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ぶんげいぶ  作者: K1.M-Waki
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高橋舞衣(4)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一人称は「わたし」、しずるも含めて部員を「〇〇ちゃん」と呼ぶ。部員達からは「部長」もしくは「千夏部長」と呼ばれている。お茶を淹れる腕は一級品。

・那智しずる:千夏の同級生、文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで千夏以外の他人には素っ気ない。丸渕眼鏡と長い黒髪がトレードマークで、背の高い美少女。その所為か一年生を中心に人気が集まっている事に悩んでいる。実は『清水なちる』というペンネームの新進気鋭のプロ小説家。

・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部の新入部員。ショートボブで千夏以上に背が低い。一人称は「あっし」。あらゆる方面の作品を読み漁る変態ヲタク少女にして守銭奴。しずるの隠し撮り写真を売りさばいて金儲けを企む。

・里見大作:大ちゃん。舞衣の幼馴染。一人称は『僕』。二メートルを超す巨漢だが、根は優しい。のほほんとした話し方ののんびり屋さんで舞衣と同様のヲタク少年。

・森園さん:生徒会執行部のイケメン書記。

 明くる日の放課後、わたしはしずるちゃんと一緒に生徒会室に向かっていた。文芸部の部活動の年間計画と希望予算を申請するためである。


「失礼します。文芸部の岡本(おかもと)です。書類を提出しに来ました」

「やぁ、岡本さん。忙しいところをご苦労さん」

 去年から引き続き生徒会執行部の書記をしている森園(もりぞの)さんだ。ちょっとイケメンである。

「これ、計画表と、予算申請の書類です。よろしくお願いします」

 と、わたしは必要書類を一通り見直してから、森園さんに手渡した。森園さんは、書類に目を通すと、

「オーケイ、じゃあ僕が受け取っておくよ」

 と言って、書類をバインダーに挟み込んだ。

「生徒会長さん達は、どうしたんですか?」

 いつもよりも人数の少ない生徒会室の様子に、わたしはそう尋ねてみた。

「仕事だよ。今年の予算総額と配分を、学校側と交渉しているとこ」

「ああ、大変ですね」

 全学生の代表とは言え、面倒臭いことをやってくれてるのか。会長さん、心中お察しします。わたしが苦笑いをしながら応えると、返ってきたのは意外な事だった。

「まぁ、この時期はいつもこうだよ。それより、隣の君は、那智(なち)しずるさんだね。お噂はかねがね伝え聞いてるよ」

 おっと、いきなりしずるちゃんの話題になった。凄いな。一年生だけじゃなくって、生徒会にも知られているのか。

「え? あたしの事、もう、そんなに広まってるんですか?」

 ただの付添だったしずるちゃんも、晴天の霹靂に驚いていた。舞衣ちゃんのプロデュースがあったとはいえ、ここまで広まったのは、しずるちゃん自身がすんごい美少女だからだろう。

「広まってるも何も、凄い勢いだよ。うちの新人も君のファンなんだよ。少しでも相手をしてあげると喜ぶよ」

 そう言う森園さんが見やった方向には、一年生と思しき女子が二人ほど、こちらをチラチラ見ていた。そんな様子を、イケメン書記は穏やかな笑顔で見守っていた。

 そうしているうちに、彼女達も意を決したのか、二人共椅子から立ち上がってこちらへ歩いて来た。そして、わたし達の前に並ぶと、

「しずる先輩、この前廊下ですれ違ってからファンになりました」

「私は、この前、重い書類を持ってもらいました。その時はありがとうございました」

 と言って、お辞儀をした。

 そんなこと言われて、しずるちゃんは、ちょっと困ったようにしてたが、後輩の女子相手に邪険に出来ないと思ったのか、

「ああ、あの時の()ね。覚えてるわよ。あの時は大変でしたね」

 と、精一杯の笑顔を作って、サービストークを披露した。それに感激したのだろう。頬を染めた一年生達は、

「あ、あのう、それで……。しずる先輩、これにサイン下さい! お願いします」

 と、しずるちゃんの写真を差し出したのである。ああ、これは舞衣ちゃんの隠し撮りに違いない。

 しずるちゃんは、一瞬<ムッ>としたものの、差し出された写真を手に取ると、サラサラとそれにサインをした。その姿が、また様になっている。さすがは売れっ子作家『清水なちる』である。

