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4.事後承諾(後編)

4.事後承諾(後編)



「えええぇぇ?!」

「さすが姫さま、お見事です!」

 パチパチパチとローズが手を叩くと、アマリリスはふふふふんと胸を張った。

「モンスター討伐クリア。これで文句は無いであろ?」

「……ッ……。」

「皆さーん、御苦労さまでした。マドレーヌいかがですかぁ?」

 呆然としているサクラの横を、バスケットを抱えたローズがにこやかにすり抜けていく。

「お詫びです。宜しかったらどうぞ。足攻撃の方々の分もありますから、皆さんで召し上がって下さいね」

 天使の笑顔の美少女にお菓子を差し出されれば、苛立っていたハンター達も一様に愛想を崩す。狙撃の邪魔はされたものの、結果的には短時間で討伐が終了して、ギルドからの報酬も約束され、可愛い女の子とお菓子のオマケ付き、とくればそりゃ喜ぶだろう。

「あ、どもご馳走様っす」

「おお、すげ旨ぇっすよ、これ」

 やがて足攻撃部隊も合流して、大人数のお茶会になった。優雅なテーブル席では収容しきれない為、青々と柔らかく生えた草叢に皆で腰を下ろしての宴会だ。

「実は俺ってば、凄んげぇ可愛い二人だな、とか、ずっと気になっちゃってて」

「いやいやコイツより俺と、是非お付き合いを―――ダメっすか、やっぱり? しょぼ」


 サインを真似るのが得意って、果たしてそれは特技の範疇内なのだろうか?

「いや普通に犯罪だろ? 公文書偽造だろ、それ」

 呆然と呟いているサクラは丸無視で、皆で勝手にお茶で盛り上がっている。あの茶にはアルコールでも入っているのか。

「おい、お前」

「え? 何ですか、サクラ様?」

 甲斐甲斐しく働きまわっていたローズを背後から捕まえてサクラが尋ねる。

「その……俺には、無いのか?」

「えぇ、何が、ですかぁ?」

 わかっていてすっとぼけているローズに、サクラは渋い顔をした。

「……。マドレーヌだ」

「あらあら、ごめんなさ~い。無くなっちゃいました~」

 多分わざとサクラの分を残さなかったのだろう、小気味よく笑ったローズにサクラの顔はますます渋くなる。

「でも、意外ですね。サクラ様ってー、そんな仏頂面してるクセにー、お菓子なんて食べるんですかぁ? 甘いもんなんか食えるかクソヤロー、って感じに見えたんですけどォォ」

