偉そうにっ、このデカブツがぁ」

 わたしを捕まえていた男が手を離して、大ちゃんに殴りかかった。だが、そいつの拳が大ちゃんの腹にあたっても、彼は微動だにしなかった。逆に、男の方が手をさすっている。

「いってぇ。なんつう身体してるんだよ」

 一方の大ちゃんは、殴りかかってきた男に<ぬぅ>と近づいた。それから、ソイツの襟首を片手で掴んで、わたしがされたようにコンクリートの壁に無造作に叩きつけていた。その瞬間、<グッシャァ>という嫌な音がした。一秒後に、男は叩きつけられた壁からずりずりと道端に落ち崩れた。その男の血だらけの顔が目に入った。口から泡をふいて悶絶している。

「て、てめぇ、ば、バケモンか」

 しずるちゃんを押さえつけていた男が怒鳴って、ポケットからバタフライナイフを取り出した。そのまま身体ごと大ちゃんに向かって突進して行った。ナイフが大ちゃんを刺し貫こうとした時、その刃は大ちゃんの素手に握りしめられていた。そのまま指を切られると思ったわたしは、恐怖で目を塞いだ。しかし、<バキッ>と言う音がして、その後、また<グシャ>っという嫌な音がした。

 わたしが恐る恐る目を開くと、目の前に、さっきの男が口から血混じりの泡を吹いていた。大ちゃんの足元には、刃を砕かれたナイフの残骸が落ちていた。


「他の奴らも許さないぞ!」


 大ちゃんはそう言うと、「ズシン、ズシン」と足音が聞こえるかのように、まだ意識のある男達に近づいて行った。

「大ちゃん、それ以上は過剰防衛になるっす。死んじゃうっす。落ち着いて、いつもの大ちゃんに戻って欲しいっす」

 いつもはおちゃらけている舞衣ちゃんが、必死の形相で訴えていた。でも、大ちゃんの怒りは止められなかった。縁石に放り投げられた男達が、ズリズリと地を這うように逃げている。大ちゃんの怒りの波動で、腰が抜けているのだ。

「だ、大ちゃん。もう止めて。わたしは大丈夫だから」

 わたしがそう言って、大ちゃんにしがみついて止めようとした。すると、急にその場の空気が変わった。と言うよりも、元に戻ったのである。

 わたしは、恐る恐る大ちゃんを見上げた。

「あー、部長ぉ。怪我はぁ、無いですかー」

 そこにあったのは、いつもののほほん(・・・・)とした、大ちゃんの笑顔であった。

「元に戻ったんだね。よかったぁ」

 ホッとしたわたしは、不覚にも、地面にへたり込んでしまった。

『えーん、怖かったですぅ』

 向こうでは、ベソをかいた泣き声までハモっている双子ちゃん達を、しずるちゃんがなだめていた。

「ヤバかったっす。マジでヤバかったっす。大ちゃんの『アングリー・モード』は、ヒグマさえ殴り殺す威力があるっす。部長が止めなかったら……。止めてくれなかったら、マジで死人が出ていたっす」

 そう言う舞衣ちゃんは、地面に両膝をつくと、両手で肩を抱いて震えていた。こんな舞衣ちゃんは初めて見た。そのことに、わたしは驚いていた。

 一方で、ようやく立ち上がった三人の男達は、悶絶している仲間を背負って、一目散に逃げて行った。

「ちょっと、やり過ぎたんだなぁー」

 そう言いながら頭を掻いている大ちゃんは、わたしが知ってる『いつもの大ちゃん』であった。なんだかホッとする。

「ありがとう、大ちゃん。お陰で助かったよ」

 わたしは、窮地を助けてくれた大ちゃんにお礼を言った。

「部長は、どこも怪我して無いですかぁー」

 二メートルを超える遥かな高みから、柔らかな言葉が降りてきていた。

「うん、大丈夫。それより大ちゃん、手は大丈夫。ナイフで切られたりしてない?」

「あれくらいじゃ、何とも無いんだなぁー」

 大ちゃんはそう言って、手の平を見せてくれた。ホントだ、何とも無い。

「そっか。良かったぁ。ありがとね、大ちゃん」

 わたしは、もう一度お礼の言葉を口にした。でも、大ちゃんは、ちょっと困ったような顔をしていた。

「部長、僕の事、怖くなっちゃいましたよねー。こんな乱暴者なんて、嫌われても仕方がないんだなぁー」

 そう言う大ちゃんは、何だか何処か遠くを見ているようで、わたしは堪らなくなった。

「そ、そんな事無いよ。大ちゃんは大ちゃんだよ。さっきのだって、わたしが乱暴されたから怒ったんだよね。そんな大ちゃんを、嫌いになったり出来ないよ」

 わたしは、どうしても自分の気持を伝えたかった。でも……、

「ありがとうなんだなぁー。こんな僕を見ても、怖がって離れていっちゃわないのは、舞衣ちゃん以外にいなかったんだなぁ」

 そう言う大ちゃんは、少し悲しそうな顔をしていた。

「ありがとう、大作くん。お陰で助かったわ」

『私達も助かりました。ありがとうございます』

 しずるちゃんも西条姉妹も、大ちゃんにお礼を言っていた。

「皆、怖く無かったですかぁー」

「さすがに、ちょっとびっくりしたけど……。大丈夫よ、大作くん。大変なところを助けてもらったのに、嫌いになるはずないわ」

『その通りですぅ。ありがとうございましたぁ』

「うん、本当に助かったよ、大ちゃん」


 こうしてわたし達は、大ちゃんの意外な面を知った。皆でお礼を言ったのだが、それは大ちゃんに通じたんだろうか?

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