「うわぁ、やった! ありがとうございます、しずる先輩」

 サインをもらった娘は、ほんとに嬉しそうだった。それを羨ましそうに見ていた隣の一年生も、コート紙に印刷された写真を差し出した。

「す、すいません、先輩。わ、私のにも、お願いできますか」

 同様に顔が赤い。きっと、勇気を振り絞っているのだろう。そこまでされては、しずるちゃんも嫌とは言いにくい。

「え? ああ、いいわよ。ちょっと待ってね」

 と、そう言うと、もう一人の娘にもサインをしてあげたのだ。

 それぞれに自分達の宝物を嬉しそうに見ていた二人だったが、しばらく逡巡してから、こう言った。

「しずる先輩、ありがとうございます。……あの、えっと……。えっと、握手とかしてくれたら、もっと嬉しいんですけど」

 それを聞いたしずるちゃんは、少し悩んでいたようだった。

「だ、ダメでしょうか……」

 ダメ元での発言とはいえ、叶えられないとなると残念になるものだ。二人は、しずるちゃんの様子を見て、少し肩を落としていた。

 だが、そんな様子を見たしずるちゃんは、とうとう右手を二人に差し出した。それを見て、少女達の顔がぱぁと明るくなった。

「あ、ありがとうございます」

「感激です」

 そう言って、二人はかわりばんこにしずるちゃんと握手を交わしていた。

「やった! 握手してもらっちゃった。すんごく嬉しいです」

「私もです。ありがとうございました、しずる先輩。これからも応援していきますので、頑張ってください」

「えっ、ええ。あ、ありがとう」

 文芸部の活動で、何をガンバレと言うのだろうか。彼女達が『清水なちる』の事を知るはずもないし。

 でも、しずるちゃんにサインと握手をしてもらった娘達は、すんごく喜んでいるようだった。これも青春かね。

 さて、用事も済んだし、帰るか。

 わたしがしずるちゃんと一緒に出入り口に向かおうとしたところに、書記の森園さんが声を掛けてきた。

「ああっと、そうだ。来週に予算会議があるから、必ず出席してね。これ、案内のプリント。忘れないでね」

 そう言って、彼は一枚の紙を差し出した。わたしは、プリントを受け取ると、

「分かりました。ありがとうございます」

 と言って、生徒会室を後にしたのだった。


 プリントをもらって、わたしとしずるちゃんは、図書室へ向かっていた。

舞衣(まい)ちゃん達、今日は遅いんだね」

 わたしは、一年生の教室を通る頃に、そうしずるちゃんに話しかけた。さっき、図書準備室を出るときには、まだ彼女達は来ていなかったのだ。

「掃除当番か何かじゃないかしら」

 しずるちゃんは、素っ気無くそう応えた。

 そうやって二人で歩いている時、「すいません」と声がかけられた。その呼びかけに、わたし達が立ち止まると、そこには一年生らしい三人組の女子が立っていた。

「何かしら?」

 と、しずるちゃんが尋ねると、そのうちの一人が、モジモジしながらこう応えたのである。

「な、那智しずる先輩ですよね。……あ、あのう、……私達、今日の調理実習でクッキーを焼いたんです。それで、あ、あのぅ、……是非、しずる先輩にもらって欲しくて待ってました!」

 彼女はそう言うと、顔を赤らめながら、綺麗にラッピングされた包をしずるちゃんに差し出した。相当な勇気が要ったのだろう。腰を深く折り曲げて、両手を高く差し出している。

『お願いします』

 残りの二人もそう言うと、深くお辞儀をしていた。

 その様子に、しずるちゃんは、ちょっと困ったような顔をしていた。少しの間、彼女は迷っていたようだが、すぐに一年生達に近づくと、

「ありがとう。もらっておくわ」

 と言って、包を受け取った。すると、彼女達は、

『ありがとうございます』

 と言って、去って行った。


「凄い人気だね」

 わたしは、しずるちゃんを見上げてそう言った。

「まぁ、ありがたい事ではあるんでしょうね。……でも、どうして女子からばかりなのかしら」

 思いもよらぬプレゼントを抱えた彼女は、珍しく首を傾げていた。

「あの()らにとっては、しずるちゃんみたいに素敵なお姉さんは、憧れの対象なんだよ。それに、女の子だけじゃないみたいだよ」

 そう言って、わたしが目を向けた方向には、廊下の曲がり角の影でわたし達を覗き見している数人の男子達の姿があった。きっと、女子ほどには気軽に声をかけられないのだろう。

 そんな視線を感じながら廊下を歩いていると、前方にワラワラとかたまっている団体が見えた。セリでもやっているような雰囲気である。

「何だろう、あれ」

 わたし達が不思議に思って見ていると、聞き覚えのある女の子の声がした。

「さぁさぁ、このA4版のポスター。三枚限定品。一枚五百円からだよ。早い者勝ちですぜい」

 何だそりゃ。本当にセリの現場のようだ。

「あ、俺、六百円」

「俺は、八百円出すぞ」

「僕は千円だ」

「千円出す人、他に居ないかい?」

 何を買い取ろうとしているのかは分からないが、一瞬で二倍にインフレしたのだ。恐らくお値打ち品に違いない。

「俺も千円」

「俺も千円出すぞ」

「もう居ないかい、居ないかい? じゃあ、このお三方が、一枚千円で落札〜」

「おめでとうーなんだなぁー」

 この声と喋り方。皆まで言わずとも分かってしまう。舞衣ちゃん達が性懲りもなく、しずるちゃんのピンナップを高値で売り抜けようとしていたのだ。これは、さすがにしずるちゃんを怒らせた。