「腹が減っただけだ」

「あらやだ、もうお茶も無いわ。残念でした~」

 くるりん、と踊るように踵を返してローズは皆の輪に戻っていく。

「いったい……俺が、何をしたっていうんだ?」

 サクラは情けなく呟いて、誰も居なくなったテーブル席に一人腰を下ろした。テーブルの上には飾りつけ用の野の花一輪だけがポツンと寂しく居残っていた。

 忘れ去られた野花を見詰めながら、もしかしてコレ食えないか? とか半分本気で考えた。

 まぁ食える食えないはともかくとして、花とは一般的に人の心を和ますために存在する。

 水に挿してある訳ではないのですぐ枯れてしまうだろうこの花も、それでも瑞々しく清楚に咲いている。確か、風に揺れる様がその名の由来だと聞いた。

 見渡せば、なるほど周囲の岩肌で点々とこの花の純白が、野山の風に乗って緩くたおやかに揺れている。 

 そこでふとある事に気づいて、サクラは小さく失笑した。

「いきなり、何を笑ってんだよ? 気持ち悪ィ」

 顔を上げると、いつの間にか宴会の輪から離れたらしい弟のデカい図体が、テーブル越しの向かいに立っている。

「そういう貴様こそ、今日はずっと、笑いっぱなしだったようだが?」

 サクラが言い返すと、弟は横目でこちらを見下ろしククっと喉の奥で笑った。

「え、だってよ、スカしてるサクラ兄ちゃんの困り顔を眺めてっと、なんかスゲ気分イイってか、笑うしかねぇってか」

「悪趣味な奴だ」

「そりゃ、俺はオメーの弟だからな」

 カラカラ笑う弟を睨みながら、サクラはテーブルの上のモノを掴んで席を立つ。ぐるりとテーブルを回り込んでデカい図体を見上げると、弟は別種の笑みを浮かべた。

「お、何だよ? またやんのか?」

 彼が言うのはもちろん喧嘩のことであろう。喧嘩を一種のスポーツとでも思いこんでいるらしいこの男には本当に困ったものだ。

「冗談言うな。俺は疲れてんだよ」

 サクラは、弟の胸元へずいっと手の中のモノを押しつける。

「んぁ?」

 驚いたように自分の胸元を見下ろす弟。

 彼に押し付けたもの、それはテーブルに居残っていた白い野花だ。

「俺に、花をくれんのか?」

 目を丸くしている弟に、軽く説明を付け加える。

「たった今、いきなり思い出した」

「え? えーと?」

 困惑に揺れる弟の青い瞳を見上げつつ、サクラは彼の図体を腹立たしく思った。大男に花を差し出すこの絵ずらは、傍から見たらどうなんだ?

「思い出した。早く受け取れ!」

「いや、受け取れって……意味わかんねぇよ、いや分かるけど」

「どっちだよ?」

 不機嫌にツッコミを入れるサクラ。

「いや、とりあえず貰っとくけどよ」

 押しつけられた花を仕方なく受け取って、弟は困惑した。

 これはその辺で適当に摘まれた花であり、そもそもローズが摘んだモノであり、サクラはただテーブルの上からコレを掴んで自分に押し付けてきただけであって、それを偉そうに受け取れ、とかあり得ないだろ。

