ブラッディは組長を見守る
注:下らないです。
「おう、赤の。今日はやけに静かじゃねえか」
上を向いて口から空気を吐き出して、朝のつかの間を楽しんでいると男が俺を覗き込んできた。
「……」
俺は言葉は発することもなく奴を一瞥してやった。
先代が逝ってから二年。まだ青くせぇところもあるが、なかなかにコイツも様になってきやがった。組長が板についてな、最近じゃ先代と同じように髪を上げて染めていた髪も黒くしている。
寡黙な先代は俺にわざわざ口に出して言うことはなかったが、俺には伝わっていた。息子を頼むとあの人ならば言っただろう。
生憎と俺は先代の死に目に立ち会えなかったが……分かっているつもりだ。
それに先代には返し切れねえ恩がある。
「……ふっ、赤のはツレねえな。ここで吹かしてんならちょっとは反応してくれよ」
そう言う奴も苦笑している。まあ組員としての序列を忘れちゃいねえが、奴は俺にとっちゃもう弟か息子のようなもんだ。
俺は先代に引き取られた。いや、俺ら、だな。親の顔もしらねぇ俺ら孤児は施設に入れられていた。そこへやってきたのが先代だったわけだが……。
施設に訪れる奴らはみな好奇の目を俺らに向けていた。そんな中に暮らしていた俺らにとって鋭くも人を従わせるような包容してしまうような視線を持った先代は恐ろしさと同時に憧れで、感謝と羨望の塊だった。
引き取られた先が極道の組でその人が組長だったときは流石に驚いたが、んなことはどうでもいい。――あれからどれだけたったか。
連れられてきた仲間は常に先代とともに組の舎を見守ってきた。そん中で、毒やらタマに殺られて命を散らせていった奴も多いが、先代への感謝の念を忘れた奴はいなかった。
あのままあそこでくすぶっていたら、それなりの年になった俺らは捨てられ野垂れ死ぬのが関の山だったろう。
誇りを持って生きることもなかったろう。
喰って垂れ流すしか能がなかった俺らを養ってくれたのはあの人だ。
その恩を忘れられるか。
忘れられるはずがねえ。
気付けば、それなりの年になっており、気付けば、組でも組長の部屋の警備というか奴を見守るような古巣になっていた。
チラリと奴を見る。
生意気だった小僧が今じゃいっちょ前に組長だ。やれやれ、口から空気をぷくりと吐いてしまう。
先代はブラッディと名付け、舎弟たちは俺を“赤の”と呼ぶ。ついこの前、“黒の”と呼ばれた古巣はタマに殺られた。
幾度の戦闘に巻き込まれ、時には敵のカチコミや組長の首を狙ってやってくる奴らとの戦いに巻き込まれ、死線を切り抜けてきた。運だったのか、俺の判断力だったのか。
対した戦闘能力もねえ俺がどうしてか生き残った。
俺が身にまとう色からくるのか、生き残った生き臭さから呼ばれるのか、先代のつけた愛称から来るのか。
いつの間にか、パソコンの前でカチカチなんかやっていた現組長が厳しい目をして立ち上がった。
「赤の、ちょっと行ってくる」
すぐ横にいる俺にそう言い残すと奴は黒いコートを翻し、部屋を出て行った。
その背は何故か先代と重なって――。
俺も年かもしれんな。
もう俺をブラッディと呼ぶ人はいない。もう俺を親しげに見つめて食いもんをくれる人はいない。頼れる背中ごしに俺を見てるのかと問う人はいない。人相悪い顔に優しげな瞳を持つ人は、もう。
俺は対して強くねえし小柄だし、奴を守ることはできねえし、盾になろうとしたって無理だろう。
だから、俺はあの人が言うように、まだ若い組長を――みなを守るべき背負うべき組長を――慈しみと親愛とともに静かに休める場所として見守っていてやろう。
――――この、金魚鉢の中から。
金魚(赤)の1人語りでした(笑)