「あ、あなた達は、一体何をやっているのよ!」

 彼女は、怒りを露わにすると、舞衣ちゃん達に近づこうとした。だが、その時、群衆からどよめきが沸き起こった。

「那智先輩だ」

「しずる先輩だぁ」

「おおお、本物だぁ。こんなに近くで見れるなんて」

 かたまっていた男子達は口々にそう言うと、わたし達をワラワラと取り巻いたのだった。

「しずる先輩、写メ撮っていいですかぁ?」

「先輩、こっち向いて下さい」

 と、四方から野太い声が聞こえる。

「な、何なのよ、これは」

 わたしとしずるちゃんが囲まれて困っていると、そこに舞衣ちゃんが飛び出てきた。

「待った、待った、待ったぁぁぁ。ここにおわすお方を何方(どなた)と心得る。K高文芸部二年の那智しずる先輩にあらせられるぞ。皆の物、頭がたかぁい」

 舞衣ちゃんはどっかで聞いたような口上を述べると、群がっていた男子達が波が引くように下がった。

『しずる先輩、アザっす』

 何ということだろう。一瞬にして人垣が割れ、通り道が出来たのだ。

「よろしい、よろしい。今度、撮影会(・・・)を予定しておる。スケジュールは後日、特設サイトに載せるっすよ」

「会員制のサイトなんだなぁー。ログインしたい人は、この秘密のパスワードが書かれたメモが要るんだなぁー」

「今なら、一枚百円だよ。どうだいどうだい」

 舞衣ちゃん達がそう言うと、そこに居た男子達が、こぞって押しかけてきた。

「くれくれ、俺にもくれ」

「オレも」

「僕も」

 群衆から声とともにコインを握った手が差し出される。

「はい、はい、ありやとございます。ほい、百円ね。ほれ、そこの君もね」

 この有様を、わたし達は呆気にとられて見ているしか出来なかった。


 一悶着が終わった後、わたし達は部室へと向かった。わたしの隣を歩くしずるちゃんは、生気の抜けた人形のようで、フラフラとしていた。先を歩く舞衣ちゃん達は、ホクホク顔である。

 ようやく到着した準備室の出入り口を潜り、ドアがパタンと閉まると、しずるちゃんは舞衣ちゃん達に詰め寄った。そして、烈火の如く怒った。

「舞衣さん! 何、あたしで商売やってんのよ。いい加減になさい、あなた達!」

 えっと、まぁ、普通に怒るよね。ましてやしずるちゃんは、こんな風に騒がれることを何よりも嫌っている。だが、舞衣ちゃんも大ちゃんも、全く堪えていないようだった。

「でも、だいぶ儲かったんだなぁー。これで、文芸部のプリンターを、買い換える事が出来るんだなぁー」

「サーバーの維持費も、バッチリっすよ」

「文芸部の発表の場にもなるんだなー」

 その舞衣ちゃん達の言葉に、わたしは感動した。

「舞衣ちゃん、文芸部のために頑張ってくれたんだね。ありがとう」


(最初は、単なるお金儲けと思ってたけど、本当は部のためだったんだね。舞衣ちゃんスゴイ)


 だが、返ってきたのは身も蓋もない台詞(せりふ)だった。

「いんや。得られた利益を次の投資に使う。いわゆる『キャッシュフロー』ってやつですかい。これが大事なんすよぉ」

 あ、あれ? そなの? 何で?

「舞衣ちゃん、文芸部のためじゃないの?」

 何か、突然に難しそうな経済用語が飛び出したので、わたしは混乱してしまった。

「いやいや。あっしらは、純粋に企業体の運営者として、当然の行動をとってるだけっすよぉ」

 と、舞衣ちゃんはシレッとして応えていた。

「何それ! いつから文芸部は株式会社になったのよ!」

 しずるちゃんは抗議の声を上げていたが、舞衣ちゃんには届かないようだ。

「も、もう。全く、……あなた達っていったら。……もう、やだぁ」

 とうとうしずるちゃんは、精魂尽き果てたよう椅子に崩れ落ちると、目の前のテーブルに突っ伏してしまったのだった。

 彼女だけではない。わたしも、この有様に気が遠くなっていくのが分かった。




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