「……そっかぁ、思い出しちまったんだ」

「文句あるのか?」 

「いや、あるっつーか、無ぇっつーか……」

「どっちだよ?」

「まぁ、とりあえず、無ぇって事に、しておくぜ」

 兄が言わんとしていることはちゃんと解っっている。問題なのは、自分がどんな顔をしていいのか良くわからんという点につきる。

 そうこうしているうちに、花を押し付けた彼はとっとと踵を返して、討伐された老山鯨の様子を見に丘を下っていってしまった。

 その後ろ姿を見送りながら、弟は小さくぼやいた。

「……今さらだよなぁ」

 もうほとんどお別れバイバイな気分でいたのに、ホント今さらだよなぁ。


 さて、お茶もお菓子も無くなり、もっとお近づきになりたかったハンター達が名残りを惜しむ中、お茶会はおひらきになった。

 後片付けを終えて大荷物を纏めている弟のもとへ、アマリリスがよれよれとローズに寄り掛かりながら近寄ってきた。

「ん? どした、嬢ちゃん? なんか眠そうじゃねぇか?」

「……んむぅ」

「魔力を使い過ぎちゃったんです。けっこうな大技でしたから」

 そう言いながら、ローズはアマリリスを弟に預ける。

「そういう訳で、帰り道も姫さまのエスコートよろしくです」

「エスコートっつーか、運べってことだろーがよ? へいへい、わかりました……ああ、そうだ。嬢ちゃんにコレやるよ」

 弟は、眠たそうに目を擦っているアマリリスに、手にあまっていた花をちょうど良く手渡した。

「ん……さっきの白百合、だな?」

「……ですねぇ?」

 それはテーブル装飾用だった花だと彼女らもすぐ気付いたようだ。

「改めてよろしくな。まぁその、アレだよ……俺の名前だ」

 まぁ、本当に今さらなのだが、サクラが思い出してしまったようだから、もう隠してても意味ないので改めて自己紹介。

 半ば開き直りでニカッと笑いかけると、アマリリスが意味深な含み笑いを漏らす。

「ほぉぉ」

「あ? なんだよ」

「なるほど。さっきから変な顔をしていると思ったら……そういう事か?」

「はぁぁ?! 変な顔ってな、どーいう顔だ?」

「変な顔は、変な顔、だ……ふわわ、眠いィ」

 ぴとっと弟の背中にへばりついてアマリリスは眠そうに瞳を閉じる。仕方無く弟がそのまま少女を背負い上げると、ローズが背後からマントをフワリと羽織らせた。

「酷いギャップです。白ユリは神聖に捧げられる花。なんと花言葉は純潔、ですよ!……イメージ丸壊れなんですけどぉ」

「ほっとけ!」

 荷まとめをテキパキと仕上げながら、むちゃくちゃな苦情を言うローズ。

 しかし、まとめてもけっこうな大荷物だ。完全に眠りこけたアマリリスを背負ったまま、これを担ぐのはけっこう骨が折れるかもしれない。

「……ったく、凄ぇ技出すのはいいけどよ。後がこれじゃ締まらねぇぜ、嬢ちゃんよ?」

 背中に向けて訴えてみても、既にすぴすぴ寝息を立てているアマリリスには聞こえていない。

 やれやれと溜め息を吐いていると、丘を登ってサクラがこちらに戻って来るのが見えた。いくら討伐が終了したとはいえ、老山鯨はそれなりの大物だ。後始末にはまだまだ時間がかかるはずで、彼が戻るには少し早すぎる。

「おい。オメーだけ、さぼっていいのかよ?」

 揶揄混じりに問いかけると、サクラが仏頂面をこちらに向ける。

「ああ。残りの作業は全部、彼らに引き継いできた」

 お世辞にも上機嫌とは言えない声音だ。

「たった今からは神家の仕事に移る。婚約者優遇サービスだ」

 つまり、これで鯨の仕事は終了、ここからは、すべての抵抗を諦めてアマリリスの依頼に取り掛かる気になったらしい。

 それを聞いたローズが、嬉しそうにぱっと顔を上げる。

「ではでは、やっと納得して頂けたのですね? 姫さまの護衛を受けて下さる、と」

「ああ。不本意ながら」

 もう逆らうのも面倒臭いし、とサクラが溜め息混じりに呟く。

「そうですか。では、名前がわかったところで、弟さんも」

 ローズがくるりん、と振り向いた。

「ついでに契約しましょう。あなたもハンターさんですよね?」

「ぅえぇ?! 俺ぇぇ?!」

「既に書類は用意してあります。もう名前を書き込むだけです、さぁ、サインを」

「ちょ―――待て! なんで俺まで?!」

 弟が後ずさると、その歩数分だけローズはずずずいっと前へ踏み出す。

「いいじゃないですか。兄弟一括優遇サービスって事で」

「いやいや兄弟っても、俺らぜんぜん似てねぇし。ほぼ他人だから!」

「似てるとこありますって。頑張って探せば、きっと」

「いや、頑張んねぇでいいから」

「では頑張りませんので、契約を」

「いやいや、そもそも護衛って何? どんな仕事なんだよ?」

「えーと、荷物持ちです」

「それ護衛って言わねぇぇ!」

「大丈夫、大差無いです」

「おい、俺は腹がへっている。もう帰るぞ。とりあえずコレを運べばいいんだな?」

 弟とローズのやり取りを完全スルーしたサクラが、ローズの足元に纏めてあった大荷物を肩に担ぎあげてさっさと歩きだす。

「はい、サクラ様。ではでは帰りましょおぉ」

 再びくるりん、と踵を返したローズが軽い足取りで彼に並ぶ。肩より少し長めの明るい黄色髪を風にふわふわ揺らしつつ、少女は薄情にも弟を置き去りに歩きだした。

 いや、今置き去りにしようとしている男の背中には彼女のご主人様が居るんだけどね。

 それにしても、やっぱり契約しないとダメなのか?

「お、おい。俺ァまだ―――」

 弟が決めあぐねていると、サクラがいつもの仏頂面で振り返った。

「もたもたするな。早く来い、ユリ」


「―――――。」


 振り返った兄の背には赤い夕焼け。

 それは、どこか遠く懐かしい風景と重なった。

 夕焼け空を背にして、綺麗に寂しそうに微笑んでいたあの人の――――。

 ――――――。

 

「……了解。サクラ兄ちゃん」


 あの笑顔とは似ても似つかない仏頂面の、それでもどこか似ているこの面影に、

 奇妙な既視感を覚えながら。


 夕暮れの小道を溜息のような苦笑を洩らしつつ、ユリは一歩を踏み出した。






ユリって、一般的なイメージでは清らかな白い花ですが、野山のユリはわりと濃いオレンジとか斑点ピンクとか、私的イメージとしてはなんか鬼っぽいです。オ二ユリってのもあるけど。

それより、ラオシャン鯨、すんません^^;;


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